はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

食と暮らし、持続可能な社会を考える、
生協パルシステムの情報メディア

シニア食堂オンラインの様子

写真=NPO法人東葛地区婚活支援ネットワーク

人生100年時代が輝きだす。食と学びで人をつなげる、千葉県流山市の「シニア食堂」に注目

  • 暮らしと社会

コロナ禍により、家族や親戚にすら会いたいときに会えない状況が続いている。イベントは軒並み中止となり、一人暮らしなら、だれとも話さず一日が終わることも珍しくなくなった。そんな泣き面にはちの状態が続くこと1年半、千葉県流山市でユニークな取り組みが行われていた。その名は「シニア食堂」。シニア世代が集い、ともに料理や会話などを楽しむ会で、参加者は70代が中心。そして驚くことに、現在の活動はオンライン化しているという。

 

※取材はすべてオンラインで行いました

顕在化する高齢者の社会的孤立

 千葉県北西部に位置する流山市。東京に近接した立地と、2005年に開業したつくばエクスプレスや常磐自動車道などの利便性から、働き盛りの転入者が多い地域としても知られる。

 となると高齢化の問題とは無縁と思われるかもしれないが、もともと住んでいる高齢者に加え、息子や娘に呼ばれる形で、高齢の親が移り住むケースも増加。住民の高齢化と、高齢者の社会的孤立[1]は、問題になりつつある。

婚活支援の経験が、シニア層の課題解決へのアプローチへ

 2012年から同市に事務所を置く「NPO法人東葛地区[2]婚活支援ネットワーク」は、もともとは若者向けの婚活支援をしてきた。しかし、活動を続けていく中でシニア層が置かれる現状に直面し、その課題に変わった形でアプローチを続けている。

 「婚活イベントを開催していく中で、シニア層からの相談や婚活パーティーへの参加が、思っていた以上にあることが分かりました。当時は、結婚相談の場に訪れたシニア層に出会いの場を提供し、結婚のサポートをするのが正解だと思っていたのですが…」と、説明してくれたのは現在同団体の副代表を務める松澤花砂(ちさ)さん。

オンラインで取材に応じる松澤花砂(ちさ)さん

松澤花砂(ちさ)さん(写真=編集部)

 実際にはシニア層向けの婚活パーティーやお見合いを開催しても、おつきあいするケースは少なくなかったが、結婚に至るケースはなかった。

 「最近どうしてるかな?と連絡してみると、実は…という感じで、とてもすまなそうに別れたことを告げるかたばかりでした。よくよく理由を伺ってみると、結婚して環境を変えるのはつらい、子どもに反対されてしまって…という声も多くあって…」

 そこには、歳を重ねてきたからこその現状や思いがあり、こうした声に寄り添ううちに、松澤さんはいつしか、シニア層が求めているのは単純な「出会い」ではなく、気持ちを共有し、孤独を受け止めてくれる「交流の場」ではないか?と考えるようになった。

 「何がいちばん寂しいか、シニア層のかたに聞くと、決まって『食事』という声が返ってくるんです。一人で食べてもおいしくない、自分の分だけを作るのはめんどくさい。料理ができないから買って済ませている…このまま放っておいてはいけないと真剣に思ったんです」と松澤さん。シニア層が抱える孤立という問題の本質が見えた瞬間だった。

一緒に料理をすることではぐくまれるコミュニティ

 こうして、これまでの婚活支援の活動を生かし企画されたのが「シニア食堂」だった。早速、シニア層がよく目を通す、市の広報誌に情報を掲載したところ、初めて開催した2017年5月こそ参加者は4名だったが、口コミやSNSで瞬く間に評判が広まる。月に1回ペースで開催された各回30名の定員は、毎回満席という盛況ぶりで、ほとんどの参加者がリピーターになった。

料理を終えみなで食事を楽しむ参加者

料理後食事を楽しむ参加者たち(写真=NPO法人東葛地区婚活支援ネットワーク)※写真は新型コロナウイルス感染症拡大前のもの

 もともと、婚活イベントでも食事を共にする企画は参加者どうしの会話が弾み、企画自体の人気も高いことを肌で感じていた松澤さん。

 「一緒に食事をすることは、年齢や性別を超えて打ち解けられる最適な手段だと分かっていました。お一人さまシニアが寂しい思いをしているのは食事との声も聞こえてきている。ですから交流の場を作ろうと考えた時「食」を中心に据えようと最初から考えました」

