12年に及ぶシリア危機。厳しい政治状況下での支援活動
セーブ・ザ・チルドレンは、日本を含む29カ国の独立したメンバーで連携し、約120カ国で支援活動を展開している。子ども支援専門の国際NGOとして、約100年の歴史を持つ。
2023年2月6日に発生したトルコ・シリア大地震では、現地で活動するセーブ・ザ・チルドレンがチームを立ち上げ、緊急支援活動を開始。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンも職員を派遣し、連携して支援に当たった。
「大規模な自然災害、紛争や人道危機といった有事の際は、当該国および近隣の国で活動するセーブ・ザ・チルドレンが支援活動の中心を担います。もともとトルコとシリアで活動していたので、今回の大地震もすぐに支援に当たることができました」
セーブ・ザ・チルドレンの活動地域は、トルコ3県11地区にわたる。各地区の被害状況や被災者のニーズに合わせ、現地の支援団体と連携しながら活動を続けている。
トルコと隣接するシリアでの危機[3] は、12年にわたって今も続く。トルコには多くのシリア難民が暮らしており、そうした政治状況下で支援が行われている。
「予断を許さない状況なので、現地で活動するNGOや支援団体との連携は欠かせません。シリアは現在、外務省による渡航制限で日本人は入国できません。地震の被害が大きかったシリアの地域では、現地の複数のNGO団体と連携して、支援に当たっています」
現地で支援に当たる、日本のNGO同士の連携もある。日本のNGOも多く加盟する「ジャパン・プラットフォーム」[4]には、今回の大地震で支援に当たるNGOが参加するワーキンググループがあり、現地の情報や活動状況を共有している。
シリア難民とトルコ国民の分断を生まないために
大地震から間もなく1年。人道支援を必要とする人は約910万人、そのうち子どもは約250万人に上る。多くの被災者が今も、仮設テントや仮設コンテナで避難生活を送っている。町にはがれきが多く残され、粉じんなど環境状況の悪化も懸念されている。
「インフラはいまだに復旧しておらず、被災者の生活再建の見通しも立っていません。日々の生活物資も支援に頼らざるをえず、現地の支援団体から継続支援を求める声が高まっています。とくに冬の寒さは厳しく、毛布、防寒着、燃料などの越冬支援を厚くする必要があります」
トルコは、シリア難民を世界でいちばん多く受け入れている国である。そのトルコの経済状況も厳しい。もともと疲弊していた国に、この大地震が起きた。
人道支援の難しさもある。難民を受け入れる国では、難民とその国の住民とのあつれきが発生することもある。こうした対立は被災者同士の分断を生み、支援活動にも影響を及ぼしかねない。
「トルコのように社会経済状況が不安定な国で暮らす住民にとって、難民だけを支援することは不平等感を与えかねません。それが難民に対する、否定的な感情にもつながります。そのため難民支援の際は、その国と地域に昔から暮らす『ホストコミュニティ』と呼ばれる人たちへの支援も同時に実施します」
セーブ・ザ・チルドレンでは、被災者の生活再建、就労支援、雇用促進にも取り組んでいる。活動を実施する際にも、可能な限り難民と住民それぞれから偏りなく事業に携わってもらうことをめざしている。
被災した子どもたちを守る、安全な場づくりと教育面のケア
大地震や大規模な自然災害、人道危機のしわ寄せは子どもにいくことも多い。セーブ・ザ・チルドレンが現地で運営する「こどもひろば」は、子どもたちが安心して過ごせる場である。「こどもひろば」があることで、家族も安心して仕事や復旧作業に当たることができる。
「日常生活が変わりなく続くことは、子どもにとって大切です。地震で家族や友人を亡くしたり、自宅や学校が倒壊したりすると、それまでの日常が急に断たれてしまいます。子どもの心理面に与える影響は深刻なので、安全・安心な場づくりは、私たちの重要な活動になっています」
今回の大地震は、午前4時過ぎに発生した。その時間になると目が覚めてしまうなど、地震後も不安を抱える子どももいる。子どもなりに乗り越えていくにしろ、立ち直るまでには時間がかかる。
「とくに支援を必要とするのが、地震で家族や親類と離れ離れになった子どもです。大人であれば、自分から支援先を見つけ出すことができますが、子どもには難しいことが多いです。誰も頼る人のいない子どもへのサポートも喫緊の課題です」
