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梅の実にふれて、香りをかいで。0歳児も五感をひらく食育体験。産地直伝・初夏の梅しごと

  • 食と農

梅しごとの季節がやってきた。この時季、生協が運営する保育所「ぱる★キッズ府中」(東京都府中市)で恒例になっているのが、「梅干し・梅シロップ作り体験」だ。奈良県から招いた“梅のせんせい”が、作り方を一から手ほどきする。0歳児も参加するこの教室が目指すのは、「食べることへの興味を深めること」。そして、何より「子どもたちのとっておきの笑顔を引き出すこと」。梅の香りに包まれて手を動かすこの時間と空間は、どんなふうに子どもたちの心に刻まれるのだろうか。

※本記事は、2019年6月29日に取材した内容です。現在は新型コロナウイルスの感染対策のため、イベントを中止しています。

「せっかく産地とつながっているのだから……」

 静かな住宅街の中、公園に隣接する「ぱる★キッズ府中」。床にも壁にも多摩産材の木材がふんだんに使われ、すがすがしい香りが満ちている。でもこの日保育フロアに漂っていたのは、いつもとはちょっと違う、どこか甘酸っぱい香り……。

梅が準備された保育フロア

 香りの正体は、青梅と黄梅。生協パルシステムの産直産地、大紀コープファームの和田尚久さんが、この日のためによりすぐって用意した粒ぞろいの南高梅だ。和田さんは、同園で2016年から行っている「梅干し・梅シロップ作り体験」の“梅のせんせい”。保育園スタッフとおそろいのエプロンがよく似合っている。

和田尚久さん

このイベントのために、奈良県から出向いた和田さん

 「僕ね、毎年ここに来るのを、すごく楽しみにしているんですわ。始めた年は、僕んちの子どもも保育園の子どもたちとちょうど同じくらいの年ごろだったから、なおさら思い入れが強くて。今日は、手でふれて、香りを感じて、思い切り梅に親しんでもらいたいですね」

黄梅と青梅

左が熟し始めた黄梅、右が青梅

 「ぱる★キッズ府中」は、生活協同組合パルシステム東京が2014年に設立した東京都認証保育所(2017年に認証取得)。設立以来とりわけ力を入れてきたのが、「食育」だ。給食の調理のお手伝い、屋上の菜園での野菜作り、バケツ稲、みそ作り、パン作り…。さまざまな体験を通し、食べる喜びや作る人への感謝の気持ち、豊かな感性をはぐくむことを目指す。梅干し・梅シロップ作りもその中の一つ。任意にもかかわらず、毎回ほとんどの親子が参加を希望するという大人気の企画だ。

参加親子

元気なあいさつとともに、参加親子が続々と到着

 「子どもたちには、食べることを楽しいと感じられる機会をたくさん用意してあげたい」と話すのは、園長の根本美保先生。「せっかくパルシステムにはいい産地がいっぱいあるのだから、そことつながらない手はないんじゃないのって働きかけたんです」と、梅しごと体験が実現に至ったきっかけを楽しそうに説明する。「食材が信頼できるものなら、食育も安心してできますよね」

園長の根本美保先生

園長の根本美保先生

“梅のせんせい”の語る豆知識に、興味しんしん

 この日会場に集まったのは、13組42名。中には、卒園生や園児のきょうだいの顔も。0歳児クラスの“ひよこさん”も、ニコニコとごきげんだ。

会場に集まった参加者

エプロンと三角巾をつけて、準備万端

 全員そろい、丁寧に手洗いを済ませて席に着くと、まずは、「絵本の時間」でウォーミングアップ。

 先生が取り出した絵本は、主人公のなっちゃんが、おばあちゃんの家に遊びに行き、一緒に梅干しを作る物語。仕込み終わって「早く食べようよ」とせがむなっちゃんに、おばあちゃんが「梅干しは夏休みにはできるから待っててな」と優しく諭す。「そのかわり、梅シロップを真っ白なヨーグルトにつけて食べようね。甘くてすっぱい梅シロップ……」

絵本を読む先生

絵本「うめのみとり」をみんなで読む

 物語の世界にぐいぐい引き込まれる子どもたち。このあとに待っている梅しごとへの期待も、自然に膨らんでいく。

「それじゃ、これから梅のせんせいを呼ぶよ。せ~の、梅のせんせ~い!」「はーい!」。ここで、和田さん登場。

和田尚久さん

 「おしりにかごをつけて、1粒ずつ大切に収穫します」「赤くなっているのは、お日さまに当たって日焼けしているんです」「みつばちに受粉を助けてもらいます」――“梅のせんせい”が語る梅にまつわる豆知識に、子どもも大人も興味しんしん。「大紀コープファームでは1シーズンに400~500トンもの梅干しを漬けます。ちょうどこのフロアがいっぱいになるぐらいの量ですね」と説明すると、会場に「おぉ!」とどよめきが起こった。

