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米俵を担いでいる森谷敏夫教授

写真=平野愛

健康な体作りのカギは、筋肉維持とごはん食。「キンニク先生」こと森谷敏夫教授に聞く、パワフルに生きる秘訣とは?

  • 食と農
スポーツの秋、そして、食欲の秋。バランスのいい食事と適度な運動は、健康な体作りに欠かせない。そのヒントになるのが、糖質と筋肉の切っても切れない関係。「食べて太るのは、ごはんが原因?」「適度な運動って、どのくらい?」など、食事と運動に関する疑問やメカニズムについて、応用生理学とスポーツ医学が専門の京都大学名誉教授・森谷敏夫さんに話を伺った。

筋肉は「偉大な臓器」である!

――森谷先生は長年、京都大学で教壇に立っておられ、「キンニク先生」とも呼ばれているそうですね。

森谷敏夫(以下、森谷) 私の専門は応用生理学とスポーツ医学、それも主に筋肉について研究しています。なぜ筋肉に焦点を当てているのかというと、それは、筋肉が人間にとって大切な臓器だからです。  

 臓器と聞いてもピンとくる人は少ないと思いますが、筋肉は体の約4~5割を占め、最も大量に糖質と脂質をエネルギーとして消費しています。筋肉を使うと、脳が刺激され、心臓、循環器系、骨、神経などの機能も活性化します。動かさなければ、逆に低下していく。筋肉が衰えれば、体全体が衰えていくことにつながるのです。

森谷教授の二の腕の筋肉隆々の力こぶ

「キンニク先生」「京大の筋肉」の異名を持つ森谷先生(74歳)は、毎日欠かさず運動を行い、40年近く体重は67㎏、体脂肪は9.6~9.7%をキープし続けている(写真=平野愛)

――なるほど、筋肉を動かすことは、健康な体作りにつながっているのですね。

森谷 筋肉を動かすために、もう一つ大事なポイントになるのは、炭水化物をしっかりとるということ。人間の三大栄養素は、炭水化物、たんぱく質、脂質です。糖質と食物繊維は、炭水化物に含まれています。1日に摂取する糖質のうち約70%は筋肉が、約20%は脳が消費します。つまり90%近い糖質のエネルギーが、脳と筋肉で使われているのです。

――糖質が脳と筋肉のエネルギー源になる。それだけ糖質は、人間の体にとって大切なものなんですね。

森谷 そのとおりです。人間が健康に生きるためには、1日の総摂取エネルギーの50%以上を炭水化物(糖質、食物繊維)でとらないといけません。日本糖尿病学会でも、1日の総エネルギーの50~60%を炭水化物で摂取することを推奨注釈しています。

 イスから立って歩くだけで、座っている人の約3倍もエネルギーを使います。しかもそのエネルギーは、脳と筋肉で同じ割合で消費されます。エネルギー源になるのは体に蓄えた糖質と脂質で、歩いてるときには、糖質が3倍、脂質も3倍使われているわけです。そのくらい筋肉はたっぷりと糖質を消費してくれるんです。

歩くことで、糖質が3倍、脂肪も3倍使われていることをホワイトボードに化学式を描いて説明する森谷先生

ブドウ糖の代謝反応について説明する森谷先生。糖質は運動の重要なエネルギー源となっている(写真=平野愛)

「糖質制限ダイエット」の不都合な真実

――糖質が体を動かす重要なエネルギー源だということは理解できました。一方で「糖質カット」「糖質制限ダイエット」という言葉もよく目にしますが……。

森谷 ブームが続いている糖質制限ダイエットは、厳しい制限をして行えば、確かに短期間で体重を落とすことが可能です。仮に23日ほど糖質カットの食事をしたとして、体重が2㎏減ったとします。体重を気にされているかたは、きっと効果を実感して、うれしい気持ちになるのではないでしょうか?

――2㎏もやせたら、ダイエット成功間違いなしなのでは?

