森の資源を生かした体験型ワークショップ
紅葉が始まった10月初旬、山梨県都留市の「楽山憩いの森」で、南都留森林組合が主催する「秋のリースづくりワークショップ」が開かれた。
木漏れ日がさし込む森の中では、リースづくりの参加者が、思い思いにリースの材料を探していた。もみじ、もみ、ほうば、からまつ。
「紅葉で色づいていない、グリーンのもみじもかわいいよね」「ねえ、写真撮って!」と楽しそうな声が、あちこちから聞こえる。
「リースづくりは2年前に初めて開催、地元のかたにも県外から参加された方にも、とても好評だったんです。今回は、東京から移住された都留市内のかたもいらっしゃいます。リースって自由なもので、好きな葉や実を土台となる蔓(つる)につけていくだけで、思いがけずかわいくできるんです。この山にあふれる多種多様な木々が、参加されたかたがたのイマジネーションを自然にかきたててくれるみたい」
そう語るのは、地域おこし協力隊として南都留森林組合に所属する辻康子さん。「森林総合プロデューサー」というユニークな肩書きで、ツリークライミングⓇ[5]や樹木の精油づくりなど、森の資源と空間を生かした体験型ワークショップを数多く企画してきた。今回のリースづくりワークショップも、辻さんが中心となって企画した。
「楽山憩いの森」は、富士急行大月線の都留文科大学駅から歩いて15分ほど。大学のキャンパス、市営球場、地域のホールがそばにあり、町と森との距離が近い。
「この森は、富士吉田市にあるミネラルウオーターの企業が資金を提供し、南都留森林組合が整備を担っています。尾根伝いに散策路とベンチを設け、マウンテンバイクのトレイル[6]も近々できる予定です。いろんな体験を通じて森の楽しさを感じてもらったり、市民の皆さんには憩いの場となるように育てていきたいな、って思っています」(辻さん)
リースづくりで森の恵みを感じる
思い思いにリースの材料を集めた参加者は、近くにあるシェアカフェ「tobira」に移動。店内には、南都留森林組合の職員が山で拾い集めた実や植物も所狭しと並ぶ。くるみ、からまつ、はんのき、どんぐり、モミジバフウ。正に、森の恵み。
クリスマスリースは、土台となる蔓に好きな葉をワイヤーで巻きつけ、そこに色とりどりの実を接着させていく。森ではしゃいでいた参加者も、リースづくりが始まると無言で真剣なまなざしに。最初はぽかんと眺めていた2人の男の子も「たくさん種類があって迷っちゃうなあ!」と目を輝かせながら、初のリースづくりに挑戦していた。
リースをふんわりと立体的に仕上げるコツは、枝を10cm以下と短めにカットすることがポイントらしい。 短い枝を種類を替えながら少しずつ重ねていくことで、リースの円の形を描きやすくなり、密度感のある仕上がりになっていく。
リースづくりを指導する辻さんのそばで、黙々と材料を準備するかたがいた。南都留森林組合渉外設計部の部長、卯月美優さん。同組合で働き始めて10年め、森林整備のプロだ。
「ふだんは山で調査・測量をしています。今日は辻さんから『リースづくりをやるんだけど』と声をかけられ、『喜んで!』とお手伝いに来ました(笑)。うちの森林組合は、面白い人たちが集まっているところなんです」(卯月さん)
リースづくりが終わると、みんなで昼ご飯に。参加者の寺岡比呂子さんが、手づくりのお弁当を用意してくれた。東京から都留に移住した寺岡さんは、米づくりのかたわら、「おべんとうや~FU・RE・RU-ふれる~」も営んでいる。