 通常、シニア食堂のプログラムは、ふだんの料理では使うことの少ない食材をあえて用いて、5~6名が1組になって調理する。そこには、料理のレパートリーを増やすということの他に、何歳になっても好奇心を忘れない、という思いがある。

シニアにとってはなじみのうすいアボカド料理に挑む参加者

この日はアボカド料理に挑戦(写真=NPO法人東葛地区婚活支援ネットワーク)※写真は新型コロナウイルス感染症拡大前のもの

 料理ができ上がったらみんなで一緒に味わい、その後、ヨガや脳トレなどのプログラムを経て解散となるが、そのまま参加者同士で誘い合って、場所を変えて2~3時間お茶会が続く、という日も多いそうだ。

 シニア食堂に長く参加してきた鮎澤武夫さんは話す。「日々の食事を作ることに大変さを感じていたので、渡りに舟のイベントでした。最初は勝手が分からなくて、人と一緒に料理をすることに戸惑いもあったのですが、松澤さんやボランティアのスタッフが上手にエスコートしてくれて。そこからは毎回参加するのが楽しみで、心待ちにしている催しです。同じ境遇の仲間を得られて、話ができるのは何にも代えがたいです」

オンラインで取材に応じる鮎澤武夫さん

オンラインで取材に応じる鮎澤武夫さん(写真=編集部)

 婚活から交流へと参加のハードルは下がったものの、それでもすぐに打ち解けるのは難しい。その成功の裏側には、松澤さんをはじめとする同団体のサポートと、参加者と同年代のボランティアスタッフの存在がある。

 「さりげなく会話をリードしたり、話が弾むようにフォローしたり。失敗もオッケー!とみんなで声をかけ合ったり、とにかく安心して話ができる環境を整える。もともと、近い環境にいる"仲間"なんです。きっかけがあれば自然と呼応して、皆さんみるみる打ち解けていくのが分かります」と、松澤さん。

逆風を追い風に。ほっと電話、そしてオンラインへ

 そんな折に世界を覆ったのが、新型コロナウイルスと感染拡大だった。「シニア食堂」はすべて開催中止に追い込まれ、生きがいにもなっていたコミュニティが失われる危機にひんした。しかし、松澤さんたちはコロナ禍だからこそできることをと、「ほっと電話」という取り組みを始めた。

 「シニア食堂で活躍していたボランティアスタッフさんや私たちが、参加者の皆さんと月1回近況報告を兼ねて電話で連絡を取り合う。言ってしまえばそれだけなんですが、大人数の場ではなかなか話せなかった身の上話や病気の話、悩みも相談される間柄になって、親密度が増しました」と松澤さん。

 リアルの場で会えなくなったことが、逆に個々の関係性を深める思ってもみない効果を生んだ。そしてこのほっと電話と同時に取り組み始めたのがシニア食堂のオンライン開催だった。

 「リアルでの開催がしばらく絶望的ななか、それでもこんな時こそコミュニケーションを取り続けるのが大事だと思い、シニア食堂をオンラインで開催することを決断しました。しかし残念ながらオンラインの環境は皆にあるものではない。それでもアクティブな会員60名のうち25名が参加してくれるようになりました」と松澤さん。

 この数字を読み飛ばしてはいけない。この25名、松澤さんたちがパソコンの設定からオンライン通話の機能説明、使い方、実際の接続までを一人一人丁寧に電話で説明していくことで実現した数字だからだ。時には自宅に駆けつけるほどの手厚さで疑問点を解消し、技術を会得した人が周りの人にも教えるという派生によって、一人一人のリテラシーが向上していったのだという。

 シニア食堂オンラインでは、一緒に調理をすることはかなわない。代わりに近況報告の時間に加え、講師による料理のデモンストレーション、学びの時間など、参加者を飽きさせない工夫がなされている。

シニア食堂で開かれる学びの時間

学びの時間ではバリエーション豊かなカリキュラムが展開される。写真は渋沢栄一をテーマにした歴史講座の時のもの(写真=NPO法人東葛地区婚活支援ネットワーク)

 オフラインでもオンラインでもシニア食堂に参加している山田圭子さんは話す。「オンラインのイベントは、若い人がやるものだと思っていました。だから松澤さんの熱意なくしては始められなかった。本当に感謝しています。シニア食堂がきっかけで資格試験の勉強も始められて、毎日に張り合いができました。人生100年時代といわれて、100歳までの時間をどう過ごしたものか…と思っていたけれど、今は毎日が楽しくて、やりたいこともたくさん。どうしたら100歳まで元気で生きられるかを考えています」と笑う。

