ひとりの人間として声をあげる
――坂本美雨さんは、イスラエル軍によって多くの命が奪われているパレスチナの現状について、SNSなどを通じて積極的に発信し、平和を訴えています。最近では、ガザ地区での人道支援のチャリティオークションも開催されていました。
坂本美雨(以下、坂本) これまでSNSには、音楽活動や日常のことなどを載せていたのですが、パレスチナについて発信するようになってしばらく、SNSのフォロワーがごっそりと減りました。
それでも発信を続けていたら、少しずつ周りの人たちが反応してくれるようになったんです。
普段そういう話をしたことのない、子育てをする友人たちからも、「もうちょっと具体的に教えて」とか「今度デモに一緒に行こうかな」と言われることが増えて、うれしかったですね。
ニュースなどでパレスチナの悲惨な状況が知られるようになったこともあると思いますが、私の発信を見て「遠く感じていたパレスチナのことが、自分にも関係あることだと思うようになった」と言ってくれた人もいます。
――少しずつ変わってきてはいるものの、日本では社会問題について、まだまだ発信しにくい雰囲気が根強くあるように思います。
坂本 フォロワーが減ったからといって、私は発信をやめようとは思いませんでした。
パレスチナで起きていることを知れば知るほど、そのあまりのひどさに言葉を失います。子どもたちも含め、毎日たくさんの命が奪われています。
それに対して「もうやめて!」と声をあげるのは、ひとりの人間として、当たり前のことだと思うのです。
――デモには、9歳になる娘さんも一緒に参加されているのですね。
坂本 先日は、平和を願うピースマーチに親子で一緒に行きました。娘の友達も駆けつけてくれて、みんなで歩いたのが楽しかったみたい。
「いつものデモとはちょっと違ったね」って言ってました。デモといっても、いろいろな種類のデモがあります。ピースマーチは「平和」を打ち出していたのでアピールの言葉も優しくて、子どもたちも参加しやすい雰囲気でした。
社会で起きている問題をもっとみんなにも知ってほしいと思っても、いつも「伝え方」はすごく難しいな、と感じています。たくさんの方が参加しやすいように間口を広げるには優しい伝え方も大事だと感じる一方、現実に起きている深刻な事態はあるがまま伝えた方がよいのかもしれない、と私の中にももどかしさが常にあります。
真剣に伝えすぎても、なかなか受け取ってもらえない。「北風と太陽」みたいで、いつも悩んでいます。
米国の学校でいつも問われた「あなたはどう思う?」
――坂本さんは、パレスチナについて発信される前から、ウクライナ侵攻に思いをはせたり、気になった国会議員に直接会いに行ったりなどされてきました。社会で起きている問題に「自分ごと」として目を向ける姿勢には、何かきっかけがあったのでしょうか?
坂本 小学生のときに米国に移住したのですが、ニューヨークの生活では子どものときから政治や環境問題、動物愛護など、社会のさまざまな問題に対して自分の意見をもったり、ボランティアを自発的にするのが、割と当たり前な風土だったんです。
学校にも環境保護のクラブ活動がありました。犬猫の保護シェルターの運営を手伝ったりし、寄付を集めるために子どもたちが自分でレモネードを作ってガレージ先に立って売ることもある。子どもたち自身が、ごく自然に社会の問題解決に関わっていたように思います。
社会の授業でも、いま起きてる社会の出来事を題材に、「あなたはどう思う?」と意見をよく聞かれました。異なる意見をもつ相手と共通項を見つけ出すため、プレゼンによるディベートの授業もありましたね。
――そうした子どものころの教育や環境が、坂本さんのいまの姿勢につながっているのですね。大人になって日本に帰国されてからは、動物愛護や児童虐待防止の活動にも熱心に取り組んでこられました。
坂本 20代で日本に戻ってきました。でも、しばらくは自分の音楽活動を納得できるものにすることに精一杯で、そうした社会的な活動からはしばらく遠ざかっていました。
米国にはペットショップがほとんどなく、シェルターなどに保護された犬猫を飼うことが多いんです。だから、日本でペットショップが町のあちこちにある光景を見て「おかしいな」と違和感は抱いていたものの、何も行動できていませんでした。
それが2010年に、動物愛護管理法改正に向けた署名活動を行う「FreePets」注釈という団体ができ、立ち上げメンバーとなり、我が家にも保護猫の“サバ美”がやってきたこともあって、そこから次第に動物愛護の活動にどんどん関わるようになったんです。
毎週のように保護犬の散歩ボランティアをしていた時期も。東日本大震災の際には、被災地の保護犬の支援にも関わりました。
――児童虐待防止の活動に関わるようになったのは?
