はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

食と暮らし、持続可能な社会を考える、
生協パルシステムの情報メディア

地球儀を見ている3人の子ども

写真=編集部

子どもと世界を見てみよう。「地政学」で学ぶ、平和な未来の作り方

  • 環境と平和
20万部を超えるベストセラーとなった『13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海』(東洋経済新報社)。著者の田中孝幸さんは国際政治記者として、「国とは何か?」「人はなぜ戦争を起こすのか?」という根源的なテーマを、地政学を通して、子どもたちに問いかける。今回、オーストリア・ウィーン在住の田中さんを先生として招き、オンラインで地政学の授業を行った。当日は、小学4年生から高校1年生までの8人の生徒が参加。子どもたちの視点や言葉が、私たち大人に問いかけるものとは? 平和のために私たちができることとは? 世界の多様さを学ぶ授業のチャイムが鳴った。

海に囲まれた島国、日本。地政学的に見ると、どんな国なの?

生徒 今日はよろしくお願いします!

田中孝幸(以下、田中先生および田中) よろしくお願いします。

授業している田中先生が映ったオンライン画面

オーストリアにいる田中先生と地政学に興味のある子どもたちがオンラインでつながり、授業がスタート(写真=編集部)

生徒 先生、質問があります! トランプさんがアメリカの大統領になりました。ウクライナの戦争はこれからどうなりますか?

田中先生 お、いきなり上級者の質問ですね(笑)。その質問に答える前に、まずは地政学注釈の話をさせてください。たとえ国の豊かさや住む人が変わっても、変わらないものがあります。それは「地理」です。地理を中心にして国と国、人と人との関係性を考える学問が「地政学」です。世界には、たくさんの国がありますが、その国ごとに地理的な特徴は違います。平地なのか、山があるのか、海に面しているのか、どんな資源があるのか、どんな気候なのか……。その中で私たちがいる日本は、地理的にとくに変わっている点があります。それは何だと思いますか?

生徒 周りを海に囲まれている……?

田中先生 正解! 日本は島国です。国と国との境目がすべて海に囲まれている。地球儀を見てみて。多くの国が、陸上で国と国とが接しています。じゃあ、海に囲まれているのと、ほかの国と陸でつながっているのとでは、国が生き残っていく上でどっちがいいことだと思いますか?

生徒 ……。

田中先生 地政学的には「海に囲まれた国」です。なぜなら、ほかの国に攻められにくいから。国を攻めるには、たくさんの兵士が必要ですが、海を越えて攻めるには、人だけでなく武器や食料なんかも船で送り続けないといけない。攻める側からしたら、とっても労力がかかるうえに、リスクも大きなものになります。

 歴史的に見ても、日本はほかの国から攻められて侵略されたことがほとんどない。「元寇」(1274年、1281年)では、モンゴル帝国が2度にわたって攻めてきたけど、嵐でモンゴルの船団(艦隊)が全滅して、侵略できなかった。これは海があったおかげです。ほかにも日本では『古事記』や『日本書紀』のように1000年以上前の言葉で書かれた本を現代人が読んでもだいたい理解ができる。それも、日本が島国でほかの国に支配されたことがないからです。これは世界では、とても珍しいことなんです。

田中先生の話を真剣な表情で聞く子どもたち。

田中先生の話を聞いて、初めて自分たちの住む国の特殊性に気づいた子どもたちの目は真剣そのもの(写真=編集部)

戦争が起こりやすいからこそ、生まれる知恵

田中先生 学校でもそうだと思いますが、周りの人とは仲良くしたほうがいいですよね。それなのになぜ、世界では戦争が起こり、殺し合うのか。ちょっと想像してみてください。みんなが、ある村で家族と住んでいたとします。果てしなく広がる地平線のかなたから、違う村の敵が馬に乗って襲ってきました。さあ、自分だったらどうする?

生徒 すぐに逃げる!

田中先生 確かに。でも、それだけでは心配だよね。例えば村の周囲を壁で囲むのはどうかな? 実際に昔、中国では敵から襲われないように、国の境目に巨大な壁を築きました。それが有名な「万里の長城」。ところが、中国はとっても広いので、作るのにお金も時間もかかって、とうとう完成させることができなかった。

 では、ほかにどんな防御策があるのかというと、自分の住むところから、村の境目をできるだけ遠くするという方法もある。そうすれば隣の村から攻められても、自分のところに来るまで時間が稼げるし、敵に立ち向かう準備もできる。でも村の境目を遠くするということは、自分たちのテリトリーを広げていくということと同じで、周りの村からすると侵略行為でしかありません。

 陸続きで自分たちの住んでいるところが攻められやすい状況にあると、周りからの攻撃におびえて領土を広げていこうとする心理が働きます。自分たちが安全に過ごせる場所を広げていきたい……そんな思いから戦争は始まります。ヨーロッパのように国と国が陸続きで接しているところでは歴史上、戦争ばかり起きています。

他国に侵略していく兵士のイラスト図

ほかの国と国境を接している多くの国では、「自分たちの土地をいかに守るか」という意識が民族のアイデンティティとして根づいている。地理的条件が違う島国の日本とは考え方が大きく異なる(イラスト=iStock.com/FrankRamspott)

生徒 じゃあ、戦争はなくならないってことですか?

