「米余り」に苦しむ日本
――コロナ禍になってから家庭で食べるお米の量が増えたと聞きます。実際、米業界はどのような状況でしょうか。
佐野 家庭での米の消費量は増えましたが、コロナ禍で特に外食産業は大打撃を受けました。10月から新米に切り替わっていますが、2020年産米は、外食での消費量の落ち込みに加え、各地で豊作だったこともあり全国的にかなりの余剰が発生しました。
2021年産の新米も全国的に生育が順調で、さらにだぶつきそうです。産地によっては、2020年産米が数トン単位で残っているところもあり、新米の保管スペースにも困っています。
小池 うちは原宿にある米屋です。昼間人口は多くても夜間人口は少ないという特殊な地域にあり、売り上げの7割は飲食店向け、3割がインターネット販売を含めた一般家庭向けです。コロナ禍で一時は飲食店向けの売り上げが5〜6割落ち込みましたが、今はコロナ以前よりも2〜3割落ちた状態が続いています。
感覚的にですが、一般家庭向けの売り上げは1割ほど伸びています。単純に飲食店で減った分の消費が家庭で増えるというふうにはいかないようです。農家さんからお米を買ってもらえないかと連絡をもらいますが、うちに限らず多くの米屋もまだ2020年産の古米を抱えています……。
柏木 私の夫は米農家で、昨年はコロナの影響をあまり感じていませんでしたが、今年に入ってから飲食店向けの需要が減っていますね。昨年、たくさんお米がとれたこともあって、やはりお米がかなり余っています。
先日、2021年産の新米価格目安となるJA概算金が出たのですが、非常に安くてつらいです。周囲の生産者さんたちも大変な思いをされているようです。
――なるほど。お米がたくさんある分にはよいことばかりかと思いましたが、そうでもないんですね。
佐野 そうですね。柏木さんもおっしゃっていたように、まず米の売価が下がります。必然的に産地の収入も減るので、米作りをやめてしまう人が出てくる可能性も。米業界にとって危機的な状況といえますね。
実際、わたしのところにも生産者の方々から多くの電話がありました。パルシステムでは、この米余りの状況を伝えるチラシを配布。おかげさまで200トンほど注文をいただくこともできました。この大変な事態に、少しでも産地の力になれたのはよかったです。
ただ、米作りを続けていただくためには、それだけでは足りません。先ほど話にあったように2021年産の新米価格相場は下がっていますが、パルシステムでは産地の方としっかり意見を交わし、お互いが納得できる金額を見つけていこうと思っています。
知れば知るほどはまる「お米」の奥深さ
――余っているお米をしっかり消費することが大事なんですね。とはいえ、お米を食べる量をいきなり増やすのは難しい気がします。何かおすすめの方法はありますか。
柏木 お米っていつも同じものを注文しているかたも多いかなと思います。私は、ぜひいろいろな銘柄やさまざまな生産者のお米を食べてみることをおすすめします。
うちでは、いつも数種類を1〜3キロずつ注文していて、一人暮らしの学生が使うような小さな冷蔵庫を“ライスセラー”と呼んで、そこでお米を保管しています。明日の朝はどれを食べようかなあ、今夜は何を食べようかなあとお米を選ぶのは楽しいですよ。今は30種類くらい入っていますが、もちろんちゃんと新鮮なうちに食べています。うちは夫婦で1日7.5合を食べるので、いっぱいあっても大丈夫です。
小池 二人でそんなに。農水省に表彰されそう(笑)。
柏木 銘柄ごとの特性を調べたり、同じ銘柄でも違う生産者のお米を食べたり、水量やとぎ方や炊飯道具を変えて食べたり。いろいろ研究しながら食べると、どんどんお米の魅力にはまっていきますよ。
――お米ってとぎ方ひとつで、そんなに変わるものですか。
柏木 すごく変わると思います。お米の表面には精米時に付着する粘着性のある糠(ぬか)がついていて、とぎ具合で食味がけっこう変わるんです。
あと、お米によっては春先以降や梅雨明け以降にほのかに古米臭が出てくるものもあります。さっととぐだけでは炊いたときに若干の古米臭が気になりますが、しっかりとぐとそのにおいがなくなったりするほどです。
小池 一般的には「とぐ」というと力強くぎゅうぎゅうやるイメージがありますが、それとは違うんだよという意味で、私はあえて「洗う」と言っています。
糠が風味を損ねるというのはおっしゃるとおりですが、逆にとぎすぎると玄米の糠層と白米の胚乳の間にあり、うまみが多いとされる「亜糊粉(あこふん)層」まで取れてしまいます。ごしごし力強くといでしまうとお米自体も割れてしまいますしね。
