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防災お菓子リュックを持つ高木ゆかさんと子どもたち

写真=写真工房坂本

楽しみながら日常に備えを。「防災お菓子リュック作り」を通して学ぶ、子育て世代の防災術

  • 暮らしと社会

2023年9月1日は、関東大震災[1]から100年の節目。地震、津波、噴火、台風、豪雨など、日本は幾度となく災害に見舞われ、自然の猛威にさらされてきました。「もしも」のとき、わが子をどうやって守るべきか……。日々不安な気持ちを抱える子育て世代も多いのではないでしょうか。そのヒントを探るため、静岡県駿東郡長泉町で「ママ防災塾MAMORUマムズ」を主宰する高木ゆかさんを訪ねました。

災害のとき、お菓子が人の心をリラックスさせる

 静岡県東部、東海道新幹線の三島駅も程近い長泉町。東に箱根、西に富士山、南に駿河湾と自然に恵まれ、子育てのしやすい町として県内で知られています。

 そして、その南部にあるJR御殿場線・長泉なめり駅のそばに、親子連れでにぎわう、とある「ヒミツキチ」が……?

ママとこどものヒミツキチ moris baseの外観

工場の看板がうっすら残る、このレトロな建物の正体は?(写真=写真工房坂本)

 ここは、「ママとこどものヒミツキチ moris base(モリスベース)」。廃業した元金型工場をリノベーションしたレンタルスペースです。広々とした約60畳の土間に、約8畳のキッズルームを併設。天井は高く、ちょっとした体育館のような空間が広がっています。

ママとこどものヒミツキチ moris baseの内観

子どもたちが悠々走り回れる広さ(写真=写真工房坂本)

 そんな場所で6月のある週末、ユニークなワークショップが開かれました。「ママ防災塾MAMORUマムズ」が主催する「防災お菓子リュック講座」。参加したのは地元で暮らす3家族、合計10人。

ワークショップの風景

ワークショップがにぎやかにスタート(写真=写真工房坂本)

 「長泉町は地盤がしっかりしていて、地震に強いといわれています。だからといって、安心はできません。もともと日本は地震の国。いつグラッと来ても大丈夫なよう、日ごろの備えが大切です」

 そうあいさつしたのは、「MAMORUマムズ」代表で、「moris base」の管理人でもある高木ゆかさん。「MAMORUマムズ」では、「防災お菓子リュック講座」「トイレ実験」「コヅレダカラジタクヒナンノススメ講座」など、子育て中の親や子どもに向けた防災ワークショップを開いています。

 「『備えが大事!』と言うだけでは、子どもは想像がつきにくいです。楽しみながら、ふだんの暮らしに防災の意識を落とし込む。防災お菓子リュックは、子どもの防災教育の入り口にぴったりです」

「MAMORUマムズ」代表の高木ゆかさん

「MAMORUマムズ」代表の高木ゆかさん(写真=写真工房坂本)

 お菓子には、人の心をリラックスさせる効果があるといいます。大きな地震や災害が起こると、不安でイライラしたり、ストレスがたまってしまう……。そんなときにお菓子があると、子どももおとなも、ほんの少しだけでも心が和みます。

 「賞味期限が数年先の防災備蓄食品もありますが、子どもはおいしくなかったり、食べ慣れない物には手を出しません。リュックにはぜひ、子どもの好きなお菓子を入れてください。それではみんなで、防災お菓子リュックを作りましょう!」

誰でも簡単!「防災お菓子リュック」の作り方

 防災お菓子リュックの材料は、子どもが背負えるサイズの袋、ひも、ガムテープ。そして、いろいろなお菓子、おもちゃ、折り紙。子どもたちの目も輝きます。

お菓子を選ぶ子ども

お菓子がズラリ。どれにしよう!(写真=写真工房坂本)

 「まずはお菓子をたくさん並べて、子どもに好きな物を選ばせてあげてください。選んだお菓子の中で、いちばん賞味期限の近い物の日付をシールに書いて、袋に貼ります。フルーツのグミやスナック菓子など、3カ月くらいしかもたないお菓子も多いです」

お菓子の賞味期限を探す子ども

賞味期限、どこに書いてあるかわかるかな?(写真=写真工房坂本)

 ワークショップでは透明のポリ袋を使っていますが、実際に自宅で作るときは中身の見えない袋を使ってもよいそう。透明の袋だと、食べ物が不足しがちな避難所で、盗まれてしまう危険も考えられるからです。

