頼る場所がないまま社会へ
子どもの虐待や貧困といった問題への関心が高まっている。しかし、「厳しい実態はまだまだ知られていません」と、NPO法人子どもの教育・生活支援「アニー基金」プロジェクト(以下、アニー基金)代表の日高眞智子さんは話す。
現在、児童養護施設にいる子どもの数は約27,000人、里親家庭やファミリーホームで暮らしている子どもは6,000人以上(平成28年、厚生労働省)にのぼる。日高さんがアニー基金を設立したのは、里親として何人もの子どもたちを育てるなかで、児童福祉法による公的援助の限界を実感したからだった。
「子どもたちは原則18歳になると施設や里親のもとを出て自立しなくてはいけません。最近になって22歳までの延長措置が認められるようになりましたが、それでも多くの子どもたちが、高校を卒業すると、頼るところもないままに社会に出ていきます」
児童養護施設に暮らす子どもたちのうち、高校卒業後に大学や専修学校へ進学するのは24%で、全高卒者の74%と比べてかなり低い割合だ(※)。国から渡される就職、大学進学などの支度費は平均約27万円(平成29年)で、アパートの敷金・礼金を払って一人暮らしを始めることも、就職のために資格や運転免許を取得することもままならない。
「病気になっても、失職しても、帰る場所や頼る大人がいない。住まいを借りるときの保証人もいません。もし自分の子どもだったら……と話を聞くたびに胸が痛むのです」と日高さん。
※:平成27年度「社会的養護の現状について」(厚生労働省)より
心に深い傷を抱えた子どもたち
アニー基金では、児童養護施設の卒園者や里子の経験者に、運転免許や資格取得、アパート入居、医療費などの費用を、無利子・保証人なしという条件で貸し付けてきた。
「なぜ給付ではなく貸し付けなのかと言われることもあります。でも、自分で契約書を読んで捺印して、責任をもって返済することも、自立のために必要な一歩。給付して終わりではなく、月数千円でも少しずつ返済してもらうことで、子どもたちと長くつながり、困ったときに相談してもらうきっかけにもなっているんです」
これまでに約30人がアニー基金を利用し、看護学校への進学、運転免許の取得、医療費、資格取得費用などに充ててきた。返済後も日高さんのもとには成長した子どもたちから年賀状が届く。こうした活動を続けるなかで、いま日高さんが力を入れているのが、全国に「親子相談所」の創設を求める運動だ。
「虐待や育児放棄された経験をもつ子どもは心に深い傷を受けていて、経済的なサポートだけでは足りないと感じてきました。また、虐待する保護者に対しても心理士による精神的なケア、支援機関の紹介などを行っていかないと、根本的な解決にはなりません」
日高さんが考えている「親子相談所」は、社会福祉士、保健師、心理士などの専門家が常駐し、年齢が上がって児童相談所の措置が解除されたあとも、支援を長期的に受けられる場所だ。保護者からの相談も受けるほか、家庭裁判所の機能をもち、必要であれば親子関係解消などの法的措置も想定している。
18歳のときにアニー基金とつながったある子は、義父から受けた虐待によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩んでいたが、精神科を訪れる決心がついたのは30歳のときだったと言う。33歳で入院を経て就職したいまも心の傷はいえていない。
「児童福祉法では18歳や22歳になると援助対象から外れますが、心のケアは長期的に必要なもの。虐待が繰り返される負の連鎖を断ち切るためにも親子相談所が必要。全国に設置するように法務省や厚労省に働きかけています」
もっと多くの人に関心をもってほしい
千葉県里親会の副会長でもある日高さんは、パルシステム千葉など県内3つの生協を中心に設立された「NPO法人ちばこどもおうえんだん」が運営する「こども・若者未来基金」の活動にも協力している。未来基金では、2017年度から県内の社会的養護下で育った子ども・若者を対象に費用助成、伴走者支援に取り組み始めた。
「こういう仕組みが各都道府県にひとつはできるといいですよね。寄り添ってくれる大人と出会うきっかけにもなるはずです。8年前からかかわり、最近結婚した子がいるのですが、小さい頃から実父に金属バットで殴られるなどの虐待を受けていて保護されました。彼は『家で虐待されて大声で泣いても、近所の人は誰も騒いでくれなかった』と話していたんです。もっと多くの人に関心をもってほしいと思います」