「経済」や「豊かさ」が問題を引き起こしている
――まず、「しあわせの経済」とは、どういう考え方なのか、辻さんから教えていただけますか。
辻 今、世界中でコミュニティが壊され、地球温暖化や環境破壊が進み、人類の存続さえ危ないという危機的な状況です。僕はずっと、この現代を支配するグローバル経済が、こうした問題を引き起こしていると感じてきました。
グローバル経済が目的としているのは、大企業の利益であって、個人の幸せではありません。「経済成長のため」であれば、何をしても正当化される状況の中で、僕たちはもう一度、「経済」や「豊かさ」のあり方について考え直す必要があります。人権、環境、平和などにかかわる運動も、この「経済」をきちんと正面に据えていかないとむなしいものに終わってしまいます。
「グローバル」から、自分たちの手が届く「ローカル」へと経済を取り戻すことによって、僕たちは見失いかけている「生きる目的」や「安心して暮らせる未来」を再発見することができる。それが「しあわせの経済」の考え方です。
――今、世界中で新しい動きが起きています。今回、イギリスからは、市民主導で経済を変えていこうと活動するジェイ・トンプトさんが、メキシコからは、先住民の協同組合にかかわるパトリシア・モゲルさんが来日しました。なぜこの二人を招こうと思ったのですか?
辻 ジェイが活動しているイギリスのトットネスという町は、「トランジション・タウン」として世界中から注目されている地域です。トランジション・タウン運動とは、市民が自分たちの地域にある資源を活用しながら、脱石油型の暮らしを目指していくものですが、日本にもかなり根づいていて各地で活発に活動している人たちがいます。
また、パトリシアが長年、ともに活動しているメキシコのトセパン協同組合は、約40年前に先住民によって設立されたもので、僕が知る限りではローカル経済の最もよい例の一つです。
こうした世界中のローカルな動きがつながっていけるように、ぜひ日本でも紹介したいと思ったのです。
地域に根ざした、しなやかな経済を作る
――トットネスから始まり、ジェイさんが力を入れているという「レコノミー・プロジェクト」について教えていただけますか。
ジェイ このプロジェクトは、トットネスのグループで話し合っていたときに生まれたものです。私たちは、世界で直面している大きな問題を解決するには、今とは異なる経済システムが必要だということで意見が一致しました。
大企業がすべてを握り、生態系を破壊して、消費主義をもたらす現在の経済に対して、持続可能で地域に根ざしたしなやかな経済を作っていく必要があると考えたのです。その変化を起こすための環境を整えることが、レコノミー・プロジェクトのポイントです。
例えば、誰もが利用できるコワーキングスペース、地域での起業を支援するコミュニティ銀行、起業マインドを育てるトレーニングなどを整え、新しい経済を実践するような事業が地域で生まれるための条件を作っています。
――具体的には、どんな取り組みの事例があるのでしょうか。
ジェイ 象徴的な活動の一つに「地域起業家フォーラム」というイベントがあります。このイベントでは、世代を超えて地域のさまざまな人たちが120人くらい集まり、打ち解けた雰囲気の中で起業家がアイデアをプレゼンします。もし、それがコミュニティのためになる事業だと思えば、そこにいる誰もが「投資家」になることができます。
投資はお金でもいいし、そうでなくてもかまいません。「マーケティングプランを作ろうか」「紹介できる人がいるよ」など、それぞれができることを持ち合います。労働力を提供できる人、空いているガレージを無料で貸す人、子守をしたり、ランチを作ったりとか、何でもいいんです。
このフォーラムを通じて、これまでにトットネスでは約30もの起業が実現しました。その事業のうち半分が食に関するものです。地域の小さな事業同士がつながって、新しい事業を起こすという循環も生まれています。
ローカルな食から、ローカルな経済、ローカルな金融へと発展していく。そうやって経済を「グローバル」から「ローカル」へとシフトさせています。今では、このレコノミー・プロジェクトが、ほかの国や地域にも広がっています。
40年前、先住民が立ち上げた協同組合
――パトリシアさんがかかわるトセパン協同組合は、どんな活動をしているのですか。
パトリシア 私は25年前から、メキシコのプエブラ州シエラノルテ地域にあるトセパン協同組合にかかわってきました。そこで行われている「アグロフォレストリー(森林農法)」に、生態学者として興味を持ったのです。
ナワット族という先住民によって1977年に設立されたトセパン協同組合は、緑の革命によって広がっていたプランテーション型単一栽培ではなく、昔ながらの農法を守ることを決めました。アグロフォレストリーによって森の中でコーヒーなども栽培していますが、その森には鳥もほ乳類も虫も、本当にたくさん暮らしているんです。
辻 「アグロフォレストリー」という言葉だとイメージしにくいかもしれませんが、日本でいう「里山」に近いものです。森を守りながら、その森の中で生産も行う、伝統的なナワット族の暮らし方のことですよね。
パトリシア トセパン協同組合の正式名称である「トセパン・ティタタニスケ」とは、ナワット語で「ともに」という意味です。「ともに働き」「ともに話し合い」「ともに考える」という、協同組合の成り立ちを表しています。公共サービスも届かない貧しい地域で始まりましたが、今では20以上の地域から約35,000世帯が参加しています。一つだけの協同組合ではなく、さまざまな協同組合が集まったグループなのです。