賞味期限を書いたポリ袋

袋に、賞味期限をしっかり明記(写真=写真工房坂本)

 「リュックには、おもちゃや子どもが好きな色の折り紙も入れてください。災害が起こると、子どもは動揺します。泣いたり、騒いだりしてしまったとき、『静かに!』と叱るのではなく、まずは子どもを落ち着かせる。小さなぬいぐるみや人形、カードゲームを入れてもいいですよ」

折り紙を選ぶ子ども

自分の好きな物を詰め込もう(写真=写真工房坂本)

 袋にお菓子、おもちゃ、折り紙を詰めたら、ひもを付け、ガムテープでしっかり固定。シールやペンでかわいくデコレーションすれば、でき上がり! 小さい子どもでも、楽しく簡単に作ることができます。

日常に備えを落とし込む「ローリングストック」

防災お菓子リュックを持つ子ども

防災お菓子リュック、できた!(写真=写真工房坂本)

 ここで高木さんから衝撃の言葉が! 「シールの日付、つまり最初の賞味期限が来るまで、リュックを開けたらいけない」とのこと。まさかの展開に、子どもも親も「え、何で?」という顔に……。

 「最初の賞味期限が来るまでリュックを開けないのは、何も災害が起こらなかったことの証です。賞味期限の日が来たら、この日まで何事もなく過ごせたことを喜び合いながらお菓子パーティーをして、また新しいリュックを作ってください」

 このように繰り返しながら、食べ物を蓄える備蓄術を「ローリングストック」[2]といいます。でも高木さんは、「子どもがリュックを開けて、お菓子を食べても怒らないで」とおとなたちに伝えます。

説明をする高木さん

どうして食べちゃいけないの?(写真=写真工房坂本)

 「好きなお菓子を選ばせて、『絶対開けちゃダメ!』は酷です。1個目は、すぐ食べても構いません。大事なのはお菓子を食べないことではなく、繰り返しリュックを作りながら、親子で防災について話し合うことですから。防災お菓子リュックを3個目、4個目と作ると、意外と子どものほうが慣れてきます。わが家のリュックは6個目か7個目ですが、私がお菓子をつまみ食いしようとしたら、小学生の長女に『まだ早い!』と怒られました(笑)」

災害の怖さを乗り越えるための“わくわく感”

 防災お菓子リュック作りのワークショップは、40分ほどで終了。うれしそうにリュックを背負う子どもたちのそばで、同伴で参加した親御さんから感想を聞いてみました。まずは、小学4年生と2歳の子どもの3人で参加した中村さん。

中村さん親子

中村さん親子(写真=写真工房坂本)

 「防災リュックは、おとなが用意するものだと思っていました。でも、好きなお菓子を入れて作ったら、子どもだって楽しいはず。こうしてふだんから家族で防災を意識できれば、何か起こっても慌てずに済みますね」(中村さん)

 小学1年生の長女と2人で参加した岩松さんは、「防災お菓子リュックを通して、避難所のことを考えた」と言います。

長女と参加した岩松さん

長女と参加した岩松さん(写真=写真工房坂本)

 「災害時、自宅で避難することの大切さを教えてもらいました。子連れで避難所に行くと、周りの人に気をつかってしまいます。災害が起きても自宅で避難するための備えを、真剣に考えたいです」(岩松さん)

 夫、小学3年生、幼稚園年長、0歳の子どもの一家5人で参加した芹澤さんは、「防災を押し付けると、子どもたちが怖がってしまう」と話します。

芹澤さん親子

芹澤さん親子(写真=写真工房坂本)

 「地震や津波には怖いイメージがありますが、ただ怖さを植えつけるだけでは、子どもはしんどいはず。逆に楽しさから入れば、災害の怖さを乗り越えるための『わくわく感』が芽生えると感じました」(芹澤さん)

 ワークショップの間、ずっと子どもをあやしていた芹澤さんの夫にも感想を聞きました。

お父さんと赤ちゃん

「moris base」には、自由に使えるベビーベッドも完備(写真=写真工房坂本)

 「平日の昼間に災害が起こると、妻と子どもが自宅に取り残されてしまいます。今日のような講座を通して、人とのつながりをつくっておけば、家族も安心できます。あと、おとなが楽しめる防災リュックがあってもいいかな。リュックにおとなの嗜好品も入れたら、親の側も防災に親しみやすくなると思います」(芹澤さんの夫)

