畑でほほ笑む2人の男性

「農福連携」で作る当たり前の地域の姿。障害のある人も、引きこもりの人も、高齢者も、みんな地域の一員

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今、地方では人口減少による農業の担い手不足という厳しい状況がある。一方で、福祉の分野では障害者や引きこもりの人たちが働ける場作りが課題だ。そうした中「農福連携」の取り組みが注目されている。奈良県の有限会社大紀コープファームはここ数年、障害者就労や働くことに困難を抱えた若者の受け入れを積極的に行っているという。社長の和田宗隆さんは、「地域の新しい在り方を作るためのチャレンジの一つ」と話す。

ひきこもりやニートの若者を支援

 「おはようございます。もうコンテナを洗い始めてもらって大丈夫ですよ!」。元気よく、そう声をかけるのは、有限会社大紀コープファームの上野由香さんだ。その声の先にいる青年は、コンテナと呼ばれる容器を独りで黙々と片付けている。彼には知的障害があり、二つ以上の作業を同時に行ったり、抽象的な指示を理解したりすることが得意ではないという。

 そんな彼もここで働き始めて3か月。上野さんは笑顔で仕事ぶりを見守る。

コンテナを積み上げる男性

自分のペースでコンテナ清掃の作業を行う

 奈良県五條市に拠点を置く大紀コープファームは、30年以上前に農薬のみに頼らない生産を目指す仲間が集まり、生協パルシステムなど都市部の消費者団体との産直を始めた生産者団体だ。今では紀伊半島内の奈良県・和歌山県・三重県の生産者数百名が所属するまでになった。

 先ほどの青年が働く地域共同センターは同ファームが農産物の集荷、選果、加工を業務委託する会社で、ほかにもカット野菜やフリーズドライ商品などを扱うグループ会社を展開している。

フリーズドライ工場で働く人

フリーズドライ食品の製造販売を行う会社「ポタジエ」

 その大紀コープファームが試行錯誤しながら取り組んでいるのが、いわゆる「農福連携」の取り組みだ。厚労省や農水省も推進する「農業と福祉の連携」は、双方が抱える課題の解決につながるものとして注目されている。

 しかし、一口に農福連携といっても、福祉事業所が農業を行うところもあれば、生産者と福祉事業所が協力して事業にあたるパターン、農業法人が障害者就労を進めるところなど、その形態はさまざまだ。

 大紀コープファームの場合は、障害者手帳を持つ6名のほか、引きこもりやニートを経験したことがある2名を雇用。それだけではなく、職場体験の積極的な受け入れという形で、就労に困難を抱える人たちが社会に出るための支援を行っている。

地域共同センターの建物

梅の加工など、農産物の集荷、選果、加工を行う地域共同センター

 障害者だけでなく一般就労が難しい若者も支援する背景には、4年前に入社して同ファームの農福連携を担当する上野さんの存在が大きい。前職で就労困難な若者の支援機関である「地域若者サポートステーション(サポステ)」(※)に勤めていた異色の経歴の持ち主だ。

 「支援機関にいたときには、せっかく本人に働く力がついても受け入れ企業がないことが大きな課題だったんです。就労どころか職場体験や見学もさせてもらえない。支援の『出口』がありませんでした。大紀コープファームがその出口になってくれるのではと思って入社を決めました。でも、農業のことは全然知らなかったので、最初の2年はとにかく勉強でした」と笑う。

インタビューに応える上野由香さん

大紀コープファームの上野由香さん

※:地域若者サポートステーション(サポステ):全都道府県に設置された機関で、ニートや引きこもりを経験するなど、働くことに悩みを抱えている15~39歳の若者に対し就労に向けた支援を行う。厚生労働省が委託したNPO法人、株式会社などが運営する。

農業は「ヒューマニズム産業」

 支援側にとって「出口」の問題は切実だ。しかし、なぜ大紀コープファームは上野さんを雇用してまで、この取り組みを進めるのだろうか? 

