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上田淳子さんとカズノリさん

料理研究家の上田淳子さん(右)、長男のカズノリさん(左)(写真=平野愛)

料理研究家・上田淳子さん&息子のカズノリさんと考える「子どもは“料理する力”をどう身に着ける?」

  • 暮らしと社会
料理研究家として幅広く活躍し、子育て経験を生かした食育にまつわる活動にも力を入れている上田淳子さん。長男のカズノリさんは会社員のかたわら「カジオ(=家事男)」の名前で手作りのお弁当の写真を日々SNSにアップし、注目を集める。「料理の英才教育なんてまったくしていないのよ」と振り返る淳子さんと、「自然と料理に興味がわいてくるような土壌を作ってもらった」と言うカズノリさん。親子インタビューを通して、子どもに身に着けてもらいたい“料理する力”について考える。「夏休み、子どもに料理を教えたいけれど、忙しくて……」と悩む親御さんへのヒントも伺った。

「見えない家事」の発見

――カズノリさんが「カジオ」を名乗るきっかけになったのは、コロナ禍の緊急事態宣言中、淳子さんが一切の家事を任せたことにあるそうですね。

上田淳子(以下、淳子) そうですね。それまで、料理も洗濯も掃除もゴミ出しもすべて私が担っていたのですが、1週間、すべてを任せることにしました。だって、彼、本当にぐうたらしていたんですよ。口約束だけだったら逃げられると思って、「1週間、インスタでさらします」という条件付き(笑)。それが「カジオ」というハンドルネームの始まりです。

上田淳子さんとカズノリさん

淳子さんのキッチンスタジオにて、お茶をいれるカズノリさん(写真=平野愛)

ウエダカズノリ(以下、カズノリ) 僕は何とか就職が決まり、大学の単位もほぼ取り終えていたのですが、外出することもできず。大学で忙しそうな弟とは反対に、家の中で自分の時間を持て余していました。朝ごはんを食べて、筋トレして、ネットフリックスで映画を観て、おなかを空かせるためにまた筋トレして()。なので家事を頼まれたときは、やることができてうれしい気持ちもありました。でも、いざやってみると、「洗剤って何を買えばいいんだろう?」というところから、分からないことだらけでしたね。

淳子 それまでは、一つの家に「家事に無関心な3人と家事担当1人」が暮らしている状態だったんです。気にかけてくれる人が1人できただけでも、ずいぶん風通しがよくなったように感じましたね。

――カズノリさんは、家事を任される前と後でどんな変化がありましたか? 新たな発見などもあったのでしょうか?

カズノリ ペットボトルのラベルをはがしたり、調味料の補充をしたり……という「見えない家事」ってありますよね。これまでは母が裏でそうした「見えない家事」をしてくれていたんだな、と気づいたことは大きかったですね。僕にとっては、それが頑張る理由の一つになったような気がします。

ウエダカズノリさん

写真=平野愛

淳子 1週間でやめちゃうかなと思ったら、付かず離れずで続けてくれたので助かりました。だれかの飲みかけのコップが洗ってあったり、いつの間にかペットボトルのラベルとキャップが取ってあったり。一度徹底的に家事を任されたことで意識が変わって、これまで見えていなかったことが見えてきたのでしょうね。

カズノリ 家事って一つ一つが大変じゃないですか。どうしたらもっと効率よくできるのか、どんな工夫をしたらいいのか、自分で調べて試しているうちに連鎖的に動けるようになったんです。家族に褒めてもらえたのも大きいですね。「やって当たり前」と言われると初心者はしんどくなってしまうと思うのですが、褒めてもらえると、「じゃあ、次はあんなこともやってみようかな」とやる気がわいてきたり、自分なりのこだわりのポイントが出てきたりするものです。1週間やってみたら、家事が「よく分からないもの」から「勝手知ったるもの」に変わって、楽しくなってきたんですよね。

――家事初心者に細かく指示を出したり文句を言ったりすると、やる気をそいでしまうこともありそうです。淳子さんは、どんな姿勢で見守られたのでしょうか?

