選び方を間違えた!? 買ったばかりの包丁が切れない理由
「料理の基本を学びたいと、思い切って包丁を買ってみたんです。でも、選び方を失敗したみたいで、切れなくて……」
山川がおずおずとカバンから出した包丁を「どれどれ、見せてごらんなっさい」と魚柄さんが受け取った。刃を光にかざしてしばらく見つめたあと、「ま、とりあえず切ってみましょ!」そう言って魚柄さん、素早くまないたの準備に取りかかる。
最初に用意されたのは、トマトだ。「何も考えずにささ、一思いにどうぞ」と促されるまま、山川は包丁を握るが……。
「ああっ、やっぱり切れない!」
みるみるトマトの皮が破れ、切り口は無残に崩れてしまった。続いて高橋が同じ包丁で食パンのカットに挑戦してみる。
しかし結果は同様。「せっかくの食パンがつぶれて、パンくずもたくさん。ボロボロでもったいないですよね」と、肩を落とす。
二人の様子を見ていた魚柄さん、山川にふとこんな質問を投げかけた。
「ちょっとお聞きするけれど……あなたこれ、買ってから使う前に研いだのかい?」
「えっ、買ったばかりだから、研ぐ必要ないですよね?」(山川)
「売り物だから、新品のうちが性能はマックスなはずでは?」(高橋)
思わぬ問いに、山川も高橋も「?」がいっぱい。すると魚柄さんからこんな一言が飛び出した。
「いやいや、包丁は研いでこそ真価を発揮するんでっす!」
なぜ、新品なのに研ぐ必要があるのだろう? 疑問に思う二人に魚柄さんはその理由を説明してくれた。
「売られているときの包丁は、安全上の問題や輸送の衝撃で刃が欠けることを防ぐなどの理由から、わざと刃を鈍角にしたり、わずかに丸くしているものがほとんどなんです。だからこそ、買ったら研がなきゃ切れないのは当たり前。新品ならそのままでいいと思ったら、大間違いですぞ!」
そして笑顔で、今回の課題を発表する。
「ま、そんなことだろうと思ってました。今日は包丁を研いで、さえない刃をピンピンに生き返らせましょ。なあに、心配ご無用。鉛筆を削るのと同じようなもんですから!」
刃こぼれ、さびる、鈍る……どれも研いでスパッと解決
今回の往訪にあたり、「いろんな包丁を持ってきてみなっさい」と言われていた二人はまず、机の上に包丁を並べてみた。
「どれも、切れ味の『悪さ』には自信がありまして……」
高橋の言葉に魚柄さん、「見ればわかる!」と一本ずつ手に取り、刃を確かめていく。「これは、刃こぼれしてるなあ。こっちは全然使ってない。この果物ナイフは100円ショップのものだな?」
どうやら切れない理由は一目瞭然のよう。それでも、「大丈夫、どれも研げば見違えますぞ」と、力強い答えだ。そこに山川が切り込んだ。
「台所初心者を代表して、思い切ってお聞きします! うちにはこういうのがあるんですが、やっぱり研ぐなら砥石じゃなきゃだめ、ですよね」そう言って山川が見せたのは、小さな簡易研ぎ器。決死の(?)質問に、魚柄さんはニヤリとしてこう話す。
「当然、砥石です! ……なーんて言いまっせんよ。大事なのは何で研ぐかの作法じゃなくて『切れるようになる』ということでしょ。包丁が切れるようになってさえいれば、どう研ごうが全く問題なし!
でも、こうした研ぎ器は『いろんな刃物に適度に合う』ことを想定して作られているから、自分の包丁との相性がピタリ!とはなかなかいきません。その点、砥石なら、ちょいとコツを知っておけば、どんな刃物だって見事に研げるのです。慣れておいてソンはありまっせんぞ」
違いは歴然「きちんと研げば、すっと切れる!」
そして魚柄さん、水に浸してあった砥石を取り出した。
「砥石の種類は、きめの粗い順に大きく分けて荒砥(あらと)、中砥(なかと)、仕上げ砥の三つ。さて、このうちどれを使うと思います?」
魚柄さんの問いに悩みつつも、「売っている砥石には大体両面がついている気がするから……荒砥と中砥、ですか?」と、高橋。しかし残念ながら「ハズレ」のよう。
「いやいや、2種類も使わなくていいの。そこそこ切れる包丁を日常的に手入れするなら、このつるっとした中砥だけで十分」
魚柄さんはそう答えると、タオルの上に砥石を置き、手早く研ぎ始めた。その間、わずか数分。「ま、こんな感じでしょう。ほらほら、さっきと同じようにトマト、切ってみて」
山川がこの日2度目の挑戦をすると……。
「すごい、皮がすっと切れて包丁が入っていきます!」
あまりの切れ味に目を丸くする山川。
「切り方も大事ですぞ。刃の先端から根元まで、全部を使うように、前から後ろに押して切るイメージで」
魚柄さんの切り方アドバイスも助けとなり、先ほどとは比べものにならないほど薄いトマトスライスができ上がった。
高橋が再挑戦したパンも、見事な切り口だ。
「道具がよくなったら、何だか料理の腕が上がった気がします!」
喜ぶ二人に魚柄さんもニヤリ。
「さよう。料理上手への第一歩は、道具を整えることから。さ、お次は自分で包丁研ぎに挑戦ですぞ!」
ふだんのお手入れなら、2ステップで完了!
