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有賀薫さんと北川史織さん

写真=平野愛

便利なものがあふれる時代でも、自分の足で立つために[スープ作家・有賀薫さんの『暮らしの話をしよう』-1]

  • 暮らしと社会
スープ作りを通じて暮らしの悩みと向き合うスープ作家の有賀薫さん。暮らしという視点で、料理にとどまらないさまざまなプロフェッショナルと語り合ってみることに。その1回目のお相手は、昨年創刊から75周年を迎えた歴史ある雑誌、『暮しの手帖』の編集長を務める北川史織さん。対談の中で見えてきたのは、暮らすこと、食べること、作ることとは何かという、今の時代に見失いがちになっている根っこの部分だった。

「丁寧な暮らしではなくても」という言葉に込めた思い

有賀薫(以下、有賀) 『暮しの手帖』は子どものころから読んでいるんです。父もスクラップブックにしていたりして。印象的で今でも覚えているのが、リカちゃん人形やバービー人形がバーッと置いてある写真がバーンと載っていて、「どんどん新しく出てくるおもちゃを、どんどん子どもに買い与えることはいいんでしょうか?」というようなことが書いてあったんです。子ども心に「こわい!」と思いましたけど、そういう批評性のある記事がすごく多かった。

 今の『暮しの手帖』も、時代とともに誌面のデザインやレイアウトは変わっているけれど、発信されているメッセージは変わらないなと感じています。編集長になられたときに、何を変えるか、何を変えないか、どんなふうに考えられていたんですか。

有賀薫さんと北川史織さん

有賀さんがお父様から譲り受けたという、料理の記事のスクラップブックを見ながら(写真=平野愛)

北川史織(以下、北川) 私が編集長になったのが割と晴天の霹靂で、ああどうしようかなと、正直作りながら考えていましたね。

 就任して最初の号の表紙に載せた「丁寧な暮らしではなくても」というコピーには、読者の方からさまざまな声を頂きました。熟考したコピーだったわけではなく、記事を作る中でふと浮かんだことだったんですが、当時は「丁寧な暮らし」というものが、商品を売るためのフックとして世の中に流布してしまっているような空気があって。それに対して、あなたなりの暮らしを考えてみませんか、そしてそれは編集部の私たちも考えないといけない、という意味合いを込めてつけたコピーだったんです。

 多くの人がああそうだ、と思ってくださったようですし、今までこの雑誌を自分と全くかけ離れたものと思っていた方にも、じゃあ読んでみようかという気持ちを起こしてもらえるきっかけにもなったのですが、自分の暮らしを否定されたように思われた方も中にはいらっしゃいました。「“丁寧な暮らし”ではなくても」と、かぎ括弧でくくるべきだったなというのは、あとから気づいた反省点ですね。

北川史織さん

話題になったあのコピーは、読者も自身の暮らしについて考えるきっかけになった(写真=平野愛)

有賀 高度経済成長期から後、商品やライフスタイルが消費するものになっていった時代が長く続いて、その中で「丁寧な暮らし」のような、もともと地に足が着いたものがだんだん浮いてきてしまったような雰囲気はありましたね。そこでこのコピーが出てきたときに、とうとう地盤が動いたぞという気持ちになったというか。

北川 ありがとうございます。私は暮しの手帖社に入って14年くらいなんですが、10年たっても20年たっても本棚に置かれて役立つような、「普遍的なものを作りなさい」ということを当初は教わりました。例えばおみそ汁のようなものとかね。それは極力、時代性のようなものをなくすということだと思っていたんです。

 でもあるきっかけで、創業者の花森安治[1]が作った152冊分を読み通してみたことがありました。1948年から1978年まで、日本がまさにダイナミックに変わっていく中で、雑誌で提案することだって当然時代を映している。暮らしの変化にいかに真摯に向き合い、いかに役立ててもらうかをこれだけ考えるからこそ、普遍性を持つんだなと……。だからいざ編集長になったときには、私なりに時代性をどう取り入れていくかを考えていかないといけないなと思いましたね。

有賀 雑誌から、毎日毎日一生懸命生活している人たちの目線がすごく感じられる。だから私もずっと、『暮しの手帖』のファンなんですよね。あのコピーは、時代が動くときに生まれる、大きなトピックスの一つだったなと思っています。

