「とろみ」で冬の食卓をおいしく、温かく
「やあやあ、お二人。よく来ましたね」(魚柄さん)
「魚柄さん、こんにちは! 毎日、寒いですね」
冷たい風にさらされ、急ぎ足で魚柄さんの元にやってきた編集部の二人。しかし中に入ると、部屋を満たす甘い香りに、思わずほおを緩めた。
「わあ、いい香り。おいしそう!」
そう歓声を揚げた高橋かな(以下、かな)が見つめるのは、ふわりと湯げが上がった土鍋。中はいちごにキウイ、りんごなど色とりどりのフルーツでいっぱいだ。
「これは、温まりそうですね」と、高橋拓海(以下、高橋)も熱視線を送る。
「はいはい、ちょうど今できたところだから、まずは一杯、食べてみなっさい」(魚柄さん)
魚柄さんから小鉢を渡され、ひとさじを口に運ぶ二人。
「おいしい!」(二人)
「小鉢から立ち昇る甘い香り、いやされます。温めたフルーツって、こんなに香り豊かになるんですね」(かな)
「いちごの甘みとキウイの酸味。りんごはまだシャキッとしてる。食感がまだ残っているのがいいですね。スープも、複雑な味わいが絶妙です」(高橋)
夢中で食べながらも、ある点に気づいたようだ。
「これ、全体がトロッとしているから、ゆっくり味わえてのども潤う感じがします。フルーツから出るとろみなんですか?」(高橋)
その質問に、ニヤリとした魚柄さん。
「いやいや、覚えてるでしょ、これですよ!」と、テーブルの上にあった瓶を差し出した。白い粉の入った瓶のラベルには、「かたくり粉」の文字が。
「えっ、フルーツにかたくり粉!」(高橋)
「さよう。くず粉を使い、『果物入りくず湯』という食べ方が大正時代からありますが、気軽に使えるかたくり粉でもなかなか、イケるでしょ」(魚柄さん)
そう、とろみの正体はかたくり粉。
「実は今回使ったフルーツはみんな、そのまま食べると甘みが薄いものばかり。適当な大きさに切って軽く温めて、とろみをつけるだけ。こんなふうに甘みも香りも引き出されて、おいしさアップするんでっす」
そんな魚柄さんの解説にうなずきながら、「甘くなかったフルーツの救済にもなるなんて」「家でもやってみたい」と、二人もがぜんやる気が高まっている。
「以前教えていただいた、『夏のとろみ料理』以外にも、まだまだ奥深い世界がありそうですね」(高橋)
「とろみづけした料理っておいしいと分かっていながら、やっぱりうまくできなくて。もっと詳しく知りたいです!」(かな)
使いこなして上手に「トロッ」。とろみづけ成功の4つのポイントとは
「それじゃあ今日は、かたくり粉にねらいを定めて『冬のとろみ』、やってみましょ」
そう言って魚柄さんがまず火にかけたのは、昆布とかつおぶしのうまみがたっぷりと出た「和風だし」。
「まずは、だしにとろみをつけてみることにします。と、その前に、とろみがもたらす効果を知るためにも、サラサラのだしを一部、取り分けておきますね」(魚柄さん)
続いて鍋の横に置いたのは、かたくり粉と水が入った小さなコップ。これを手に魚柄さんは、まずとろみづけ成功のひけつについて話してくれた。
「ダマを作らず、上手にとろみづけするために、大事なことは4つ」
① かたくり粉と水の黄金比
② 使う前にしっかりかき混ぜる
③ 入れる前に火を止める
④ 入れたら再加熱し、しっかりかき混ぜる
「さあ、これを守りながら、やってみますゾ」(魚柄さん)
魚柄さんが手慣れたようすでコップのかたくり粉をかき混ぜていると、早速質問が。
「まず①のポイントは、かたくり粉と水の黄金比ですよね。どのくらいの割合で入れたらよいですか?」(かな)
「目安はかたくり粉1:水2。とはいえ、大体の目分量で大丈夫ですよ。大事なのはむしろポイント②。こうやって使う前にしっかりかき混ぜることなんです。かたくり粉はすぐに分離しますから、かき混ぜは使う直前にね」(魚柄さん)
魚柄さんの実演を、二人は真剣な表情で見入っている。
「はい、次のポイント③ね。水溶きかたくり粉を入れるときは、一度火を止めることを忘れずに」(魚柄さん)
「それって、なぜなんですか?」(かな)
かなの素朴な疑問には、「火をつけたまま加えると、とろみがうまくつかずにダマになったり、焦げつきやすくなるんです」と魚柄さん。
「でも、かたくり粉を入れたあとは、再び加熱を忘れずに。これが仕上げのポイント④です。中火から強火にかけて、鍋底をこするように全体をしっかり混ぜます。慣れないうちは、お玉やへらでやるといいですよ。ほらほら、だんだん美しきとろみが出てきたでしょう~」(魚柄さん)
「とろみが出ると同時に、何だか濁りが薄くなったような」(高橋)
「よく気づきましたね。白っぽく濁っていただしが透明になり始めたら火を止めて、さらにかき混ぜて! これで焦げつかず、かつ透明で全体がツヤッと輝く美しいとろみが完成というわけです」(魚柄さん)
「とろみ」がつくと、なぜおいしい? 理由を知れば、さらに役立つ
「さあさ、できました。冷めないうちに、さっき取り分けておいたサラサラのだしと、味比べをしてみてごらんなっさい」(魚柄さん)
テーブルの上に並べられたのは、2つの小皿。使用しているだしは同じだが、食べ比べてみると「えっ!」「すごい!」と、二人は声を上げた。
