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写真=疋田千里

やっぱり最強だった、昆布とかつおの合わせだし。[だし愛好家・梅津有希子さん×だし研究者・伏木亨さん]

  • 食と農

常識にとらわれない手軽なだしのとり方で、だしのある暮らしの楽しさを発信している「だし愛好家」梅津有希子さん。その梅津さんが、「おいしさ」研究の第一人者・伏木亨さん(龍谷大学農学部教授)の研究室を訪ねた。「昆布は偉大」「だしがあれば、あらゆる料理が劇的においしくなる」とだしの魅力をとことん語りつくした二人。すぐにでもだしをとってみたくなる、ワクワクするような“だし談議”をお届けする。

「本物のだし」に学生も大興奮!

梅津 私は数年前からだしにはまっていまして、今ではほとんど毎日、料理には自分でとっただしを使っています。だしのことを調べていると必ず先生のお名前が出てくるので、いつかぜひお目にかかりたいと思っていました。だしについて科学的なお話も伺えるのが楽しみです。

梅津有希子

写真=疋田千里

伏木 そうですか。まぁ、科学ではわからんことも多いんですけどね(笑)。

梅津 私がだしにはまったのは、実家で飲んだだしのおいしさに驚いたことがきっかけでした。こんなにおいしいものを生活に取り入れないのはもったいないと思いまして。

参考:簡単おいしい、だから続けられる! 梅津有希子さんがたどり着いた「だし生活」の始め方(KOKOCARA)

伏木 おっしゃるようにね、あの味を知ったら誰でもファンになりますよね。じつは、私は13、4年前から京都の料理人さんたちといっしょに、若い人にだしのおいしさを知ってもらおうという取り組みをしているんです。日本料理を守るためには、将来のお客さんにだしの味を知ってもらわないと、ということでね。

伏木亨

写真=疋田千里

 当初は小学生が対象でしたが、今は大学生に向けてやっています。料理人さんたちがひいた昆布だしに、びっくりするくらいどばっとかつおぶしを入れて、すぐにこして飲んでもらうの。

梅津 学生さんの反応はいかがですか?

伏木 まず昆布だけの濃いだしを飲んで、みんなわっと盛り上がるんです。その後かつおぶしを入れて合わせだしにして飲ませると、もう絶叫です。すごいですよ。アンケートにも「食に対する考え方が変わった」とか「だしを中心に生きていきたい」とか、書いてあるんです。

梅津 何といってもおいしさを体験することが、だし生活へ踏み出す一番のモチベーションになりますよね。だしが続かないのって、本当のだしのおいしさを知らないからじゃないかと私は思うんです。

かつおだし

写真=大木啓至

合わせだしのうまみは、相乗効果の極み

梅津 私は、家では麦茶ポットに水出しの昆布だしを作って冷蔵庫に常備しています。水1Lにつき昆布は20g。以前は何となく1枚ぱらっと入れていたのですが、たぶん少なすぎたんでしょうね。今思えば、水みたいで、昆布の風味は全然していなかったかもしれません。

昆布だし

梅津さん式昆布だしは、麦茶ポットに水と昆布を入れて冷蔵庫に1~2晩おくだけ(写真=疋田千里)

伏木 昆布は種類にもよるけれど、思い切りたくさん使うのがいい。それに尽きますね。ちょっと多すぎじゃないかと思うくらい入れると、すごくおいしくなります。砂糖や塩は入れすぎると甘すぎたりしょっぱすぎたりするけれど、昆布を2倍入れても、うますぎて困るということはない。

梅津 合わせだしの要は、やはり昆布ですか?

伏木 そうですね。食べているときにおいしいと感じるうまみのベースは、昆布から出るグルタミン酸やアスパラギン酸といったアミノ酸です。かつおぶしは、どちらかというと香りの効果ですかね。

昆布だし

うまみの要は昆布だった!(写真=編集部)

 そして、このアミノ酸とかつおぶしのイノシン酸が掛け合わさったときに、うまみの相乗効果がばっとあらわれる。イノシン酸は少量でもいいんです。アミノ酸に対して5分の1とか3分の1とかでも十分効果がある。かたや昆布から出るアミノ酸が少ないと、相乗効果は十分発揮されないんですよ。

梅津 そもそも、うまみの相乗効果はどうして起きるんでしょうか?