雑誌『暮しの手帖』

褐色の表紙は有賀さんが自宅から持ってきてくださったもの。花森安治が編集長を務めていた時代の第1世紀53号(写真=平野愛)

「これさえあれば」が自分を救う

有賀 料理に対しても、あまり手をかけられないという人が増えている。こうやって簡単に作りましょう、というレシピが求められることが多いんですね。暮らしというものを感じられるゆとりがなくなっているなというのは感じます。

北川 私は一人暮らしなので極論、だれに何時までにごはんを食べさせなきゃいけないというのが一切ないんですよ。夜中に帰宅して、食べたかったら23時半くらいからかき揚げも揚げちゃうわけです(笑)。

有賀 だれも文句言わないですもんね(笑)。

北川 はい。ただそんな人ばかりじゃないことはよく承知していますし、疲れちゃったり胃が重たいような日もある。そういうときに自分を救うための、どんなときでもアレとアレさえあれば作れる、っていう手札を自分の中に持っているかどうかだと思うんです。

有賀 まさしくレスキューレシピですね。ちなみに何か一つ教えてもらってもいいですか。

北川 最近、周りのみんなに「本当によく作りますね」って半ばあきれられている料理がありまして。『暮しの手帖』で連載している高山なおみさんの「気ぬけごはん」というコーナーのレシピなんですが、納豆たまご丼というものなんです。

有賀 納豆と卵を混ぜてごはんにかけるんですか?

北川 それもおいしいんですけど、違うんです。フライパンにごま油を引いて納豆を置いて、真ん中をドーナツ状にちょっと開けるんですよ。そこに卵を落として、アルミホイルで落としぶたみたいにして、極弱火で焼くだけです。私はゲラ(校正紙)を読んだ瞬間、すぐ食べたいと思ってその晩にさっそく作りました。

 で、何をかけてもいいんですが、納豆についているたれとしょうゆのほかにいろいろ試しまして、黒酢とにんにくを瓶に入れておいただけの調味料、それをちょっとかけると大変おいしいと気づいて、喜んで作ってます。

納豆たまご丼

取材後さっそく、編集部のスタッフも「納豆たまご丼」を作ってみた。火にかけただけで立派な料理になり、充実感がある(写真=編集部)

有賀 何とかなるごはんみたいなね。納豆ごはんは多くの人が食べていると思いますが、火にかけることで料理した感がめちゃめちゃありますよね。それがすごいなと思います。

北川 自分が寝る前に食べてほっとするというか、ああこれで今日は充分っていうようなものを、一体いくつ持ってるか。無限に持っている必要は全然なくて、3つで満足する人は3つでいいし、それは暮らすためのその人なりの知恵ですよね。

自分のために、料理を作れるか?

有賀薫さん

「レシピがあふれる今の時代、料理家は何を伝えていくべきか」と有賀さん(写真=平野愛)

有賀 私は料理をずっと伝えてきていて、今はみんな、料理の技術よりも料理をする動機のようなもの、なぜ料理をするのかということを求めている気がします。

北川 なるほど。

有賀 レシピはネットの上にもうたくさん転がっていて、キャベツを何とかしたいときには「キャベツ レシピ」で検索したら何かしら出てきますよね。でもみんなが探したいのはそういうことではなく、私は何で料理しなきゃいけないんだろうとか、そういうことなんじゃないかと。

北川 モチベーションって一人ひとり違いますよね。私も以前は、会社のキッチンでしょっちゅう掲載するレシピの試作をしていまして。それをみんなに試食してもらうまでがセットなんですが、そうするとやっぱり周りの反応がちゃんとあるものですから。

 すごくおいしいときってみんな目の色変えて食べてくれますし、失敗したりしたときは、みんなうーんってちょっと黙って、全然違うの(笑)。あ、これが生きてる人のためにごはんを作るっていうモチベーションなんだとようやくわかって、これは確かにたまらないなと。たまらないっていうのはいいなって意味です。