近年は、夏が暑すぎるからもろいお米が多くて、余計に割れやすいので注意です。割れてしまうと、べちゃつきの原因になるので、ふっくらと粒が立ったお米を食べたければ優しく洗う、優しくとぐほうがいいんですね。柏木さんはとぐといってもごしごしやる感じではないですよね。
柏木 とぎ方はめちゃくちゃ悩みまして、ある懐石料理店の炊飯名人の店主に相談した結果、まずは拝むようにお米をこすり合わせる「拝み洗い」をしてから、指を丸めた手でしゃかしゃかとぐという合わせ技に落ち着いています。おっしゃるとおり、とぎすぎないようにしています。
小池 先ほど話が出たように、季節によってとぎ方が違うというのも本当にそうです。
柏木 新米のときは、そうはいっても糠もちょっともったいないような感じがして回数を少なめにとぐのですが、梅雨明けだと若干しっかりめにといだりするので、季節によってもとぎ方って変わってくるなと思います。よくメディアで何回といだほうがいいとか、自分も取材を受けたときに何回くらいとぐとか言っちゃいますけど、本当は時季によっても、お米の質によっても違うんですよね。
小池 全くもってそのとおりです。炊飯器の登場のおかげで簡単に炊けるようになりましたが、お米は野菜と一緒で生鮮食品です。状態を見て調理法を変えるのはごく当たり前で、お米の状態が季節によって違うのも当たり前なんです。
“変化”を楽しむ
柏木 年間通して同じお米を注文し続けたときの変化も楽しいですよね。
小池 おっしゃるとおり。
柏木 新米の時期はみずみずしくて香りも高いけど、あ!なんだか年明けから味が濃くなってきたぞ!というお米もあるわけじゃないですか。梅雨明けくらいから、あれ、なんだか粘りが薄くなってきたぞとか。それもお米は生き物だととらえてみると楽しいですよね。
それに同じ生産者のお米でも田んぼによって違うじゃないですか。うまい米がとれるという田んぼもあれば、ここは何をしても難しいという田んぼもあって。ロットによっても味が違うので、いろいろな楽しみ方ができると思うんですよね。
なので、同じお米を頼み続けて変化を楽しむとか、いろいろなお米を食べてみるとか、炊き方をちょっと変えてみるとかとぎ方を変えるとか、そういうふうにやっていくと、だんだんお米の声が聴こえてくるんじゃないかなあと。
小池 「お米の声」はいいなあ(笑)。
佐野 私もあえて妻のとぎ方と変えてといでみることがあるんです。すると、はっきりと炊き上がりが違うんですよね。水につける時間やとぎ方で変わってくる。そういう楽しみ方は本当におもしろいと思います。
米担当になってからお米の食べ比べをするようになり、こんなに味が違うんだなと。今日はこれ、明日はこれと楽しみながら試食していますが、毎日でも飽きません。仕事でも楽しいんだから私生活でも同じことがいえるんじゃないかなあと思います。
柏木 お米って本当に毎日食べても飽きないですよね。味付けした炊き込みごはんを毎日食べると飽きるかもしれませんが、米と水だけで調理したごはんはなぜか飽きない。
それに、お米って単品で食べる人って少ないじゃないですか。おかずやみそ汁とかと一緒に食べますよね。で、おかずが毎日違えば絶対飽きないですよね。
佐野 うんうん。たまに塩むすびとかで主役になるときもあるし、わき役にも主役にもなれる。そういった意味ではオールマイティーな食べ物なんですよね。
“多様性”も楽しむ
小池 それにお米にはいろいろな種類があるので、その多様性を楽しまない手はないですよ。
うちの店でもいろいろな産地のコシヒカリがあって、たとえば新潟と福島のコシヒカリは別と考えればすごい数になります。日本人とお米は長いつきあいが続いてきていますが、今この時代が最も品種が多くて、いちばん楽しめる時代なんです。
これだけ種類があるんですから、お米を作る側や売る側も、お米の多様性や、季節によって違う、炊き方によって違う、炊飯器具によっておいしさが違う、そういった変化も楽しいということを伝えられれば、お米をより楽しんでもらえると思います。
たとえば、「お米って何ですか」「お米って聞いたことない」という人はいませんが、とぎ方を知らないという人はいます。「そもそも何でとぐんですか」「糠ってなんですか」と。そういったことを伝えると、その人ははたと気づくんです。「お米って知らないわけないと思っていたら、知らないことだらけだった」と。それでがぜん興味がわくんですよね。そういう機会を僕らがもっともっとお客さんに提供できればいいなと思います。
――お米って本当にいろいろな楽しみ方があるんですね。ちなみに異なる銘柄のお米を混ぜても大丈夫なのでしょうか?
