きっかけは、エイビイシイ保育園園長からの手紙
――この映画の製作のきっかけは、エイビイシイ保育園の片野清美園長からのお手紙だったそうですね。
大宮 私が監督した介護の映画『ただいま、それぞれの居場所』をすごく気に入ってお手紙をくださったようなんです。全く面識がない私に対してオープンに、なおかつ夜間保育をもっと多くの人に知ってほしいという思いが綴られていました。作り手としてそういうオファーをいただくことはうれしいことですし、全然違うテーマの私の映画を観ていただいて、声をかけていただいたことはうれしかったです。
ただ、私自身は保育について特別な関心はなかったので、すぐには「はい」と言うわけにいかず、何度か園長とお会いしたり、保育園の様子を見せてもらいながら、少しずつ方向性が見えてきたところで、撮影を始めました。
――最初にエイビイシイ保育園を訪問したときは、どんな印象だったのですか。
大宮 私が勝手にイメージしていたのは、夕方、親が子どもを預けに来て、子どもたちは親が迎えに来るまで、夜もお遊戯したり絵本を読んだりしているのかなというものだったんです。ところが、実際は賑やかに夕飯を食べたら、お風呂に入って、8時から寝る準備を始めて、9時になるともうみんな寝ちゃっている。当たり前のことなのに新鮮な驚きでした。夜間保育といっても特別なものではなく、生活の場、安心して寝られる場所を提供しているんだなあと。
――「夜間もやってる」の意味は、映画を拝見してよくわかりました。エイビイシイ保育園では、たとえ親の仕事が夕方からでも、子どもの生活リズムを考えて、朝から子どもを預かることにしていますね。
大宮 タイトルに「夜間保育園」というキーワードは入れたかったんです。しかし、それだけでは、日中の保育のことが伝わらず、私自身がそうだったように勝手にイメージされてお客さんが引いてしまうかもしれない。それで、フキダシで夜間だけじゃないぞと、「も」を入れました。一般的な保育というものも提示したかったですし、夜も働かざるを得ない人がいるという今の時代も同時に提示したかったんです。
――エイビイシイ保育園は、24時間体制の認可夜間保育園ですが、全国の認可夜間保育園は80カ所と少ないですね。
大宮 それに対して、無認可の夜間保育園、いわゆるベビーホテルは1749カ所(平成27年3月31日現在)あるわけです。片野園長の思いは、それだけ数があるんだから必要なんだと。もう少し認可して、経済的にゆとりをもって、いい保育を実現させていきたいということだと思います。無認可では保護者の利用料だけが収入ですから、やはり経営が大変になりますよね。
異国で懸命に子育てする親たちの姿も
――保育園での子どもたちの生活だけでなく、夜働いている親の姿や、職場や自宅でのインタビュー場面も多いですね。
大宮 プライベートな話は、プライベートな場で聞きたいなと思いました。やはり、この子の背景、この子のお母さん、お父さん、保育園以外の生活の場も見たいなと。特に、パーム君のお父さん、タイ人のケンさんはすごく協力的でした。「狭いんですけども」を繰り返しながら、ご自宅に迎え入れてくださって。でも、それが現実ですし。
――ケンさんは、子どもへの思いがすごく深い方ですね。
大宮 あの方は、昼は会社に勤めて、夜はタイレストランで働いて、ダブルワークなんです。自分の国で子どもを育てること自体もなかなか困難が伴うこういう時代なのに、異国で子どもを育てていらっしゃる。日本を愛してくれているようですし、いっぽうで子どもにはタイ語も覚えてほしいと思っている。いろんなことを欲張りながらもがんばっていらっしゃいます。
子どもは何を食べるかを選べない
――エイビイシイ保育園の給食は、オーガニックの食材を使っていて、野菜は茨城県石岡市の魚住農園の有機菜栽培のものですね。魚住家の様子も撮ろうと思われたのはどんな理由からですか。
大宮 園とのつながりということもあるのですが、今、現在、まだまだ魚住家のように三世代で囲む食卓があるということを私自身が確認して、見つめたかった。決して理想として提示しているわけではありません。三世代ゆえのややこしさもあるでしょうから。ただ、魚住道郎さんのおっしゃる通り、子どもは何を食べるかは選べない。魚住さんもエイビイシイ保育園も子どもたちに何を食べさせていくかを、真剣に考えている人たちだと思います。
親だけで子どもを守りきれない時代だから
――夜に子どもを預けて働くことへの、揺れる思いを語っていらっしゃる方も登場していましたね。逆に、夜間保育園で育ったわが子を見ていると、かわいそうだとは思わないという方も。
大宮 独りで生きていけないちっちゃな子どもを、今の時代の日本で、親だけで、ましてやシングルの親だけでは守りきれない部分もあると思うんです。ちょっと前であったら、家族をはじめとした濃厚な血縁関係や地縁関係がありました。そうしたものに頼れない中では、夜間に限らず、保育園とか幼稚園が大切な場になるのかなということは、映画を撮りながら感じました。
私自身も含めて映画では大きなことを語りがちですが、本当に大切なのは足元の小さな生活なのかもしれません。子どもたちを守らないで何を守るんだと、自分に問いながら作った映画です。
医療技術が向上して乳児死亡率は確実に下がっていく中で、虐待や育児放棄、貧困などの理由で亡くなっていく命があります。お父さん、お母さんが、悩みを独りで抱え込まずに「ちょっと助けて」と言える場があれば救えた命もあったかもしれないと思います。
夜間保育を必要としている人がいるという現実がある
――映画を作る前と後とで、監督ご自身の夜間保育の捉え方に、何か変化はありましたか。
大宮 まず、夜間保育が必要な社会が健全なのか不健全なのかは、僕には分からないです。ここは、作る前と変わっていません。ただ、映画を作る中で夜間保育を必要としている人がいるという現実を見てしまった。見てしまった以上、知らんぷりはできないな、と。
夜間保育園を必要としている人がいる中で、それを必要とする社会が健全なのか不健全なのか、そんなことは関係ない、ステージが違うというか…。必要としている人がいて、そこを気持ちをもって助けて守ろうとしている人がいる。その関係はずっと続いてほしいという思いです。保育や子育てにはいろいろな考え方があると思いますが、いろいろな世代、いろいろな方に観ていただき、今の社会を振り返ってもらいたいと思います。