「食材はできるだけ、地元の野菜とお米にこだわっています。今日は、揚げふとなすのひつまぶし風、うちで育てた枝豆のかき揚げ、かぼちゃとたまねぎこうじとマヨネーズのあえ物、れんこんと舞茸のしょうがじょうゆいため、ピーマンとたけのこのチンジャオロース風、お米も紅しょうがも自家製です」(寺岡さん)
山をトータルで生かすのが「森林総合プロデューサー」
お昼ご飯が終わるころ、南都留森林組合参事の竹田仙比古(のりひこ)さんが顔を出した。竹田さんは、山と人をつなぐ「森林総合プロデューサー」という仕事の、生みの親である。
「森林総合プロデューサーは、わたしの造語なんです。例えば『森林環境教育』をやろう、といっても、専門インストラクターだけが講師をしても役割が限定されてしまう。山の仕事ってそんなに分業でできるものじゃないんです。さまざまな事業を展開、実践しながら、トータルで山を活用することが大事。森林総合プロデューサーは、その総合監督を務める役割なんです」(竹田さん)
そういう竹田さんたちの活動を経て、南都留森林組合は2014年にパルシステムと林業分野で初となる産直協定を結ぶなど、先駆的な存在として脚光を浴びてきた。田んぼや畑、海と同じように、山林は都会の人たちにとって恵みの源であるだけでなく、それ自体が人と人が出会い、さまざまな生き物と出会ういやしのステージにもなる。こうした場づくりをさらに広げていくため、同組合では現在、「森林整備部」(森林整備事業)、「渉外設計部」(調査・測量事業)、「ソフト事業部」(6次産業化事業)を備える。ちなみに「森林総合プロデューサー」は「ソフト事業部」の所属だ。
「地域おこし協力隊」という辻さんの選択
辻さんは、JICA青年海外協力隊[7]をスタートとして国際協力の仕事を長く続けた。2016年からは、ボスニア・ヘルツェゴビナで「スポーツ教育を通じた信頼醸成プロジェクト」のコーディネーターとして国際協力の現場に関わり、2019年に帰国。その後は、東京のJICA(独立行政法人 国際協力機構本部)で勤務していた。
「帰国後しばらくして、都会の慌ただしい生活に疲れている自分に気づいたんです。このままではいけないと感じていたとき、地域おこし協力隊のマッチングサイトで竹田参事のインタビューを読んだんですね。あ、地域おこし協力隊と青年海外協力隊って、似たところがあるな、と。地域の課題を地域の人たちと一緒に解決していく可能性に、今まで発展途上国でやってきたことを日本の地方で試してみるのもおもしろそうだな、と思ったんです」(辻さん)
漠然と山や森で自然に触れる仕事がしたいと思った辻さんは、マッチングサイトにプロフィールを送ってみた。すると「一度、来ませんか」と竹田さんから誘いが。生まれて初めて、都留を訪れた。
「学童で開かれたクラフト教室を見学させてもらったら、子供たちの雰囲気が何となく温かくて。何ともいえないものがあった。山梨は、わたしの実家がある静岡のお隣だし‥‥‥よし!と、2人の娘と一緒に家族で引っ越してきました。森林総合プロデューサーに求められるのは、林業や山の知識、経験だけじゃない、わたしが山のプロになる必要はないし、って気負わなくていいのも後押しになって」(辻さん)
とはいえ、森林総合プロデューサーは、森のことを知らずにできる仕事ではもちろんない。植えつけ、下刈り、雪起こし、枝打ち、除伐、間伐、病虫獣害の防除など、森林整備の仕事は多岐にわたる。地域おこし協力隊1年めは、先輩の卯月さんと山に入り、林業の仕事をみっちり、ひととおり学んだ。
「刈払機(雑草を刈り取る小型エンジン付き機械)やチェーンソーも使えるように! いろんな仕事をさせてくれた竹田参事には、感謝しています。その中で、自分のやりたいことも見付けることができたんです」(辻さん)
「地域活性」は、だれの願い?