魚柄さんの手際があまりにもよかったので、実践に先立ち、いま一度おさらいを。
1)まず片面を研ぎ、刃を「起こす」
まずは包丁の片面を研ぎ、丸くなっていた刃をもう一度「起こす」作業から。
「最初は、刃と反対側の『峰』のほうを軽く持ち上げて、手前から奥へ押し出す感覚で。何度か繰り返したあと、指で触ってみると、刃が手にザラリと引っかかるでしょう」
「確かに一瞬、ケバケバッとした感触で指先に引っかかります」(高橋)
「よし、そのケバだち=『返し』が出てきたら、刃起こしはOKです」
2)裏返して、起こした刃を滑らかに「ならす」
次は裏返して仕上げの研ぎ作業を。このときは、刃を持ち上げずに、刃の「ケバだち」を平らにならしていくイメージで。
仕上がり具合は手のひらにそっと刃を当ててチェック。
「わ、だいぶ滑らかになりました」(山川)
「これで大体完成! ほら、時間はほとんどかからないでしょ」
日常のお手入れなら、中砥によるこの2ステップで完璧! 意外なほどの手軽さに「これならできそう」と二人ともホッとした表情だ。
「もし刃がこぼれていたり、さびている場合は、同様の工程を『荒砥』で行ったあと、『中砥』で数回研いで仕上げて。『仕上げ砥』はプロが使うようなものなので、家庭では使わなくても十分切れ味のよさを感じられまっす」
いよいよ実践。包丁研ぎのストレスを減らす、意外なアイテムとは?
さて、続いていよいよ二人の実践へ。その前に魚柄さんが何かを取り出した。
「事務用品の指サック、ですか?」(山川)
「さよう。包丁を研いでいると金属の粒子が水と混ざり、黒い液が出るでしょう。これ、爪の間に入るとなかなか取れないんでっす」
「こういう小さいストレスが、日常の包丁研ぎを遠ざけてしまう。でも手袋じゃあ、『返し』の確認がしづらいでしょう。そこで思いついたのが、すぐ着脱できる指サックというわけ! さ、やってみなっさい」
刃を支える左手の人さし指と中指に指サックをつけ、高橋が研ぎ始める。
「あ、指サックが程良い滑り止めになってやりやすいです。でもこれ、角度はどれくらいがいいんでしょう?」
早くも戸惑う高橋に、魚柄さんからこんなアドバイスが。
「よく10円玉3枚分、なんて言われるが、そんなマニュアルどおりじゃあ研ぎ器でやっているのと同じこと。刃物の種類によってちょうどいい角度は違うから、数値化せずにまずはあの“ケバ”が立つような角度を探ってみて。ほら、鉛筆削りも一緒でしょ」
「確かに……」
そう言いながらもどこか不安げな高橋に魚柄さん、「なあに、多少失敗しても大丈夫。そもそも切れなかったんだから、おおらかな気持ちで、慣れるまで実践あるのみです!」と、エールを送る。
魚柄さんからの励ましに後押しされ、「できた!」と、初めての包丁研ぎが完成した高橋。晴れやかな表情だ。
切り方にも技あり。ポイントは「刃の使い方」と「前後運動」
山川も研ぎ終えたところで、「よし、早速切れ味を試してみましょ。こんな方法もありますぞ」と、魚柄さんが出してきたのは白いコピー用紙。
「紙も、包丁が研げていないとトマトのようにうまく刃が入っていきまっせん。でも、切れる包丁なら重みと前後運動だけでほら、このとおり」
みるみる紙が切れていく。
「わあっ、お見事です!」(高橋)
「さっきまで切れないと思っていたのに! この包丁を全く使えていなかったんですね」(山川)
ここでいま一度、魚柄さんから研ぎ加減のアドバイスが。
「一度ケバだたせた刃を滑らかにし、研ぎ澄まして刃をつけていくのが包丁研ぎ。でも、実はパン切り包丁や果物ナイフなどは多少引っかかりがあったほうが使いやすかったりするんです。つまり、日々自分が使いやすいように整える、という基本を忘れないことが大事。全部を同じ研ぎ具合にそろえる必要はないんですぞ」
そしてもう一つ、「切れ味」についてこんな話も。
「先ほどから少しずつ話していたが、“切り方”も包丁の切れ味を生かす大切な要素。刃の先端から根元までを生かし切れば、ほら、鶏肉もこんなに薄く切れちゃいまっす」
みるみるうちに、「鶏の薄造り」と呼びたいほどのスライスができ上がる。魚柄さんの技に見入る二人は、「うわあ、いつかはあんなふうに切れるようになりたいです」と、目を輝かせた。
「もちろんできるようになりますよ、毎日ちょっと意識して包丁を使っていれば、ネ」
「気になったらシャシャッと数分」で切れ味鮮やか、料理が楽しく!
そのあとも、魚柄さんに指南された切り方で切れ味のよさをたんのうした二人。
「こんなに“切る”ことが楽しくなるなんて……」(山川)
「時短料理の一番の近道は、『切れ味』だったんですね」(高橋)
すっかり、「切れる包丁」の利点を実感した様子だ。
最後に魚柄さん、何やら二人に差し出した。 「はい、これはプレゼント。せっかくの砥石を、台所の引き出しの奥にしまい込まないように、アタクシが考えた『砥石セット』でっす」
見れば、細長いプラスチックのケースに砥石がすっぽり納まっている。
「これを台所にぽんと置いておき、料理をしていて『切れないな』と思ったら、まずケースに水を張って砥石を沈めておきます。ひととおりその日の台所仕事が終わったところで、ケースを裏返して砥石を載せればほら、ずれない砥石置きにもなるでしょう」
「底にある縁の部分で砥石が止まってる! これなら思い立ったらいつでも研げますね」(山川)
「水入れにも、砥石置き場にもなるなんて便利すぎます!」(高橋)
「ま、とにかくやってみなっさい! 1週間後、レポート提出ですぞ!」
「よーし、頑張ります!」(二人)