まずは梅シロップ作りから。飲みごろは、いちばん暑くなる時期

 そしていよいよ、梅しごとのスタート。始めに、青梅で梅シロップを作る。

和田尚久さん

 「これから竹串を使って、梅のおへその中にある“へた”っていう小さいくずを取ります。あんまり強くすると皮が破れてしまうから、そっとね。竹串の先に注意してね」

 「次に、竹串でちょんちょんと穴を開けてください。こうすると、実の中に砂糖が入りやすくなり、早く果汁が出てきます。まんべんなく開けてくださいね。くれぐれも、けがのないようにね」

 前回も参加したという2歳の女の子。小さな手に梅を握りしめ、ぷすぷすと上手に穴を開けていく。「前回はただ梅をさわっているだけだったのが、今日は自分で穴を開けられたんです。1年でこんなに成長したんだなあって」と感動するお母さん。それを聞いて和田さんも、「本当に? うれしいですわ。僕自身、梅を通してお子さんの成長が分かるのが、何よりの励み」と声を弾ませる。

参加者

自分で穴を開けた梅の実を瓶に入れる

 すべての梅に穴を開けたら、梅を瓶の中に入れ、同量の砂糖を加える。梅シロップの仕込みは、これで完了だ。

 「今日は、きび糖を使いましたが、砂糖なら何でもかまいません。1日1回瓶を揺すって、1か月ほどすれば、中から梅の果汁がしみ出してきて飲めるようになります。ちょうどいちばん暑い時、8月の頭くらいかな」

和田尚久さんと参加者

初心者にもおすすめ。「チャック付き袋」で漬ける簡単梅干し

 次は、梅干し作りだ。

 「おいしくてやわらかな梅干しを作るためには、熟した梅を使うことが大事です」と和田さん。「においをかいでみてね。どんなにおいがするかな」と問いかけると、子どもたちから「甘いにおいー」と元気な声が返ってきた。

 「大好きな映画に梅干しを漬けるシーンがあって、ずっとあこがれていた」と言うのは、1歳の女の子のお母さんだ。梅の実を握ったり放したりすることに夢中になっているのを見て、「おもちゃのようにさわりまくっていますね。いいにおいもするし、さわり心地もいいんでしょうね」とにっこり。

参加者

甘酸っぱい香りのする梅の実に夢中

 梅干し用の梅も、まず、シロップと同じように竹串でへたをとり、ふきん(ペーパータオル)で水けをふく。へたの周りは水が残りやすく、かびの原因になるので要注意だ。

 そして、いよいよ漬け込み。たるやかめで漬けるイメージがあるが、ここでは、「チャック付きの袋」を使う。

梅を入れたチャック付き袋

梅しごと初心者さんにもおすすめの、梅干し袋漬け

 袋に梅と殺菌のための焼酎を入れ、梅に焼酎をまんべんなく絡めたら、塩と半量の氷砂糖を投入(残りの半量は2~3日後に梅酢が出てきたら加える)。袋ごと混ぜて全体に絡め、全体を平らにしながら空気を抜いて口を閉じ、密封状態にしたら漬け込み完了。

 「手軽でしょ。これでたるやかめと同じようにできるんですわ」と和田さん。「置き場所もとらないし、容器を洗う必要もないし、少ない量の梅でも漬けやすいから、ご家庭でもおすすめですよ」

梅を大切に見守ることが、家族の話題に

 梅シロップと梅干しの仕込みにかかった時間は、およそ1時間半。

梅干しのサンプル

梅干しができ上がるまでが分かるように、和田さんが持参。真ん中が漬け込んだ直後のもの、右が梅酢が上がってきたもの、左が干したもの

 手しごとの成果であるシロップの容器と梅干しの袋を前に、達成感いっぱいの満足そうな表情の子どもたち。そんな子どもたちを頼もしげに見つめるお父さん、お母さんに、感想を聞いてみた。

参加者
参加者

 「子どもたちも喜んでいたので、これからはわが家の年中行事にしたいと思います。うちにはへた取り名人のお兄ちゃんがいると分かったので、心強いです」

 「梅の香りはリラックス効果があるんですかね。うちの子たちは途中から寝てしまったのですが、とても気持ちよさそうでした」

 「前にここで漬けた梅干しがあまりにおいしくて、また参加しました。でき上がりが楽しみです」

 「日々、時間に追われてバタバタしているけれど、今日はゆったりと、子どもたちものびのび楽しめたようです」

 ほかにも、「梅干しが、こんなにも手軽にできるなんて驚き」「産地のかたから直接教えてもらえたのがよかった」という声が多かった。

参加者

 根本園長によると、毎回この梅しごとのあとには、「梅シロップ飲みました!」「パパの晩酌で登場しました」「梅酢を使ってお料理してみました」と、それぞれの家庭から経過報告が次々に届くのだとか。