森谷 いえいえ、23日間の糖質カットで2㎏やせたとしても、体内の脂肪が減ったわけではないのです。数字で考えてみるとよく分かりますが、1㎏の脂肪を燃焼するためには、7,200kcalも減らす必要があります。1日に食事で1,800kcal摂取するとして、2㎏は8日分の食事量に相当します。と考えると、とても2~3日の短期間で脂肪を減らすことはできませんよね。

――減ったものが脂肪でないなら、その2㎏の正体は何なのでしょうか?

森谷 その答えは水分です。摂取した糖質は34個の水の分子と結合してグリコーゲンという物質になり、肝臓や筋肉などに蓄えられます。糖質が不足すると、脳で使うべきエネルギーもカットされますが、そうなると脳は「栄養が足りない!」とシグナルを出し、肝臓などに蓄えたグリコーゲンを使い始めます。すると、非常食であるグリコーゲンを消費するときに、グリコーゲンとくっついていた水の分子が不要になって体の外へ出ていくのです。

 それが結果的に体重の減少につながっているのですが、肝心の脂肪は減っていない。しかも水分が減った分、一種の脱水状態におちいり、みずみずしさが失われてドライフラワーみたいな体になってしまう。そうならないためにも、バランスのいい食事が大切なんです。

グリコーゲンが使われて、体から水分が抜けて、枯れた体になるという説明イラスト図

イラスト=ながのまみ

バランスのいい献立の黄金比率は622

――バランスのいい食事とは、具体的にどういう献立でしょうか。

森谷 私は「6:2:2」を推奨しています。炭水化物が6、たんぱく質が2、脂質が2の割合です。私自身、炭水化物に加えて、たんぱく質も多めの朝食を心掛けています。ごはんに納豆、豆腐、具だくさんのおみそ汁なんてメニューは最高ですね。

 炭水化物やたんぱく質をとるのは、朝食がいいんです。夕食に食べた糖質やたんぱく質は朝まで持ちません。寝ているあいだにも、体内の再構築に必要なアミノ酸がずっと使われています。脳もエネルギーを使っています。朝起きたらだれでも、糖質とたんぱく質が足りていない状態になっているんです。

――糖質もたんぱく質も朝食でしっかりとることが大事なんですね。

森谷 炭水化物をしっかりとると、満腹感も早くきます。食欲をうまくコントロールできて、食べすぎ予防にもつながります。仮に炭水化物を多めにとって、1日の総カロリー数が多少増えても大丈夫。余った炭水化物は、食事誘発性熱産生注釈が強いので、エネルギーを消費しやすくしてくれます。

和食の献立

写真=編集部

朝食を抜くと、脳が「飢餓」だと思い込む?

――「早起きが苦手」「摂取カロリーを減らしたい」といった理由で、朝食を抜く人も多くいます。

森谷 朝食は健康の源ですから、抜かないほうがいいです。筋肉は24時間、「合成か」「分解か」どちらかの信号の強いほうに傾きます。朝食を抜くと、間違いなく筋肉は分解の方に傾きます。昼食まで分解が進んで、筋肉がやせ細っていく。

 さらに朝食抜きは、代謝にも影響を与えます。朝を抜くと、脳が飢餓の状態になったと思い込み、できるだけエネルギーを使わないように働きます。その状態でランチでドカンと食べてしまうと、脳が「次は食べられないかもしれないから、エネルギーを使わないようにしよう」と判断してしまう。すると代謝が悪くなり、カロリー消費が悪くなってしまいます。

――だから朝と昼でバランスよく、なんですね。

森谷 朝の食事を抜いて、昼にまとめて食べるくらいなら、朝と昼でそれぞれごはん食にしたほうが、代謝もよくなります。和食のごはんを中心とした献立は、食事誘発性熱産生がとても高いんです。食べたらすぐに、体が炭水化物を使おうとするんです。