「とろみをつけていないだしは、味が薄くてぼやっとしているのに、とろみをつけたらはっきりと味を感じるようになりました。ベースは同じものなのに、こうも違うなんて」(高橋)
「ほんと、かたくり粉に塩が入っているわけでもないのに。うまみの濃さが全然違います」(かな)
あまりの違いに、驚きが止まらない二人。魚柄さんは「これぞ、とろみの実力です!」とニヤリ。
「とろみがつくことで、サラッと流れずに舌の上に残るから、味をしっかり感じられるんです。例えば中華の定番、麻婆豆腐も、あのとろみでソースをまとめながら辛さを際立たせているんですな」と説明した魚柄さんはさらに続ける。
「しかも! 調味料を使う量が少なくて済むから、おなかにもお財布にも優しい。ほら、ますます使いたくなってきたでしょう〜」
「こんなにはっきりと差が出るなんて」と感動をかみしめる高橋。かなも「ほかの使い方もぜひ、教えてください!」と、さらに力が入る。
「よし、じゃあおかずも作って、とろみの世界をもっと体感してみましょ」(魚柄さん)
「4つのポイント」の一歩前に。上達のための、欠かせない前提
「とろみ料理のメインディッシュといえば、やっぱりこれだね」と、魚柄さんが準備したのは、たくさんの野菜だ。
「冷蔵庫の余った野菜を使った野菜炒め、休みの日なんかによくやるでしょ」
手際のよい魚柄さんの鍋さばきに、かなは思わず「私、そんなに上手にできないです。いつも水分が出て、ベチャッとしちゃって」と弱音を吐く。
すると魚柄さん、すかさず喝! 「ほら思い出して、と・ろ・み! ここにとろみを入れれば、さあどうなる?」
「八宝菜!!」(二人)
「さよう。野菜炒めと思わずに、とろみを加えれば、水分が出て失敗〜なんて、気にしなくていいってもんです」
魚柄さんのアドバイスに「確かに!」とうなずくかな。「それに、とろみをつけたら八宝菜になるのであれば、野菜だけでも十分ですね。うずらの卵や魚介類をあれこれ用意しないといけない、って勝手に思っていました」と、高橋。
「そうそう。一宝菜だって十宝菜だって、できたものがおいしけりゃいいの。日々の料理でカンジンなのは、決められたレシピどおりに完璧に作ることじゃなく、野菜がしなびる前に工夫しながら、手早くおいしく食べることですからネ。具材や味付けも自由だし、このあんをパスタや焼きそば、うどんなどのめん類にのせたって、なかなかのもんですぞ」(魚柄さん)
「そうか、ラーメンにのせたら、広東めんっていえちゃいますね!」(高橋)
「おっ、いいねえ、だんだん調子がつかめてきましたな」と話しながら、だしで軽く煮たねぎ、油揚げにとろみをつけていく魚柄さん。
「ねぎと油揚げだけでも、ご飯にのせればりっぱなあんかけ丼でっす。さ、とろみ料理はアツアツのうちに食べるのもおいしさのポイント。冷めないうちに、改めて試食してみましょうか」(魚柄さん)
「うーん、どれもおいしくてはしが進みます。 冷めにくくておなかも温まるって、この時季にうってつけですね」(高橋)
「かたくり粉を入れただけなのに、スープがキラッと輝いて、味わいがぐっと深まって。何だか高級感さえ感じます」(かな)
とろみに魅せられた二人から、次々に感想が出る。魚柄さんもつられて笑顔だ。
「具材にまとまりが出るから、子どもでも食べやすくなりますね。すくうときもこぼれにくいし」(高橋)
「とろりとしたのどごしが、乾燥でのどが荒れがちな季節にうれしいです」(かな)
テーブルに並んだ料理を次々と口へ運び、大満足な二人。魚柄さんは「じゃあ、最後のまとめとして、質問を一つ、してみましょうか」と、話し始めた。
「使い方に作り方、いろいろ伝えてきたけれど、忘れちゃいけない大前提って、どこだと思います?」
二人はしばし考え込んだあとで、それぞれ「しっかり水に溶かすこと?」「火を止めてから入れることでしょうか」と答えるも、魚柄さんの答えは「NO」。
「実はね、いっちばんのキホンは最初に見せたあれ。かたくり粉を使いやすい瓶に入れ、スプーンを入れておくことなんですよ。だって、二人の家にあるかたくり粉、どうなってます?」
その言葉に、二人はハッと顔を見合わせた。
「そういえば、最後に使ったあと、どこに置いたかな……」(高橋)
「たぶん、冷蔵庫の奥にしまわれています」(かな)
「でしょう。目につかなければ人は使わない、使わなければ古くなる、そうして忘れ去られるのがたくさんのかたくり粉が歩んできた運命なんです。こんなにも活躍できるヤツなのに、悲しいですなあ、切ないですなあ。いざというとき、いつでも使えるようにするためには、袋を輪ゴムで縛ってしまい込んじゃダメ。『目につく所に』『使いやすい状態で』かたくり粉を置いておくことで、日々実践が重ねられて、気づいたら上達しているってもんです」(魚柄さん)
これまでの台所術でも繰り返し伝えられてきた、「日々の実践こそ台所術上達の近道」という魚柄さんのメッセージ。今回、それをかなえるための第一歩は、「封を開けたかたくり粉を瓶に移し替え、スプーンを入れておく」という環境作りだったのだ。
「と、いうわけで! 今回は瓶にかたくり粉を入れるところから、二人の実践レポート、待っていますぞ」(魚柄さん)
「はい!」(二人)