有賀 自分がおいしいと思える味つけを相手がおいしいと言ってくれると、本当に嬉しいですね。作る苦労が吹き飛びます。

 だれかに料理を作るということでいうと、私も家族に作っていますが、夫が私と味付けの好みがだいぶ違うので、私はこれでいいけれど夫はちょっと薄いと思うんだろうな、だからもうちょっと入れとこうかなという、自分じゃない軸で料理を作るときが出てくる。そうするとだんだん味付けの仕方がわからなくなってきたりするんですよね。

 社会的背景もあると思いますが、女性は家族のためにとか、自分を二の次にしてしまうような部分があるので、「これだ! この味で食べてね!」というようなことを、抑えてしまいがちなのかなとは思います。

『暮しの手帖」バックナンバーと有賀さんのご著書

味付けがシンプルな「スープ」は、迷ったときの味方にもなってくれる(写真=平野愛)

北川 自分を大事にする、自分のために料理を作るっていうことをある程度覚えておかないと、将来的に一人で暮らす時期が来たときに、ごはんを作るモチベーションが全くなくなってしまうというのは寂しいですよね。読者の方からも、たまにそういうお手紙を頂くんです。どうしたらいいかわからないって。

 料理の技術って、自分が満足するための何かを作れるかってことですよね。それがベースにあったうえで、だれかのために作るということがある。自分にとって何がごはん作りのモチベーションなのか、何に悩んでいるのか、なかなか一人ひとりが言語化できていないのかなと感じます。

料理の悩みから見えてくること

有賀 友人の料理家の樋口直哉さんが言っていたんですが、料理の悩みというのはあるところまでは物理的な悩みだった。例えば薪で火を起こすとか、冷たい水で食器を洗うとか。そういうものは技術でどんどん改善されていくんですが、今や料理は心理的な悩みになってきているから、料理家にできることはもはやないと……。

 シビアなんですけど、だからこそ心理的な部分に寄り添うことが、料理家に求められているのかもしれないです。

北川 おっしゃるとおりですね。心理的なところって、日本においては社会的な部分がけっこう大きいんじゃないかなって。

 私などは作る人がいちばん偉いと思っているんです。自分がおいしいと思うものを作って、家族がそれに文句を言おうが、あなたたちこれを食べなさい、でいいのではないかなと。私の母はそういうタイプだったから、そういうものだと思って育っている。

 一人がサービスすることが家庭の中で必要なの? 共に暮らしていくってそういうことなの? ってやや疑問に思っていますね。

北川史織さん

「子どものころに備わった価値観は、よく働くこともあれば、その逆もある」と北川さん(写真=平野愛)

有賀 そのあたりの価値観は急激に変わってきてもいるし、変わりたいとも思っている。けれども、まだまだ考え方として女の人が料理をして当たり前でしょ、というところもあるから、その中にいる人たちにも寄り添いたい。なぜなら、やっぱりいちばん大変な思いをしてると思うから。

 一方で、だれであろうとみんなが自分で自分の食べるものを何とかできる、そういう世界もすごく作っていきたいなと思うんですよね。

北川 両面ですよね、うん。私は外食もけっこう好きなんですが、外食では自分で作れないもの、おそばとかうなぎとかね、そういうものを食べます。でも家の料理って、さっきの納豆たまご丼みたいなね。

有賀 外では食べないですね(笑)。

北川 そう(笑)。でもそういう外食と家で食べるものの区別がだんだんあいまいになっていて、手が込んだものを簡単に作らなきゃいけないと、メディアによって思い込まされてきたのかもしれない。

 酢豚なんて、一回揚げて、さらに炒めてあんかけを作るなんてなかなか大変じゃないですか。外では食べられないような、シンプルな炒め物をおいしく作れるコツを覚えるのもいいものですよ、といったことを『暮しの手帖』では言っていきたいですね。

能登での被災。食べるとは、暮らすとは

北川 実は今年(2024年)のお正月、能登に行っていたんです。

有賀 『暮しの手帖』第5世紀28号の編集後記にも書かれていましたね。珠洲にいらしたんですね。

『暮しの手帖』第5世紀28号

1月25日に発売された『暮しの手帖』第5世紀28号に、能登での出来事がつづられている(写真=編集部)

