食材も時間もムダなし。夏こそ便利な「エコ漬け」を
「おおっ、来たね、ダブル高橋さん。気づけば季節はすっかり夏に向かっていますなあ」
いつもの魚柄さんの笑顔を前に、二人からはこんな弱音がこぼれた。
「暑くなるこれからの季節、食材の使いこなしがいつにも増して難しくなりますよね」(高橋かな、以下かな)
「そうそう、食材も傷みやすくなるから……あれ、魚柄さん、何を持っているんですか?」(高橋)
視線の先には、カラフルな野菜が詰まったチャック付き袋が。
「ああ、コレね? 少し余った野菜を漬けてピクルスにしておいたんですよ。まあ、まずは食べて落ち着きなさいな」
勧められるがまま、たっぷりと皿に盛られたピクルスにはしを伸ばした二人。一口ほおばると、たちまち「おいしい!」と笑顔に。
「酢の酸味の中にも、野菜のほのかな甘みが感じられて、あとを引きますね! そのチャック付き袋に入れて漬けるんですか?」(高橋)
「しっかり味がしみているのに歯ごたえはシャキシャキで、心地よいです。どのくらい漬けていたんですか?」(かな)
早くも魚柄さんのワザを盗もうと、質問を投げかける。
「漬け込みはチャック付き袋でOK。漬け時間? まあだいたい、半日くらいかな」(魚柄さん)
「半日でこの味! 手軽さがいいですね。それにしても袋に残った調味液、意外と少ないですね」(かな)
確かに、かなが指摘するとおり、野菜を取り出した袋の底にはわずか1センチ程度の調味液が残っているだけだ。
「たったこれだけでいいんですか?」(高橋)
「漬けるって、もっと調味液をたくさん使ってひたひたにするイメージでした」(かな)
その感想に、魚柄さんはニヤリ。
「さよう。野菜から水分が出ているから、実際に入れる量はもっと少ないんです。調味料は多ければいいってものじゃない。これこそ、ちょっとしたコツで調味料をたっぷり使わなくてもできる、わたしのおすすめの漬け方。名づけて、『魚柄流・エコ漬け術』でっす!」
「豚のみそ漬け」が、大さじ1杯のみそでできる!?
「ピクルスは野菜だから、なんとなく簡単そうですけれど、さすがに魚や肉の『●●漬け』みたいなものって、難しいですよね」(高橋)
「うんうん。市販のみそ漬けとかかす漬けは、すごく高級で手間もかかるイメージだし」(かな)
すると、目の奥をキラリと光らせた魚柄さん。
「なーに言ってるの、すべては理論を踏まえた工夫次第。この際、ジョーシキという名の思い込みは取っ払って、実践あるのみですぞ。ほれほれ、早くエプロンをつけなっさい」
再び台所へ戻った魚柄さんが調理台に運んできたのは、豚カツなどに使われる厚さ1センチ程度の豚肉。
「さ、これで高級~な『みそ漬け』を作ってみましょ」
そう言って、豚肉に小さなへらで大さじ1杯程度のみそを塗っていく。両面塗り終わったところで保存容器に入れ、「はい、仕込みはこれで終わり」と、魚柄さん。
その、拍子抜けするほどの手早さに、二人は再びびっくり。
「みそ漬けって、こんなに少しのみそでいいんですか?」(高橋)
「もっといろいろな工程があると思っていました。しかも、塗ったあとは保存容器に入れておくだけでいいなんて!」(かな)
二人からの疑問に、魚柄さんは一つずつ答えていく。
「だってこれ、一年間保存させようっていうんじゃない、せいぜい3~4日以内に食べきるでしょう? それなら、みその量は塩分が全体につく程度で大丈夫です。七味とうがらしやにんにくなど、好みのものを足すのも自由。でも、基本はみそのうまみだけで十分」
ここまで話して、豚肉のみそ漬けを冷蔵室にしまおうとした魚柄さん。
「そうそう、冷蔵庫でみそ漬け肉を寝かせる際は、ふたを閉めきらなくて大丈夫。冷蔵室の中は一定の低温が保たれていて、ゆっくり空気が回って乾燥できるからね」(魚柄さん)
熟成のメカニズムを理解することが、「エコ漬け」上達の近道
魚柄さんから手ほどきを受けるも、あまりにも手軽で意外な調理法を前に「なんだか簡単すぎて、理解が追いつかない……」と、まだまだ釈然としないようすの二人。
