「マチノイズミ」という名の、多世代交流スペース
ある火曜日の夕暮れ。JR水戸駅から15分ほど歩くと、にぎやかな声が聞こえてきた。通りに面した大きなガラス窓には、手がきのかわいいイラストが描かれている。ここは「マチノイズミ」(水戸市泉町)という名の多世代交流スペースだ。
平日の朝10時から夜8時まで開放されていて、土日や祝日にイベントが行われることもある。出入口の前にある看板には、「カフェ、カルチャースクール、図書館、ショップでもある、そんな自由な空間です」と書かれていた。
中では制服姿の高校生が、思い思いの時間を過ごしていた。おしゃべりをしたり、ノートを開いて勉強したり、黙々と何か作業をしたり……。
「後ろ髪、結んでよ」
「いいよ。ずいぶん伸ばしたね」
「この前、ちびまる子ちゃんみたいにカットされてさ。髪を切るの、嫌なんだ」
「それ、笑える」
何げない会話から、ここがリラックスできる場になっていることが分かる。
小さなつながりでも、コミュニティの数は多いほうがいい
マチノイズミが生まれたのは、ある「食堂」がきっかけだった。水戸市では毎月第3土曜日、ここと食と農のギャラリー葵(あおい)(以下、ギャラリー葵)、カフェリベルの3か所で、多世代が集う「310(サンイチマル)食堂」という取り組みが開催されている。
2016年に始まった310食堂は、地元の商店会長の「子ども食堂をやりたい」という声がきっかけだった。地元の有志が10人以上集まり、「子どもはもちろん、赤ちゃんからお年寄りまで、お金のあるなしに関係なく、来たい人が来ることのできる食堂にしよう」とコンセプトが決まった。
これがマチノイズミの「学習支援」の場づくりや、後にふれる「Study Room310」の取り組みを始めるきっかけとなった。
マチノイズミは、2019年3月に誕生した。そこには、いつもだれか、中高生を見守る大人や大学生がいる。茨城大学人文社会科学部2年で、支配人の藤川尚さんも、その一人。大学の講義が終わると、できる限り顔を出す。
「社会人と大学生が交流し、お互いの刺激になる場を作りたいと思っていたんです。そんなとき、ここの計画を知りました。大学生が主体となり、多世代が集う場を作る。運営する側ではなく、ここに来る人たちが場の雰囲気を作る。そのコンセプトに感銘を受けました」
プロジェクトへの参加を決め、支配人となった藤川さんは、インテリア、カウンター、本棚など、隅々にまで気を配った。DIYのイベントを企画したときは、多くの大学生や地元の人たちが、内装や大工仕事に汗を流した。
今年3月にオープンして、およそ半年。やってくる高校生とは、トランプやボードゲームで遊んだり、テーブル越しに会話したり、ちょっとした交流を楽しむ。とはいえ、相手に深入りすることはなく、適度な距離を保つことを忘れない。
「彼らにたとえ悩みがあっても、僕が的確に相談に乗れるわけではありません。でも、こういうコミュニティの形があってもいいと思うんです。最近の中学生・高校生は、持っているコミュニティの数が少ないですよね。だから、友人から受けた言葉が深い傷になって、人が信じられなくなったりする。たとえ小さなつながりでも、コミュニティの数は多いほうがいいはずです」
居心地のよさ、アットホームな雰囲気に引かれて
マチノイズミがある泉町は、水戸市の中心部で、各学校の生徒が立ち寄りやすい。そのアットホームな雰囲気に引かれて、いつも多くの高校生が訪れる。「マチノイズミのファンです」と言う高校3年生の男の子に話を聞いた。
「藤川さんをはじめ、高校では出会えない大学生などと話せるのが魅力ですね。知識をもらえたり、刺激を受けたりします。高校を卒業したあとも、ここに通いたいです」
「テスト期間中で、今日は午後から勉強していました」と話す同じ学年の女の子も、この場の魅力を聞かせてくれた。
「友達と来ることもあるし、一人で来ることもあります。図書館は静かすぎて、居心地が悪いんです。このくらいにぎやかなほうが、勉強もはかどる(笑)。ほかの学校の友達もできたし、ここへ来ると家に帰りたくなくなるんです」
