「刻む」と「する」は大違い。一手間でピーナツは「だし」になる
「魚柄さん、はじめまして!」
魚柄さん宅を訪れた編集部の新メンバー・佐藤と藤本。緊張の面持ちで玄関の戸を開けると、辺りには食欲をそそるいい香りが広がっていた。
思わず魚柄さんの元に駆け寄り、「甘くて、香ばしくて……。この香り、一体何ですか!?」と佐藤。藤本とともに、テーブルの上に置かれたすり鉢をのぞき込むと、中には何やらベージュ色の塊があった。
「おやおや、また元気な二人が来ましたねえ」。すりこぎを動かす手を止めて、二人にこたえる魚柄さん。
「これ? 落花生、ピーナツです。たくさんいただいたから、今日はちょっと煮物の「だし」に使おうと思ってね」
何げなく答えた魚柄さんの言葉に
「えっ、どうやって?」(佐藤)
「これを煮物の『だし』に?」(藤本)
と、二人の頭には「?」がいっぱいのようすだ。
「あらっ。『ナッツだし』を使った料理、ご存じない? 香りだけじゃなく、うまみもたっぷりでかなり使えるヤツなのに。じゃあ、ちょっと実験をしてみますか」(魚柄さん)
そうして並べられたのは、3種類のお浸し。ゆでたほうれんそうに軽く塩を振ったものをベースにしたものだ。
- 味付けナシ(塩のみ)
- すったピーナツであえたもの
- 刻んだピーナツをまぶしたもの
「ささ、一つずつ食べてみなっさい」
魚柄さんに促され、はしを進める二人。
「うん、塩のみは素材そのままの味ですね」(藤本)
「ナッツ好きな僕としては、刻みピーナツはナッツの食感がいいなあ」(佐藤)
和気あいあいと食べ進める中、最後にすったピーナツあえを口に運んだ瞬間、
「!!!」
二人は驚いたようすで顔を見合わせた。
「これは……めちゃくちゃおいしい! 刻んだものは素材どうしが別の味で『ほうれんそうのナッツがけ』という感じだったのに。すったとたん、全体に味がなじむんですね」(佐藤)
「本当に。すり鉢ですったものは口にした瞬間、鼻からふわあっと香りが抜けるようで。しかもほうれんそうの味わいを引き立てて、コク深くなってますね。同じお浸しとは思えません」(藤本)
二人の反応に魚柄さん、ニヤリ。
「さよう。これがナッツだしの実力です。ナッツは種類ごとに個性はあれど、アスパラギン酸やグルタミン酸といったうまみの宝庫。このうまみが『する』という工程で香りとともにしっかり引き出され、さらにしみ出てきた油脂と合わさって『何じゃこりゃ、うまいっ!』を作り出すわけなんです。ちなみに、香りも『味のうち』といわれるほど、重要な要素。とくにナッツの香ばしさは、食欲をそそりますねぇ」(魚柄さん)
二人が驚きと興味を隠し切れないでいると、魚柄さんがこう言った。
「じゃあ今日は一緒に、ナッツだしを生かしたあれこれ、検証してみましょ!」
「する」前に「つぶす」? すり鉢との上手なつきあい方から
こうして始まった「すりナッツ料理」の実践。まずは肝心の「すり」工程のため、ピーナツの入ったすり鉢とすりこぎが用意された。
「さあ、ナッツをすっていきますよ。すり鉢、使ったことありますか?」
魚柄さんが問いかけるが、二人はいかにも自信なさげだ。
「いや、おばあちゃんが使っていたのを何となく見た記憶はあるけれど、自分自身ではまったく」(佐藤)
「確かに、とんかつ屋さんの小さなすり鉢でごまをするぐらいですね、家ではほとんど使わないです」(藤本)
「なーんともったいない! ちょっと手順さえ覚えれば難しいことじゃないから、今回も実践あるのみですな」
そう言うと魚柄さん、すりこぎの先端を握るように持ち替えた。
「『すりこぎ』って、床に座ってぐるぐるーっとすり鉢をなぞるようにするもの、そんなイメージが先行しているでしょう。でも、大事なのは最初。まずはこうやって、すりこぎの先端で『つぶす』んです」(魚柄さん)
そして、上から力を込め、時に指をすりこぎに添えながら、手早くピーナツを押しつぶしていく。
そのようすを佐藤は、「音でいうと、最初は『クルクル』ではなく、『ドンドン』『グイッ、グイッ』という感じなんですね、なるほど……」とつぶやきながら見入っている。
「お、やる気になってきたようですな、さあどうぞ」と、魚柄さんにすりこぎを手渡され、早速出番となった。
「うおお、けっこう最初は力が必要ですね」
そう言って苦闘していた佐藤だが、数分の間「つぶす」を続けているうち、「あれっ、だいぶ感触が軽くなってきました」と顔を上げた。
日ごろからナッツをよく食べるという佐藤は「すり鉢から立ち昇る香りも最高ですね!」とさらに気合が入る。さらさらになったピーナツを見て、魚柄さんが解説。