小池 大丈夫ですよ。2種類以上のお米を混ぜて新しい味を生み出したものを「ブレンド米」といいます。うちの店でも、カレー屋さんやおすし屋さんなど、その店のメニューに合ったブレンド米をカスタマイズしています。
たとえば、日本風のカレーだったら、ルーがもったりしているので、粒がちょっと小さめのお米がいい。ルーがとろっとしていて米粒にはしみ込まないので、しっかり土台を作れる粘りのあるごはんがいいなと。
ご家庭でもいろいろなお米を1〜2キロずつくらいブレンドして遊んでみるというのはよいと思います。それも新しいお米の楽しみ方ですね。
佐野 パルシステムで扱っている『淡雪こまち』も産地のかたからブレンドして楽しんでほしいと言われることがありますね。もっちりとした粘りのあるお米です。
柏木 以前に小池さんから、あっさりとしたお米に対して粘りの強いお米というふうに特性が両極端のお米を使うと挑戦しやすいと教えていただきました。もっちりとしたどっしり重ためのお米を、ほかのお米にちょこっと混ぜるのは、ブレンド米の入り口として入りやすいと思います。
プロが感じる「お米の魅力」
――なるほど。なんだかお話を聞いていると、日本人にとってお米はあって当たり前のものになってしまったことで「積極的においしくしよう」という気持ちをどこかでなくしてしまったんじゃないかと思いますね。
柏木 あって当たり前のものっていうのはなかなかありがたみに気づかないんですよね。まあ夫婦とか家族とかもそうだと思うのですが。
小池 お米もね。
柏木 そう、お米もあって当たり前だと思っていると、いつか食べられなくなる日がやってくるかもしれません。私は日本の農地を守るためにもお米を食べたいと思いますね。
――最後になりますが、皆さんが思う「お米の魅力」を一言で教えてください。
小池 お米は「日本人の心」という感じでしょうか。
以前、うちのお客さんに社長も含めて社員全員が世界旅行を経験している飲食店がありました。「うちはお米を大事にしている。チーズとかワインとかは海外にいくらでも日本よりもおいしいものがある。でもお米については日本が一番。海外を旅行するとよく分かる」というんですよね。
食べて心がほっとする。理屈じゃないというか、腹に落ちるというか、そういうおいしさがある食べ物だと思います。
柏木 私はお米の魅力は「多様さ」だと感じています。特に今はうるち米だけで300種以上あるという品種の多様さもあるのですが、同じ銘柄でも産地によって、違う品種じゃないのっていうくらい食味が違うのもおもしろいなあと思います。
同じ産地同じ銘柄でも、生産者や栽培方法や土壌によって味が違う。さらに、精米によってもかなり味が変わるし、炊飯によっても味が変わる。おむすびにしても、作りたてと冷めてからで味わいが違う。いろいろな意味での多様さもすごく魅力的だなあと思います。
それから、お酒を飲むとお米を食べない人もいますが、炊き込みごはんや混ぜごはんを肴にお酒って飲めると思うんですよね。勝手に「つまみめし」と呼んでいるのですが、そういう文化がもっと広がったらいいなあと。つまり言いたかったのは、お米は「万能」というのも魅力だということです(笑)。
佐野 私はお米の魅力はなんといっても「おいしさ」に尽きると思います。
いろいろなお米を食べてみて、自分に合うお米や調理法に合うお米を見つける。そんな「お米の旅」がずっと楽しめるのもだいごみじゃないかなと思いますね。