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印度カリー子さん

写真=写真工房坂本

心も体も元気になるカレーパワー。ワクワクするスパイス生活を、みんなにも!

  • 食と農
大学生のとき、初めて作ったスパイスカレーに夢中になり、在学中から初心者向けのレシピをSNSで発信し、スパイスショップも開店させた印度カリー子さん。「スパイスカレーをおうちでもっと手軽に」をモットーに、現在に至るまでスパイスの魅力を広める多彩な活動を続ける。スパイスカレーで人生が変わったと話す印度カリー子さんに、その魅力や料理のポイントを伺った。

スパイスカレーを知って人生が変わった!

――印度カリー子さんがスパイスカレーを作るようになったきっかけは何だったのでしょうか?

印度カリー子(以下、カリー子) もともとは、そんなにスパイス好きではなかったんですよ。食べることがすごく好きで、大学生のときは家に帰ってごはんを作ることが唯一の楽しみでした。でも、祖母と暮らしていた時期があって、そのときは毎日和食を作っていたんです。すると、だんだん味付けがワンパターンになってきて、「また、この味かぁ……」と、自分のレパートリーの少なさにモチベーションが下がっていました。

 そんなとき、インドカレー好きな姉のために、初めてスパイスを使ってカレーを作ってみたら、意外と簡単にできておいしかった。そこからスパイスの香りにどんどん引き込まれて、気づいたらハマっていた感じです。私はスパイスカレーに出合って人生が変わりました。作るのも食べるのも、もっともっと楽しくなった。とくにスパイスを炒めて香りが立ち昇る瞬間は、気持ちが上がります(笑)! 

 でも、「スパイスカレーは難しそうで自分には作れない」と思っている人が多いんですよね。このワクワク感をもっと多くの人にシェアしたい、だれでもおいしく作れることを知ってほしいと活動を始めました。

インタビューに答える印度カリー子さん

インパクトがあって記憶に残りやすいという理由から「印度カリー子」という名前で活動をスタート(写真=写真工房坂本)

――大学在学中から、SNSでスパイス初心者向けレシピを発信、オリジナルのスパイスセットの開発・販売を始められています。

カリー子 当時はスパイスカレーのレシピ本があまりなかったんです。数少ないレシピ本を見ては、毎日のように作っていました。そのうちインド人が英語で書いたレシピも探すようになり、日々新しい知識を得てはキッチンで試していました。とにかくスパイスカレーの魅力をみんなに知ってもらいたかったので、そうやっていろいろ試した中から、スパイス初心者向けのカレーレシピを紹介したり、スパイスセットを開発したりしていったのです。

 スパイス初心者といっても、そもそも日本にはスパイス上級者はほとんどいないので、99.9%が初心者。でも、スーパーに行くとプロが使うようなスパイスがずらっと並んでいて、「どれを選んだらいいんだろう?」と迷うじゃないですか。スパイスって安くないし余ったらもったいない。必要なスパイスが使い切り量で調合されていて、さらにカレーの作り方も学べるセットがあったら欲しいな、と思っていました。

オンライン料理教室で作ったカレーを皿に盛って手に持つ印度カリー子さん

2024年6月、パルシステムでは「お米とスパイスで夏を乗り切ろう~印度カリー子さんのオンライン料理教室~(もっといい明日へ 超えトーク)」を開催。イベントでは、自身で開発したスパイスセットを使いながら、調理のポイントを分かりやすく解説していた(写真=編集部)

障がい者の自立支援を行う「はらから」との出会い

――ご自身の経験から、オリジナルのスパイスセットが生まれたのですね。

カリー子 そのときは無名の学生だったので、「こういう商品を作りたいんです」と周りに相談してもだれも相手にしてくれません。スパイスを個包装してくれる会社を探して電話をかけても「お金はどうするの」「問題が起きたら責任をどう取るの」と言われました。今考えると、本当に「おっしゃるとおり」という感じですが、当時は悲しかったですね。

 でも、諦めずに探していると、ある人に「ここなら作ってくれるかもしれないよ」と、社会福祉法人「はらから福祉会」を紹介されたのです。食品加工などの仕事を通じて障がい者の自立支援をしているところで、偶然にも私の地元・宮城県にありました。現地を訪ねて、「きっと断られるだろうな」と思いながらも提案したら、「じゃ、作ってみますか」と即答してもらえた。ちょうど私が20歳になるときでした。 

 スパイスショップを始めたら注文がどんどん増えて、2年目くらいには、47都道府県すべてに商品を届けるようになっていました。宮城県のふるさと納税の返礼品に選ばれたタイミングで香林館株式会社を設立して、今も「はらから」で商品の梱包や発送をお願いしています。注文が多くて発送が追いつかないときは、私も工場に行って一緒に梱包することもあるんですよ。

社会福祉法人「はらから福祉会」で梱包された印度カリー子さんのスパイスセット。袋には「ありがとう」と手書きの文字が書かれている。

健常者と障がい者が一緒に支え合い、自立して同じ社会で生きることを目標にしている「はらから福祉会」。カリー子さんのスパイスセットは、「はらから」のスタッフによって一つ一つ手作業で梱包されている。包装には、スタッフからの手書きのメッセージが添えられることも(写真=写真工房坂本)

――レシピ本もたくさん書かれていますが、シンプルな具材で、本格的なスパイスカレーが簡単に作れるレシピばかりだと感じました。レシピを考えるときに大切にされていることはありますか?

