きっかけは厨房のひとこと
社会福祉法人 八千代美香会(やちよびこうかい)が運営する「地域交流プラザ ブレーメン習志野」は、千葉県の「ブレーメン型地域社会づくりモデル事業」(※2)として、2009年に開設された。デイサービス、ショートステイ、介護相談センター、ヘルスステーション、託児所、レストラン、学習塾、多目的ルームなどの施設があり、さまざまな世代の人たちに親しまれている。この地域交流プラザの1階のレストラン「クック」で毎月第2金曜に開催されているのが「ブレーメン子ども食堂」。2016年10月に始まった。
「『クック』の厨房では日替わりランチのほかに、施設の利用者さん向けにお弁当、朝食、夕食も調理している。厨房のスタッフが、テレビでたまたま子ども食堂のニュースを見て、『せっかく厨房があるのだから、地域の子どもたちにも夕食を提供したい』という一言で始まりました」(ブレーメン習志野の施設長・宍倉一麻さん)
「ブレーメン子ども食堂」は午後5時に開店。入口に貼られた今月(7月)のメニューには「ごはん、とんかつ(キャベツ添え)、トマトサラダ(アスパラ、コーン)、なすと油揚げの味噌汁、フルーツポンチゼリー」とある(当日のメニューや食材は少し変更されることもある)。
利用できるのは幼児から中学生までの子どもと、その家族。食事代は、幼児100円、小・中学生200円、大人(家族)300円。毎月約50食分を用意しているが、いつも1時間ほどで完売してしまうそうだ。
「外に貼ったポスターを見て来られたり、口コミやママ友どうしで来られる方も多いです。お子さんの友だちや知り合いの子どもさんを連れてくる方もいます。どなたにも気軽に来てほしいので、利用登録や事前予約はいりません。提供できる数に限りがあって、早いもの勝ちなのが申し訳ないのですが」(宍倉さん)
※2:当時の千葉県知事・堂本暁子氏の提唱で2009年にスタート。事業名はグリム童話『ブレーメンの音楽隊』に由来する。
楽しく、おいしく、食べやすく
レストラン「クック」としての営業は、午後3時まで。営業が終わると、ショートステイ用と子ども食堂用、それぞれの料理の準備が始まる。ふたつ同時につくるので、厨房のみなさんは大忙し。
「今日のメインに使うとんかつと、サラダ用のトマトは、パルシステムさんからいただきました。サラダには彩りよく、コーンを加えています。お子さんたちも楽しく食事ができますし、嫌いな野菜も食べやすくなりますから。とんかつの下には、食べやすく蒸したキャベツと人参を添えています」(店長の安彦幸一さん)
「ブレーメン習志野」の近くには、生活協同組合パルシステム千葉の習志野センターと、株式会社パル・ミート(※3)の本社がある。その地の利を生かし、パル・ミートからはメインの肉料理(とんかつ、フライドチキンなど)を、パルシステムから野菜の提供を受け、習志野センターへ受け取りに行っています。ブレーメン習志野とパルシステム千葉をつなげたのは、習志野市の社会福祉協議会だった。
「子ども食堂用とショートステイ用の料理は、基本的に同じ材料です。その代わり、子どもさんが好きそうな味つけ、見た目を心がけています。栄養バランスを考えた利用者さんの夕食を、子ども向けに楽しく、おいしくアレンジする感じですね。小さいお子さんも多いので、食べやすく小さめにカットしています。今日のお味噌汁に使うなすと油揚げも、サイコロ状にカットしました」(管理栄養士の和田英子さん)
「ブレーメン子ども食堂」では、食材の提供を受けることで、できるだけ安価で料理を提供。「子どもたちに食べてほしい」と毎回、フルーツを寄付する女性もいるそうだ。
「市内にお住まいの方で、半年ほど前から、ご自分で持ってこられます。農家さんではなく一般の方で、フルーツはわざわざお店で買われているそうです。今日もさきほど来られて、アメリカンチェリーとバナナを寄付していただきました。どんなフルーツが届けられるのか、私たちも当日までわかりません。事前に告知するメニューに載らない、お楽しみのデザートなんです。今日の取材にもお誘いしたのですが、『いいです、いいです』と恥ずかしがられて、帰られてしまいました」(宍倉さん)