淳子 手取り足取り教えてほしいのか、まったく口を出さないでほしいのか、最初に本人に確認したんです。そうしたら、「聞かれたときだけ答えてほしい。それ以外のことは、最終的にできていれば過程は見逃してほしい」って。だから、うるさく口を出すようなことはありませんでしたね。親は、「ちゃんと教えなくちゃ」と思いがちだけれど、見て見ぬふりも大事なんだと教わりました。

上田淳子さん

写真=平野愛

カズノリ まずは自分でやってみると、失敗しながらも付随するものが見えてきて、その結果、ほかの家事についても広い視野で見られるようになるんだと思います。おかげで、一人暮らしを始めたとき、困る部分がかなり少なかったんですよ。

淳子 荒療治かもしれないけれど、やってみないと分かりませんよね。実家で家事をしていた人は一人暮らしを始めたときに、「教えておいてもらってよかった」と思うのではないかしら。一人でちゃんと暮らしていこうと思っても、家事の経験がないと、すごく苦労したり、途中で放棄してしまったりしますから。

――カズノリさんはすでに一人暮らしをされていますが、自分のお弁当作りを続けていらっしゃいますね。一時期、家事を任されたことが現在につながっているのでしょうか?

カズノリ そうですね。それまでは毎日ごはんが出てくることを当たり前のように思っていたのですが、自分で作ってみて、「それって、けっこう大変なことだったんだ」と改めて実感したんです。それが「一人分だけでもちゃんと作りたい」という気持ちにつながっているところはあると思います。

カズノリさん手作りのお弁当

カズノリさん手作りのお弁当。おかずがバランスよく配置され、彩りも豊か(写真=カズノリさん提供)

料理の“英才教育”はしていない

――料理研究家という職業柄、淳子さんは子どもたちが幼いころから料理を徹底的に教えてきたのでしょうか?

淳子 料理の“英才教育”はまったくしていないんですよ。10歳くらいまでは「食べることを嫌いにならないように」ということを軸にしていました。例えば嫌いな野菜を無理やり食べさせないとか、笑っておしゃべりをしながら食卓を囲むとか、そんなことです。嫌いなことには興味を持てないですから。

 「今日は帰りが遅くなるから、ごはんを炊いておいてね」なんていうミッションを与えるようになったのが小学校高学年です。生きていくうえで火や包丁は使えるほうがいいので、ある程度の年齢で正しい使い方を教えましたが、料理をたたき込むようなことはなかったですね。

カズノリ 確かに、小さいころに料理を教え込まれた記憶はありません。最初に作ったのは、ちぎった野菜のサラダとか、切ってある食材をパンの上に並べて焼いただけのピザトーストだったかな。目玉焼きを作ったのは、小学校3~4年生で火を使わせてもらえるようになってからですね。

淳子 小学校高学年になって、たまたま時間の余裕があったときに「じゃあ、料理でも」ということになって。好きなメニューを私と一緒に作って、自分でレシピを書いてもらったんです。書き残しておけば、次からは自分で作れますからね。

カズノリ 実際、中高生のころはそのレシピを見て、ハンバーグとか餃子とか酢豚なんかを作っていました。自分で作りながら書いたレシピだから、手伝ってもらわなくてもできるんですよ。「作りたい」っていう気持ちもありましたしね。

 子どもにとっては、一部分だけを手伝うよりも、一つの料理を最初から最後まで作るほうが達成感が大きいんじゃないかな? ある程度の年齢であれば、最後まで任せることも大事だと思います。

子供の頃のカズノリさんが兄弟で料理をしている写真

カズノリさん兄弟が幼いころ、キッチンでの料理風景の一コマ(写真=平野愛)

「食べることは楽しいこと」だと伝え続けよう

――今は仕事で忙しい親御さんがほとんど。「将来自立できるように、子どもにはきちんと料理を教えたい」と思いつつ、時間の余裕がないというジレンマを抱えている人も少なくないように感じます。