北川 以前取材したお宿に、プライベートでおじゃましていました。いっしょに滞在していたお客さんや、宿の主な建物は無事で。1日目は津波の心配もあったので念のため車中泊したんですが、やっぱりこういうとき人はけっこう食欲が落ちるんですね。その晩は車にあったクッキーと、たまたま買えた温かい缶コーヒーで済んでしまって。

 翌日、宿は停電していたもののガスは止まっていなくて、みんなで一回戻ろうかとなりました。そしてかまどの羽釜でね、リゾットを作ったんですよ。

 イタリア人のシェフの方がお客さんの中にいらして、「僕、リゾットを作るよ」と言って、みんなで宿にあったお米とか、前日の食事で残った海鮮の食材を持ってきて、手早く青菜とかをちぎって入れて。元気が出るからオリーブオイルをかけようと言ってかけて、みんなでひと椀ずつ食べたんですね。そのおいしさたるや……。

有賀 ああ~。

北川 そこにいたお客さんたちみんなでおいしいねって食べて、ああ食べることってこういうことだな、と。

 まず命を長らえさせるということもそうだし、こうやっておいしいねって言い合えることもそう。みんなで働いて、水が出ないので食べたあとは雪で食器を洗って。そういう全部をひっくるめて料理だなって思いました。

有賀薫さんと北川史織さん

「食材を得る、作る、食べる、片付ける……一連の作業を、いつの間にか切り離して考えてしまっている」と北川さん(写真=平野愛)

有賀 災害は、もちろんあってほしくないことではありながらも、なぜ私たちは料理をするのか、なぜ食べるのかといったことを思い出す機会でもありますね。

 今いろんな便利なものが世の中にあって何でも賄えるけれど、その環境ってある意味自分の外にあるもので、いつどうなるかわからないことですよね。目の前にあったコンビニがなくなる日だってくるかもしれない。

北川 そうですね。生きる力というとちょっと大げさですが、そういうときに日々やっていることの真価が問われるんですね。

 その宿を営まれているご家族がまさにそうだったのですが、ふだんから薪を作ったり、それを自分たちの冬の備えにしたり、手と足と知恵を使って生きている人たちなので、地震のときも全然動揺しないんですよね、どっしりされていて。

 彼らのてきぱきとした身のこなしを見ていて、ああこれこそ本当に暮らしの中で培っていくものであって、私はやっぱりこういうところを人任せにしているところがあるんだなと実感したんです。自分が今後どういうふうに暮らしていくのか、考えないといけないなって思いました。

有賀 やっぱり自分の手で、とにかく今日食べるものが作れるってすごいこと。なおかつそれは一回身に付けてしまえば、ある種絶対消えない貯金になりますよね。

北川 先ほどのリゾットのように、まさに米と塩と水でこういうものが作れることに、本当に生かされているなって思ったんです。

 そしてスープのような汁けがあって温かいものは、いかに人をほっとさせて体にしみわたるのかっていうのを、雪の中で食べたときに感じました。もちろん食べ物である時点でほっとするんですが、冷たいものだったら違っていたと思うんですよね。

『暮しの手帖』の昔の記事

『暮しの手帖』の昔の記事にも、温かなスープのレシピが紹介されている(写真=平野愛)

有賀 温かくてのどをスーッと通っていくものって、何だか心に効くというのはありますよね。私はスープをずっと作ってきて、やっぱりそこをものすごく感じます。

 だからスープには、忙しい人でも簡単に作れるとか、栄養が摂れるとか、そういうことだけではなく、今欠けていて必要なものがたっぷり入っているような気がしています。

北川 入っていますね。だから料理というものが、ただの即物的なものとしてではなく、作る人の何かを支えてくれる存在だといいなと思います。

脚注

  1. 「もう二度と戦争をおこさないために、一人ひとりが暮らしを大切にする世の中にしたい」という理念のもと、大橋鎭子とともに雑誌『暮しの手帖』を創刊。初代編集長として、編集、デザイン、コピーライティングに至るまですべてのクリエイティブを手がける。志を外の力にゆがめられないために広告を掲載しないスタイルは、現在でも受け継がれている。1911~1978年。

取材協力=株式会社暮しの手帖社 取材・文=編集部 写真=平野愛、編集部 構成=編集部