「じゃあ、腐敗と熟成のメカニズムについて、考えてみましょう。腐敗の原因って、何か分かります?」(魚柄さん)
「水分、ですか?」(かな)
「さよう、正しくは水分があることで増える雑菌ですな。この、腐敗につながる余分な水分を、塩分で追い出すことで日もちがよくなり、素材の味も濃くなるんです」(魚柄さん)
この話を聞いて、高橋はかつての「台所術」での実践を思い出した。
「そうか、以前教えていただいた、『チキン棒』と同じですね!」
「お、思い出したね。今回の場合は水分が抜けていく過程で、肉にみそのうまみが入り込む、というわけです」(魚柄さん)
魚柄さんの解説により、徐々に理解が進んできた二人は、さらに質問を続ける。
「もしかして塩分だけじゃなく、糖分で熟成もできるんですか?」(かな)
「いいね、乗ってきましたなあ。もちろん、塩分だけじゃなく糖分も、食材から水分を追い出し、うまみを濃くするのを手伝ってくれますぞ。料理するうえでは塩味があったほうがいいけれど、肉のジャム漬け、なんていうのもなかなかにうまいもんです」(魚柄さん)
「水分を追い出してうまみを濃くするためには、すぐ食べるのじゃなく、ある程度寝かせておくこともポイントですよね」(高橋)
「熟成時間ね。これは、今回のやり方なら一晩もあれば十分。3~4日以内を目安に食べきるのがおすすめだけど、まあその前に食べちゃうでしょう。もし数日置いて水分が出てきたら、生臭さのもとになるのでキッチンペーパーなどでふき取るのがおすすめですぞ。じゃあ、そろそろ二人にやってもらいますか!」
「はい!」(二人)
「もみ込む」ことで、味しみがぐっとよくなる
「さっきは大きな切り身でしたが、別に小間切れだっていいんです」(魚柄さん)
そう言って用意したのがボウルに入った牛肉の小間切れと、大さじ1程度のみそ。
「こちらは、ちょっと難しいですぞ。小間切れは肉どうしがくっついているから、できる限りバラバラにして、一枚一枚にみそがちゃんとつくことを意識して、ね」(魚柄さん)
「肉をバラすのに少しコツが要りますね」
苦戦している高橋を、魚柄さんがサポート。
「指先を使って、肉を広げるようにしながらほぐすのがポイントですかな。さらに、みそをもみ込むことで、味しみがぐっとよくなります」(魚柄さん)
食べごろは翌日から。仕込んでおけば献立を考える手間も省ける“おかずの素”に。
「空気を抜く」のひと手間で、調味液がいきわたる
「さて、お次はこれかな」、と言って魚柄さんが持ってきたのは魚の切り身と調味料。
「魚はしょうゆ漬けにしてみましょ。切り身4枚なら大さじ1杯ぐらいで大丈夫だね」
器に用意されたしょうゆを前に、「やっぱり、少ないですね」とつぶやくかな。魚柄さんは意に介さず、
「まあまあ、やってみれば、この量でいいことが分かるから。まずはこの袋にすき間なく魚を並べてごらんなっさい」
と、チャック付き袋を手渡した。
切り身の形を見ながら交互に入れて、袋に添うように並べたら、全体を押してさらに平らに。次にしょうゆを流し込んだら、「空気をしっかりと抜くのがポイントですぞ!」(魚柄さん)
ここで魚柄さんがアドバイス。
「さらに空気を抜くには、まず袋の口を1センチだけ開けてしっかり閉めて。台の角に袋を当てて、上から下へ滑らせるようにすれば、ほら、空気を追い出しやすいでしょ」
「空気が入った部分には調味液がつきづらくなってしまうから、ここは念入りに。そそ、なかなか上手です」と、魚柄さんから励ましの声が。
「わあ、確かに台の角で押すと、空気がしっかり抜けていきます。そして、あの分量のしょうゆでもちゃんと、全体に回っていますね」(かな)
「でしょう。もちろん、好みでしょうゆに、酒、みりんを合わせてもいいですぞ。刻んだ昆布なんかを入れると、また味がぐっと深まります」(魚柄さん)
「簡単! いろいろなアレンジも試してみたいです!」(かな)