 ワークショップの最後に高木さんは、参加者にこんなアドバイスを送りました。

 「災害が起こって、町にサイレンが鳴り響いたら、ボクシングのゴングだと思ってください。ふだんの暮らしに防災を取り入れ、『さあ、来た!』『やるぞ!』という心構えがあれば、万が一のときも動揺せずに済みます」

同じ小さな子どもを抱えるお母さんたちのために

 高木さん自身も2児の母親で、長男は中学2年生、長女は小学4年生。2011年3月11日の東日本大震災のとき、長男はまだ1歳1カ月でした。

高木さん親子

「リュックはもう何回も作ったよ!」と話す高木さんの娘さん(左)(写真=写真工房坂本)

 「長男の授乳を終えて、抱っこしているときに家が大きく揺れました。テレビで流れる津波の映像にショックを受け、それからしばらくは海に近づくことができませんでした……。東北の被災地にも同じように、幼い子を抱っこしながら不安におびえる母親がいたはずです」

 親が不安がっているだけでは、子どもを守れない。そう考えた高木さんは、震災を機に防災を一から学ぶことに。そして、日常の中に「備え」を盛り込む方法を知り、それを身近な子育て中の人たちにも伝えたいと、2017年に「ママ防災塾MAMORUマムズ」を立ち上げました。

 2017、2018年には長泉町の助成[3]を受け、子育て世帯向けの防災連続講座を実施。2019年には、防災アイデア冊子『コヅレ ダカラ ジタクヒナン ノ ススメ』を発行しました。この冊子には、災害時はやむを得ない場合を除き、できるだけ避難所に頼らずに自宅(庭、友人宅、職場含む)にとどまることの大切さが、思わずクスッとしてしまうゆるかわいいイラストとともに書かれています。

防災アイデア冊子『コヅレ ダカラ ジタクヒナン ノ ススメ』

防災アイデア冊子『コヅレ ダカラ ジタクヒナン ノ ススメ』(写真=写真工房坂本)

 「南海トラフ地震[4]や富士山噴火[5]が起こると、静岡県は大きな被害が出ることが想定されています。しかし、すべての住民を受け入れるスペースは、避難所にはありません。自宅の損壊、津波、洪水、土砂崩れなどで余儀なくされる場合は別として、『避難所に行けば安心』という思い込みを切り替えたかったんです」

 災害時の避難所は、子どものいる家族にとって過酷な環境になる可能性も。東日本大震災や熊本地震(2016年)の際には、子連れで避難所に来たものの、治安や衛生面への不安などから、自家用車への避難(車中泊)を選ぶ人が相次いだといいます。

 「避難所で、果たして子どもが長時間じっとしていられるでしょうか。周りの目を気にし、トイレに行けば大行列……。それに、小さい子どもが性的被害を受けることもあります。加害者が近所の人だと、『こんなときだから』とうやむやにされてしまうなんてことも聞きます。避難所に行くのは最終手段にして、高い棚や壊れやすい物を置かない部屋をひとつだけでも自宅に用意しておくことをおすすめしています」

高木ゆかさん

自宅避難の重要性を語る高木さん(写真=写真工房坂本)

子どもの遊びをやめさせず、おとなの側が受け止める

 防災アイデア冊子『コヅレ ダカラ ジタクヒナン ノ ススメ』には、「子どもの遊びを止めないで。受けとめて。」というページもあります。災害時、地震ごっこ、津波ごっこに興じる子どもがいると、親や周りのおとなはつい、「亡くなったかたがいるのだから」と無理にやめさせようとしてしまいますが、それが逆に子どもの心の傷になってしまうといいます。

 「おとなは理性で災害を乗り越えようとしますが、子どもはどうしたらいいかわからない。積み木で作った町を壊してまた作るのを繰り返すことで、子どもなりに心を整理しようとしていたりします。この冊子では、そうした子どもの心の動きも知ってほしかったんです」

 「MAMORUマムズ」の防災講座は子どもでも楽しめるプログラムも多いなか、「どちらかというと親御さんに伝えたい気持ちが大きい」と、高木さん。活動拠点の「ママとこどものヒミツキチ moris base」も、子連れでも安心して集まれる場を作ろうと、2015年に高木さん自らオープンしました。アートスクールや子ども服無料交換会など、教室やイベントの場として活用するほか、お茶をしながらおしゃべりするといった気軽な利用も歓迎しています。

「ママとこどものヒミツキチ moris base」の入り口

子どもが走り回っても、騒がしくしても、ここなら気兼ねなし(写真=写真工房坂本)