坂本 2015年にこの娘が生まれてしばらくして、近所で5歳の子どもが親からの虐待を受けて亡くなってしまう事件が起きました。事件があったアパートは私もよく通る場所にあり、「この子がこうなってしまう前に、私たちは何かできなかったのだろうか」と思ったら、もう、苦しくて耐えられなくなったんです。
そこで、同じ思いの友人たちと集まって「#こどものいのちはこどものもの」注釈という活動を始めました。クラウドファンディングのサイトと連携して児童養護施設や児童福祉団体を取材し、児童虐待防止のための啓発活動や寄付を呼びかけるお手伝いなどをしてきました。
娘が誕生して社会に対する意識が変わった
――お子さんが生まれたことで、社会に対する意識は変わりましたか?
坂本 それはもう、大きく変わりました! 日々のくらしは社会や政治と密接につながっていることを、より実感するようになりました。
子どもが生まれると、出産育児一時金の給付や子どもの医療費助成制度など、子育てを通じて「こういうことが税金で賄われているんだな」「自治体によって、こんなに助成が違うの?」と気づかされることがたくさんありますよね。「じゃあ、税金のもっとよい使い道はなんだろう?」とも考えるようになって。
それが次第に、「よい使い道のために私たちは、どんな政治家を自分たちの代表に選べばいいんだろう?」につながっていって、やっぱり「選挙に行こう」となる。「私たちが選択することができる」ということにおのずと気づくようになるんですよね。
(使い道も政治家も)「選ぶ権利」は私たちにある。政治家には期待できないという人もいる。その気持ちもよくわかる。でも、諦めてしまったら私たちの誰もが持っている大事な「権利」を自ら放棄することになってしまいます。
――ウクライナ侵攻が始まったときのことを、母親の目線からエッセイに書いていらしたのも印象的でした。
坂本 ロシア人もウクライナ人も、毎日たくさんの人たちが亡くなっていくニュースを、信じられない思いで見ていました。
自分がたったひとりの自分の娘のことを毎日思い、悩みながらも深く深く愛しているのとまったく変わらない愛が、何万人分もいっきに奪われているのが現実だと想像すると、胸がつぶれるようです。
――坂本さんは「娘さんが大きくなったときに、どういう社会であってほしいか」ということを、とても気にかけていらっしゃいますね。
坂本 親である自分のほうがきっと先に逝くだろうし、この混とんとした世界に、愛する娘をいつかはひとりにして置いていかなくてはならない。そのことをずっと、心配しているんです。
だから、ちょっとでもいい社会にして私自身、安心したい。私が元気に動けるうちに、社会を少しでもよくしたいと考えたら、「時間が全然足りない」ことに気付いて、焦ってしまいます。
いまの世界、とくに日本の社会は、弱い立場にある人に対して必ずしも優しい構造となっているとは言えません。福祉もまだまだ十分ではないし、世相は着々と戦争に向かう準備が進んでいるようにも思えて心配です。
「ああ、これなら娘が高齢者になるまで安心だなあ!」なんて、とても思えないんです。
それぞれの方法で、まず一歩を踏み出してみる
――パレスチナのことも含め、社会で起きている出来事が気にはなっても、なかなか動き出せない人も多いのではないかと思います。
坂本 みんなそれぞれの生活があって忙しい。毎日、仕事に家事に子育てに大変ですよね。
私も、仕事と娘との時間のどちらを優先するかいつも悩むし、やりたくてもできていないこともたくさんあって、いつも葛藤しています。最近は、夕方以降はできるだけ娘と一緒にいるようにしています。学童のお迎えにも行くし、普通の親御さんと一緒ですよ(笑)。
一方で、「デモに行くことができるのは、あなたには余裕があるからでしょ?」と言われることもあります。実際、そういう部分もあるかもしれない。
