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Photo : Martin Borgen ©WG FILM

巨大企業の圧力に立ち向かう『バナナの逆襲』監督インタビュー

  • 食と農

2016年3月、スウェーデンの映画監督フレドリック・ゲルテンさんの手掛けたドキュメンタリー映画『バナナの逆襲』が日本で公開。中米ニカラグアのバナナ労働者が大企業を相手に訴えを起こす『敏腕?弁護士ドミンゲス、現る』と、その映画の上映を巡る監督と企業との攻防を追った『ゲルテン監督、訴えられる』の2部作で構成され、注目を集めました。毎日食べる食べ物のことはもちろん、「表現の自由」について考えさせる本作に込めた思いを、監督に伺いました。

使用禁止の農薬による健康被害。企業の責任は?

 畑の上を低く飛ぶセスナ機から水に溶かした農薬を大量に散布。農薬混じりの水でぬかるんだ地面を労働者たちが裸足で行き交い、頭上のバナナの樹から農薬が滴り落ちる――。これは、『敏腕?弁護士ドミンゲス、現る』に登場するニカラグアのバナナ農園の風景。農園を所有するのは、世界のバナナ市場でトップクラスのシェアを持つ多国籍企業です。

ニカラグアのバナナ農園での農薬散布シーン/©WG FILM

 「バナナは、南北問題のシンボル的果物」とゲルテンさんが言うように、ニカラグアに限らず、世界各地で大量生産のバナナ農園を開発しているのは先進国の巨大な多国籍企業。安価で見た目のいいバナナを作るための農薬や化学肥料の大量使用、低賃金の過酷な労働は、労働者の人権侵害や産地の環境破壊につながりかねず、そうして得た利益の大部分を企業が独占するという搾取の構図が問題視されてきました。

 ゲルテンさんが着目したのは、アメリカで1979年に使用禁止になっていたDBCPという毒性の強い農薬が、ニカラグアの農園で継続して使用されていた問題。2007年、12名のバナナ労働者たちが、その危険性を知った後もDBCPを使わせていた企業を相手取り、訴えを起こします。ゲルテンさんはこの裁判の過程をカメラで追い、その倫理性を世に問おうとしました。

 「映画のなかでは、2回も流産し、農園を辞めてからやっと子どもに恵まれた女性が登場しますが、他にも農薬が原因と思われるがんの発症や不妊被害で苦しんでいる多くの労働者がいます。農薬の問題について、企業は何も責任をとろうとしてこなかった。1970年代もそうだったし、今においてもまったくその構造は変わっていない。そのことを訴えたかったのです」

 ゲルテンさんは、映画の制作に至った動機をこのように語ります。

映画公開後、フェアトレードバナナのシェアが10倍に!

 ”法廷ドキュメンタリー”ともいえるこの作品は、主に裁判の様子を撮影した映像や原告である労働者たちの証言で構成。先が見えない展開にスクリーンから目が離せず、次第に真実が明らかになっていく様は、あたかもサスペンス映画のようです。

 原告側のドミンゲス弁護士とミラー弁護士は、DBCPと不妊被害との因果関係や、それを認識していながら使用を継続させていた企業側の責任を理詰めで追求。一方、企業側の代理人は、労働者の人格を攻撃したり人権を無視するような尋問を繰り返します。

法廷に向けて入念な準備を行うミラー弁護士/©WG FILM

 「多国籍企業の際限のない欲望のために多くの農民や労働者が犠牲になっているという構造は、バナナだけに限りません。そうしたことに対して、私たちは常にクリティカル(批判的)な目を持つことが必要です。例えば、オーガニックを選ぶ際にも、単に自分の健康のためということだけでなく、生産者の健康のこと、環境のことにも思いを馳せて選ぶ、といったように」とゲルテンさん。

 スウェーデンでは、これまで5%だったフェアトレードのバナナのシェアが、映画の公開後、なんと50~60%にまで拡大したのだとか。「日本でもこの映画が心に響けば、こういうバナナをもう買いたくないと思う人が出てくるかもしれません」とゲルテンさんは期待を寄せます。

農民たちの集会でスピーチするドミンゲス弁護士/©WG FILM

「ゴリアテ(巨人兵士)」VS「ダビデ(羊飼いの少年)」の結果は?