 いちばんよくないのは、午前中は何も食べず、ランチで脂質の多いメニューをとることです。これがいちばん太りやすい。そもそも朝食を抜くと活力が出ませんよね。若い人が通勤電車の車内で寝ている姿を見ると、とても心配になります。

――寝不足が原因なのかと思っていましたが、朝ごはん抜きにも原因があるんですね。

森谷 脳ができるだけエネルギーを使わないようにするからです。しかも脳は非常食のグリコーゲンを使い果たすと、筋肉のたんぱく質をエネルギーに変えて使い始めます。脳が筋肉をむしゃむしゃと食べていくイメージですね。すると、筋肉はだんだんと衰えていく。見た目はやせていても筋肉がなく、体脂肪率の高い「隠れ肥満」の人も増えています。そもそもダイエットは健康のために「やせる=体脂肪を減らす」ことが目的で、体重を減らすことではないんです。

 ごはんは健康な体作りに最適なんですよ。持続性の高い燃料で、脂質も少ない。たんぱく質も食物繊維も含まれていて、お通じもよくなる。それなのに「炭水化物のとりすぎは太る」と思い込んでいる人が非常に多い。「ごはんが悪い」という意識を変えていく必要性を、いつも感じています。

欠食と食べ物によるエネルギー消費量の変化図

朝食、昼食をそれぞれごはん食(高糖質)またはパン食(高脂肪)にした場合と、朝食抜き+2食分摂取した場合のエネルギー消費量の変化を表したグラフ。朝食を起点にして縦のカロリー消費数を見ると、朝食にごはんを食べている人の数値が最も高く、多くのエネルギーを消費していることがわかる(データ=森谷先生提供)

「最後にごはん」は間違い? 三角食べのススメ

――バランスのいい献立にするとして、「いい食べ方」「悪い食べ方」はありますか?

森谷 いちばんいいのは「三角食べ」です。ごはんを食べて、おかずを食べて、野菜を食べて、よくかんで、ごっくん。そうしてゆっくり食べていけば、満腹感が早くきます。食後のデザートもいりません。

 逆に最初に野菜、途中で魚や肉、最後にごはんを食べると、なかなか満腹感が得られない。食後のデザートが欲しくなる。そうなると追い打ちで、血糖値が上がってしまいます。「甘いものは別腹」とよく言いますが、要するに脳に満腹感のシグナルがいっていないわけです。

――健康のため……といってもデザートを食べたいときもあります。ぐっと我慢すべきでしょうか?

森谷 デザートも同じ理屈で、どうしても食べたい場合は、最初に食べることをおすすめします。「食前にデザート!」と驚かれるかもしれませんが脳が満足感を得やすく、食べ過ぎ防止につながるんです。ほかにも無理なく、健康的にやせる方法として、「1割減ダイエット」を推奨しています。毎日好きなものをバランスよく、三食ちゃんと食べる。そのかわり、最初からないものだと思って、意識的に1割ずつ食事量を減らす。目安は1200kcal1年続けると、トータルで73,000Kcalになり、なんと10㎏の体脂肪が減少します。このとき、主食のごはんはカットせずに、脂質の多いおかずを減らすのが大事なポイントです。

インタビューに答える森谷先生

「疾患がある場合は別ですが、健康を維持するためには、炭水化物や脂質などの極端な摂取制限を行うダイエットはおすすめしません。運動、自律神経との関わりからもバランスのよい食事摂取があくまで基本になります」と森谷先生(写真=平野愛)

偉大な臓器「筋肉」を急に衰えさせないために

――食事とともに適度な運動も必要とのことですが、偉大な臓器である筋肉を衰えさせないためにどのくらい運動をすればよいでしょうか?

