「肌にやさしい」に明確な定義はない
「肌にやさしい」「敏感肌用」「赤ちゃんにも使える」「ナチュラル」……。化粧品の広告でよく目にする文言だ。ところが、「これらの表現には、実は明確な定義はないのです」と言うのは、化粧品業界に詳しい微生物技術アドバイザーの浅賀良雄さん。
大手化粧品メーカーの研究所に38年間勤務し、日本化粧品工業連合会の微生物専門委員長などを歴任した浅賀さんは、「水でさえ刺激になる人もいるので難しいのですが、私個人の感覚では、“肌にやさしい”とは、必要な成分以外、余計なものが入っていない化粧品でしょうか。成分を入れれば入れるほど、トラブルが起きる可能性も高くなりますからね」と語る。
人の肌には、本来、自然のバリア機能が備わっている。皮膚から分泌される皮脂が、皮膚に常在する善玉細菌によって保湿成分であるグリセリンと弱酸性の脂肪酸に分解され、肌を健全に保っているそうだ。
ところが年齢が上がるにつれ、日焼けなどの外的な刺激や精神的ストレスなどにより、バリア機能が低下。肌は乾燥し、荒れやすくなる。その不足した潤いを補い、外気と皮膚の間を油膜で遮断して、十分な水分を肌に留めるのが化粧水、美容液、クリームといった基礎化粧品の役割だ。
「だから、基本的に化粧品に必要な成分は、水、保湿剤、油の3つであるといえます」(浅賀さん)
全成分表示は、消費者に親切か?
「化粧品に必要な成分はシンプルなもの」と浅賀さんは言う。だが、化粧水のボトルやクリームの箱に細かな文字で列挙されている成分名の数に、戸惑ったことはないだろうか。
「化粧品には、製造に使用した全成分を配合量順に表示することが法律で義務付けられています(※1)。商品ごとの特徴は成分の組み合わせや配合比率によるところが大きく、そこがメーカーの腕の見せどころでもあり、各社、保湿剤も油も、それぞれ何種類も組み合わせるのです。そのほかにもビタミン、植物から抽出したエキス、添加物……となると、成分数が20~30になってしまうのも不思議ではありません」
日本で化粧品の全成分表示が始まったのは、2001年の医薬品医療機器等法の改正による。それまでは、アレルギーなど皮膚障害を起こす恐れがあると国が規定した成分(表示指定成分)のみ、表示が義務付けられていた。表示方法が変更された背景には、欧米に倣い、化粧品成分に関する国の基準が緩和されたことがある。
もともと日本では、化粧品に配合できるのは、国が認めた成分だけだった。ところが法律の改正で、「使用できない成分」のほうが規定され、それ以外については、各化粧品会社が自らの責任において自由に選択できるようになったのだ(※2)。そして、表示指定成分を特別に表示する必要がなくなった代わりに、消費者が自分で選べるようにと、すべての使用成分の表示が義務付けられた。
全成分表示について浅賀さんは、「自分の肌に合わない成分が分かっていれば、購入の際に避けることができるし、何かトラブルが起きた場合も、皮膚科医がその原因を特定しやすいという利点はある」と一定評価。しかし一方で、「消費者自身にも、表示されている成分の意味を正しく読み解く力が求められることになりますが、簡単なことではないと思います」と疑問も呈する。
※1:ただし1%以下は順不同。香料・色素などは最後にまとめて表示することが認められている。
※2:防腐剤、紫外線吸収剤およびタール色素に関しては、「使用できる成分」が規定されている。
新しい成分に要注意。安全性確認が十分でないものも
安全性確認が各化粧品メーカーに委ねられているとなると、それぞれの会社がどんな成分を選んでいるのかがにわかに気になってくるが……。
「どのメーカーも使う成分はだいたい決まっていますね。というのも、大きなトラブルを避けるためには、昔からある、すでに安全性が実証されている成分を選ぶのが最善だからです」と浅賀さん。ただ、最近は海外で開発され、商社を通して持ち込まれた新しい成分が使われるケースも増えてきていると言う。
「厳しい開発競争を強いられている化粧品会社は目新しい成分に飛びつきたくなるのでしょうが、中には安全性を確認しきれていないものもあるようです」と浅賀さん。化粧品によるトラブルは1回の刺激ではなく使用を重ねた末に起きることが多く、メーカーによっては、そうした長期使用まで考慮した実験がなされていないケースもあるのでは、と指摘する。
「新規成分の中でも特に心配なのは、植物エキスなどの天然成分です。化学合成物質であれば、従来の化粧品に使われてきた物質の構造式との比較である程度推測できますが、天然成分の場合は、その年の気候や原料の産地などさまざまな要因で性質が安定しないから判断が難しい。“天然”というだけで肌にやさしいイメージがありますが、天然成分こそ、非常に慎重に取り扱わねばならないと私は考えています」(浅賀さん)
防腐剤不使用=防腐成分ゼロではない
新規成分と並んで浅賀さんが注意を促すのが、防腐剤だ。
化粧品は、医薬品と同じように常温で3年間安定した中身を保たなければならない(※3)。したがって、細菌やカビの増殖、腐敗を防ぐため、特別な場合(※4)を除いて、防腐剤を使わないわけにはいかない。