田中先生 そう思うよね。でも、戦争が起こりやすい陸続きだからこそ、戦争を避けようとする考えも生まれるんです。世界大戦でたくさんの犠牲者を出した反省から、ヨーロッパを一つの国にしようと各国が手を取り合って作ったものにEU(欧州連合)注釈があります。分かりやすく例えると、EUは「シェアハウス」のようなものです。加入すると、これまでケンカしてきた国と同じ屋根の下で暮らすような状態になる。共に生活するわけだから、ケンカもしづらくなって協力し合うようになります。戦争が起きやすい地理だからこそ、戦争を減らす知恵が生まれたのです。

折り紙を手にのせている二人の子どもの手

写真=編集部

偏った声にだまされないこと。体験や知識が未来を作り出す

田中先生 なぜ戦争が起こり、人は殺し合いをするのか。僕がこの問題に興味を持ったきっかけは、18歳のときにクロアチア人の親友ができたからです。彼が暮らしていたユーゴスラビアという国は、30年ぐらい前に戦争が起きて、いくつかの国に分かれました。

 親友は当時、15歳ぐらいの少年で、戦争によって学校に行けなくなったり、暴力を振るわれたり、国が分断されて親戚がほかの国の人になってしまったりした。戦争が起きると、自由がなくなって、自分の夢がかなえにくくなります。

 親友の彼にも、やりたいことがたくさんあったと思う。でも、大人が戦争を始めて、社会がめちゃくちゃになった。どうすれば戦争を避けられるのかをちゃんと考えないと、いつか自分の人生もおかしくなるかもしれない。そのとき、そう感じたんです。

 戦争は今も世界で起きていて、ウクライナでも同じような思いをしている人がたくさんいます。日本だって、他人事ではありません。そもそも戦争は、だれが始めると思いますか?

授業している田中先生が映ったオンライン画面

写真=編集部

生徒 政治家だと思います。

田中先生 そう。でも戦争は、国の偉い人たちだけで始められるものでもない。政治家や立派な地位に就く人たちが、「あの国が悪い」と敵を作って、戦争をするように国民の感情をあおる。誰かを攻撃するような言葉って、シンプルな分、感情が刺激されて広がりやすい。そうやってあおられた結果、国民一人ひとりがだまされて、誤解や無理解、傲慢さを生んでいき、戦争が起こる方向へと流れを変えていきます。大事なのは、「あいつらは敵だ!」「戦争しかない!」といった偏った声にだまされないこと。

 みんなが世界に関心を持って、知識と体験を積み重ねていって、世界の人との交流を増やせば、戦争を防げるかもしれない。その願いを込めて、今日こうして話しています。ここからは、みんなの質問に答えていきます。

豊かであるはずのアフリカは、なぜ経済発展できないの?

生徒 人類は、アフリカ大陸で生まれました。アフリカは、それだけすごい地域なのに、なぜほかの国や地域より発展していないんでしょうか?

田中先生 地政学につながる質問だね。アフリカは資源が豊かで、大きな可能性を持っています。でも、なかなか経済発展しない。その理由の一つは、昔ヨーロッパの国々が侵略して、民族を分断して勝手に植民地を作ってしまったから。独立して植民地ではなくなった今でも、バラバラになってしまった民族どうしで国内で対立して、アフリカでは争いが絶えない。植民地時代の悪い名残ともいえます。

 もう一つの理由は、お金がアフリカからほかの国や地域に流れてしまっているから。資源を売って得たたくさんのお金をアフリカの政治家が国の外に流して利益を得る。そうした悪いお金の流れが続いていて、豊かな資源があってもアフリカは経済成長できないままでいます。

国境が直線で引かれたアフリカ大陸の地図

アフリカの国境がまっすぐな理由は、19世紀ごろ、国境という概念のなかったアフリカ大陸にヨーロッパの列強が進出し、緯度や経度を基に土地を分割して植民地にしたため。その結果、同じ民族がバラバラに分かれてしまい、今でもアフリカでは民族紛争が多く起きている(写真=編集部)

トランプさんが大統領になって、世界はどうなっていくの?