森谷 筋肉は、30歳を過ぎたころから、1年に1%ずつやせ細っていきます。衰えないようにするには、毎日使い続けるしかないんです。私は階段があれば、絶対に使います。階段があるとうれしくなるんですよ。

――階段があるとうれしいんですか(笑)。

森谷 「うれしい! チャンス!」と思わなくちゃ! 筋肉はふだんの動きで鍛えられます。階段を上り下りするには、歩く以上のエネルギーが必要です。120段しか階段を上らない人が40段上った場合、それだけでもう筋トレになっています。

 エレベーターやエスカレーターに頼ると、その分筋肉を使わなくなりますよね。ラクをすればするほど、筋肉に早く衰えがきてしまう。筋肉があるうちにできるだけ維持して、衰えのスピードを緩やかにしていく。筋肉を使うといっても、通常の生活以上に強く使うことが大切です。

――なるほど。ダンベル体操とか、積極的に筋トレもすべきでしょうか。

森谷 数kgのダンベルを持ち上げるのなら、自分の体重をダンベルとして使いましょう。自分の体重はダンベルの数十倍もあります。テレビを見ながらスクワットをしたり、床掃除をして体を動かしたりするほうが、ダンベルを持ち上げるよりはるかに運動量が多いです。

 運動生理学では、NEAT(ニート/非運動性熱産生)注釈という言葉があります。家事や育児、通勤など、日常の何気ない生活動作で消費するエネルギー量のことで、このNEATを増やすことがとても大切なんです。一つひとつの動作のエネルギーは少なく思えるかもしれませんが、「ちりも積もれば山となる」で、人間はNEATで1日のエネルギー消費量の4割近くを消費しています。

 通勤中は座らずに立っていたり、家の中で必要なものを遠くに置いて動く回数を増やしてみたり……。NEATを増やす方法はいくらでもあります。毎日のちょこまか運動がそのままトレーニングになるので、やらない手はないですよね。

イスに座った状態で足ぶみしてトレーニングの方法を説明する森谷先生

「もし、腰が痛いのであれば、座ったまま片足ずつ上げ下げするだけでもいい。仕事中やテレビを見ながらでもやれます。座ってじっとしているときより、2~3倍もエネルギーを使いますよ」と森谷先生(写真=平野愛)

食生活とはすなわち、自分の「生きざま」である!

――特別な筋トレをせずともふだんの生活の中でちょっとずつ運動をすればよいことが分かって、気持ちがラクになりました。

森谷 朝起きて、三食きちんと食べて、体も動かして、夜になったら寝る。そう習慣づければ、人間の生活リズムは正確になり、もっとおいしく食事ができるはずです。私は朝昼晩と三食、おなかがすくから食べます。毎日決まった時間に食べると、その間にエネルギーが消化吸収されるので、いつもおなかがすいて、おいしく食事ができるんです。

 大事なのは、「知的な食べ方をしましょう」ということです。それは自分の「生きざま」にほかなりません。自分の体は、食べたものでできています。健康のためには、いつ・何を・どう食べるかということに尽きます。そうした食べ方、生き方を、一人ひとりが考えて、積み重ねていけるといいですよね。

脚注

  1. 日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドラインの改訂に関して」に以下のとおり記載。「栄養素のバランスの目安は、健常人の平均摂取量に基づいて勘案してよい。日本人の食事摂取基準 2020年版では、成人の基準として炭水化物 5060%エネルギー、タンパク質 1320%エネルギー、脂質 2030%エネルギー(飽和脂肪酸 7%以下)としている」。

  2. 通称「DIT」。食事をしたあと、安静にしていても代謝量が増大すること。食事誘発性熱産生によるエネルギー消費は栄養素の種類によって異なる。たんぱく質のみ摂取は摂取エネルギーの約30%、糖質のみは約6%、脂質のみは約4%で、通常の食事はこれらの混合となるため約10%程度になる。出典:厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット」。

  3. Non-Exercise Activity Thermogenesis(非運動性熱産生)の略。体を鍛えるための運動ではなく、立つ、座る、歩くなど、日常生活で消費されるエネルギーのこと。

取材協力=株式会社おせっかい倶楽部 取材・文=濱田研吾 写真=平野愛、編集部 イラスト=ながのまみ 構成=編集部