淳子 忙しいときに無理をしてまで「料理を教えなければ」なんて、思う必要はありません。もっといえば、主従関係の中で教えるというより、仲間意識を持って日々の生活を一緒にやっていくことができたら、それが一番だと思うんですよ。例えば園児だったら卵を割ってほぐすだけ、小学校の中学年になったら目玉焼き、高学年になったら玉子焼きを巻いてみようとかね。「一人になったときでも、こうしてごはんを作って食べられるんだよ」と伝わることが大事だと思います。

カズノリ 無理をしないことは大事ですね。「今日は特別に、ハンバーグとナポリタンとサラダでランチプレートを作ろう」というイベント的なことをすると、子どものほうも「もうがんばったから、しばらくはやらなくていいよ」という気持ちになっちゃうと思いますよ。

家族写真を手に談笑する上田さん親子

子どものころの写真を眺めながら、食にまつわる思い出に会話が弾む(写真=平野愛)

淳子 忙しかったら、料理をしている姿を見せるだけでも十分だと思います。ただ、今は便利な食材や調理道具もあるし、ぱぱっと作ってちゃちゃっと食べる時代。「作ってくれる人がいるから食べられる」という現実を見せるのも難しいのかもしれませんね。見せるにしても、相手がスマホを触っていたり、よそ見をしていたりしたら意味がありません。「今、すごくおいしいものを作っているのよ!」という、ちょっと大げさなアピールも必要かもしれません。

――子どもたちに「君たちも日々の生活を一緒に営んでいくメンバーなんだよ」と伝えることが大事なんですね。

淳子 そうなんです。そのためにも、「食卓に座ること、ごはんを食べることは楽しいことなんだよ」というメッセージを、シャワーのようにかけ続けることが一番なのではないでしょうか。できれば毎日同じくらいの時間に、子どもと一緒に座っておしゃべりしながら楽しく食べる。そのほうが食事の中身や栄養よりずっと大事だというのは、私が実際に子育てしてみて感じたことです。

カズノリ 僕が今、「食べることは生きること、しかも楽しいこと」だと思えているのは、子どものころから少しずつ料理に触れてきたからかな、と思っています。自分の中に「あれも作ってみたい、これも作ってみたい」という選択肢があるのも、おいしいものをいろいろと食べさせてもらったりして、料理に対して自然に興味がわくような土壌を作ってもらえたからなのでしょうね。

カズノリさんの手料理

カズノリさんの手料理。日々の食事にとどまらず、時には友人を招き料理の腕を振るうことも(写真=カズノリさん提供)

淳子 それに、 “食べる”って、生きていくうえで精神的にも肉体的にも起爆剤のようなものだと思うんです。むしゃくしゃしたときでも、おなかいっぱいごはんを食べて一晩眠れば、翌日にはすっかり元気になっていることってありますよね。とくに家のごはんは、「急に暑くなったから」、「子どもが落ち込んでいるから」、「自分が疲れたから」と、その日のようすを見ながら献立を決められるでしょう? 料理を作ることのよさって、私はそこにもあると思うんです。

 ちなみに、本人は気づいていないかもしれないけれど、カズノリが落ち込んでいるときは餃子を出していたのよ。

カズノリ 確かにテンションが下がっているときは、餃子とか春巻きがよく出てきましたね。

上田淳子さんとカズノリさん

写真=平野愛

淳子 それから、カズノリはエビが大好きだけれど、弟はエビが嫌い。だから、弟がいないときはてんこ盛りのエビフライだったんですよ(笑)。もし自分が子どもの立場だったら、わざわざ家族がそれを用意してくれるっていうのはうれしいだろうな、と思います。

子どもにつられて父も……家族が「家事ができる集団」に

――ところで、息子さんが二人とも一人暮らしを始めた上田家では、夫婦で家事を分担するようになったと伺いました。どのようなきっかけがあったのでしょうか?