カリー子 初心者の人でもハードルを感じることなく作れるように、基本的に難しい工程を入れないこと、調理時間を短くすることは意識しています。長時間煮込むレシピだと、使っている鍋やふたの閉まり具合などによって水分の蒸発量が変わってしまいます。煮込み時間だけでは単純に判断できないので、レシピにも補足の説明が必要になる。それだと料理に慣れていない人は失敗しやすいですよね。でも、煮込む時間が10分以内なら、調理道具にかかわらず同じような仕上がりになるんです。

 レシピを書き始めた学生のときはお金がなかったので、手ごろな価格で手に入る食材で作っていました。だから、特別な材料でなくても、おいしく作れるレシピでもあるんです。大学時代はお弁当もカレーだったし、ほぼ毎日カレーを作っていました。だから、初心者の人が失敗したり、疑問に感じたりすることも、私自身が同じ経験をしてきたのでよく分かります。

印度カリー子さんのレシピ本

カリー子さんのレシピ本には、初心者がスパイスを楽しむためのアイデアとエッセンスが詰まっている(写真=写真工房坂本)

「ルーカレー」とは何が違うの?

――日本でふだん食べることの多い「ルーカレー」と、「スパイスカレー」は何が違うのでしょうか?

カリー子 スパイスカレーは、日本で主流のルーカレーの対になるものとして生まれた言葉です。ルーカレーはイギリス由来のもので、鍋でコトコト煮込む「煮込み料理」。食材は多めで、小麦粉などでとろみをつけます。一方、ルーを使わずにスパイスを調合して作るスパイスカレーはインドやスリランカ由来で、フライパンなどで作る「炒め料理」。小麦粉は使いません。

 「印度カリー子」という名前のとおり、最初はインドカレーを広める活動をしていたのですが、インドカレーといってもピンとこない人が多かったんですよね。インドカレーもスパイスを調合した炒め料理なので、スパイスカレーとそんなには変わりません。

 ただ、私のレシピはインドカレーにアレンジを加えていて、鮭や里芋、ごぼうなどの和の食材を使うこともありますし、油の量もかなり減らしています。本場のインドカレーは4人前で30ml~100mlくらいの油を使うのですが、大さじ1くらいでもおいしく作れるように考えています。

――油の量を減らしたのは、日本の食文化に合わせてのアレンジですか?

カリー子 というよりも、私があまりオイリーな食べ物が得意じゃなかったんです。バターをたっぷり入れたらおいしいけれど胃もたれがして、たくさんは食べられない。でも、これまでの料理家の人たちが紹介しているカレーレシピは、そういうものが多かった。それにカロリーだって気になりますよね。

 それで油を少なめに作ってみたら、「これは案外ヘルシーなんじゃない?」と思って。そういうレシピを紹介するうちに、「今までカレーは重くて食べ切れなかった」という人たちを中心に「スパイスカレーならおいしく食べられる」と人気が広がっていきました。

――スパイスカレーで使われている「ホールスパイス」と「パウダースパイス」の違いがよく分からないのですが……。

カリー子 原形のホールスパイスは、特徴的な香りを料理につけてくれます。ホールスパイスで使うのは個性的な香りのものが多いんです。パウダーにすると強すぎる香りのスパイスも、ホールで使うことで調理中にじっくりと香りが引き出されて、上品に仕上がります。

 一方、ホールスパイスを粉状にしたパウダースパイスは、スパイスカレーの風味のベースになるもの。香りが強すぎない種類のスパイスを使うことが多いので、たくさん入れても大丈夫。小麦粉を使わないスパイスカレーは、パウダースパイスがとろみづけの役割も果たしています。

 同じスパイスでも、ホールとパウダーでは香りの質が少し変わります。和食によく使うごまでイメージすると分かりやすいかもしれません。炒りごまをすって、すりごまを作るときに香りが変わる瞬間がありますよね。あれと同じ。パウダースパイスだけでもいいのですが、両方を料理に使うと、より本格的で深い味わいになります。

皿に盛り付けられたホールスパイスとパウダースパイス

「パウダースパイスはカレーの母体になる香りで、ホールスパイスは和食に例えるなら昆布のような存在。深い香りがプラスされます」とカリー子さん(写真=写真工房坂本)

3種類のスパイス、「タクコ」さえあれば本格的に

――スパイスカレー初心者がまず買うべきスパイスを教えてください。

カリー子 最初は「ターメリック」「クミン」「コリアンダー」という3種類のパウダースパイスから始めるのがおすすめです。ぜひ「タクコ」と覚えてください。分量のバランスは1:1:1。ホールスパイスがなくても、この3種類だけで本格的なスパイスカレーが作れます。どのスパイスも辛みはないので、子どもや辛さが苦手なかたでも食べられる味に仕上がりますよ。

 カレーに使うスパイスは20種類くらいあるのですが、そのうち辛みがあるのはチリペッパーとブラックペッパーだけ。この2つを入れなければ辛くなりません。逆に辛いのが好きな人はチリペッパーを足してみてください。

おいしく作るポイントは4つ

――おいしく作るために、押さえておくべきポイントはありますか?

