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遺伝子組換えの安全性を問う―映画『遺伝子組み換えルーレット』が描く真実

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7割の食品に遺伝子組換え原料を含むといわれるアメリカで、市民が中心となり、遺伝子組換えを拒絶するうねりが起き始めています。遺伝子組換え表示を求める声も高まり、住民投票が実施された州も。そうしたなかアメリカのドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレット~生命のギャンブル』は、これまで"安全"と謳われてきた遺伝子組換え食品に起因すると思われる健康問題の実態を明らかにしようとしています。

1990年代以降、遺伝子組換え作物と疾病が急増

 2012年に制作された『遺伝子組み換えルーレット~生命のギャンブル』。この映画には、医者や医療分野の研究者、自閉症やアレルギーに苦しむ子どもの親たち、家畜の健康障害を扱った獣医などが登場し、多くの証言と科学的な見地から、遺伝子組換えと健康問題との因果関係を追究しています。

 映画では、アメリカにおける糖尿病患者数の推移と遺伝子組換え作物の耕作割合の推移とのグラフを比較。90年代後半、農地における遺伝子組換え作物の耕作割合は急激に増えましたが、糖尿病の患者数も90年代後半に急増し、グラフ上でもほとんど同じように推移しています。そのほか、統計を比べてみると、腎臓病、内臓疾患、腸の病気、がんにおいても、同様の傾向を示しています。

糖尿病患者数の割合とグリホサート(除草剤の一種)、遺伝子組換え耕作の割合の比較
(黄色:糖尿病患者の人口割合/青:遺伝子組換え大豆・とうもろこしの耕作割合/赤:大豆・とうもろこしへのグリホサート散布の割合を示す)
※Swanson, N. Leu, A. Abrahamson, J. Wallet, B. 2014. Genetically engineered crops, glyphosate and the deterioration of health in the United States of America. Journal of Organic Systems, 9(2), 17. [online]

 この映画の日本語版の翻訳監修者でもある株式会社オルター・トレード・ジャパン政策室の印鑰(いんやく)智哉さんは、次のように解説します。

「比較したグラフ自体は、遺伝子組換えとの間の因果関係を示すものではありません。しかし最近では研究も進んで、遺伝子組換えが健康被害に大きく関わっていることを指摘する論文が数多く出てきています」

 印鑰さんが紹介するのは、害虫に抵抗性を持たせた遺伝子組換え作物についての論文(※)。研究によれば、害虫を殺すために組み込まれた毒素が、ヒトの細胞にも有害であると報告されています。映画では、この毒素が人や家畜の腸に細かい穴を開け、免疫疾患などを引き起こしている疑いが指摘されています。

※Mesnage, R. Clair, E. Gress, S. Then, C. Szekacs, A. Seralini, G.-E. Cytotoxicity on human cells of Cry1Ab and Cry1Ac Bt insecticidal toxins alone or with a glyphosate-based herbicide. J Appl Toxicol. 2013;33 (7):695-699. [online]
Finamore, A1. Roselli, M. Britti, S. Monastra, G. Ambra, R. Turrini, A. Mengheri E. Intestinal and peripheral immune response to MON810 maize ingestion in weaning and old mice. J Agric Food Chem. 2008 Dec 10;56(23):11533-9. [online]

遺伝子組換えの畑では、農薬の使用量が増加

 遺伝子組換えは、異なる生物の遺伝子を掛け合わせる技術。今、主に生産されているのは、先述した害虫に抵抗性を持たせたものと、除草剤に耐性を持つものとの2つです。

 これらは、「世界の飢餓を解決する」「農家の収入を上げる」との謳い文句で90年代に生産が本格化。その種子を生産する企業は、食料の増産や農業の効率化に貢献する技術であると主張し、栽培面積を拡大してきました。

 しかし、遺伝子組換えは技術的に不安定な部分があり、必ずしも収穫量の増大を約束するものではありません。映画の中でも、資金を投入して導入した遺伝子組換え綿の収量が安定しないため、多額の債務をかかえて多くの農民が自殺に追い込まれているインドの事例が紹介されています。

 さらに、遺伝子組換えの畑では、農薬の使用量が大幅に増加しているというデータも。

 「遺伝子組換えの8割強を占める”除草剤耐性タイプ”は、特定の除草剤をかけても枯れないように作られたものですが、毎年同じ除草剤を使っているうちに、その除草剤への耐性をもつ”スーパー雑草”が出現。そのため、除草剤の散布頻度も濃度も高くなって、さまざまな健康被害や周辺の生態系への深刻なダメージを引き起こしているのです」(印鑰さん)

より”危険性の高い”遺伝子組換え作物が登場?