支援においては、教育面のケアも無視できない。地震により多くの教員が転出し、授業を再開できない学校もある。満足な教育が行われないことは、児童労働や人身売買を引き起こす要因にもなる。
支援活動を通して、被災者のこころの声に耳を傾ける
物資支援、復旧支援、資金援助とともに、被災者のメンタル面のケアも大事な支援活動である。トルコに派遣されたセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの赤坂美幸さん[5]は、子どもと養育者のこころのケアに精通する専門家として、現地で支援に当たった。
「地震発生直後は、水や食料、医療、住居といった、命をつなぐ支援がまず求められます。被害が甚大で、影響が中長期化するに従って、今度は被災者のこころのケアが必要となります」(福原さん)
被災者はどんな悩み、苦しみ、悲しみを抱えているのか。支援に当たるスタッフは、それを受け止めるだけの知見も問われることになる。
「支援物資ひとつ配るときも、『ほかに必要な支援はないか』という視点が求められます。支援に当たるスタッフの多くは、精神科医や臨床心理士のようなこころのケアの専門家ではありません。被災者と日々接しながら、その人のこころの声が少しずつ聞こえてくるんです」(福原さん)
また、現地・トルコ政府との緊密な連携も、国外の支援団体が十分なこころのケアを行うためのかぎとなる。
支援を必要としない社会づくりへ。誰も置き去りにしないために
トルコ・シリア大地震に対するセーブ・ザ・チルドレンの緊急支援期間は、2024年4月でひとまず終わる。しかし、支援はまだ終わらない。住環境の整備、健康と衛生対策、子どもの保護、被災者の生活再建など、取り組むべき課題への開発支援が必要だ。
福原さんによると、今後はトルコ国内でのシリア難民支援に、被災者支援を統合する予定だという。現地の状況と被災者のニーズを見据えながら、誰も置き去りにしない支援はこれからも続く。
「シリア難民支援も、当初は緊急支援として始まりました。しかし、シリア危機は12年がたち、いまだに解決の糸口は見えていません。緊急支援と開発支援とを切り離すことは難しく、双方の視点が求められるのです。さらに、本来は支援を継続することより支援を終了できる体制をつくることが望ましいです。被災者のレジリエンス(逆境に立ち向かう力)を向上させるような支援や被災者の能力強化支援も重要です」
ウクライナ危機、パレスチナ自治区ガザ地区での人道危機など、頻発する国際危機は、支援活動にも暗い影を落とす。新たな国際有事が起こると、各国の支援予算がそちらに回されてしまう現実もある。
「ウクライナやガザなど、国際的な危機が増え、必要な支援が分散している印象を受けます。トルコ・シリア大地震に対する各国の公的支援も、縮小もしくは打ち切られる流れにあります」
支援のその先に、被災者一人ひとりのストーリーがある
さまざまな国際危機が起こるなか、セーブ・ザ・チルドレンでは、アドボカシー活動[6]にも積極的に取り組んでいる。「停戦に向けたアクションを起こしてほしい」と国に提言するのも、そのひとつである。
「ウクライナやガザの件も含め、国家レベルでの停戦に向けた働きかけがないと、根本的な解決に至りません。支援活動だけでは限界があり、NGOやNPOなどによるアドボカシー活動の重要性が今、問われています」
目まぐるしく変化する世界情勢を前に、私たちは何に留意すればいいのか。福原さんは「支援のその先に目を向けてほしい」と訴える。
「大きな自然災害や人道危機が起きると、被害の規模や人数につい目がいってしまいます。それも大事なことですが、被災者一人ひとりのストーリーにも目を向けてほしいです。そのストーリーを、私たちNGOの側も発信していく。そこから広がる支援の輪もあると思います」
日々さまざまなニュースや情報があふれるなか、どうしても身近なところに関心が向いてしまう。「私個人の考えですが」と前置きしたうえで、福原さんはこう続ける。
「ほかの国や地域の人たちが、どういう考えを持ち、どんな活動をしているのか。そこに目を向け、知るだけでも視点は広がります。その視点は、国の政策にもつながります。どの政党の、どの政治家が、どんな政策を掲げているのか。そうしたことに目を向けることも、大事ではないでしょうか」