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写真=坂本博和(写真工房坂本)

ピン芸人・松元ヒロさんが、20年間「憲法くん」を演じ続けてきた理由

  • 環境と平和

今年も憲法記念日がやってくる。約20年前から、「日本国憲法」を人間に見立てた一人芝居「憲法くん」を演じ続けてきたのが、お笑い芸人の松元ヒロさんだ。日本では珍しい政治や社会への風刺のきいたスタンドアップコメディが人気を博し、文化人、知識人にもファンが多い。改憲に向けた動きが活発化する中、ヒロさんが“憲法くん”になって訴えたいメッセージとは何か。

憲法前文を口に出して読んでみたら……

――ひとり芝居「憲法くん」を演じるようになったきっかけを教えてください

松元 「憲法くん」ができたのは、日本国憲法施行50周年記念のイベントに呼ばれたときでした。憲法なんていうといつも大学の先生の難しい話になっちゃうから、コントで分かりやすく伝えてくださいって。それで、憲法を擬人化して演じたら面白いんじゃないかと思いついたんです。

――「憲法くん」では、ヒロさんが朗読する日本国憲法の「前文」が印象的です。

松元 「憲法くん」を作るとき、憲法学者の先生たちと一緒に台本を考えたのですが、学者さんなので話が堅苦しくて長いんですよ(笑)。で、どうしようかと思っていたときに、テレビで俳優さんが憲法の前文を朗読していたのをたまたま見て、これはいけるんじゃないかと。前文には、103の条文の魂みたいなものが凝縮されているように感じたのです。

 前文って、目で読んでいるだけだと難解に思えますよね。でも、口から出てきたものを自分で聞くとなんだか心地よくて、意味が分かってくるんですよ。おそらく「平和」とか「愛」とか「戦争はやめよう」といった美しい言葉は、人の気持ちに自然に入ってくるんでしょうね。

 ライブでも、笑いながら見ていたお客さんがシーンと聞き入ってくれる。言葉をかみしめるように、なるほどなるほどってうなずきながら。涙を流している方もいますよ。

“憲法くん”を演じるヒロさん

“憲法くん”を演じるヒロさん(写真=橘蓮二)

井上ひさしさんも「深い思想がある」

――20年間、「憲法くん」を演じ続けてこられた原動力は何ですか?

松元 おかげさまで、「憲法くん」のネタは、時を置かずにあちこちから声がかかるんです。僕、普通は「去年のあのネタを」といわれても、「覚えていないんです、すみません」ってお断りすることが多いのですが、「憲法くん」だけは忘れる間もなく、声をかけ続けていただきましたね。

 実は、最初のイベントからすぐ、作家の井上ひさしさんの故郷、山形県川西町に呼ばれて「憲法くん」を演じたことがあるんです。終演後、井上さんが楽屋にやってきて、「感動しました。ヒロさんが語る前文からとても深い思想を感じました。あらゆるところでこれをやってほしい」と言ってくださった。これが一つの自信になりました。

松元ヒロさん

写真=坂本博和(写真工房坂本)

――演じていく中で、ヒロさん自身の憲法に対する見方は変わりましたか?

松元 それは、もう。お恥ずかしいことに、僕自身、最初は憲法に問題意識なんて何ももっていなかったんです。ただ、演じるにあたって猛勉強して分かったのは、憲法は普通の法律とは違うってことでした。

 僕は最初、憲法って単に法律の親玉くらいに思っていたんですよ。たしかに法律の親玉なんだけど、法律が、罰金いくらとか懲役何年とかって、僕たちを縛るものなのに対して、憲法は、僕たち主権者、僕たち国民が国を縛るもの。ここが前の大日本帝国憲法とは決定的に違うってことを知りました。

 天皇陛下から国会議員、裁判官、国家公務員……とにかく僕たちの税金で国の仕事をしている人たちは、ぴしっとこの憲法を守る義務がある。99条にちゃんと書かれているんですよね。