こうした取材をお受けするときだって、私はこうして仕事場に子どもを連れて来ることもできる。娘は娘で、事を理解して、私がデモに行くと言えば、一緒に参加してくれる。そうした環境や関係性にも心から感謝しています。
そういう意味では、きっと恵まれている。だからこそ、やれることはやりきろう、使えるエネルギーがあるなら注ぎ続けよう、と決めているんです。
「パレスチナで起きていることが実は気になってる。でも、自分には何もできなくて心苦しいです」という相談を受けることもあります。そういうときは、こう言うんです。「自分ができる方法で、できることをすればいいと思うよ」って。
私のまわりには、パレスチナ問題に関心を持ってもらうため、シールやバッヂなどのグッズを粛々と作っている人もいるし、デモの情報を整理してわかりやすく発信している人もいるし、パレスチナの状況をラップにのせて披露する術をもっている人もいる。
みんな、なにか得意なことがある。それを生かして、それぞれのやり方で「行動」しているんです。
――まずは、「少しでも動いてみる」ことが大事なのですね。
坂本 何か一歩踏み込んで行動すると、さらに、もう一歩進めるようになるんです。不思議ですよね。力が湧いてくる。
先日、デモの会場で朗読をさせていただきました。それまではデモのステージでマイクを握るなんて「いやいや、無理無理!」と思っていたんです。ミュージシャンなのに(笑)。でもそれが、自然とできるようになっていました。
自分の「いつもの日常」から出て、最初の一歩を踏み出すのは、確かに勇気がいるし、怖いことかもしれません。でも、ただ心のなかで思っている、願っているだけでは、困っている人たちの隣に並ぶことはできない。
何でもいい。「行動」することが、やっぱり大切なんだと思います。
「おせっかい上手」になりたい
――娘さんが生きていく未来は、どんな社会であってほしいでしょうか?
坂本 「優しい社会」であってほしいですね。
優しい人に政治のリーダーになってほしいし、弱い立場にある人たちを支えるコミュニティであってほしい。
誰もが尊厳を守られて、不安なく日々を楽しめて、子どもたちが何も心配なく栄養のバランスがとれたおいしい食事を食べられる。それが当たり前の社会であってほしいです。
――「優しい社会」の実現のために、私たちに普段からできることは何だと思いますか?
坂本 ちゃんと選挙に行って応援したい人を選ぶこと。そして、お金の使い方をちゃんと考えること。
食べ物でも衣服でも、誰がどうやってつくったものなのか、それらをどうやって選ぶのか、誰を支えるべきなのか、私たちは「買う」ことを通じて「選択」することができます。
もうひとつ、私が普段から心がけていることは「おせっかい上手になること」(笑)。
困っていそうな人がいたら、「大丈夫ですか?」「荷物お持ちしましょうか?」と、知らない相手にもすぐに声をかけちゃう。「美雨ちゃん、声かけすぎ」って言われるぐらい。断られるときもありますよ。でも、声をかけずに通り過ぎることで私は後悔したくない。
――「まわりに無関心でいない」ということは、坂本さんのめざす「優しい社会」につながりますね。
坂本 おせっかいも最初は恥ずかしいかもしれないけれど、慣れていくと踏み出せるようになるんです。
子どもが虐待されていれば、近所の人が「ん? おかしいぞ」と気づき、何か声をかけることでその子の苦しみを防ぐことができるかもしれない。
席を譲ったり、荷物を持ったり、その一つひとつは大した話じゃないです。でも、みんなが「おせっかいスキル」をどんどん上げていけば、この社会全体の底上げにきっとつながります。
自分たちが日々何を選択し、社会や身のまわりで起きていることに対して、どんな行動をとるのか?――その結果は最後には自分自身にも巡り巡ってくるんだ、そう私は思っています。