伏木 最近になって分かったことですが、舌にはうまみをキャッチする受容体があって、パカッと開いた口のような形をしているんですね。そこにグルタミン酸やアスパラギン酸がくっつくと信号が脳に伝わり、うまみ感覚が生じます。

 本来ならば、グルタミン酸とアスパラギン酸は受容体から離れたりくっついたりしているのですが、ここにかつおぶしのイノシン酸や干ししいたけのグアニル酸といった核酸がやってくると、受容体の口がちょっとだけ絞られるんです。そうすると、グルタミン酸とアスパラギン酸は離れにくくなり、うまみの信号が長く出されっぱなしになる。それが相乗効果をもたらすのです。

受容体の図

受容体と相乗効果のイメージ。資料:「だしの神秘」伏木亨/著(2017年、朝日新聞出版)より編集部作成

梅津 なるほど。だとすると、うまみの材料を使えば使うほどおいしくなるんでしょうか。

伏木 残念ながらそれはないですね。というのは、うまみの効果は、純粋にグルタミン酸濃度と核酸濃度で決まるからです。今のところ、グルタミン酸濃度でいうと昆布を超えるものは見つかっていません。つまり、何を入れても、昆布だし以上にグルタミン酸を濃くすることはできない。一方、イノシン酸のほうもかつおぶしが最強です。

梅津 そう考えると、日本の合わせだしはよくできているってことですね。

伏木 究極の相乗効果です。とくに、昆布抜きではだしは語れません。

昆布だしは七難隠す

伏木 最近、京都の料理人さんといっしょに、あるメーカーの離乳食をおいしくするプロジェクトを始めたんです。時間もあまりかけられないしメニューも何種類もある。それぞれを一から作り変えることはむずかしいだろうということで彼が提案したのは「すべてのだしをよくする」ということでした。

 それまで安価な昆布だしエキスでコストを抑えていたのを、ちょっと無理して、うまみの濃い昆布だしに変えてもらったんです。そうしたら、これが驚き!どれもこれも全部、おいしくなりました。

 作り方も具材も何も変えていない。だしを変えただけなのに、レトルト臭や油臭さが消えて、きれいに味の調和がとれた。改めて昆布の力はすごいなって思いましたね。まさに、昆布は七難隠すだな、と。

梅津有希子、伏木亨

写真=疋田千里

梅津 よく、おみそ汁くらいにしか使い道が思いつかないという悩みを聞くのですが、昆布だしは何にでも使えますよね。極端な話、レシピに「水」と書いてあるところを、全部昆布だしに変えてもいいくらいだと思います。

伏木 私のおすすめは、昆布だしでパスタをゆがくこと。鍋に昆布をちょっと入れてゆがくだけで、すっごくおいしくなりますよ。

梅津 パスタの味が変わるのですか?

伏木 いや、麺自体がうまくなったという感じではないんです。とにかく全体がシンプルだけど洗練された味になる。料理の腕が二段階くらい上がりますよ(笑)。

パスタ

昆布だしでパスタをゆでるだけで、いつもの何倍もおいしくなる(写真=坂本博和)

しっかり濃いだしなら、塩は最小量で十分

梅津 私は、だし生活を始めてから、明らかに塩分摂取量が減っていると思うんです。これを長く続ければきっと体にもいいし、医療費も減らせるのではないかと喜んでいるのですが(笑)。

伏木 だしのうまみがあったら塩分ってそんなにいらないんですよね。共同研究している3軒の料亭さんから一番だしをもらってきて分析したことがあるのですが、非常に面白いことに、塩分濃度が3軒ともほぼ0.64%だったんです。

伏木亨

写真=疋田千里

梅津 3軒とも?すごいっ!

伏木 たっぷりの昆布と十分なかつおぶしでとっただしは、基本的に塩はいらないんですって。ただ、塩をちょっと振ることで、味わいがきっちり決まるので使っていると。

 生理学的な実験でも、グルタミン酸溶液に塩を少しずつ足していくとうまみが増えていき、0.5%でピークに達することがわかっています。だから、京都の料理人さんは、うまみが十分高くなって安定した最初のところあたり、つまり0.64%を、舌でぴたっと決めているということです。

だし

写真=shige hattori / PIXTA(ピクスタ)