憲法を知ってほしくて絵本も出版

――「憲法くん」は絵本にもなっていますね。

松元 ほんとはね、最初心配したんですよ。絵本にしたらネタばれしちゃうって(笑)。それは半分冗談ですが、なんで絵本にしたかっていうと、最近とくに危機を感じるからです。

 昔から常に改憲論はありましたが、本当に年を追うごとに現実味を帯びてきた。安保法制(※1)や共謀罪(※2)が強行採決で成立したり、ちょっとずつちょっとずつ、僕が20年前に「憲法くん」を始めた頃よりも、世の中が戦争の時代に近づいてきているような気がするんです。

 たしかに憲法96条には、「私を変えていいですよ」って書いてある。でも変える、変えないを言う前に、今の憲法がどういうものかをきちんと理解しなきゃいけないと思うんです。

 僕という人間は一人しかいないけれど、絵本だったら、たくさんの人に読んでもらうことができる。子どもにも読んで聞かせてあげられる。皆が憲法って難しいものだと思っていて、そのせいで、憲法が足かせになって逆に平和が守れないみたいに誤解しているならば、絵本で、憲法の本当の意味を伝えたいと思ったのです。

※1:集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法。2015年9月に成立。
※2:「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法。2017年6月成立。

絵本『憲法くん』

絵本『憲法くん』(絵:武田美穂 講談社)は憲法を知って、考えるきっかけになれば(写真=坂本博和(写真工房坂本)

平和を願う世界の英知が集結した日本国憲法

――日本国憲法について「アメリカに押し付けられた憲法じゃないか」という批判もありますが、ヒロさんはどう考えますか?

松元 いろいろ調べてみると、決して押し付けられたものではないようですよ。日本国憲法の成り立ちには、世界中のありとあらゆる英知が関わっているんですって。イギリスの権利の章典、アメリカの独立宣言と合衆国憲法、フランス人権宣言、ドイツのワイマール憲法……と長い年月をかけて世界中の人々が「どうしたら皆が幸せに生きられるか」を考えてきた、その延長にあるのが日本国憲法なんです。

 僕の尊敬するジャーナリストのむのたけじさん(※3)は、いつも言っていました。「戦争をなくそうと思ったら簡単だ。国をなくせばいいんだ。地球を外から見たらどこにも国境線は引いていないんだから」って。「自分の国で作ったものじゃない」と否定するのは了見が狭いんじゃないですか。もっと大きな、国境を越えた地球規模の憲法だって考えたらいいと思いますね。国家主義をやめて、人類主義の時代なんだと思います。

※3:朝日新聞記者として戦争に加担したことを悔いて、101歳で亡くなる直前まで「戦争絶滅」を訴え続けたジャーナリスト。

――「机上の空論だ、理想じゃ国は守れない」という見方もありますが……。

松元 僕は、それも違うと思います。日本国憲法は、凄惨なあの戦争があって生まれたものなんです。決して、机上の空論なんかじゃない。何もかも焼け跡になって、人々の暮らしも命も破壊された。2個の原爆が落とされた。日本人を含め、アジア全域で2000万人以上が犠牲になった……。戦争を現実に体験した人たちの「こんな恐ろしくて悲しい戦争を二度とするものか」という切なる願いから生まれた理想、それが憲法じゃないでしょうか。

 “憲法くん”になり代わって僕は皆に訴えたいのです。「この70年間、日本はたった一度も戦争という名前で他の国の人々を殺したことはありません。それは僕がいたからでもありますよね。僕は、そのことを誇りに思います」ってね。

松元ヒロさん

写真=坂本博和(写真工房坂本)

弱者の立場から権力者を笑いたい

――ところで、コメディアンとしてのヒロさんが“笑い”を作るときに、大切にしていることはありますか?