カズノリ 父が家事をするようになったのは、コロナ禍に僕が家事を始めて、自分のお弁当のついでに父のお弁当も一緒に作るようになったころからですね。「息子が父親の自分よりできるようになっているぞ、自分だけ取り残されているぞ」という対抗意識もあったのかもしれません。

淳子 家族の中で自分だけできないということに気づいたのは、大きなきっかけだったみたい。ある程度の年齢になると、どちらかに何かがあって独り残されてしまう可能性が出てきますよね。そう考えると、今から「家事ができる人の集団が一つの家に住む」という形でいるのがいちばんいい。それで、夫にも最低ラインの家事はできるようになってもらうのがミッションだな、と私自身も考えていて。そこから徐々に、という感じです。この世代の男性には、お茶のいれ方も分からないうえにプライドも高い、という人が多いので大変ですけれど(笑)。

 

「今さら、再びの夫婦二人暮らし」上田淳子/著(2023年、オレンジページ)

子どもたちが巣立ったあとの、上田さん夫妻の新しい暮らしのスタートをつづった著書。『今さら、再びの夫婦二人暮らし』(2023年、オレンジページ)(写真=平野愛)

淳子 夫は朝ごはん担当なのですが、長男同様、うるさいことを言われるのは嫌だと思うので、何が出てきても文句を言わず、「ありがとうございます。ごちそうさまでした」と言うようにしています。そのせいか、継続していますね。最近はさらに、食べたら皿を洗わないといけないとか、コンロの周りに油が跳ねるとか、そういうことを理解し始めているようです。

カズノリ やっぱり、やってみることで視野が広がるんだと思いますよ。

淳子 きっかけがあってやり始めて、そこから成長していくものなのであって、その逆ではないんですよね。まずはやってみること。あとは、こちらがその成長を黙って見守ることだと思います。

――「家族に料理を頼んだら、後片付けをしてくれなかった」という話を聞くことがよくあります。「料理」とは、一体どこからどこまでを指すのでしょう?

淳子 献立を決めて、材料を買ってきて、作って、洗い物をして、食べ残したものをどうするのかを考えて……という全部ですね。

カズノリ 僕も同意見です。食器洗いだけでなく、コンロの油汚れも落とさないといけないし、洗剤や調味料も補充しないといけないし。日ごろ、家事をしない人にそれを理解してもらうのは、なかなか難しいのでしょうけれど。

淳子 例えば、夫や子どもに「帰りにどこどこのスーパーで、どういう銘柄のしょうゆを1本買ってきてもらえない?」というLINEを日ごろから送るといいのかもしれません。ポイントは「しょうゆを切らしちゃってて、晩ごはんを作るのに困っている」というところまで伝えること。生協のカタログなら、一緒に注文用紙を見るのもいいですね。「ちょっとおしょうゆあるかどうか見てきて。残りが少なければ1本注文しておこうか」なんていう会話を日常的にできたら、「しょうゆが切れたら困る」ということを自然と理解するようになるんじゃないかな、と思います。

夏休みは「毎日欠かさずすべきこと」に挑戦

――この夏休み、子どもに料理に触れてほしいと思っているかたも多いと思います。何かいいアイデアがあったら教えてください。

淳子 毎日必要になること、忘れるとみんなが困るようなことを一つ、完全に任せてみたらいいのではないでしょうか。例えば、小学校低学年の子なら麦茶作り。「冷えた麦茶が毎日あるだけで、こんなに幸せなんだね」と家族が感謝を伝えやすいし、作り忘れた日にはみんなで「あちゃー!」となる。お水の量を間違えたとか、麦茶パックの買い置きを切らしてしまったとか、失敗も経験できますしね。もう少し大きなお子さんなら、ごはんの炊飯もいいですよ。炊きたてはとびきりおいしいでしょう? 自分が炊いたごはんはこんなにおいしいんだ、ということを認識するのもいい経験になると思います。

上田淳子さんとカズノリさん

写真=平野愛

カズノリ みんなに褒めてもらったうえで、「もっとこうしてもらえたらうれしいな」と改善点を言ってもらったりすると、「じゃあ、また明日やってみよう」という気持ちになりますよね。そんなサイクルができてくるといいな、と思います。

淳子 食べ物や飲み物は、おなかの中に消えてしまうもの。失敗したって、すぐに消えてなくなりますよね。そういう意味でも、子どもが何かを継続しながら成長していくにあたって、「食べ物に関わる」というのはとてもいいのではないかな、と思っています。

取材・文=棚澤明子 写真=平野愛 構成=編集部