日本人は、昔から「エシカル」だった
――「エシカル」という言葉になじみがない、あるいは聞いたことはあっても意味がよく分からないという人もいるかもしれません。そもそも「エシカル」とは何ですか?
末吉 「エシカル=ethical」とは、「倫理的な」「道徳的な」を意味する言葉です。いつも私は、「人、地球環境、社会、地域に思いやりのあるお金の使い方や生き方のこと」と説明しています。
ちょっととっつきにくく感じられるかもしれませんが、実は私たちにはとてもなじみのある考え方なんですよ。他人を思いやる、足るを知る、もったいない、お互いさま、おてんとう様は見ているといった、昔から日本人が大切にしてきた生き方や価値観そのものなんです。
――なるほど。難しく聞こえますが、特別なことではないのですね。
末吉 はい。たとえば、自分がお金を出して手に入れた食べ物や洋服が、どこで、どうやって作られているのかを想像したことはありますか?
かつて限られた地域の中で経済が回っていた時代は、作る人と使う人との距離はとても近く、私たちが買うものも、だれがどこで作ったものか背景が分かる物ばかりでした。ところが今は、両者の間は大きな壁に隔てられ、壁の向こう側で起こっていることが見えにくくなっています。
けれど、もし、自分がおいしいとか心地よいとか感じているその商品が、だれかを辛い目に遭わせたり、貴重な自然を壊して作られたものだとしたら、どうでしょう。そういう事実を知ったら、だれもが、そんなことには加担したくないと考えるのではないでしょうか。
私たちは買い物をするときに、値段や機能、デザインなどで選びますが、それに加えて、商品の裏側、つまり、作っている人や作られている環境へも配慮する。それがエシカルです。「えいきょうを、しっかり、かんがえる」と、覚えていただけるとうれしいです。
キリマンジェロの消えゆく氷河を前に決断したこと
――末吉さんが、「エシカル」を広める活動に携わるようになった経緯をお聞かせください。
末吉 もともと私はおしゃれが大好きで、すべての関心は自分に向いているようなふつうの大学生でした。ベクトルの方向が変わったのは、『世界ふしぎ発見!』(TBSテレビ)のミステリーハンターとして秘境といわれる地域を回るうちに、一部の人の利益や権力のために、美しい自然や多くの弱い立場の人が犠牲になっている世界の裏側を目にしたことがきっかけです。
ターニングポイントとなったのは、2004年の、アフリカの最高峰キリマンジェロの登頂です。当時、温暖化の影響で山頂の氷河が溶け始めているといわれており、その様子をリポートするという企画でした。
ふもとの小学校では、温暖化を食い止めようと、子どもたちが一生懸命植樹活動をしていました。「僕たちの代わりに確かめてきてね」と送り出され、必死に辿り着いた山頂で私が目にしたのは、うっすらと雪が積もっているだけの消えかけた氷河でした。
「氷河が再び大きくなりますように」と祈りながら木を植えている子どもたちと先進国の経済活動によって失われようとしている氷河。このギャップに衝撃を受けた私は、日本に帰って少しでも問題解決につながることを始めようと決意したのです。
安さの裏には理由がある。「ファストファッション」の世界で起きていること
――末吉さんは、とくにファッションの問題を発信されていますね。今、ファッションの現場で何が起きているのでしょうか?
末吉 環境破壊、人権侵害、児童労働など、本当にさまざまな問題が起こっています。
例えば、丈夫で肌ざわりがよいコットンの服を私たちは好んで着ますが、綿花の栽培に大量の農薬が使われていることをご存知ですか? 綿花畑では農薬による健康被害で毎年約2万~4万人が亡くなり、300万人もが慢性の病に苦しんでいるといわれています。もちろん、土壌や水、大気など環境へのダメージも計り知れません。
また、2013年には、バングラディシュで縫製工場の入っていたビルが崩壊し、働いていた多くの若い女性が犠牲になりました。劣悪な労働環境のもと、1日14時間にも及ぶ作業で彼女たちが作っていたのは、私たちのだれもが知っているような欧米資本の大手企業の洋服です。世界中の「ファストファッション」と呼ばれるような大量生産の縫製工場は、どこも同じような状況だといわれています。
児童労働の問題も深刻です。日本で見たら「かわいい」と手に取りたくなるようなアクセサリーを作っているのが、学校にも行けず、不当な環境で働かされている子どもたちだと知って愕然としたこともあります。
とにかく、価格が安すぎる物の裏側には必ずその理由がある。身近な物の生産過程で何が起きているかを知ること、それが、エシカルの第一歩だと思います。
末吉 私がフェアトレードを知ったのは、ファッション誌でたまたま見かけた1枚の素敵なワンピースがきっかけでした。それを扱っていたのが、フェアトレードの草分け的ブランド「ピープルツリー」。創始者サフィア・ミニーさんの「ファッションで世界を変えたい」という力強い言葉に引かれ、フェアトレードの世界に飛び込んだのです。
フェアトレードは、現地の生産者の生活を改善しながら、自立を支援するしくみです。私も、サフィアさんとピープルツリーで扱っている服の生産地を訪ねたとき、安全で環境の整った工房で手間と愛情をかけながら丁寧に作られていること、生産者にも十分な利益が渡されている様子を見ることができました。私が日本で買った美しいブラウスが、現地の人たちの暮らしを直接支えていることを誇らしく思い、ますます大事に、長く着続けたいと思ったものです。
何を、どこで、どうやって買えばいい?
