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バイオリンを演奏するSUGIZOさん

「ブレーキを踏むひと手間」が、まわりをハッピーにする。SUGIZOさんが子どもの未来のために選択するエネルギー

  • 環境と平和

ギタリスト&ヴァイオリニストとして、音楽シーンの第一線で活躍するSUGIZOさん。90年代以降はLUNA SEAの、2009年からは世界進出したX JAPANのメンバーとして、J-ROCKバンドを牽引してきた。その一方で、難民やエネルギーの問題について発信を続けるアクティビスト(政治的・社会的な活動家)としても知られ、ライヴではその電力源として水素発電を使うパフォーマンスを実践し注目を集めている。そのほとばしる思いの原動力には、自身の子どもの誕生があった。

原発は未来に恥を残す

――2019年7月、2夜連続で開催されたSUGIZOさんのバースデーコンサートの一部を担ったエネルギー源は、なんと水素。SUGIZOさんのマイカーである燃料電池自動車に充填した水素を使って、コンサート会場で発電したそうですね。

SUGIZO 再生可能エネルギーによるコンサートはLUNA SEAでも何度か試みています。その場で発電をするピュアな電気で演奏していると、気持ちがすごく楽になるんです。遠方の発電所で作られた電気は長い旅の末、僕らのところにたどり着く頃には劣化しています。でも生まれたての電気を通じて放たれる楽器の音って全然クオリティが違うんですよ。それはリスナーのみなさんにもはっきり伝わります。遠くから運ばれてきてスーパーに並んだお刺身と、釣ってすぐにさばいてもらうお刺身と、どっちがおいしいですか? 電気だって食べものと同じなんですよ。

ギターを演奏するSUGIZOさん

――とはいえ、電気を使うときに「この電気はどこで誰がどのように作ったの?」と考える人はまだ少数派。多くは、少しでも便利で効率のよい生活に目を奪われがちです。

SUGIZO 車を運転しているときに他の車が前に入ってこられた瞬間、クラクションを思いっきり鳴らす人、よく見かけますよね。スペースを譲ってあげたところで、せいぜい数秒のこと。その数秒、人生のムダでしょうか? “ブレーキを踏む”ひと手間で、まわりをハッピーにするんですよ。そんな心の余裕を持つことは、効率や損得に気をとられイライラしてばかりの人生よりも、はるかに幸せだと僕は思う。再生可能エネルギーのある社会を考えるときに、自分の生活が少しでも不便になったら困る――と考えてしまう人は、後先考えないでクラクションを鳴らす人と同じなんだと思います。

――加速する地球温暖化や原発が抱えるリスクの問題に積極的に向かい合うようになったのは、2000年代の前半。高速増殖炉もんじゅ(※1)の廃炉にも関心を持っていらっしゃいます。

SUGIZO 福島の事故も経験して、いまや誰もが原発の危険性を理解しているはずなのに、まだそこに固執する現政権には正直不満です。核廃棄物の処理方法が開発されていないのに突き進むのは、“自分たちの世代さえ良ければいい”という自己中心的な考え方。原発は未来に恥を残すものです。これからはエネルギー分散型社会――各地域で“再生可能エネルギーを地産地消する社会”を作っていくべきです。技術的にはすでに可能なのですから。

※1:福井県敦賀市にある日本原子力研究開発機構の高速増殖炉。1985年の着工以来、1兆円を超す税金が投じられながら、「核燃料サイクル」の要でもあった高速増殖炉計画が破綻し、2016年12月に廃炉が正式に決定した。

参考:行き詰まった核燃料サイクル。「もんじゅ廃炉」で、日本のエネルギー政策はこれからどうなる?(KOKOCARA)

ステージで「NO NUKES」の旗を振るSUGIZOさん

今年7月に開催された「SUGIZO聖誕半世紀祭「HALF CENTURY ANNIVERSARY FES.」

親になったことで、人生が変わった

――そう語るSUGIZOさんですが、かつての自分自身のことは「“害虫”みたいな男だった」と苦笑するほど自堕落な日々を過ごしていたとか。

SUGIZO アルコールに溺れ、見境なく喧嘩して、添加物まみれの食生活で体の中はきっとボロボロだったと思います。にもかかわらず、幸運にも26歳で娘が生まれたときには、心から宇宙に感謝しました。こんな親でも子どもは生まれてくれるんだ、って。親になったことで、人生が変わりました。この子たちの未来のために、僕らが世の中をよくしていくんだ、という大それた気持ちに大きくシフトしたんです。自分でも気恥ずかしいぐらいに。