「ただし、配合は必要最低限度に抑えるべき」と浅賀さん。防腐力が強すぎると、肌に負担となるリスクが高まるためだ。だが、防腐剤を減らしながら防腐力を保つのには、ノウハウや高い技術力が求められるため、「菌やカビが出るのが怖い」「前例がない」という理由で、配合を見直すことに消極的だったり、より強力な防腐剤を使いたがるメーカーが多いという。
「配合比は企業秘密なので正確なところは分かりませんが、必要以上に防腐剤を配合している化粧品は少なくありません。その傾向は、どんどん強まっているように感じます」
一方で、「防腐剤フリー」「防腐剤無添加」と表示されている化粧品についても、「防腐効果のある保湿剤で代用しているケースもあり、必ずしも『防腐剤無添加』=『防腐成分ゼロ』とは限りません」と注意を促す。
※3:製造または輸入後、適切な保存条件のもとで3年以内に性状および品質が変化するおそれのある場合は使用期限を記載しなければならない。(医薬品医療機器等法第61条)
※4:要冷蔵のもの、使用期限が短いもの、カプセル入り、オイル100%など。
肌に使うものだからこそ、食品と同じようにチェックする
現在、化粧品会社に対して防腐剤の適正使用に関する技術指導に携わる浅賀さんは、生協パルシステムの化粧品検討委員会の顧問も務めている。パルシステムが扱う化粧品は、同検討委員会がその成分をチェックし、メーカーに対して必要な改善要請をしたり、時には企画の中止を判断したりする。
「パルシステムでは、化粧品についても食品と同じように独自の基準を持ち、一般にはよく使われている成分であっても、肌への影響に懸念があったり不必要と判断したもの、安全性確認が不十分な新規成分は極力使わないようにしています」と説明するのは、商品開発本部で化粧品を担当する小松明日美さん。
パルシステムでは2002年、一般に使用されている化粧品の原料約2800成分を、発がん性、内分泌かく乱物質、感作性の観点から評価。使用を一切禁止する「不使用成分」142点と、使用しないと成り立たない製品にのみ量を制限して配合を認める「留意成分」158点を定めている(2012年に更新)。
特に防腐剤に関しては、使用量をできるだけ減らすことを目指し、防腐性を持つ保湿剤も含め、メーカーには配合率まで提出を求める。「あらかじめ基準をクリアしている防腐剤であっても、水分に対する溶解量を精査して、なぜその量を配合するかまで問うことが多いですね。さらに仕様書でクリアしても、第三者機関による防腐効果の確認試験を実施し、その結果を見て『もっと減らせるのでは?』と、再提出を求めることもあります」(小松さん)
「パルシステムの審査は、非常に厳しいですね」と語るのは、化粧品の受託製造会社、株式会社ジャパンビューティプロダクツの根岸里歌さん。「防腐剤の使い方には企業の姿勢やこだわりが表れやすいのですが、防腐剤の配合率までチェックが入ることは、ほかではあまりありません」
信頼できる作り手を見極めたい
消費者自身が商品の開発に携わる仕組みもある。2017年に誕生した『プラセンタオールインワンゲル』は、豚肉の産直産地ポークランドグループの豚由来のプラセンタを使用し、パルシステムの組合員開発チームが商品化に協力したプライベート・ブランド(PB)商品だ。もちろん、化粧品検討委員会の審査を経て合格したものだ。
製造を担当したのは、前述のジャパンビューティプロダクツ。「プラセンタは栄養が豊富なので菌が繁殖しやすく、防腐剤をぎりぎりまで抑えながらエキス化するのに苦労しました。防腐剤だけで何種類検討したことでしょうか……」と、根岸さんは振り返る。
パルシステムとジャパンビューティプロダクツ、組合員の開発チームとで何度も意見交換と試作を重ね、肌質の異なる組合員チーム全員の評価が一致する仕上がりに。「初回の注文数は、パルシステムの化粧品中、過去最高の約1万2000点に。産直産地の母豚のプラセンタが原料であること、使用する立場の組合員がプロジェクトに加わったことに、私たちが想像していた以上に信頼が寄せられたようです」と、職員の小松さんもその反響に驚く。
開発に参加したパルシステム茨城の組合員・加藤明子さんは、「これまではCMやパッケージ、ネットの口コミで選ぶことが多かったのですが、今回の開発プロジェクトで化粧品の裏側を垣間見ることができてよかったです」と語る。「普通はどんなプラセンタかも分からず、少量でも入っていれば“プラセンタ入り”と表示できると知って驚きました。でも、パルシステムの『プラセンタオールインワンゲル』は原料も明確で含有量も多い。自信を持っておすすめできます」
「使う人に、心身ともに心地よい状態になっていただくというのが化粧品の使命」と浅賀さん。最後に、使う側として、何を基準に化粧品を選べばよいのか、という問いを改めてぶつけてみた。
「化粧品の中身は、本当に見えにくい。同じ容器に入っていたら、数百円のクリームも数万円のクリームも、見分けがつく人は少ないでしょう。見えにくいからこそ、 “誰がどのように作っているのか”ということも意識して選ぶようにしたいですね。なかなか難しいですが、キャッチコピーやイメージ戦略に踊らされることなく、実績や歴史、姿勢などから信頼できるメーカーや販売者を見極めることも大切です」
<資料>
独立行政法人 製品評価技術基盤機構化学物質管理センター 化粧品に関連する法規制等
東京都健康安全研究センター 化粧品の表示