 今、日本の料理の塩分濃度は0.8~1%くらいが普通だから、彼らのだしは明らかに塩分が薄いのですが、それ以上塩を足したいという気持ちにはまったくなりません。

梅津 私も家でだし生活が定着してから、外食をしょっぱく感じるようになりました。

伏木 しょっぱいですよね。だしのうまみがあれば十分なのに、何か物足りなさを塩で補っているという感じがします。

「だし+ごはん」は快楽レベルのおいしさ

梅津 そういえば、だし生活を始めてから甘いものも欲しなくなりました。ケーキなど大好きでしたが、今は、一人で一個は食べ切れなくなっています。

梅津有希子

写真=疋田千里

伏木 甘みと油はエネルギーの素ですし、うまみ成分のアミノ酸は体を作ったり調整したりする機能をもつ大切なものなので、とてもおいしくできていると言われています。だけど、おいしすぎるから、体にとって必要なレベルを超えて食べたくなる。つまり、快楽レベルのおいしさなんです。

 うまみという快楽をひとつ持てば、甘みとか油は少なくてもよくなるということですね。だしは、うまみと香りがそろったかなり快楽レベルの高い食べ物なんですよ。

梅津 なるほど!私の場合は、うまみの快楽のほうが甘みの快楽よりも勝ったということですね。

伏木 この快楽は、価値ある食べ物をとったときのご褒美のようなものですが、マウスの実験では、うまみだけでは執着が起きないことが分かっています。うまみにでんぷんでカロリーを足し、香りもきちんとあるときに、はじめてマウスがだしに対して執着を示すのです。

 うまみとでんぷんといったら、まさにごはんとみそ汁。つまり、私たちがふだん口にしているような食事は、快楽レベルのおいしさなんですね。

ごはんとみそ汁

ごはんとみそ汁の組み合わせは、快楽レベルのおいしさ(写真=豊島正直)

「本物のおいしさ」を知っていることが大事

梅津 味覚が育まれるのは子どものうち、という話もよく聞きますが、私自身は、小さい頃から顆粒だしで育っていて、家で本格的なだしを味わった記憶はないのです。それでも今、だしをおいしく感じられるのはなぜですか?

伏木 顆粒だしもね、余計な添加物を使っていないものだったら、意外に悪くないですよ。多くの人は顆粒だしで、だしの味をおいしいと学習しているんじゃないでしょうか。

 私は、ふだんは顆粒だしでもいいと思うんです。私の家でも、お盆とかお正月とかお客様が来る大事なときには僕がだし係をしますが、家内がそんなことをするのは面倒だからと仰せつかっているわけで(笑)。だから、ふだんは顆粒だしですよ。

梅津 そうなんですね。

伏木 はい。ただ、年に数回は本格的なだしをとって、だしがこんなにおいしいということは知っておいてほしいんです。

かつおだし

年に数回でも、本物のだしを味わうことが大切(写真=編集部)

 私の実感としては、香りがあって濃くていいだしを口に含むと、両顎の外側20cmくらいまでうまみがわっと広がるというイメージですね。薄いだしや顆粒だしだとそれは起こらない。コクというか満足感、これをぜひ体感してほしいですね。

 だしの本当のおいしさを知ると舌の感覚が鋭くなるのか、料理もよりおいしく感じることができるようになりますよ。

伏木亨

写真=疋田千里

梅津 年に数回でも本格的なだしを体験すれば、舌の感度は上がりますか?

伏木 上がると思います。この話をフランス人にしたら、「私たちだって家庭では高級なワインなんて飲んでないのよ」って言っていました。たまにいいワインを飲んで味を知っているから、ふだんのワインもおいしく飲めるんだって。おいしいものを知っていることが大事なんです。

梅津 年に数回でも、と言われると、気が楽になる人も多いのではないでしょうか。

 私が「だし愛好家」と名乗っているのも、だしへのハードルを下げたいと思ったからなんです。料理研究家でもプロでもないけれど、私はだしが大好きになって、自分なりの方法で続けているうちに、生活が変わってきたような気がするんですよね。家の中のことをちょっと丁寧にやろうかなとか、食材も自分で選びたいなとか。いいことづくめなので、ほかの人にもぜひすすめたいと思ったのです。

かつおだし

梅津さんは自宅ではコーヒードリッパーでかつおだしをとっている(写真=疋田千里)

伏木 それはよくわかります。生活に一つの核ができる感じですね。だしというのはそういう効果がある。気持ちが安定します。だしのおいしさがポンとあれば、ごはん作りに追いたてられる毎日からも、自由になれるんですよね。

梅津 まさに!料理がシンプルになって面倒なことをしなくてすみますからね。

伏木 応用もきくしね。だしのうまみがきいていれば、お料理の成功は間違いないですから。

実験室

さまざまな機械や調理器具が並ぶ、大学の実験室にて(写真=疋田千里)

取材・文=高山ゆみこ 写真=疋田千里 構成=編集部