――エシカルな買い物を実践するためにアドバイスはありますか?
末吉 やはり、信頼できる生産者や、生産者と直接つながっている売り手から購入するのが一番です。生協パルシステムの産直の農産物や環境に配慮した生活用品などは、まさに「エシカル」な商品の例だと思います。
スーパーなどでは、オーガニック(有機)農産物であることを示す認証や持続可能な方法で生産されたことを示すマークなども目安になりますね。もちろん、認証マークがなくてもエシカルな商品はたくさんあります。自分では判断できなかったら、作っている人や売っている人に直接聞いてみるのがいいと思います。
また、エシカルな製品が手に入りにくいと思ったら、ぜひ、お店にリクエストしてください。電話でもメールでも投書でも、声を上げることは効果的です。1本の問い合わせの裏には250~300人の同じ意見があるという調査結果もあるぐらいです。企業もそのことは十分に分かっていますから、消費者の声にはとても敏感なんです。
大切な相手にこそ、「エシカル」な贈り物を
――エシカルな生活をしたいと思っても、価格が高くてなかなか手が出ないという声もあるのではないでしょうか。
末吉 確かに、生産コストをギリギリまで削っている大量生産品に比べ、フェアトレードやオーガニックの商品は割高に感じるかもしれませんね。ただ、そもそも大量生産品の価格が安すぎるともいえます。私たちは、物の価値、適正な価格というものをもう少し見直すべきではないでしょうか。
そのうえで、「エシカルじゃなければダメ」とこだわりすぎず、できるところから無理なく始めるのがいいのではないかと思います。正直に言って、私も100%エシカルな生活をしているわけではありません。ただ、自分が置かれた状況の中で、選べる場合はエシカルなほうを選ぶようにしています。
また、自分にはあまりお金を使わないという人も、大切な相手に贈り物をするというようなときに、エシカルな物を選ぶのもおすすめです。プレゼントの裏側にある素敵なストーリーも含めて贈れば、贈ったほうも贈られたほうも幸せな気持ちになれるのではないでしょうか。
「エシカル」の先にあるのは、消費に依存しない豊かさ
――3.11を機に、国内でも「エシカル」な動きが広まっているようです。この先の広がりにどんな期待がありますか?
末吉 東日本大震災以降、人々の間に社会に貢献したいという気持ちが芽生えていることを感じます。2015年に消費者庁が「倫理的消費調査研究会」を立ち上げるなど、国や行政も本腰を入れ始めていますし、2020年に控えている東京オリンピック・パラリンピックも、どれだけ本気でエシカルな方向に踏み出すのか、世界が注目しています。
国連が、2030年までに解決したい「持続可能な開発目標(SDGs)」を掲げたこともあり、エシカルにかじを切り始めた企業も少なくありません。ものづくりの現場が変わることで、この先、今以上にエシカルな製品も手に入りやすくなるのではないでしょうか。
ただ、いくらエシカルな製品が増えても、私たちがこれまでと同じように大量に買って大量に捨てるという生活を続けていては本末転倒です。
お金を出して買うばかりではなく、自分自身で作ってみるとか、自然のなかで過ごす時間を増やすとか、家族との時間を大切にするとか、私たち一人一人がそういうことに豊かさや幸せを感じられるようになったときこそ、本当の意味で「エシカルが広がった」と言えるのではないでしょうか。
以前、アウトドア用品会社・パタゴニアの創始者兼オーナーのイヴォン・シュイナードさんから、素晴らしい言葉をいただいたので紹介しますね。
「もしあなたが、世界で起きている問題を知っているのに何も取り組まなければ、あなたも問題の一部になる。でも、あなたが勇気を出して何かに取り組めば、あなたは解決の一部になる。人の(価値)は、何を言うかではなく、何をするかで決まるんだよ」。
私は、この言葉によって、とにかく行動することが大事なのだと背中を押されました。