栽培したコーヒーや胡椒の加工や袋詰めなどを行う協同組合のほか、エコツーリズム、植物を使った伝統医療に取り組む協同組合、さらには、誰もが利用できる銀行など、本当にいろいろなプログラムがあるんですよ。
――自分たちの暮らしに必要なものを、協同組合という形で自分たちの手で作ってきたんですね。
辻 今回、パトリシアを呼びたいと思った理由には、昨年の選挙でメキシコが非常に素晴らしい結果を出したということもあります。長年の市民運動が実を結び、グローバリゼーションの弊害をよく理解している民主的な大統領が2018年12月に誕生したのです。
パトリシア この新しい大統領が掲げている政策に、アグロフォレストリーを取り入れた「命の種まき」と名づけられたプロジェクトがあります。そのリーダーに、トセパン協同組合に技術アドバイザーとして長年かかわってきた女性が大臣として選ばれました。これはとても素晴らしいことです。
森と地域の再生を目指すメキシコ
――「命の種まき」とは、どんなプロジェクトなのですか。
パトリシア このプロジェクトがまず手掛けるのは、アグロフォレストリーを参考にした100万ヘクタールに及ぶ植樹です。これによって、200万人の農民、先住民の雇用を生むといわれています。
森林の生態系を豊かなものにするだけでなく、地域に昔からあったコミュニティのつながりを再生することも目的にしています。また、プロジェクトを推進する協同組合を増やし、そこから若者に奨学金を出したり、保育園を作ったり、小さな事業を支援することも計画に盛り込まれています。
――ローカル経済の取り組みを政府が取り入れようとしているのは、希望を感じる動きです。現代社会が直面している危機の原因には「経済」があるという話を、お二人はどのように感じていますか。
パトリシア 完全に同意します。今世界で起こっていることは、グローバル経済における資本家による生命に対する戦争だと思っています。メキシコでは新自由主義に直面した1980年代から、大きな一部の企業だけが利益を得るようになり、貧富の差を広げています。
ジェイ 経済の仕組みが問題の根底にあるという意見には賛成です。ただ、私は資本主義だけがいけないとは思っていません。私たちはもう一歩下がって、物事の全体を見る必要があるのではないでしょうか。
問題の原因は、私たちが今取り込まれている文化的なシステムにあると感じています。日本とイギリスの文化は異なりますが、どちらも「破壊的な文化」に取り込まれているという点では同じです。違う文化、違う生き方へとシフトしていく必要があると感じています。
みんなで新しい生き方を示していく
――レコノミー・プロジェクトやトセパン協同組合の活動は、その解決策になるでしょうか。
ジェイ 「これが解決策になるぞ」と思うときもあれば、ため息をつきたくなるときもあります(笑)。トランジション・タウン運動は、今や約50カ国、2,000以上ものグループに広がっていますが、すべてのグループが同じようにしっかりとした市民運動を実践できているわけではありません。
でも、世界には私たちの運動以外にもたくさんの市民運動や地域での活動があります。日本の協同組合もその一つですよね。そうしたものが糸のように織り合わさって、新しく一つの織り物を作っているところだと思うのです。
どうしたら新しい暮らしを実現できるのか、みんなで示していくことが大切です。いろいろな活動がつながれば、思っているより早く変化を実現できるかもしれません。
パトリシア この40年間に、トセパン協同組合は多くのプログラムを実施してきました。例えば、トセパン・トミンというすべての人が利用できる銀行があります。ナワット族の人たちが自分たちで預けたお金によって、さまざまな小さな事業をサポートする融資をしてきました。
トセパン協同組合は、最初はほんの数家族だけが集まって、自分たちの尊厳や搾取される資源をどう取り戻すかをテーマに始められました。今では規模が拡大して、政府からのお金に頼らなくてもよくなっています。先住民の人たちの暮らしが、持続可能な社会のモデルになれるということを伝えたいと思います。
いちばん大切なことにも使う時間がない
――3人それぞれに、「しあわせの経済」に欠かせないと思う基本原則を挙げるとしたら何でしょうか。
辻 僕の場合は、「スローダウン」「時間を取り戻すこと」です。商品化されてしまった時間を取り戻す必要があります。「成長」や「開発」といった、いわゆる進歩といわれてきたものは、すべて「より大きく」「より多く」「より速く」することでした。これが進歩の基本原則です。だから、その逆である「スロー」や「スモール・イズ・ビューティフル」が大事なんです。
パトシリア 「しあわせの経済」に必要なものを、私は先住民の人たちから教わりました。例えば「すべての中心に生命がある」こと。それから「多様性」や「ソリダリティ(連帯)」もそうです。もともと私たちには人とつながって協力する能力が備わっているはずなのに、現代社会では時間もなく、他人に興味を持てない状態です。協同組合や小さなグループを作り、つながり直すことが大事なのです。
ジェイ いろいろありますが、「アクティブ・シティズンシップ(主体的な市民参加)」でしょうか。そこには、政治的な行動も必要です。選挙の投票もそうですが、もう一度民主主義をとらえなおす必要があります。「しあわせの経済」だけでなく「しあわせの政治」も必要ではないでしょうか。
レコノミー・プロジェクトは、ローカルへと向かう大きな動きの中に浮かぶ一つです。再生エネルギー、パーマカルチャー、トランジション・タウン、協同組合など……これまで別々に活動してきたものがつながって、一緒に新しい経済のためのネットワークを作る時期にきています。そして、そのネットワークがこれから大きな変化を生み出していくのだと思います。