――父になって関心を抱くようになった子どもたちのこと。それは我が子だけでなく、世界中の不遇な子どもたちに対する愛おしさにもつながっていったんですね。

SUGIZO 子どもの頃は色が白くて、女の子みたいって言われ続けてました。他の男の子とは遊び方がちょっとズレてて、よくいじめられもしてました。振り返ると小中学生の頃はずっと孤独だったかな。それで両親の影響もあって音楽に、とくに反抗心からYMOやRCサクセションなどに傾倒して、自分の居場所を探していたように思います。そんな思春期があったから、世の中からはじかれる感覚——マイノリティという存在への親近感を抱くようになったのかもしれません。

 難民や貧困など、今日明日生きることもままならない子どもたちが世界にはあまりにも多くいます。現状を変えていく歯車のひとつになりたい、自分もなれるんじゃないか、って思うようになりました。エネルギー問題に関心があるのも、それが子どもたちの未来にとって大きな問題だからです。

ステージで表彰を受けるSUGIZOさん

水素・燃料電池コンサートの実施を通じ、再生可能エネルギーを身近に感じられる社会に向けて貢献した功績に対し、環境大臣から感謝状を贈呈された(2019年7月7日)

無関心じゃないヤツはたくさんいる

――社会を変えるには、政治を変えるしかない。7月の参議院選挙を前に、SUGIZOさんは市民が主体的に動くよう発信を繰り返していました。

SUGIZO 政治というものは、無関心でいられても無関係ではいられないもの。若い世代の社会参加意識がまだまだ低いですよね。社会へ責任を持つ、という大切なことを、大人も学校もあえて教えてこなかったから当然といえば当然。でもこれまでの活動を通じて、高い意識をもった10代、20代に逆に僕が勇気づけられることも多々あるんです。無関心じゃないヤツは、実はたくさんいる。大切なのは、僕らが若い世代を信じること。成人になった僕の娘も、何が正しくて何が正しくないのかを本能的に感じ取っている、と確信できます。コンサートに呼んでも「雨が降ってきたから、パパのライヴ行くの止めたわ」なんて言ってのけるほどクールですけどね(笑)

――自然な距離感のなかに信頼関係が築かれているのですね。昨今流れる社会の空気の中で、「同調圧力にくみしない」「自分に嘘をつかない」というのは、困難で勇気のいることではありませんか。

SUGIZO 僕は30代のときに財産もプライドもすべて失う大きな問題にぶつかって、アーティストとしては一度死んでいるんです。その反動から、今は余生だと思って生きているから、怖いものもタブーももう一切ないんです。

 よく考えれば古今東西、音楽やアートは市民の武器として常に社会の変革とともに存在してきました。ベートーヴェンも、ワーグナーも、ジョン・レノンも、ボブ・ディランも、(忌野)清志郎さんもみんなそう。今の日本では、保身のために押し黙ってしまう人をたくさん見かけるけど、そんな選択肢は僕にはもはやありません。社会に対する発言を封じられるのは、表現の自由を剥奪されるということ。絶対に屈したくない。

SUGIZOさん

誰もが祝福される社会へ

――次世代に何を残せるのかと自問しながら活動してきたこの20年。今日、SUGIZOさんはひとつ心に決めていたことがあるそうですが。

SUGIZO まずは僕自身が「パルシステムでんき」に切り替えます(笑)。地球を汚さない幸せな暮らしをもっと満喫するために、我が家の電気をどこに切り替えようかずっと思案していたんです。今日の出会いはハッピーなタイミングでした!

 今後は、100%再生可能エネルギー由来の水素を使った全国ツアーも実現したい。友人やファンのみなさんに協力してもらって、各地の会場で燃料電池自動車を集められれば可能性は充分あります。

農地に広がるソーラーパネル

パルシステム電力の発電産地の一つ、富岡復興ソーラー発電所(福島県双葉郡富岡町、写真=坂本博和)

 ライフワークにしている難民支援では、今年の秋にイラクとヨルダンの難民キャンプを訪れて、現地でライヴを開催する予定です。子どもたち、若い世代にとって、ロールモデルのような存在になれたら。

 彼らに残したいのは、生産性や能力とは関係なく、生まれてきて存在しているだけで誰もが祝福される社会。今の状況に失望することはたくさんあるけれど、希望を捨ててはいません。世の中はきっと、必ず良い方向に変わっていきますよ。

取材・文=編集部