オンラインで取材に応じる山田圭子さん

オンラインで取材に応じる山田圭子さん(写真=編集部)

生涯、生きがいを持って暮らせる社会を実現するために

 山田さんがシニア食堂に参加したのは、実は娘さんからの誘いがきっかけだったという。娘の八巻明子さんは、前向きにオンラインに取り組み、挑戦していく母親の姿を、ほほえましく見守る。

 「母はもともとが行動的な性格なので、コロナ禍で自由に出歩けなくなることがストレスになる心配がありました。かといって、パソコンの説明などは家族が関わろうとするとけんかになってしまったりするんです。こうした団体のサポートは、家族としてもとてもありがたく、応援しています」

オンラインで取材に応じる八巻さん

オンラインで取材に応じる、娘の八巻明子さん(写真=編集部)

 家族でオンラインの技術を使いこなせるようになれば、家族間コミュニケーションの幅も広がる。特に会えない環境下では、互いの健康を知り合うには顔を見て話せるのが一番の手段だ。

 さらに、一連の活動ではぐくまれてきたコミュニティは、単なるイベントの仲間たちという枠組みを超えて、参加者の家族を支える互助組織としての役割も担い始めている。「シニア食堂のSNSでの報告が、そのまま母の近況報告になるんです。元気でいる姿を見るととても安心しますし、こちらからも連絡がしやすくなる」と八巻さん。

 一方で、鮎澤さんや山田さんは積極的に行動を起こせる人であり、その一歩が遠いかたも大勢いるはずだ。自分から動きにくい方々にとって二人のような存在は、最初の一歩を踏み出すための背中を押してくれる存在になりうる。

 「再び、気兼ねなく会える世の中がやってきても、シニア食堂オンラインはやり続けます。オンライン・オフラインそれぞれが柱になることで、できることも広がる。ますます高齢化していく日本の中で、それぞれの個性を生かしてつながり合える世界を作っていきたい」と松澤さん。

 参加者の一人、鮎澤さんは「一歩を踏み出すと世界が変わる」とシニア食堂を表現した。山田さんは、「今が一番の青春時代」と挑戦を謳歌し、八巻さんは、「いくつになっても挑戦できる環境があることは幸せなことだと、母から教わった」と話す。

オンラインで取材に応じる山田さん、八巻さん

写真=編集部

 変化を生み出すヒントは無数に存在していても、そこにアクセスできるかどうかは、個人の環境や性質によるところが大きかった。しかし、オンラインの広がりや草の根的な活動が張り巡らされていくことで、ハードルは確実に下がってきている。

 実は生協パルシステム千葉は、シニア食堂の活動を助成している。しかし「さぁ!」と動きだそうとした矢先にコロナ禍が起き、具体的な活動はできていない。取材を見守ってきたパルシステム千葉・担当の丸岡さんは話す。

 「感染拡大が収まったら、生協の施設をシニア食堂に利用いただいたり、生協を利用している組合員に参加を呼びかけるなどしたいと思っています。逆にシニア食堂をパルシステム千葉のイベントに誘うことがあってもいいですね。地域ごとの問題に目を向け、多くの団体や行政と手を携え、健やかに過ごせる地域作りに貢献できたらと思います」

 オンラインに代表されるコミュニケーションは、一見ストレスになりそうだが、「人と人とがつながる」というシンプルで絶対的な目的に変わりはない。ならばより便利で簡単で、身近な方法を選べばいい。一歩を踏み出すためのハードルが下がり、間口も広がったウィズコロナの時代。新たな生きがいに続く旅路は、いつでも、だれにでも開かれている。

脚注

  1. 総務省「高齢者の社会的孤立の防止対策等に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」によれば、平成23年時点での高齢化率は23.3%と、国連が超高齢社会と位置づける21%を上回り、増加する高齢者の社会的孤立や孤立死を防止する動きが求められている
  2. 千葉県北西部の地域。野田市、流山市、柏市、我孫子市、松戸市、鎌ケ谷市を含む場合が多い

取材協力=NPO法人東葛地区婚活支援ネットワーク 取材・文=千葉智史 写真=NPO法人東葛地区婚活支援ネットワーク、編集部 構成=編集部