卵が先? 鶏が先? それよりもまずは畑へ
東京から高速道路を西へ2時間ほど。今回の目的地「白州森と水の里センター(以下、森と水の里センター)」のある山梨県北杜市白州町は、甲斐駒ヶ岳や八ヶ岳といった雄大な山々に見守られるように位置する、自然豊かな土地です。
「ついに、平飼いたまごの生まれる場所へ行けるんですね」
卵はお菓子作りに欠かせない食材であり、ふだんからパルシステムの平飼いたまごを愛用しているという長田さん、いつにも増して待ちきれない、という表情です。
ところが待ち合わせの場所に行ってみると、そこは鶏舎ではなく、にんにくやレタスなどが育つ野菜畑でした。
「あれ、ここは……?」
不思議そうに辺りを見回していると、
「すみません、鶏舎に行く前に、まず畑もご紹介したくて」
そう言って出迎えてくれたのは、野菜作りや養鶏など、ここで生産全般を担う若きリーダー・内藤光さんです。
「うちの畑は、平飼いたまごと密接につながっているんです。まず、化学肥料を使わない代わりに鶏ふんで作った肥料を畑に入れて有機野菜を育てるというつながり。そして収穫した野菜のうち、出荷できなかったものの一部は親鶏のおやつとして与えて生かしています」
「すごい。有機野菜を育てることと、平飼いたまごを得る営みが、互いに補い合っているんですね」
「そうなんです。むしろ両方がないと、アンバランスになってしまうくらいで。例えば鶏ふんは、捨てようと思えば厄介者ですが、ここでは足りないくらい。有機栽培だからこそ、資源が無駄なく循環できるんです」(内藤さん)
養鶏と畑が自然につながる「資源循環」がここでの平飼いの基本だと知り、長田さんも今日最初に畑を訪れた理由に納得の様子です。
光がさし、風渡る鶏舎で、穏やかに時を刻む親鶏たち
内藤さんとともに畑を後にし、次はいよいよ鶏たちの元へ。案内されるまま細道の斜面を登ると、そこに建っていたのは鉄パイプとトタン屋根を組み合わせた、実に素朴な鶏舎でした。
入り口から近づくと、「クワァ……」と地面からわき上がるように響く、鶏たちの声。大勢の鶏が調和するようにさざめく姿は予想していた以上に圧倒的で、神々しささえ感じるほど。長田さん、そっと中をのぞき込みます。
「声はたくさん聞こえるのに、バタバタ暴れたりはしていないから、何だか瞑想さえできそうです。光が柔らかくさし込んでいて、風も通って心地よさそう。まるで映画を見ているようです……」
長田さんが話すとおり、鶏舎の天井からは日の光がやわらかにさし込み、両脇の網を抜けて白州の風が優しく吹き渡っています。実はこの、自然の風と光の入る開放的な鶏舎こそ、パルシステムの卵産地の特徴の一つ。さらにここでは平飼いにしているため、鶏たちは自由に歩き回ったり、止まり木に乗ったりと、思い思いに過ごしています。
「鶏はあまり広々としすぎる場所でも落ち着かないので、適度な数の親鶏が一つの鶏舎にいることも大切なんです」(内藤さん)
ここにしかない音と光と、たくさんの命に囲まれて。胸いっぱい、という面持ちで鶏たちを見つめていた長田さんに、内藤さんから「だっこしてみますか?」と提案が。
「わ、いいんですか?」
内藤さんから手渡された親鶏を、緊張しながらも優しく両手で抱えてみます。
「あたたかい……。しかもこんなに、肉付きがしっかりしているんですね」
両手から伝わる、親鶏の体温。張りのあるその感触からも、鶏たちの健やかさを実感したようです。
「命が満ち満ちているという感じ。『健康』であることが、しっかりと伝わってきました」
興奮冷めやらぬ表情の長田さんに、内藤さんはこんな話を聞かせてくれました。
「鶏は両手で抱え込まれるような狭い環境が嫌いではないので、日本で一般的な養鶏の形である『ケージ飼い』のほうが鶏は落ち着いている、という人もいます。でも、筋肉のしっかりついた健康的な鶏に育てるには、平飼いでしっかり運動してこそと僕は思っているんです。人間と同じで、血の巡りも食べたものの消化も、運動によって大きく変わってきますよね」
長田さんも、深くうなずきます。
「これまで、何となく信頼できそうと選んでいたのが平飼いたまごでしたが、こんなにも美しくて元気な親鶏の卵を頂いていると知って、心からうれしくなりました」(長田さん)
「ひよこのお世話は子育てと一緒」。愛情あふれる飼育で健やかに
続いて隣に建つ鶏舎に行くと、鳴き声の高さが一段、上がりました。どの子も先ほどよりずいぶん小柄です。
「お隣よりも、やんちゃでかわいいでしょう?」
優しい笑顔でそう話すのは、森と水の里センター代表・高草木里香さんです。
「ここにいるのはまだ生まれて程ない若い鶏。卵を産むのは、あと100日ぐらい先です。まだまだよく食べて、よく遊んで、よく眠るのが大事な時期。子育てと一緒なんです」
いとおしそうに鶏たちを眺めながら、こうして小さなひな鳥の段階から鶏を育て始めるのもここの特徴の一つだと教えてくれました。