 社長の和田宗隆さんに尋ねたところ「地方では人口減少がいよいよ本格化して働き手が減っています。多様な人が多様な働き方で支えていく仕組みを作っていかないと、これからの地域は成り立たなくなる」という危機感が返ってきた。

真剣な表情で話す大紀コープファーム社長の和田宗隆さん

大紀コープファーム社長の和田宗隆さん

 「一方で、引きこもりの人たちは全国に約100万人、この近隣地域だけでも数百人いると聞いています。企業に勤めても効率主義についていけずにこぼれてしまう人もいる。僕らのところには農産物の生産もあるし、選果、加工、出荷まで幅広い仕事があって作業を小分けにできる。障害のある人だけでなく、そうした人たちが長く働ける場を作れるんじゃないかと思ったんです」と和田さん。

漢方薬に用いられるせり科の植物、当帰(トウキ)の根

漢方薬に用いられる、当帰(トウキ)の栽培も行っている

 農福連携には働き手不足を補う側面もあるが、それだけではなく、さまざまな人が活躍できる機会を作ることは本人やその家族を元気にし、地域の活性化にもつながっていく。その根底にあるのは、農業は「ヒューマニズム産業」だという和田さんの考えだ。

 「非常に人間的な産業だということです。AI化を進める動きもありますが、やっぱり人の手でないとできないことも多い。自然と共に仕事をするので、自分の意思だけではうまくいかないこともあります。だから面白いんですよ。その中で僕らはコミュニティを作って助け合い、可能な限り自分たちの能力を駆使してやってきました。人と人との結びつきという土台の上で成り立っているのが農業なんです」(和田さん)

当帰(トウキ)の植え付けのようす

当帰(トウキ)の植えつけのようす

 そうした思いから支援機関での経験を持つ上野さんに声をかけたのだという。

「県の委託訓練」と「中間的就労」

 「彼女が入社する前から障害者雇用は行っていましたが、人数はわずかでした。支援される人の立場で考えることができ、専門知識を持つ担当者がいる意味は大きいと思っています。いろいろな人たちが混ざって仕事をすれば、指示にも一工夫をする必要がある。でも、それは職場全体にとってもいいこと。だれでも働けるような職場にしていくことは、仕事の底上げにつながるはずです」(和田さん)

畑で植え付けの作業をするスタッフ

 大紀コープファームでの農福連携には二つの流れがある。一つは、障害者手帳を持つ人を「県の委託訓練」で受け入れて、1か月間の職場体験をしてもらうもの。この場合は、自治体から利用者に訓練手当、企業に委託費が払われる。もう一つは、障害者手帳はないけれど働きづらさを抱えた人を、自治体とサポステを通じて「中間的就労」で受け入れるというものだ。

 「サポステ利用者には、すぐには一般の仕事に就くのが難しい若者もいます。障害者手帳は持っていないけれど、対人関係や社会生活で困難を抱えている人も多い。そうした方に一定の配慮や支援をしながら働く機会を提供し、一般就労に向けた就労訓練をするのが中間的就労です」と上野さん。

柿のほ場

大紀コープファームの柿のほ場

 中間的就労の場合、半日500円、1日1000円の訓練手当と交通費は大紀コープファームの負担になる。期間も3か月~半年と長く、上野さん自身が担当となって支援プランをつくり、支援機関へのフィードバックや、各機関の担当者間で集まってケース会議も行う。サポステの利用者は障害者手帳を持たない分、支援の選択肢が限られている。

 「就労訓練といっても、時間どおりに出勤できない、あいさつができないといった段階からのスタートなんです。中間的就労は利用者にとって社会との貴重な接点で、支援機関にとっても課題や状況を把握する機会になります。でも、正直言って企業側のメリットはほとんどありません。受け入れには自治体の認可が必要で、びっくりするくらい大量の申請書類を書きました(笑)。受け入れ企業が増えないのも当然ですよね……。これは行政にも考えてほしい課題です」(上野さん)

活躍できる居場所になるために

 職場体験では、農作物の生産、シール張り、コンテナ洗浄、梅の一次加工などさまざまある作業から、支援機関からの聞き取りや本人の希望を基に上野さんがマッチングを行う。

梅の加工場。天日干しのようす

梅の加工場。天日干しのようす

 受け入れる現場との調整も大切だ。お互いにうまくいけば、そのまま雇用へとつながるケースもあり、毎年1~4名が採用されている。

 一緒に働く現場の従業員はこの取り組みをどう受け止めているのだろうか。

 「いろいろですね……。大変だと言われることもありますし、成功例と同じくらい失敗例もあります。でも、例えばシール張りの現場で活躍している女性がいるのですが、すごく作業がきれいで周りのみんなも褒めるし、本人も喜んで働いています。もう一人障害者雇用を受け入れてほしいとお願いしたときも、その現場では『ぜひ来てほしい』と歓迎ムードでした。最初はお互いに不安なのは当たり前。成功体験を積み重ねていくことが大事だと思っています」(上野さん)