「そう、ピーナツをすりこぎでつぶすと、まずはこのくらいのパウダー状になるんです。この程度で止めて保存容器に入れておいても、パパッと取り出しやすくて使いやすいですな」(魚柄さん)
すり具合によって、使い方も味わいも多様に
「さて、いったんパウダー状のすりナッツはできました。この先も『する』を続けると、どうなると思いますか? まあ、やってみたらいいね。意外とすぐに答えが出ますから」
そんな魚柄さんの言葉に促され、再びすり鉢に向かう佐藤。今度はすり鉢の側面に沿い、すりこぎで円を描くように動かし、すりすりとすっていく。程なく「あれっ、また手に伝わる感触が変わってきました。重たくなってきたような……」
先ほどよりも粒感がなくなり、底に油の透明感も出ている。する手を緩めた佐藤に、魚柄さんから声がかかった。
「お、いいですね。これぞ、さらに一段進んだピーナツの状態です。さらさらを超えると、じんわりと油脂が出てくる。ほら、ピーナツがねっとりとして、すり鉢の底に張りついてきたでしょう。ところでこの感じ、どこかで見たことありません? トーストにつけて食べたり……」
魚柄さんからのミニクイズに、素早く反応したのは藤本だ。
「ひょっとして、ピーナツバターですか?」
「そのとおり。このピーナツペーストに塩と砂糖を好みで入れれば、佐藤くんの『手作りピーナツバター』ができちゃいますね」
魚柄さんの言葉に「えっ、何かうれしいです!」と佐藤も満足げな笑顔だ。
すり始めてから約10分。あっという間にピーナツペーストができ上がった。
「さあ、大体これで完成。長野県ならくるみを使ったり、ごまやピーナツを使う地域もあったり。昆布やかつおぶしが手に入らない時代、山間部のだしといえばこのすりナッツでした。身の回りのものを生かして食材をおいしくいただく。知恵と工夫のたまものですなあ」(魚柄さん)
そんな言葉に一同しみじみとしたのもつかの間、「そうだ、あれも使ってみよう」と、魚柄さんが台所からある道具を持ってきた。
「さ、藤本さんはこれでどうぞ。まあ、先人の知恵は大切に活用するとして、道具は文明の利器を使ってもまったく問題ナシ。あるものを生かすのは、いつの時代も、どんなことでも同じことですからね」(魚柄さん)
と、手渡したのはフードプロセッサーとしても使えるミキサーだ。
「え、機械任せでもよかったんですか!?」労力をかけた分、ちょっと不満そうな佐藤に魚柄さんは、
「何、あなた。すり鉢じゃないと愛情が入らないからおいしくないとでも言うんですか? 結果が同じであれば、何を使っても大丈夫。ヨーロッパでよく使われる、チーズおろし機なんかも便利ですぞ」とバッサリ。 「ただし、ミキサーを使う場合、ナッツを少しつぶしてから入れると刃が傷まなくていいかもしれませんね」と付け足した。
「『こうやって愛情込めて……』じゃなくて、ときどき振ってナッツを動かすと、満遍なく粉砕できます」とミキサーを軽く振る魚柄さん。
「あ、ただし一つだけ、すり鉢に軍配が拳がるとしたら、風味の残りやすさかもしれません。高速のモーターでナッツをつぶすと、熱が加わって香りが飛んでしまうことがありますから。機械でも、手作業でも、『ゆっくりじっくり』すりつぶすことで、風味が一層引き立つ。これ、『丁寧なのがいい』みたいな概念じゃなくて、ちゃーんと理由があるんですな」(魚柄さん)
かけて、あえて、練って、煮込んで……「すりナッツ」は幅広く使える万能だし
すり鉢とミキサー、それぞれを使ってピーナツペーストを完成させた佐藤と藤本。次はいよいよ、料理として活用術を学んでいく段だ。
「さっきのお浸し、おいしかったなあ」(佐藤)
「ほかに、どんな料理ができるんだろう……」(藤本)
と、二人の期待も高まるばかり。仕上がったピーナツペーストを前に、魚柄さんは改めて二人に語りかける。
「二人のおかげで、なかなかの量のすりナッツができました。これに塩と砂糖を加えたらピーナツバター、というのは先ほどお話ししましたが、ではこれにみそを加えたら?」(魚柄さん)
「ピーナツみそですね?」(藤本)
「正解。ご飯にのせたり、きゅうりにつけてもうまいもんです。そんなふうに、ピーナツペーストをシンプルに食べるのもオツですが、ここからはもう少し料理に活用してみましょうか」と魚柄さん。 話しながら佐藤のすり鉢を見やり、「まずは佐藤くんのそのすり鉢を貸してください。中身、取り出しちゃいますから」と、すり鉢から小皿にピーナツペーストを取り出してしまった。
「さて、準備完了です」(魚柄さん)