田中先生 ここで最初に質問のあった、トランプ政権とウクライナの今後について答えます。結論としては、「分からない」です。

生徒 え~っ!?

田中先生 そのかわり、今後どうなるか考えることはできる。つまり、トランプ政権で何が変わり、変わらないのか。変わらないのは、最初に話した「地理」です。そして、アメリカのリーダーは変わっても、ロシアのリーダー、つまりプーチン大統領は当分変わらない。こうした状況に注目しながら、トランプさんがこれから何をして、何を変えるのか。世界中の人たちが推測し、分析しています。

生徒 トランプさんはグリーンランドをアメリカのものにするつもりだという話を聞きました。本当ですか?

オンラインで授業を受ける子どもの表情

写真=編集部

田中先生 そうですね、地球儀を見てください。グリーンランドは、北極と近いでしょう。北極の氷は今、温暖化でどんどん溶け、船で行き来しやすくなっています。しかもグリーンランドには、金などの貴重な鉱物資源が眠っています。経済的にも大事な存在になってきているのでトランプさんは、「アメリカのものにしちゃえ」と考えた。

 グリーンランドは昔、デンマークが植民地にしていて、今は自治領になっています。アメリカがお金で買うことは実際には難しい。トランプさんが「グリーンランドを買う」と言い出したのは、おそらく実績作りです。アメリカの大統領は2期、計8年しかできません。今回2期目となるトランプさんはこの4年で、何か実績を作りたいわけです。

地球儀で見ると、北アメリカ大陸の北にあるグリーンランドの位置がわかる

ロシアに近く、豊富な地下資源が眠るグリーンランドは、アメリカにとって地政学的に大きな意味を持つ(写真=編集部)

台湾と中国の関係はどうなるの?  沖縄の米軍基地はなくならないの?

生徒 中国は、いつか台湾を侵略するんでしょうか?

田中先生 もしそうなれば、世界中が黙っていません。台湾は、世界で必要とされている半導体メーカーがたくさんあって、世界の経済に深くかかわる国です。そこを中国が侵略すれば、世界経済がめちゃくちゃになってしまう。でも、戦争が起きない可能性はゼロではない。理屈に合わないことが起きることもある。それがまさに中国と台湾の関係です。今の中国の国のトップは習近平という人です。自分たちが偉いままでいるためには、大きな目標があるほうが、国民の支持も得られやすい。もし中国国内で自分たちに都合の悪い大きな問題が起きても、台湾と戦争を起こせば、その問題から国民の目をそらすこともできます。

 中国と台湾の関係でいえば、この先10年間でおそらく何らかのトラブルが起きます。それが戦争のきっかけになるかもしれない。皆さんにも影響する話です。大人になったころ、日本はどうなっているのか。沖縄や南にある島々が、危なくなる可能性もあります。

生徒 今、沖縄の話がありましたが、戦争が起きないためにも、沖縄の米軍基地はなくなったほうがよくないですか?

田中先生 あらゆる武力は、なくなったほうが絶対にいい。それでも世界中に軍隊があり、しかも増え続けています。それは、国と国とがお互いを信頼していないからです。「隣の国は攻めてこない」というお互いの信頼があれば、軍隊も、武器も、国と国との境目の壁も減らせます。

 逆にお互いの信頼関係がなければ、軍隊の力を増やして「戦争が起きにくいバランス」を取るしかない。世界中に米軍基地があるのもそうした理由からです。

3人の子どもが地球を持っている場面

国と国との間で力のバランスが崩れたときに戦争は起きる可能性が大きくなる。周囲と軍事力に差がある国は、大きな国と手を結ぶことでバランスを取り、平和な状態を保っている(写真=編集部)

平和な社会を実現するため、一人ひとりにできること

生徒 どうしたら国と国は仲良くなれますか?

田中先生 国とはすなわち「人」です。人と人は、必ずしも無理に仲良くなる必要はないんです。でもそのかわり、立場の違いをお互いに理解しないといけない。そのために何よりも大事なのが交流です。外国の人、自分の知らない文化の人と交流するのは、勇気が要りますよね。自分から一歩前に出て、相手を理解しようとアクションを起こす。そういう勇気が、国と国とが仲良くなるためには必要なんです。皆さんには、相手を理解する態度、そのための勇気を持ってほしいと思います。

 では、最後に問題を出します。平和のために、どんなことができますか? 3分ほど考えて、一人ひとりの言葉で聞かせてください。

8人の生徒 「外国の人が歩いていたら、言葉は分からなくても、1回は話してみる」「“この人はこういう人だから”と決めつけず、外国の人とも交流して、国際的に生きていく」「ほかの国の人でも認め合う。それが大切なこと」「偏見や差別をなくすために、いろんなところから情報を得る」「学校や町で、国際支援の募金活動があれば、できるだけ協力する」「外国に行ったときにその国の料理を食べる」「困っている国があれば、自分のできることをまず考える」「ほかの国の人と交流しながら歴史を学び、お互いの信頼性を高める」

田中先生 すばらしい! みんな大正解です。これからぜひ、世界のいろんな国に出掛けてみてください。旅行でも、留学でも、自分の目で見て、肌で感じてほしい。世界を知ることで、今までと違う日本も見えてきます。それが皆さんの“生きた知識”になります。今日は、すてきな時間をありがとうございました。これで授業を終わります。

生徒 田中先生、ありがとうございました!