「塩を振る」のもりっぱなエコ漬け。仕上げは野菜で作るあの一品
「よし、だいぶイメージがつかめてきたところで、最後におまけのもうひと仕込み、やりますか」
そう言って登場したのは、洗って水けをきり、粗くちぎったキャベツだ。
「これを、ちゃちゃっと浅漬けにします」(魚柄さん)
「浅漬け」との言葉に、「どんな液に漬けるんですか?」と高橋。しかし、魚柄さんが用意したのはシンプルに「塩」だけ。
「塩を振るのだって、りっぱな『漬ける』のワザなんです。これをすぐに食べたければ、かなさん、『漬ける』の大事なポイントは、なんでしたかな?」
「余分な水分を追い出す、ですよね。あっ、『もみ込む』んですね!」(かな)
「そのとおり。塩を振ってざっと混ぜただけでも、少し寝かせればおいしい浅漬けです。すぐに食べたければ、しっかりもみ込んで水分を出してしまえばいいんです」(魚柄さん)
話しながらも力を込めてもみ込むこと数分。ボウルいっぱいだったキャベツが小さくなり、底に水分がたまるほどになった。
「このままでも食べられますが、15分ほど冷蔵室に入れておくとより味がなじみます。その間に、昨日仕込んだエコ漬けを調理して、試食にしますか」(魚柄さん)
「わー、楽しみです!」(二人)
水大さじ1杯の蒸し焼きで、調理も「エコ」
「そうそう、エコ漬けは料理の仕上げまで、ムダを抑えていきますぞ。せっかくだから、これも見ておいて」
と、魚柄さんはコンロの前に二人を呼び寄せた。加熱する前のフライパンに、前日にみそ漬けにしておいた魚を皮目を上にして並べると、水をひとたらしし、点火。
「大さじ1程度の水を入れてふたをし、弱火でじっくり『蒸し焼き』にするんです。これならひっくり返す必要もありまっせん」(魚柄さん)
「ひっくり返さないから、身が崩れるのを防げそうですね」(かな)
「湯げとともに立ち昇るこの香りも、食欲をそそります!」(高橋)
「まさに。そして火力は弱火。鉄板の熱じゃなく、沸いた調味液から立つ高熱の蒸気で、しっかり火を入れていきましょ。この方法なら焦げないし、グリルで焼くよりもずっと簡単でしょ」(魚柄さん)
「そうそう、焼く前に調味料を洗い流さないようにね。洗うとせっかくのうまみがぜーんぶ流れてしまいますから」(魚柄さん)
沸騰後、待つこと10分程度。あまりのいい香りに、二人はそわそわ。身もふっくらとしてきたらいよいよ「でき上がりでっす!」とふたを開けた魚柄さん。
同様の方法で豚肉も焼き、先ほどの塩もみキャベツやピクルスも並べれば、彩りもよいエコ漬け食卓の完成だ。
はしを伸ばし、一口ほおばった二人からは「おいしい!」の言葉と笑顔が。
「このお肉、みそだけで漬けたとは思えないほど風味豊かで、しかも軟らかいです」(高橋)
「お魚も、グリルで焼くとつい焼きすぎて硬くなってしまうけれど、蒸し焼きはふっくらしっとり。絶品ですね」(かな)
「漬ける」仕組みを理解して、ムダなく上手に日々に生かそう
「漬ける」技術の奥深さに、すっかり魅せられたようすの二人に、魚柄さんから最後にこんなメッセージが。
「冷蔵庫や冷凍庫のなかった時代、手に入った食材をできるだけ長く食べ続けるためにと行われてきたのが、漬ける技術。だからこそ、木だるなどにたっぷりと調味液を入れて作る、伝統の漬け物が生まれたのでしょう。けれど、現代の家庭で日々実践するなら、その伝統が行ってきた中身=メカニズムに注目し、冷蔵庫やチャック付き袋などの道具にも助けてもらいながら、上手に取り入れるのがいちばんじゃないですかい?」
「確かに、今日の方法なら家でもすごくやりやすいです。それでいて、熟成させるというポイントはしっかり押さえてますよね」(高橋)
「そうそう。熟成させるための環境づくりだけ注意して、調味料も食材もムダなくおいしく使いこなす。これからはそんな、確かな知恵で乗りきっていきたいものです。さあ、お二人のエコ漬け術のレポート、お待ちしていますぞ」(魚柄さん)
「頑張ります!」(二人)