梅の加工場で作業する男性

梅干しの「セイロ出し」と呼ばれる作業

 上野さんは現場の従業員には障害名や病名ではなく、「気持ちの上がり下がりがあって、下がりぎみの日があるかもしれません」など、その人がどのようなことで困る可能性があるかを伝えるようにしているという。それは先入観を持たれるのを避けるためだ。

 また、「〜はどうですか?」というような抽象的な質問が苦手な人もいるので、伝わりやすい指示の仕方もアドバイスする。同時に、職場体験に来ている人たちには必ず声をかけ、何かあればいつでも相談してもらえる関係を意識して築いているという。

 「わたしがかかわっている人たちは人生の中で失敗してきた体験のほうが圧倒的に多くて、うまくいった経験が少ない。自分のことを気にかけてくれる人が会社にいると思えることはとても大事です。ここが少しでも彼らが活躍できる居場所になったらと思っているんです」と上野さん。

天日干しの梅

「分からなくても教えてくれる」

 農産物チームでは、障害者手帳を持ち大紀コープファームで働いて9年になるというヤスヒロ(39歳)さんと、サポステの職場体験がきっかけで3年半前に就労したシュンスケさん(32歳)から話を聞いた。

 作業は、農場での土作りから種まき、収穫まで、農業全般だ。二人はそれぞれ製造業の工場で働いた経験もあるが、機械のスピードについていけない、体力的にもたないなどで、長くは続けられなかったそうだ。

畑で腰を下ろしてインタビューに応えるヤスヒロさんとシュンスケさん

入社9年目のヤスヒロさんと4年目のシュンスケさん

 「ここでは分からないことがあっても聞いたらみんなが教えてくれる。できなかったことができるようになるのがうれしいです」とヤスヒロさん。

 シュンスケさんも「自然相手の仕事だからなのか、みんな優しくて人間関係がいい。工場の中での流れ作業より、こうして外でのびのび働くほうがメンタル的にも僕には合っていました」と穏やかな口調で話す。

畑で会話しているスタッフ

 チームの同僚とは一緒に食事をしたり、休日に映画を見に行ったりすることもあるほど仲がよい。「雨の日とか天候が悪いときの農作業はつらいけど(笑)、できるだけ長く続けていきたい」と笑顔を見せた。

 上野さんは以前、農産物のチームリーダーに農福連携を紹介する動画で彼らのことを撮りたいと持ちかけたところ、「僕らは障害があるなんて目では見ていない。同じ仲間なのに心外だ」と言われたそうだ。

 「それだけ仲間として受け入れられているということ。うまくいっていればわたしの出番はありません」

畑でインタビューに応える上野由香さん

みんな「同じ地域の一員」として

 大紀コープファームは有機・特別栽培作物の産直から始まり、販売できない余剰分を減らすために加工品製造にも取り組みながら、地域の人たちと規模を拡大してきた。今は人口減少という厳しい状況の中で、農業や地域が存続するための道を探っている。

 グループ会社ではレストランも運営しているが、そこで働く地域の女性たちの平均年齢は70歳、最高齢はなんと91歳だ。レストランで働くうちに、みんなどんどん元気になっていくという。

古民家風のレストランで客に料理を提供する女性たち

「旬の野菜レストラン農悠舎王隠堂」では地域の女性たちが働く

 さらに、地域の農業高校と連携して、生産者のもとで高校生に農業指導を行う取り組みにも協力している。

 「これまでもチャレンジを繰り返してきて、今の僕らがある。農福連携もそのチャレンジの一つです」と和田さんは言う。

 福祉作業所に業務委託する形で大紀コープファームの青果を使った米粉パンの開発も進んでおり、別の福祉作業所の人たちがセンターに来て軽作業を手伝う「施設外就労」など、さらに農福連携の取り組みを広げていく予定だ。

干し柿の入った米粉パン

大紀コープファームの干し柿を使った米粉パン

 「人口は減っていますが、地域にはまだまだ力がある。新しい時代につないでいくためには、地域で支え合うという原点を失ってはいけないと思うんです。障害がある人も、引きこもっている人も、高齢者もみんな同じ地域の一員。地域のいろいろな人に力を貸してもらい、助け合っていくことを喜びとして感じられる産業でありたい。そして、それは地域の活性化にもつながっていくと思っています」(和田さん)

旬の野菜を使った色とりどりの料理

取材協力=有限会社大紀コープファーム 取材・文=中村未絵 写真=山本尚明 構成=編集部