カリー子 玉ねぎをよく炒めることで、コクと深みが出て、めちゃくちゃおいしくなります。フライパンや火加減にもよりますが、炒める時間は10分くらい。カレールーのような濃い茶色になって、水けがなくなるまで炒めるのがポイントです。

 カレーに入れる具材は1~2種類にして、具だくさんにしないこともポイントです。野菜をたくさん入れると煮物みたいになってしまう。スパイスカレーは主役の具材とスパイスをシンプルに楽しむ料理なんです。

 それから、味付けにコンソメやソース、しょうゆなどを使う人もいると思いますが、基本的に調味は塩だけ。香りがバッティングしないように、とくに初心者はスパイス以外に香りのある調味料は加えないほうがいいです。うまみを加えたいときは、好みで砂糖を足します。そして、ルーカレーではないので、水の入れ過ぎは禁物。蒸し煮にするイメージで加熱してください。

スパイスの保存方法や健康効果は?

――調味は塩だけ、というのも目からウロコです。スパイス初心者のかたから、よく受ける質問はありますか?

カリー子 スパイスの保存方法についての質問は多いですね。「避けるべき3か条」があって、それは「高温・湿気・直射日光」。スパイスの香りは揮発性なので、高温の場所に保管していると香りが飛んでしまいます。また、湿気は虫やカビが発生する原因になり、直射日光の当たる場所に置くと退色してしまいます。「じゃあ、冷蔵室に入れるほうがいいですか?」というと、冷蔵室から出したときに結露して虫やカビが発生する原因になる。冷暗所での常温保存が一番です。

 余ったスパイスの使い道を聞かれることもありますが、スパイスを大量消費したいなら、やっぱりスパイスカレーを作るのがおすすめ。もちろんカレー以外でも、スパイスは活躍します。例えばクミンなら、脂身の多い肉と相性がいい。豚肉や牛肉を野菜と一緒に塩・こしょうで味付けして炒めるかわりに、塩・クミンで調味するとすごくおいしい。私はクミンを「第2のこしょう」と呼んでいます。

――スパイスの健康効果も気になります。

カリー子 スパイスによって、それぞれ脂肪燃焼や血行促進などの効果があります。例えばターメリックには抗がん作用、抗酸化作用などがあるとされていて、シナモンにはむくみ解消のほか、血流を促す効果があります。また、コリアンダーには整腸作用やデトックス効果があるといわれています。

 インドでスパイスは漢方薬のような感じで使われていて、「体調が〇〇のときは、このスパイス」といった知恵があります。それらを勉強して覚えるのは大変ですけど、おいしくスパイスカレーを食べるだけで健康効果のあるスパイスが自然に摂取できるのが素晴らしいですよね!

インタビューに答える印度カリー子さん

写真=写真工房坂本

――夏バテしがちな季節にも、スパイスカレーはよさそうですね。

カリー子 食欲がないときでも、スパイスカレーを一口食べると、香りにそそられて、もう一口と食べたくなりますよね。実際、クミンの香りには食欲増進作用があります。ビネガーを使って作る「ポークビンダルー」というカレーがあるのですが、暑い季節には少しお酢を入れて酸味のあるカレーに仕上げてもおいしいです。

スパイスと友達になれば、日々の料理が楽しい!

――カリー子さんは、今も毎日カレーを食べていらっしゃるのですか?

カリー子 ほぼ毎日カレーのことが多いです。でも、カレー以外のスパイス料理も、よく作って食べますよ。例えば紅焼肉(ホンシャオロウ)という中国の角煮のような料理も好きなのですが、それは6種類くらいのスパイスを使います。時間はかかりましたが、スパイス一つ一つの香りが分かるようになったら、料理がさらに楽しくなりました。

 スパイスの特徴を覚えるなんてハードルが高いと感じるかもしれませんが、例えば「この料理にこしょうをふったらおいしいんじゃない?」と思うことって、よくありますよね。よく使うスパイスなら香りや特徴が自然とイメージできるもの。

 1種類ずつスパイスを“ちょい足し”しながら使ってみると、「このスパイスは、こういう香りなんだ」という発見があります。まずは「タクコ」の3種類から使ってみて、1種類ずつゆっくりスパイスとお友達になっていきましょう。日々のキッチンや食卓がワクワクするものになると思いますよ!

取材・文=中村未絵 写真=写真工房坂本、編集部 構成=編集部