オンライン画面に映る田中先生と生徒8名が手を振っている

写真=編集部

子どもたちとの授業を終えて。田中孝幸さんに聞く

――お疲れさまでした。子どもからの問いは、鋭いですね。逆に大人の側が考えさせられました。

田中 私も今日はとても勉強になりました。例えば「国境」という言葉は、「国と国との境目」と言い直しました。大人がふだん、当たり前だと思っている知識を前提に話したらいけないことを痛感しましたね。

 最後の「平和のために、どんなことができるか」という質問に対する子どもたちの言葉は、大人の側に問われていることです。外国人とのつきあい方もそう。知らない国や文化と接すると思わず拒否反応を起こしてしまう。そこを乗り越える勇気は、大人にこそ必要です。

――今回の授業は、田中さんの著書『13歳からの地政学』がベースになっています。国際政治記者として、なぜこういう本を書こうと思われたんでしょうか?

田中 きっかけは、当時17歳と12歳の息子との会話です。世界情勢や国際関係の話をすると、「お父さんが話しているような内容の本ってないのかな?」と興味を持ってくれて。探してみると、国際情勢をテーマにした本は多く見つかりましたが、どちらかといえば偏った主張のものが多かった。地政学は、相手の立場に立って物事を考える学問だと私は思っています。偏った見方をせずに、世界の多様さを柔軟に、面白がって学んでいってほしい、そう思ってこの本を作りました。

――大人が読んでも刺激的な内容でした。タブーとして避けやすい日韓関係や天皇制の話題なども盛り込まれています。

田中 複雑な日中関係など、センシティブな話題も加えました。タブーは本来、あるべきではない。天皇制でも何でも、存在することには理由があります。日本にはなぜ、天皇陛下がいるのか。その問いにはいろいろな説明があるし、一つだけの絶対的な正解があるわけでもない。それでいいんです。

 親子で話し、子どもも大人も自由に発言すればいい。子どもは、大人が思っているよりも深くものを考えていたり、よく観察していたりもします。正解をただ教えるのではなく、「なぜそうなっているのか?」という理由を大人も一緒に、言葉を尽くして考えていけるといいですよね。

地球儀を見てほほえむ女の子

写真=編集部

――世界で起こる出来事に関心を持つために、日本人である私たちがふだんから心掛けておいたほうがよいことはありますか?

田中 「日本人は平和ボケ」と批判する人もいますが、平和が長く続いたのはすばらしいことで、何ら否定されることではありません。そのうえで、平和を保っていくためにどうすればいいのかを考えて、努力していく必要があります。

 そのためにも、自分だけの知識や体験で考えるのではなく、相手の立場に立って世界を見てみる。それは国と国との関係という話だけではなく、もっと身近な個人の関係性に置き換えてもいえることです。私の体験でいうと、3人目の子どもが生まれたときに初めて育休を取ったんですが、そのハードさが想像以上で……。これまで、身近で見てきたはずなのに、子育てをする人が置かれている状況や苦労がちゃんと理解できていなかった。知らなかったことが見えてくると、自分の考えや行動も変わっていきますよね。

 立場を超えて他者を理解するということは、世界で起きていることを自分事化するということです。国と地域、歴史と文化、世代、ジェンダー、さまざまな違いを多くの人が理解していけば、分断を乗り越えられる。私はそう思っています。

 

 

脚注

  1. ちせいがく。国の政策を、主として風土・環境などの地理的角度から研究する学問。スウェーデンの地理学者チェレーンの用語。ナチスの領土拡張を正当化する学問に利用された。出典:尚学図書編『国語大辞典』(小学館)

  2. 欧州連合(EUEuropean Union)は、1993年に発足。加盟国間の経済・通貨の統合、共通外交・安全保障政策の実施、欧州市民権の導入、司法・内務協力の発展等を目的として設立された(2024年現在、27か国が加盟)。単一市場の創設を通じて、物、サービス、人、資本の自由な移動を実現し、共通の通貨ユーロを使用することで経済的な競争力を高めている。

取材協力=東洋経済新報社 取材・文=濱田研吾 写真・構成=編集部