「だれが、その地域を活性化したいのか? いい町になって、だれが楽しく幸せになるのか? それはその町に住んでいる人たちです。だからこそ、いろんなところに足を運び、そこに住む人たちとの人間関係を構築することが求められます。自分が受け入れてもらえなかったら、何も活動はできません。そのことは、青年海外協力隊で教わった大切な理念『現地の人々とともに』にも通じることでした」(辻さん)
「地域の声に耳を傾け、どんな気持ちで暮らしているのかを知ることは、何より大事。そこからその地域ならではな課題が見えてくるし、地域の人たちの思いを活動として形にもできます。だからわたしは、だれとでも話をして、友達になっちゃうんです(笑)。ただ、あまりグイグイ入り過ぎないように、いい距離感をとる冷静さも必要ですね」(辻さん)
林業をめぐる課題と森林組合のこれから
南都留森林組合の職員は現在、3人の地域おこし協力隊を含めて16人。ベテランから新卒の若手まで、個性もキャリアも多彩な人たちが集まる。これからの森林組合の在り方ついて、竹田さんに聞いた。
「森林組合は、山の所有者が組合員となって構成されている協同組合です。これまでは森林整備に重きを置いて活動してきましたが、これからはもっと活動も変化していくはず。10年後、20年後の山を、どうしていきたいのか。そのために森林の豊かさをどう活用していくのか、森林組合の可能性も広がっていくと思います」
森林率78%[8]の山梨県でも、林業をめぐる環境は厳しい。南都留森林組合の活動も、国や県の助成金や補助金に頼っているのが現状だ。「林業が抱える課題はすごく大きくて根が深く、そもそもは政策の問題」と辻さんは指摘する。
「例えば、地元で伐り出した木材をどう使うのか、都留市でもすごく大きな地域の課題です。昨年、県の助成を受け『TSURUわっぱづくりワークショップ』[9]を開きましたが、都留市内には製材所と木工加工所がなく、隣町の製材所で材を挽いてもらったり、隣町の元大工さんに依頼して材料を作ってもらったり」(辻さん)
地域の中だけで、森林組合の事業を回していくことには限界がある。竹田さんは「今後は地域の外とのつながりも必要」と言う。
「ソフト面を強化していくためにも、外に向いた事業展開を進めていきたい。それが森の大切さと豊かさを広く発信していくことにもなります。パルシステムさんとの連携にも期待しています。これまでも組合員や職員の皆さんとの交流を続けてきましたが、もう一歩踏み込んだ人材交流、新人研修プログラムの提供も計画しています」(竹田さん)
自分たちが暮らす町を、自分たちで魅力的に
都留市は、都心からのアクセスがよく、周辺には富士山や河口湖、山中湖などの観光スポットも点在する。「都留市移住定住促進奨励金」[10]を設けるなどの政策も進む。しかし辻さんは、「外から人を呼ぶより前に、地域そのものがまず魅力的になることが不可欠」と言う。
「地域の人が生き生きと暮らしていたら、外の人もその息吹を感じて来てくれるし、経済も回っていく。住んでいる人たちが、自分たちの地域資源や価値に気づき、外から来たわたしのような人間と一緒に、この地域をどうしていきたいのか真剣に考えないと」(辻さん)
地元にもキーマンはいる。今回のワークショップに参加した上田聖子さんは、その一人だ。天然酵母にこだわったパン屋「tobira」を営み、イベントやマルシェに出店している。リースづくりを行ったカフェ「tobira」も、上田さんがオーナーを務める。
「都留生まれ、都留育ち。辻さんはママ友なんです。人口も少なく、特に楽しいアクティビティもないこの町なので、外から面白い人が来てくれるだけでなんかうれしくて! 人との出会いって、知らない世界と出会うってことでしょ。辻さんのように外から来た人と仲良くすることが、わたし自身の人生を豊かにしてくれる、そう思うんです」(上田さん)
森の魅力を伝えるイベントやワークショップを企画する辻さんにとっても、上田さんのような地元の人たちは心強い味方でもある。
「聖子さんや比呂さん(前出の寺岡比呂子さん)は、地域を楽しく盛り上げる仲間。自分たちの町を楽しくすることを、いつも本気で考えている。わたしたちの合言葉は『楽しいことしかしない』なんです(笑)」(辻さん)
森と人が触れ合うきっかけづくりを
辻さんのフィールドは、都留市内だけにとどまらない。「やまなしアートプロジェクト」[11]の一環で、「ツリークライミングⓇ体験会」を甲府市で企画するなど、活動の場は広がっている。地域おこし協力隊の任期は3年。2023年4月で任期を終えたあとも、都留市で暮らすことに決めている。
「ツリークライミング、森の精油づくり、ワークショップなど、都留でやってきた活動を、今後は事業化していくつもりです。この町で暮らして、林業の大変さと尊さを目の当たりにしてきました。林業に従事する仲間がどんな思いで、だれのために森を守っているのか。わたしはそれを伝えていきたい」(辻さん)
都市部で暮らしていると、日常で林業に親しむ機会はほぼないだろう。そうした中、都会に住む一人一人には何ができるのだろうか。
「まずは森に目を向け、足を運んでもらい、現状を知ってもらいたい。今日のリースづくりも、参加者の皆さんが口々に『森を歩くだけで気持ちいい』と言ってくれました。森と触れ合うきっかけをつくれば、森への興味も深まるし、林業への関心も芽生えてくるかもしれない。そのきっかけづくりが、わたしの仕事だと考えています」(辻さん)