 「長男が幼かったころから子育て支援活動を続けていますが、子連れで集まれる場所が少なかったんです。そんなとき一軒家と元工場が隣り合わせの物件が売りに出て、思い切って購入しました。ここなら30~40人くらい集まれるし、子どもたちも遊べます。もし災害が起こったときは、『moris base』を子どもの遊び場所として開放するつもりです」

「ママとこどものヒミツキチ moris base」の内観

屋内に木が……!? じつは人工観葉植物ですが、まるで公園にいるかのよう(写真=写真工房坂本)

想像力をかきたて、まずはご近所同士、顔の見える関係から

 ふだんの暮らしのなかで「防災」に取り組むヒントは、どこにあるのでしょうか。高木さんがキーワードとして挙げたのは「想像力」でした。

高木ゆかさん

「まずは不自由な状態を想像することから」と高木さん(写真=写真工房坂本)

 「断水したときのことを想像してみてください。『給水車まで水を取りに行き、それをまた運ぶのは大変。であれば今、飲料水くらい買っておこう』と思いますよね。これも立派な防災です。想像したら、次は体験する。数時間でいいので、電気・ガス・水道なしの生活をやってみてください。『ある』ときに『ない』ときの体験をすると、すごく学びになりますよ」

 さらに高木さんは、トイレの備えの大切さを断言します。

 「食事は1日3回ですが、トイレは最低5~6回。それも家族の人数分になると、かなりの回数に。緊急用の簡易トイレセットや尿を固める『凝固剤』を備えておき、たとえば車で出かけて子どもが急を要したときなどに使い慣れておくと、いざ断水し水が流せなくなったときも慌てません」

赤ちゃんの手

いつかやってくる「もしも」のときのために(写真=写真工房坂本)

 そして日ごろの備えは、部屋の安全や防災グッズ、備蓄食料だけではありません。

 「忘れてはいけないのは『人』です。災害が起こると、親と子どもがはぐれてしまうかもしれない。ふだんから近所の人に、子どもの顔を覚えてもらうことが大切です。せめてお隣さん同士であいさつをして顔見知りになっておけたら、それだけで十分『わが家の防災』になります。

 防災お菓子リュックもそうですが、『MAMORUマムズ』では、むずかしいことやお金のかかることをやっていません。冊子もイラスト入りで、わかりやすくまとめました。ご家族はもちろん、お友だちやご近所のかたといっしょにまねしてもらえるとうれしいです」

防災お菓子リュックを背負う女の子

子どもも楽しみながら「防災」に取り組めるように(写真=写真工房坂本)

 頭でわかっていても、なかなか実行に移せない日常の備え。「MAMORUマムズ」の取り組みには、今すぐできる防災のヒントがたくさんありました。ぜひ子どもといっしょに楽しみながら、できることから始めてみませんか。

脚注

  1. 1923年(大正12年)9月1日午前11時58分に発生したマグニチュード7.9の地震。相模トラフを震源とする海溝型地震で、首都圏や東日本を中心に約29万棟の家屋が全壊および全焼し、死者・行方不明者は約10万5,000人に及んだ。その甚大な被害を教訓とするため、9月1日が「防災の日」に定められた。(出典:気象庁「関東大震災から100年」特設サイト)
  2. ふだんから少し多めに食材や加工品を買い、食べた分だけ新しく買い足すことで、常に一定量の食料を家に備蓄しておく方法。食料などを一定量に保ちながら、消費と購入を繰り返すことで備蓄品の鮮度を保ち、万が一のときも日常生活に近い食生活を送ることができる。(出典:日本気象協会「ローリングストックについて」)
  3. 「長泉町協働によるまちづくり推進事業補助金」事業による。
  4. 駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源域とし、100~150年間隔で繰り返し発生してきた大規模地震。昭和東南海地震(1944年)、昭和南海地震(1946年)の発生から75年以上がたち、新たな巨大地震発生の切迫性が懸念されている。(出典:気象庁「南海トラフ地震について」)
  5. 富士山の火山活動は、約300年前の宝永の大噴火以降、現在まで静かな状況が続いているが、地下深くでは地震活動が見られ現在も火山活動が続いている。富士山火山防災協議会では地元自治体と協議のうえ「富士山火山防災マップ(富士山ハザードマップ)」を公開、また気象庁は噴火前の対策として「富士山の噴火警戒レベル」を定めている。(出典:気象庁「富士山の噴火警戒レベル」)

取材協力=ママ防災塾MAMORUマムズ、ママとこどものヒミツキチ moris base 取材・文=濱田研吾 写真=写真工房坂本 構成=編集部