その女性のことを、「クック」のみなさんもよくご存じだ。
「いつもわざわざ、ここへ持って来てくださる気持ちが、とてもありがたいです。そのご厚意にこたえるためにも、大切に使わせていただいています」(安彦さん)
※3:パルシステム生活協同組合連合会の100%子会社として、パルシステムグループ全体の畜産部門を担う。習志野市実籾に本社がある。
あそびとまなびのひろば
「クック」のそばには公園があり、学校帰りの子どもたちが遊んでいる。そうしたなか、「子ども食堂はここですか?」「予約していないんですが」と子ども連れのお母さんが次々と。なかにはお父さんの姿もある。まだ開店1時間前なのに、大賑わいだ。「初めて来て、よくわからなくて」と困った様子のお母さんには、宍倉さんがていねいに案内をしていた。
開店までのあいだ、ママ友どうしでおしゃべりをしたりするなか、子どもたちは交流プラザの1階の多目的ルームで遊んでいる。そこには、うれしそうなお年寄りの姿が。子ども食堂の日に開かれ、地域のお年寄りと、子ども食堂にやってくる子どもたちが交流する場「あそびとまなびのひろば・らふたす+」だ。
「この施設では、地域のお年寄りの方が集まって、手芸をしたり、おしゃべりをする会を開いているんです。『せっかく折ったのにもったいないね』ということで、つくった折り紙細工を『クック』のテーブルに置いて、子どもたちにプレゼントしました。その縁から生まれたのが交流の場『らふたす+』です」(東習志野高齢者相談センターの細野武明さん)
「らふたす+」を企画した当初、細野さんは、「食事が楽しみの子どもたちが、来てくれるかな」と思ったそうだ。ところがやってみると大盛況。子どもだけでなく、お母さんたちも混じって、折り紙づくりで盛り上がっている。
「子ども食堂も、お年寄りの方の集まりも、最初は別々に始めました。それが結果的に、世代をこえた交流の場になったんです。子どもって、時間をもて余すじゃないですか。お母さんたちも、開店までの待ち時間にこういう場があると助かると思います。のんびりとゆるく、定着させていきたいです」(細野さん)
喜ぶ顔を励みにこれからも
午後5時、「ブレーメン子ども食堂」はオープン! すぐに満席となり、厨房も、フロアも大わらわ。「子ども食堂というより、ファミレスみたいですね」と宍倉さんに言うと――
「地域に開かれたレストランを目ざしているので、この雰囲気でいいんです。生活が苦しいご家庭や事情を抱えた子どもさんも自然とこのなかに含まれ、月に一度楽しく、ここで食事してもらえたら、うれしいです」
食べ終わった子どもたちは、多目的ルームに戻って遊んだり、テーブルにある折り紙細工を選んだりしている。「こんな折り紙もあるよ」と子どもたちに話しかけるエプロン姿の女性がいた。ボランティアの今永登美子さんだ。
「ここの子ども食堂を知ったのは、2年くらい前です。お昼ごはんを食べに来たとき、たまたまポスターを見て、知りました。そのポスターを、隣にいた見ず知らずの女性も見ていて、『いっしょにやりましょうか』と。初対面どうしなのに(笑)。子どもは可愛いですよね、いっしょにいるだけで楽しいです。月に一度のことなので、無理なく、楽しく続けています」(今永さん)
「ごちそうさま!」「おいしかった!」という子どもたちと、「ありがとうございます」「いつも助かります」と話すお母さんたち。それぞれの表情を見て、「クック」のみなさんは満足そう。
「今月も無事に終えることができました。ただ今日はとくにお客さまが多く、2組ほど帰られてしまいました。せめて来られた方には食事を提供できるように調整していきたいです。子どもたちの喜ぶ顔は、私たちの励みにもなっています。地域の方やパルシステムさんのご協力も得ながら、続けていきたいです」(宍倉さん)