 印鑰さんによると、遺伝子組換え作物に使用される除草剤は、もともと産業配管の洗浄液として使われていた薬剤で、昨年3月には、WHOの外部研究機関である国際がん研究機関によって、発がん性物質にも指定されたのだとか。

 さらに最近では、思うような除草効果を期待できない従来の薬剤に代えて、ベトナム戦争で枯葉剤として使われていた、より毒性の強い薬剤を使用しようとする動きもあるそうです。

 「アメリカでは50万人が反対の声を上げ、この薬剤に耐性を持つ新しい遺伝子組換え作物の承認を止めようとしてきましたが、なんと日本では、アメリカよりも先にこれを承認してしまっているのです。しかも、日本では何の報道もされていません」

 この遺伝子組換え作物はまだ商業栽培はされていませんが、「アメリカや南米で生産が始まれば、間違いなく日本に入ってくる」と印鑰さん。「日本には遺伝子組換え表示制度はありますが、恐らく飼料や加工食品など、表示義務の対象ではないものに使われるでしょう。私たちは気づかないうちにこの新しい遺伝子組換え作物を口にしてしまうかもしれません」と強い懸念を示します。

3つの州で「表示義務法案」が可決されたアメリカ

 もともと、国策として遺伝子組換え産業を推進し、「従来の作物と科学的な違いがない」との理由で、食品への遺伝子組換えに関する表示義務が一切なかったアメリカ。しかし、遺伝子組換えが健康に及ぼす影響が不安視されるにつれ、「消費者には知る権利がある」と市民の声が高まり、2012年のカリフォルニア州を皮切りに表示法案を求める動きが活発化しています。

 これに対し、法案を通すまいとする食品企業やバイオテクノロジー業界は巨額の宣伝費用を投入し、一見中立に見える有識者に表示反対のメッセージを発信させたり、テレビCMで「表示をすると食品の価格が上がる」と繰り返し流布。その結果、事前の世論調査で90%以上の市民が「表示がほしい」と回答しているにもかかわらず、住民投票ではわずかな差で否決されてしまうというケースが相次ぎました。

 それでも、コネティカット州、メイン州では、「他の州でも表示義務化法案が可決したら自分たちの州でも施行する」との条件付きながら可決。続いてバーモント州では条件なしで可決され、生鮮農産品に関して、パッケージや店の棚などに遺伝子組換えによって生産されたことを明記することが義務付けられるようになりました。

 「アメリカで表示を求める運動の中心になっているのは、子どもを持つ親たちです。主にインターネットを通じて活発に情報交換し、子どもたちに遺伝子組換えのない食べ物を与えるための運動を大きく展開しています。こうして草の根から運動が広がっていくことに大きな希望を感じますね」と印鑰さん。

 2013年7月4日には、母親たちが立ち上がって、全米172か所で反対のデモを決行。2015年には、アメリカ以外にもアフリカ、ヨーロッパにまたがる40か国以上の約400都市での連帯行動が起きています。

非遺伝子組換えにシフトする世界と逆行する日本

 「遺伝子組換えが導入されて20年たっているにもかかわらず、いまだに生産しているのはわずか28か国。逆に禁止する国は36に及んでいます。推進企業は遺伝子組換えが普及したと言っていますが、実際には全世界の農地の10数パーセントで作られているに過ぎず、アメリカでは非遺伝子組換え市場が年々拡大。2015年は、栽培が始まって以来初めて、遺伝子組換え作物の生産が減少したといいます。一方で、非遺伝子組換えを求める消費者のニーズに呼応するように、非遺伝子組換えの栽培へ転換する生産者も増えてきました」と印鑰さん。

 ところが、こうした流れと逆行するのが日本。遺伝子組換え承認件数はアメリカを抜いて世界1位、年間約1,600万トンの遺伝子組換え作物を輸入する消費大国です。国会での承認が進もうとしているTPPからも目が離せません。

 「TPPの条文では、さすがに世界的な注目を浴びる表示義務の撤廃などの文言は含まれていませんが、それよりも遺伝子組換え企業にとって実質的な利益につながる条項が入っていることが気になります」と印鑰さん。

 「遺伝子組換え企業の利益につながる条項」というのは、すべてのTPP参加国に加盟が義務付けられている「UPOV91年条約」のこと。この条約は、種子を保存したり交換したりする農民の権利よりも種子の知的財産権を保有する企業の権利を優先したもの。これに従うと、”種を大事につないでいく”という昔ながらの農民の営み自体が犯罪とみなされかねません。

 現在、わずか6つの遺伝子組換え企業が、世界の種子市場の約7割を支配しています。私たちのいのちの源であるはずの”たね”は、限られた一部の企業の利益として専有されているといっても過言ではありません。

 「世界で起きているさまざまな問題は、企業の利益のみを優先させた今の食のシステムそのものに原因があると考えます」と印鑰さん。

 「食べ物は、単にエネルギーを補給するためだけではなく、私たちの血肉となって、どんどん細胞を入れ替わらせる。映画には遺伝子組換えでない食材に切り替えることでアレルギーなどの症状が緩和した事例がいくつも登場し、食を選ぶことの大切さが示されています。有害な物質を含んでいないものを食べ続ければ、自然に体の中から有害なものを排除できる。食べ物の成り立ちや作られ方にしっかり関心を払えば、自分や家族を守ることができるのです」

取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部