 「おうちの中で、今日漬けた梅シロップや梅干しを挟んでの会話がたくさん生まれているようです。私たちとのコミュニケーションの材料にもなっているんですよ」と根本園長。「この体験を通じて、日本人が昔から大切にしてきた漬物や発酵にも通じる『時がものをおいしくする』という文化も、子どもたちに受け継がれていくといいなと思っています」

産地が直面する厳しい現実が、ポロリ

 「僕もやり切りました!」と、“梅のせんせい”を無事務め終え、ほっとした様子の和田さん。

 一方で、大紀コープファームの抱えている課題についても話をしてくれた。

大紀コープファームのようす

春になると梅の花が咲く、大紀コープファーム(写真=深澤慎平)

 「高齢化が進み、生産者がどんどん減少しているんですわ。人手がなくて、せっかく実った梅や柿を収穫できないこともあるくらい」

 どうすれば、この先、梅を作り続けることができるのか、どうすれば地域を維持できるのか――「試行錯誤していますが、なかなか答えが見つからない」とため息をつく。

 だからこそ、この日のように、食べる人や子どもたちと直接ふれ合える機会は、和田さんにとってもとても貴重なのだとか。

和田尚久さんと参加者

参加者にとっても、生産者と交流できる貴重な機会。質問タイムも盛り上がった

 「皆さんが一所懸命梅しごとに向き合っている姿を見ると、食べ物を届けるというこの仕事の原点に立ち返ることができる。自分たちのやっていることへの誇りを取り戻すことができて、元気がわいてくるんです」

0歳児も五感でキャッチ。積み重ねが「興味」に変わる

 一般にも食育体験の場はたくさんあるが、「ぱる★キッズ府中」のように、乳幼児を対象とした機会は少ないかもしれない。0歳の赤ちゃんでも理解できるのか。早すぎるのではないか。そんな疑問を根本園長にぶつけてみると、「小さい子は小さいながらに、体じゅうでいろいろなことを感じていると思いますよ」ときっぱり。ちなみに、とこんな話をしてくれた。

参加した赤ちゃん

赤ちゃんも全身で梅しごとを楽しんでいる

 同園には同じ建物内に高齢者向けのデイサービスも併設されている。あるとき、豆乳スープに入れるキャベツをちぎるお手伝いをしていた園児に、「おじいちゃん、おばあちゃんたちも食べるから頑張ろうね」と声をかけたところ、がぜん張り切り出したのだという。また、その後も、給食にキャベツが出てくるたびに、自分たちがちぎったキャベツかどうかが気になっていたのだそう。

 「あまり難しいことは考えなくてもいいと思います。体験すればするほど、その子の中のハードルはどんどん下がっていくもの。『料理をしましょう』とか『お手伝いしなさい』と構えてしまうと、急にハードルが高くなってしまいますが、そらまめのさやを取ったり、キャベツをちぎったりと、遊びの延長みたいな体験を積み重ねているうちに、食べることへの興味は自然に深まっていくのではないでしょうか」

参加者

 「食育で何より大事なのは、楽しむこと」と根本園長。「子どもたちを楽しませたいし、私たちも楽しんじゃおうってことです」

1年に1度、子どもの成長を実感できる喜びも

 「ぱる★キッズ府中」では、この日仕込んだ梅シロップを、「夏祭り特別おやつ」と銘打ち、クッキーにして子どもたちに味わってもらう計画もあるのだとか。

 「みんなで作った梅シロップを食べよう!って。盛り上がりますよ、きっと。それがまた、梅のせんせいのことや、お父さんやお母さんと一緒に過ごした時間を思い出すきっかけになってくれたらうれしいですね」

参加親子
参加親子

梅しごとのあと、パルシステムの産直産地・JAささかみのお米で作ったおにぎり、保育園の給食メニューでもある産直豚肉を使った豚汁などがふるまわれた

 終始なごやかな笑いに包まれていた「ぱる★キッズ府中」。梅の香りをかぎ、梅にさわり、親子で手を動かしたこの日の出来事は、子どもたちの体と心に、きらきらした記憶として刻まれたに違いない。

 子どもたちの笑顔を引き出し、親にとっては子どもの成長を実感する喜びも味わうことができる梅しごと。ここで紹介したように、とても手軽にできるので、家庭でもぜひチャレンジしてみてほしい。

参加者

取材協力=ぱる★キッズ府中、(有)大紀コープファーム 取材・文=高山ゆみこ 写真=坂本博和(写真工房坂本) 構成=編集部