松元 ただ笑わせればいいというものじゃなくて、どちらの立場に立って笑わせるかということをいつも意識しています。

 たとえばシルクハットをかぶった偉そうなお金持ちがバナナの皮でするっと転ぶから面白いんであって、これが、貧しい人がバナナの皮ですべっても笑えないんです、本来はね。

 テレビでは弱者をあざけるような笑いが横行していますが、僕はネタを考えるとき、抗う術のない弱い相手に笑いの矛先を向けない、相手の尊厳をおとしめたりいたずらに人を傷つけたりしない、ということを肝に命じています。

 大衆とか弱者の立場から、偉そうにしている権力者の愚かさを笑う。もともと笑いっていうのは、理不尽な社会に対する武器みたいなものだと思うんです。おかしいよ、なんであいつばっかりあんな立派な恰好しているんだって、世の中の不条理に対する憤りを笑って発散する。そんな笑いを僕は届けたいですね。

松元ヒロさん

写真=阿久津知宏

――お笑いに社会風刺や政治ネタを持ち込むことに、ためらいはありませんか?

松元 たしかに日本のお笑いではあまり取り上げませんよね。世界中を回ってきたドイツ人のファンが、「イギリスのコメディアンはロイヤルネタ、アメリカのコメディアンは大統領の悪口を言って笑わす。ドイツでもそうだった。でも、日本に来たら誰も政治の話をしないから驚いた」と言っていました。僕がライブで原発や総理大臣の話をしているのを見て、懐かしくて思わず泣いちゃったんだって。

 「憲法くん」の初期に、作家の澤地久枝さん(※4)の講演の前座を務めたことがあるのですが、その時に、澤地さんに「何か言いがかりをつけられたりしない?」って聞かれたんです。「ありません」って答えたら、「そうね、あなたは信念があるからよ」って断言されました。

 僕の手をぎゅっと握って、「信念がない人は脅したら変わるけど、あなたは変わらないと思うから誰も言ってきません。その信念で、これからもどんどん言いたいことを言ってください」って。これは「信念持ちなさい」ってエールですよね。僕、涙が出ました。よし、たとえ少数派でも、正しいと信じたことは最後まで言い続けようって決めたんです。

※4:第9条を含む日本国憲法の改訂を阻止する目的として、作家ら9人によって結成された「九条の会」の呼びかけ人の一人。

憲法をどうするのか、私たち皆で考えたい

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

松元 僕は永六輔さんにも可愛がっていただいていたのですが、亡くなる前のご自宅でのラジオの収録で、永さんがアナウンサーの方に、「ヒロくん、9条をよろしく」って伝言されたんです。井上ひさしさんも永さんも、あの年代の人は皆戦争を体験している。戦争体験者は二度と戦争をしたくないんですよ。

 今怖いのは、戦争体験者がどんどんいなくなっていることです。だから、せめて戦争を体験した人から直に話を聞いた僕は、想像力を豊かにしていかにも自分が体験したように――そこは芸人ですから――皆に伝えて、それを聞いた人たちが、「戦争って怖いよね」「嫌だよね」って、また次の人に伝えられるようにしていきたい。

 ステージで最後に“憲法くん”はこう言うんです。

 「私はまだまだ元気です。平和のことも政治のことも、楽しく語り、笑いとともに考えていくつもりです。私は頑張ります。でも、私をどうするかは皆さんが決めること。皆さんの私なんですからね。今日の皆さんに私を託しましたよ」

 そうなんです。憲法くんに「頑張れよ」じゃなくて、僕たちが頑張って考えていかないといけないんです。憲法の未来は、僕たちに託されているのですから。

 僕も、渡されたバトンを次の世代に渡すまで、しっかり走り続けたいと思っています。

※本記事は、2018年5月2回のパルシステムのカタログ記事より再構成しました。

取材・文=高山ゆみこ 写真(インタビュー)=坂本博和(写真工房坂本) 構成=編集部