奥の「クローズスペース」では、二人の大学生が熱心に勉強中。ゼミでまちづくりを研究する、茨城大学の4年生だという。
「夕方は高校生が多くてにぎやかだけど、仕切りがあるので、あまり気にならないですね」
「お菓子をつまみながら、緩くいられるのがいい。お菓子をおすそ分けしたり、高校生とちょっと話したりはします。でも、あんまり話しかけると、気を遣わせてしまうので、ほどほどの距離感で交流しています」
「310食堂」から「StudyRoom310」へ
一人の女性が、マチノイズミに姿を見せた。310食堂やStudyRoom310の運営に携わる、NPO法人セカンドリーグ茨城(※1)の理事長、横須賀総子さんだ。
横須賀さんは、地元のNPO法人「水戸こどもの劇場」など、水戸のまちづくりに長年取り組んできた。住んでいる人たちの小さな声を集めて、みんなで共有する。自分たちの町の問題に、自分のできることでかかわって、解決につなげていく。そうした活動と場を模索してきた。
その中で生まれたのが、2016年から始まった310食堂だった。310食堂への共感と協力の輪が広がるにつれ、食堂のスタッフやボランティアから、こんな声も出てきた。「勉強場所がない子どもたちのために、学習支援もやりたい」。
「将来貧困にならないために、進学させる。その目的のために、授業についていけない子や悩みを抱えた子に、無理やり勉強させる。私たちの学習支援はそうじゃないんです」
子どもが抱える悩みや生きづらさは、はた目からは分かりにくい。「たとえ経済的に恵まれていても、親と子の問題はある。ふとしたきっかけで、すべての大人を敵と見なす子どももいる。つらい環境の中で思春期を送った子どもは、生きづらさを抱えたまま、大人になってしまうんです」と横須賀さんは言う。
「子どもの居場所や学習支援の場が必要とされている以上、みんなで作らなきゃダメですよね。勉強も、おしゃべりもできて、楽しく、ほっとできる居場所。そこには大人や、中高生からすれば少し年上のお兄さん、お姉さんがいる。それだけで救われる子どもはいるはずです」
こうして310食堂から、中高生の学習支援を行うStudy Room310が誕生する。そこには、「勉強だけでなく、ホッとできる居場所にしてほしい」との願いも込めた。多世代交流の場を目ざす310食堂と、中高生の居場所を兼ねたStudy Room310のコンセプトと想いは同じ。そこには地域の人たちの、子どもたちへの愛情が宿っている。
※1:生活協同組合パルシステム茨城 栃木が運営するNPO。2011年、千葉、埼玉、神奈川に続く、第4のセカンドリーグとして誕生。2015年にNPO法人化された。千葉、埼玉、神奈川のセカンドリーグも現在はそれぞれNPO法人化されている。
子どもたちを温かく受け止める場を、市民主体で作る
マチノイズミも、310食堂の活動がきっかけで生まれ、StudyRoom310との連携を模索している取り組みの一つだ。支配人の藤川さんに、今感じていることを聞いた。
「若い人だけでなく、いろんな世代のかたに利用してほしいですね。お年寄りが買い物ついでに立ち寄って、来ている人とおしゃべりするとか、いいと思いませんか? 横須賀さんや秋山道さん(※2)からは、『この町にどんな人が住み、どんなニーズがあるのか、リサーチが大切』とアドバイスも受けました」
この場を今後どう広げていくのか、横須賀さんは、期待を込めて話す。
「StudyRoom310のようなものを、市民が主体となって作ればいい。『部屋が空いているから、うちで勉強してもいいよ』とか、『残業で夜遅くまでいるから、会社の会議室を開放するよ』とか、いろいろな場の形があっていいはず。いろんな場があるほど、いろんな子どもたちが来やすくなる」
夜になっても、高校生の出入りは多い。だれかが帰ろうとすると、別のだれかがやってくる。「もう帰るの?」「うん。またね」。そんなやり取りを聞きながら、マチノイズミを後にした。