「ここでは春に一度だけ、『初生雛(しょせいびな)』と呼ばれる生まれたてのひよこを迎え入れるんです。もちろん、ひよこのほうがお世話は大変で手間はかかりますが、なるべく小さい時から白州の自然の中で平飼いで育てると、タフで落ち着いた群れに育ってくれるんですよ」(高草木さん)
実は、平飼いの飼育では鶏にストレスがかかると、鶏たちの間でつつき合いが起こり、最悪の場合死に至らしめてしまうこともあるのだそう。だからこそ、鶏舎内を心地よい環境に保つことにも生産者は日々気を配るのだと高草木さんは話します。
「鶏たちが自由に動き回れる分、飼い方のよしあしが鶏の行動にダイレクトに出てしまうのが平飼いの難しさで。そうそう、先ほど見ていただいた畑の野菜くずは、鶏たちのおやつとしてだけでなく、ストレス解消のおもちゃとしても役立つんです」(高草木さん)
「知りませんでした……。平飼い、という言葉の背景には、こんなにも日々の心配りと手間ひまがあったんですね」
そう言って長田さん、改めて鶏たちに目を向けます。
「たくさんの卵を得ることを優先するのではなく、まず親鶏を健康に育てるために愛情を込めて手を尽くす養鶏の在り方に、とても共感します。しかも、畑と鶏舎との資源の循環も、ちゃんと鶏たちの健康に役立っているなんて」(長田さん)
育てた命を大切に味わう。地域の憩いの場「おっぽに亭こっこ」へ
たくさんの気づきと感動を胸に、最後はお待ちかね、卵を頂きに向かいます。
実はここでは、平飼いたまごのおいしさを気軽に味わってもらえるようにと、卵かけご飯のお店「おっぽに亭こっこ」を運営しているのです。
この日頂いたのは、鶏汁定食750円。
「わ、殻がしっかりしています」
そう言いながら卵を割ると、高草木さんが「うちの卵は、『殻の中までにおわないね』って、よく褒めていただけるんですよ」と、教えてくれました。
長田さん、早速割った殻を鼻に近づけてみると……。
「ほんとだ、確かににおいがしません。今までかいだことはなかったけれど、こんなところからも卵の品質が分かるんですね」(長田さん)
小鉢に割られた卵は、白身も黄身もプルンと揺れて、いかにもおいしそうなたたずまい。まずは自家製の塩こうじで頂きます。
「おいしい! しつこさはないけれど、甘みがあって、しんのある味わいです」(長田さん)
加えて、絶品だったのが具だくさんの鶏汁。鶏だんごには卵を産む役目を終えた親鶏の肉が使用されています。濃厚な鶏のうまみがスープとなり、野菜にもしみ込んで何ともぜいたくな味わいです。
「こんなに素晴らしい食材で丁寧に作られているのに、すごく手ごろな価格で、申し訳ないくらいです。お店が家の近くにあるかたは、幸せですね」
そんな長田さんの言葉に、「地域の皆さんに、気軽にいらしてほしくて」と、高草木さん。
「愛情込めて、大切に育てているからこそ、卵も、卵を産まなくなった親鶏も、大切にしたい。皆さんにおいしく食べていただきたい。だから価格設定も、継続していける分だけ。そのくらいがちょうどいいと思っています」(高草木さん)
「以前小さな赤ちゃん連れでいらしていたお母さんが、大きくなったお子さんといらっしゃったこともあって……そういうときは本当にうれしいですね」(高草木さん)
優しいまなざしで話す言葉の一つ一つから、ここが単なる食生産の現場ではなく、自然とともに心豊かな暮らしを紡ぐ場であることが伝わってきます。
「私も、また来てもいいですか……?」
併設された直売所で買った卵や野菜をたくさん抱えて、長田さんがうれしそうに高草木さんに話しかけます。
「もちろん! いつでもお待ちしています」
おなかも心も、じんわりと満たされて。再会を誓い、しばしのお別れです。
白州の自然と人。その清らかさとぬくもりに触れて生まれたレシピ
東京のアトリエへと戻り、キッチンに立つ長田さん。白州の平飼いたまごを使い、2品のレシピが生まれました。
「ババロアは、卵の深い味わいを感じられるように、最低限の加熱で冷やし固めます。マドレーヌは、お母さんが昔バザーで作ってくれたような、素朴な仕上がりをイメージして。白州の卵で作ったら、もっちりとリッチな食感になって、改めて驚きました」
実はどちらのレシピも、卵かけご飯を頂いた「おっぽに亭こっこ」の直売所で、あのプリンと一緒に並べていただけたら、との思いから考案されたのだそう。
「白州では、言葉だけでしか知らなかった平飼いたまごの素晴らしさに触れ、改めて卵を選ぶことの大切さを知りました。自然に寄り添って、愛情あふれる飼育を行うスタッフの皆さんの穏やかなまなざしも、とても印象的で。彼らの在りようが、そのまま親鶏たちの健やかさ、美しさにつながっているようでした」
「『古い卵だからお菓子に』という使われ方もありますが、今回はぜひ、新鮮な平飼いたまごで作ってほしいレシピになりました。焼いている時や食べる時の香りもごちそうです」