 巨大企業に反旗を掲げることに成功した12人のニカラグア人バナナ労働者を描いた『敏腕?弁護士ドミンゲス、現る』は、2009年、ロサンゼルス映画祭のコンペティション部門に選出されました。ところがその上映直前に、ゲルテンさんは、企業から送られてきた200ページにわたる警告書を受け取ります。

 警告書には、「映画の内容は不正確であり、いわれなき誹謗中傷に満ちている。この映画をアメリカで上映しようとすれば、法的手段に出る」と記載。その後も企業はマスコミやジャーナリストを巻き込んで、「貧しいキューバ人移民の悪徳弁護士がバナナ農民を原告に立て、米企業を脅迫している」「世間知らずのスウェーデン人が弁護士を英雄に仕立て上げた」といった情報を流し、記事を書いた記者に圧力をかけたり、ネットを使って個人攻撃のツイートや批判記事を拡散させるなど、徹底して上映を妨害しようとしました。

監督のフレドリック・ゲルテンさん/©WG FILM

 「一瞬にして自分の世界ががらっと変わってしまう経験でした。私から離れていった人たちもいます。作品を見もしない相手からインチキ呼ばわりされ、かなりのストレスを感じました」とゲルテンさんは当時を振り返ります。

 「ジャーナリストとして、どうしても記録しなければならないと思った」と、ゲルテンさんは自らの身に降りかかったこの前代未聞の理不尽な体験を撮影することを決意。それが『ゲルテン監督、訴えられる』です。作品の中で描かれたのは、「表現の自由」「言論の自由」とは何か、ということ。

 「私たちは社員5名の小さな制作会社ですが、企業に脅されていた間は赤字でした。取材やネットでの誹謗中傷の対応に時間をとられ、新しい制作活動に取り組むこともできず、収入がなかったからです。まるで、ゴリアテ(旧約聖書「サムエル記」に登場する巨人兵士)のような強大な企業に挑むダビデ(羊飼いの少年)のようでした」

 この形勢を逆転させたきっかけの1つは、スウェーデン市民の行動。ブロガーやスーパーの顧客からその企業の商品をボイコットする動きが始まり、「作品を発表できないのはおかしい」との声がスウェーデン国内に一気に広まっていったのです。

 この問題を知った国会議員らは、議事堂で上映会を開催。また、欧州各国のテレビでも放映され、ついに2010年、企業はゲルテンさんへの訴えを取り下げ、逆に、ロサンゼルス高等裁判所は、企業の訴訟を「威圧的、恫喝的訴訟」と認定し、ゲルテンさんに対して約20万ドルを支払うように命じたのです。

企業に「NO」を突き付ける、消費者の力

 「この作品がきっかけとなり、日本の人々の間でも、表現の自由や言論の自由について議論が起こったり、消費者の行動に変化が起こったりしていくことを期待します」と話すゲルテンさん。

消費者がバナナの生産背景を知ることはむずかしい

 いま日本でも、メディアへの規制についての議論や、グローバル化を進めるTPPの行方が話題になっています。ゲルテンさんが映画を通して投げかけている問題は、私たち自身の暮らしとも決して無関係ではありません。

 「私が撮ったのはニカラグアの農園ですが、フィリピンの農園ではニカラグアよりさらに後までDBCPが使用されていました。どの多国籍企業の農園でも状況は同様です。そして、日本で食べられているバナナの大部分はフィリピンで生産されているのですから、みなさんにも関係する話なんですよ」とゲルテンさん。こうした問題に無関心でいることは、バナナ労働者の農薬被害に加担することにつながり、また、「知りたいこと」や「知るべきこと」を知ることができない状況を招きかねない、と警告します。

 「スウェーデンでも、商品を選ぶ際に価格を重視する市民はたくさんいます。ただその一方で、一般の市民や児童がスーパーに手紙を出し、『こういう作られ方をしたバナナを売らないでください』と訴えるというようなことも、ごく普通に行われています」

 「企業にとっていちばんの痛手は、消費者にそっぽを向かれること」と話すゲルテンさん。知ること、選ぶこと――。私たち消費者一人ひとりの行動と選択が、いま問われています。

取材協力/きろくびと 取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部