ジャムだけじゃない、フルーツの魅力を引き出す技
「こんにちは魚柄さん、聞いてくださいっ!」
あいさつもそこそこに、魚柄さんの元に駆け寄ったのは編集部の山川。手に抱えているのは、器いっぱいのいちごだ。
「せっかくたくさん買ったのに、甘みが薄くて、どうしようかと困っているんです」
確かに、よく見ると白い部分が目立ち、小ぶりで味にばらつきがありそうだ。
「ジャムにしようかな、とも思ったんですけれど、どうしても砂糖をいっぱい使いますよね……」(山川)
「そうか。山川さん、カロリー気にしてたもんね」(高橋)
そんな二人に魚柄さん、「なんだ、それなら簡単。ジャムよりもっとシンプルで、ヘルシーで、しかもお安く! 素材の味を生かす技、あるでしょう? 」と、台所の奥からざるを運んできた。
「ほら、これはちょうど昨日作っておいたもの」(魚柄さん)
「わっ、いい香り……!」(山川)
遠くからでも甘い香りをいっぱいに漂わせるそれは、薄切りにしたキウイフルーツ。
「薄く切って『干す』。これ、調味料も何もいらないけれど、りっぱな台所術です。ま、食べてみなっさい」
促されてまずは、山川が一枚パクリ。
「おいしい! キウイの酸味って実はちょっと苦手だったんですが、これはギュッと味が詰まっていて、もはや別モノです!」
続く高橋は、「何だかグミみたいな食感で、後を引きますね! もう一枚いいですか……?」と、思わず何度も手を伸ばす。
そのようすを見ながら魚柄さん、二人にこう話す。
「ドライフルーツ、って言えば分かりやすいかな? これは一晩干しただけでまだ水分が残っているから、“セミドライフルーツ”ですな。カラカラに干さなくても、家庭で早めに食べ切るならこれで十分。むしろ食べやすく、使いやすいんですぞ」
「そうか、その手が!」(高橋)
「干すって秋冬の乾燥する時季じゃなくてもいいんですね。これ、どうやって作るんですか?」(山川)
二人はいそいそとエプロンを持ち出し、「ぜひ教えてください!」と、にじり寄る。
「だったら家にあるものも一緒にあれこれ、やってみますか」(魚柄さん)
いよいよ、今回の挑戦の始まりとなった。
切り方にルールなし。試行錯誤のプロセスにこそ価値あり
「じゃあ早速、フルーツを切っていきましょ」
まないたの前に立つ魚柄さん。手早く切ってざるに載せていると、高橋がこんな一言を。
「これって、どのくらいの厚さで切れば……? そうか、きっと人それぞれの好みでいいんですよね」
その言葉に魚柄さん、うれしそうにニヤリ。
「お、台所術も8回目になるとだんだん分かってきたじゃあないですか。そのとおり、切り方や厚みに、従わなくてはいけない『ルール』なんてありまっせん。ただ、意識すべきはこれから干す=乾かそうとしている、ということ。好みの食感で、いい具合に乾かすにはどれくらいの厚みがいいか、考えながらやることにこそ、意義があるんですぞ」
「やわらかいキウイはちょっと厚めでもいいかも」(山川)
「いちごは輪切りよりも縦に切ったほうが食感が楽しそう」(高橋)
りんご、キウイ、いちごと、果肉の水分量も密度も異なるそれぞれの食材に合わせて、厚みや切り方を試しながらベストを探る。その過程の中でこそ「技」が磨かれ習得につながるはず、と魚柄さん。二人は話しながら、それぞれに食材をスライスし、ざるに載せていく。
すると、そこへ新たな食材を手に魚柄さんがやってきた。
「ついでに野菜もやってみましょ。大根やきのこはやわらかいからちょうどいい厚さに切るだけ。さつまいものように硬い根菜類は、一度蒸すかゆでてから干すといいですな」
「すごい、いろんなものが干せるんですね」と感心した山川に魚柄さんはこう切り返す。
「だってつまりは切り干し大根に干ししいたけ、干しいもでしょ。ぜーんぶ売ってるけど、買わなくたって家でできるんですぞ!」
「確かに!!」(高橋・山川)
網の中にざる!? 手早く干して、片付けも楽々の一工夫
おおよその食材を切り終えたら、次はいよいよ「干す」作業に移っていく。
「さ、この工程がカンジンかなめですぞ!」
魚柄さんが取り出したのは、魚の干物などを作るための干し網だ。その中に、さきほどのステンレスざるを置いている。
「干し網なのに、直接は置かないんですか?」(高橋)
「さよう。とくに果物は水分と糖分が両方含まれているから、網にくっつきやすいんです。ステンレスざるならはがしやすいし、においもつきにくい。それに、できるだけ食材とざるの接地面が少ないほうが早く乾くでしょ。だからステンレスざるや金網みたいに網の線が細いざるがおすすめ」
「なるほど、私も手伝います!」(山川)
そしてスライスした食材を干し網にしまい終わり、「さあ、あとは待つだけですね」。これにて作業完了と、余裕の表情になる高橋と山川。しかし魚柄さんは、二人をたしなめる。
「なあーにを言ってるの、ただ網にしまっただけじゃあカビ製造機になってしまいますぞ! 大切なのは、いかに上手に干すか。干すのに欠かせないもの、ここにはないじゃあないですか」
「え、干すのに必要なものって……?」(高橋)
「まあ、こちらへいらっしゃい」(魚柄さん)
「干す」ためにいちばん必要な道具とは?