※2:「マチノイズミプロジェクト」の起案者。
「話す空間」ではなく、「話してもいい空間」
続いて、StudyRoom310が開かれている別のスペース、「ギャラリー葵」を訪ねた。
ギャラリー葵は、マチノイズミから歩いて5分ほど。生活協同組合パルシステム茨城 栃木や、県内の市民団体、学校法人、行政などが連携し、県の特産品を販売するコミュニティスペースとして、2013年にスタートした。
入口には「StudyRoom310開催中!! 15:30~20:00」の看板が置かれていた。野菜、米、加工食品などが並ぶ店内の奥には、テーブルと椅子が置かれ、静かなBGMが流れていた。
「マチノイズミとは雰囲気が違うでしょう? にぎやかなあのノリもいいですけど、ここにはここのよさがある。僕にとっては、ここも居心地のいい場所です」
そう語るのは、スタッフの近藤弘志さん、25歳。近隣の茨城町で、主に小・中学生が利用するコミュニティスペースを運営している、茨城町地域おこし協力隊の一人だ。そのかたわら、毎週ギャラリー葵のスタッフとしても、子どもたちを迎えている。
ギャラリー葵には、茨城町をはじめ、茨城県内のさまざまな特産品が販売されている。近藤さんはその縁でここを訪れるようになった。ギャラリー葵の最初の印象を、まず伺った。
「にぎやかな場所が苦手な子も多いので、ここの一人で来られる雰囲気がいいですね。『話す空間』ではなく、『話してもいい空間』なんです。僕も、干渉しすぎず、話しかけられたらこたえるようにしています。今日はまだですが、いつも来てくれる男の子がいます。趣味のことや何げない会話でも、そこには“感情”が乗っていて、今日は元気ないな、とか、何となく伝わります」
ここに来る常連は、高校生が1、2人と少ないが、「そこがいい」と言う。ここで子どもたちと交流して1か月、今感じていることを聞くと――
「親でも、兄弟でも、友達でも、先生でもないだれかと話したい気持ち、よく分かるんです。もし、この場にだれもいなかったら、いつも来る男の子も、顔を出さないと思います。静かなこの場所に、いつも僕がいる。話してもいいし、黙っていてもいい。それも、コミュニケーションの形ではないでしょうか」
場所が大事なのではなく、そこにだれがいるのかが大事
活動を通して見えてきた、子どもの悩みや生きづらさのようなものについて、近藤さんはこう語る。
「親や先生、友達や同級生から、自分がどう見られているのかを意識し過ぎる子が多いと感じます。だからといって、『夢や自分らしさを持て』とか、大人の意見を押しつけたくはありません。僕だけでなく、いろんな大人と出会い、話す中で、何となく自分の夢や将来が見えてきたらいいんじゃないですか。僕もいろんな大人から、影響を受けてきましたから」
近藤さんがふだん活動している茨城町のコミュニティスペースでは、主に小・中学生と向き合う。「子どもたちの生きづらさ、閉塞感のようなものは、小・中・高校生、世代に関係なく感じる」と言う。
「窮屈で、不自由な印象を受けます。『なぜ宿題をやるの?』と聞くと、『先生に言われたから』『お母さんに怒られるから』と言う。純粋で、真面目。もっと自由にはみ出せばいいのに、と思う。でもそれも、大人の押しつけですよね。『自由でいい』と大人が言うべきではない。『楽しいことが見つかればいいね』くらいがちょうどいい。その楽しみの中から、その子にとっての自由や夢が見つかると思います」
近藤さんと話していると、穏やかな人柄と包容力の大きさを感じる。そのことを本人に伝えると、照れ笑いを浮かべながら、こう続けた。
「居場所って、その場所があることではなくて、そこに誰がいるのかがすごく大事なんです。僕がいるから来てくれるとしたら、すごくうれしいです。ここへ来る子たちと、いろんな話をしたい。お互いにとって、心地よい、ちょうどよい距離を考えながら、その子のことを少しずつ知っていきたいです」