「あれ? もう一度ピーナツをするんですか?」(佐藤)
驚く佐藤を前に、「いえいえ、これを入れるんです」と、魚柄さんが持ってきたのはたいの刺し身だった。
「すり鉢の溝に残ったナッツを生かす一品。まずはしょうゆを入れて……」(魚柄さん)
「このしょうゆで溝に詰まったナッツを取って。結構な量になるでしょ。ここにたいの刺し身を投入して、あえていきましょ」(魚柄さん)
「意外な組み合わせです。でも、さっきのお浸しのうまみを考えると、絶対おいしいですね!」(佐藤)
興奮ぎみに話す佐藤に「ふふふ、絶品ですぞ」と魚柄さん。
「これ、ごまでやったら博多名物の『ごまさば』。ナッツによって刺し身にコクが加わって、さらにいいお味になるってもんです。さ、まだまだお次へ。煮物と炒め物を作りましょう」(魚柄さん)
そう言って魚柄さんは大根を入れた鍋に水を入れ、煮立たせると、「煮物にも、すりナッツを入れて……はい、あとは煮込むだけ」と、これまた手早く。
「え、これだけですか?」
あっけに取られる藤本だが、
「そう、だって『だし』ですから」と、あくまで冷静な魚柄さん。
「あとは大根に火が通ったら、しょうゆなどで味を調えて完成。すりナッツはペースト状でももちろんOKですぞ。同じ方法で、うどんの汁やみそ汁のだしとしても、このすりナッツが使えます」
さらにもう一品の炒め物も、トマト、もやし、ピーマンを炒めたフライパンにすったナッツを加えてあっという間に完成させてしまった。
「具材に火が通ったらすりナッツを加え、塩で調味してでき上がり。香りを大切にしたいから、ナッツに火を通しすぎないようにするのがポイントです」(魚柄さん)
「部屋の中が、いいにおいでいっぱいになってきましたね!」(佐藤)
「気づいたら、こんなにいろんなバリエーションのナッツ料理が。早く食べたいです!」(藤本)
「じゃ、試食タイムといきまっしょう」(魚柄さん)
使いこなしのコツは「身近に置くこと」。種類ごとの違いも楽しんで
「さあさ、役者が出そろいましたぞ」
魚柄さんの声にテーブルを見ると、先ほど作った炒め物や煮物、あえもののほか、冷ややっこにのせたピーナツみそやバゲットにのせたピーナツバターも。まさにナッツ尽くしの食卓が完成していた。お待ちかね、試食タイムだ。
「いただきます。お刺し身、おいしいっ!」(藤本)
「この炒め物、野菜だけなのにコクがあって、満足感がはんぱない!」(佐藤)
「次、どれ食べる?」「これもおすすめ!」と、二人のはしを伸ばす手が止まらない。
「気に入ったようですな。昆布ともかつおぶしとも違う、ナッツだしの実力。なかなかのものでしょう」(魚柄さん)
二人の食べっぷりを前に、魚柄さんは笑顔でこんな話を続けた。
「いいねえ、その感覚、その探究心。家に帰ってもこのまま実践が続けられるように、保存方法をお伝えしましょうかね」と、差し出したのはこのシリーズではおなじみの「瓶」。
「あ、見たことあります!『新しい挑戦を日常にするためには、袋から瓶に移し替えて、目につくところに置いておくことから』ですよね」
そんな佐藤の反応に「あら、台所術の予習ばっちりじゃないですか」と魚柄さん。
「瓶に入れるとき、すりナッツにしておいてもいいんですか?」との藤本からの質問には、「お、鋭いねえ」と、すりナッツ入り容器も披露する。
「ペースト状にまでしてしまうとかびやすいからそのつど、使う分だけ。パウダー状のすりナッツなら2~3週間保存してOKです。これも台所の目につくところに置いてくださいね。習慣ができれば、実践のアイデアはどんどん増えていくってもんです」(魚柄さん)
そして最後に魚柄さんが取り出したのは、100円ショップでも見られるような小さなすり鉢とすりこぎだ。
「さ、まずは入門のあかしとして、二人にこれをプレゼントしますから。試してみるなら、高い道具にこだわらなくても、こんな気軽なところからで十分。何事も、やらないことには、始まりませんからね」(魚柄さん)
愛らしいすり鉢セットを受け取り、改めて二人も今回を振り返る。
「どんな食材でも、味をじゃましないのにちゃんとおいしくなる。ナッツだしの意味がよく分かりました。いろんな使い方を試してみたいです」(佐藤)
「こんなにおいしいと、『ほかのナッツだとどんな味になるのかな?』って、興味がわいてきて。種類による違いも、感じてみたいです」(藤本)
「その調子。それぞれの興味に合わせて、実践を続けてみてくださいな。今回もまた、レポートが楽しみになってきました。それぞれの報告を待っていますぞ!」(魚柄さん)
「頑張ります!」(二人)