そしてやってきたのは、魚柄邸の屋上。見上げれば輝くような青空だ。
「うーん、風も気持ちいいですねー」と思わず伸びをする高橋に、今日2度目のニヤリが出た魚柄さん。
「ほら、あったでしょ。干すときに必要なもの」(魚柄さん)
「あ、『風』!!」(高橋・山川)
「やっと気づきましたな。早く乾かすには今日みたいな晴れの日に太陽の熱と風の両方を使って『天日干し』するのが一番。でも、日が当たらない場所だったとしても、風通しがよければ問題なく乾かせるんですな。屋上じゃなくてももちろんいい、ベランダでも、窓辺でも、何なら扇風機の風に当てておいてもいい。それぞれの家でいちばん風通しのいい場所を見つけることから始めてもいいくらい、干すためには風が欠かせまっせん!」(魚柄さん)
干し始めから2~3時間ほどで一度ようすを見て、表面が乾いたころを見計らってひっくり返し、再び放置。目安は2~3時間。天候や湿度によって乾く速度も変わるのでようすを見守りたい。
「外干しなら夜露に当たらないよう、夕方に取り込むことも忘れずにネ。また朝になったら出しておくから、明日の午後にでもようすを見にいらっしゃい」(魚柄さん)
「楽しみです!」(高橋・山川)
「ちょこっと干す」で深まる、食材の魅力に改めて驚き
「こんにちはー」
翌日、意気揚々とやってきた二人。部屋はすでにフルーツの香りでいっぱいだ。
「ほら、この通り。天気もよかったから、いい干し上がりですぞ」
魚柄さんが見せてくれたざるの上は、すでに昨日のものとは違ったようすになっている。
「わあ、すごい甘い香り! 1日ぐらいでもこんなに干せるんですね」(高橋)
「色もきれいだし、すごくおいしそう。早く食べたいです!」(山川)
「時間はあくまでも目安。そのときの風や日ざし、気温などを見て干し時間を調節することをお忘れなく。せっかくだから、干し食材のアレンジも楽しみますか。このりんごとさつまいもをバターでソテーしてね」(魚柄さん)
魚柄さんお手製、干して小さくカットしたりんごの皮をアップルティーにして、早速セミドライフルーツ&ベジのティータイムの始まりだ。
「砂糖を使っていないぶん感じる、自然な甘みがうれしいですね。味がぎゅっと凝縮したのはもちろん、香りも強くなって、食べごたえがあります」(高橋)
「このソテーもすごく味わい深くておいしい。セミドライだと戻す手間いらずでアレンジもできるのがいいですね」(山川)
すっかりセミドライの技に魅了された二人。確かに完全ではなく「ちょこっと干す」の手軽さと仕上がりは、日々の食卓の世界を広げてくれそうだ。
食材選びもアレンジも自在。あとは実践あるのみ!
ここで改めて、セミドライフルーツ&ベジの作り方のおさらいを。
① ほどよい厚み
食材によって切り方の調節を。硬い根菜類などは、一度蒸すかゆでてから干して。
② できるだけ接地面を少なく
食材はステンレスざるなどできるだけ線の細い網に載せる。さらに、干し網があればよいが、なければざるの上にサイズ違いのざるをかぶせたり、フードカバーや洗濯ネットなど「風を通す網」で鳥や虫、大きなゴミから食材を守って。
③ 風がいちばん通るところに干す
家の中でいちばん風通しがいいところを探して干して。日光は強すぎると変色などにつながるため、ほどほどでOK。ころあいを見てひっくり返し、裏面にも風を当てることが大切。
④ カビがついても慌てない
干したものの中の一片だけにカビが生えてしまった! そんなときは、カビがついた部分は取り除き、さっと水洗いして、今回魚柄さんが紹介してくれた「りんごとさつまいものソテー」のようにしっかりと火を通しましょう。また、セミドライは水分が残っているので、早めに食べることも重要。 もちろん、カビを生やさないようにすることが大事ですが、万が一カビだらけになってしまったときは、大いに反省してから捨てましょう。
「『干す』には失敗という言葉はないんです。あとはそれぞれの五感を生かして、お気に入りの食材やほどよい切り方を探求あるのみ。レポートをお待ちしておりますぞ」(魚柄さん)
「はい、やってみます!」(高橋・山川)