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瓶に入ったさまざまな種類の種

すべての命は種から始まる――「たねのがっこう」の岡本よりたかさんが、「タネとり」をすすめる理由

  • 食と農

昨今は、ガーデニングや家庭菜園が趣味という人も多いだろう。でも、育てる苗や種は、どうやって手に入れるだろうか。「種は、買うもの」。それは、多くの農家も同じだ。そうした中、「タネとり」の大切さを訴えているのが、「たねのがっこう」を立ち上げた無肥料栽培家の岡本よりたかさんだ。「すべての命は種から始まる」と、各地で種の魅力を広めて回る。種にまつわる危機から、簡単にできるタネとりのとっておきのヒントまで、教えていただいた。

母から言われた「命を食べなさい」

――岡本さんが農業を始めたのは、40代になってからだそうですね。なぜ農家になろうと思ったのですか?

岡本 僕は、40歳まではテレビやIT関連の仕事をしていました。ご存じのように、どちらも生活は不規則だし、ストレスも強くてね、体調を崩してしまったんですよ。そのときに思い出したのが、子どものころから言われ続けてきた「食べ物が大事だよ」というおふくろの言葉。おふくろは、いつも「命を食べなさい」って言っていましたね。

 それで、信頼できる食べ物を得るためには自分でも作ってみないと、と野菜作りを始めたんです。最初は、プランターからね。

岡本よりたかさん

――農薬や肥料は、最初から使っていなかったのですか。

岡本 はい。実は映像の仕事をしていたとき、農薬の毒性を追究するドキュメンタリーを撮ったことがあって、始めから農薬には抵抗があったんです。肥料のほうも、化学肥料はもちろん、有機肥料もにおいがきつくて、どうにも使う気になれなかった。そんなとき、自然農法の大家・福岡正信さんの著書『自然農法 わら一本の革命』を読み、無肥料でやろうと決めました。

種さえあれば、生きていける

――2018年に『種は誰のものか?』を出版されましたが、種に関心を持つようになったきっかけは?

岡本 種のことを考え始めたのは、実は、農業では生活していけないと、あきらめかけたときでした。

 会社を辞め、山梨に畑を借りて就農していたのですが、無農薬無肥料では思うように収益が出なくてね。気がつけば貯金もわずかに。税金を滞納して差し押さえされたときには、さすがにどん底を味わいました。もう農業を続けるのは無理だと……。

麦踏みの様子

――いったん農業に見切りをつけようとしたのですね。

岡本 そのころはもう、畑もほったからしでした。ところが、しばらくぶりに行ってみたら、いくら頑張ってもうまくいかなかったトマトが、それは見事に実っていた。感動しましたね。そして思ったんです。とりあえず畑に行けば、食べ物はある。種はできる。手元に種があれば、そんなにお金がなくても、生きていけるじゃないかって。

 自分で種をとるようになったのは、それからです。収穫できなくても、とにかく種だけはとろうと。

ほうれん草を間引きする様子

――それまでは、なぜ種をとっていなかったのですか?

岡本 思い込みですね。農業を始めるときに、自分でとった種ではおいしいものができない、量もとれないと教えられたんです。だから、農薬や肥料は買わないけれど、種だけは種屋さんから買っていました。

 でも、その一方で違和感もありました。種を買うということは、お金がないとできない。社会経済の中に完全に取り込まれていますよね。僕は、食べ物を作るという行為は、経済と切り離して考えるべきだと思っていましたから。

種が入った瓶を手にする岡本さん

種は環境を記憶し、自らバージョンアップする

――自分でとった種を使うようになって、何か変化はありましたか?

岡本 僕の場合、野菜たちが元気に育つようになりましたね。病気が出にくくなった。

――すごいですね。なぜですか?

岡本 種は、設計図みたいなものなんです。まかれた土地の気候や土壌、虫たちの種類や草の多様性などをすべて記憶しながら、しっかりと育つように自らバージョンアップしていく。だから、一度病気になるとその情報を取り込み、次の世代では、その病気に対する抵抗性を持つようになるんです。

数種類の麦の種

さまざまな種類の麦の種。左から2番目は古代麦の一種

――素晴らしい力ですね!

岡本 僕の経験でいえば、1年目から徐々に情報が蓄積されて、7年もするとすっかりその土地になじむ。例えば、自然農法で有名な川口由一さんの畑に行くと、まるで草の中に野菜が育っているような状態なんですよ。自家採種し続けた種が、草の中で育つような遺伝子になったということです。ホームセンターで買った種では、同じ結果にはなりません。

 自家採種してつないでいけば、種が環境を覚えてくれるから、栽培の苦労が減ります。種を買うってことは、せっかく情報が書き込まれた設計図を捨てて、また一から新しい設計図を使うようなことなんです。

らっきょうの芽

雑草の生えた畑でたくましく育つらっきょうの芽

種にゆだねるのがいちばん

――『種は誰のものか?』には、売っている種と自家採種の種とでは、見た目もまったく違うと書かれています。

岡本 そうなんですよ。例えば、にんじんの場合、市販の種は、少し楕円形でツルっとしていますが、自家採種したものには、細かい毛がびっしりとついているんです。まるで小さな虫みたいに。

にんじんの種

種をつけたまま枯れ、乾燥保存させたにんじんの花

――どういうことですか?

岡本 毛があると機械でうまく播種することができないので、種屋さんが取ってしまうからです。でも、本当はこの毛は、にんじんの発芽にすごく役立っているんですよ。

 にんじんは、水を一所懸命やらないと発芽しないと思われていますが、自家採種の種は、一雨きたらもう発芽している。毛が水分を保持してくれるんです。それなのに人間は、まきにくいからと毛を取ってしまい、発芽しないと文句を言っている。効率化という名で非効率なことを行っている。僕の経験からは、そう思うのです。

 にんじんに限らず、植物は必要のないものは身につけません。それぞれ、その形には理由があるのです。野菜のことは野菜がいちばん知っている。種にゆだねるのがいちばんではないでしょうか。

三浦大根の種が入った瓶

三浦大根の種(手前)

タネとりの習慣は、なぜ廃れたか

――一般的な農業でも、普通は種子を買うようですね。

岡本 はい。今、スーパーなどの店頭に並んでいる野菜のほとんどは、2種類以上の品種を掛け合わせた交配種(F1:雑種第一代)ですが、交配種が出てきたことで、タネとりの習慣はなくなってしまいました。

 というのも、買ってきた交配種の種をまけば、味や形、サイズが均一な作物ができますが、そこからとった種をまくと、掛け合わせる前のそれぞれの品種の形質が表れ、形も大きさもバラバラになってしまうのです。

土から引き抜いたみやま小かぶ

かぶの固定種の一つ、みやま小かぶ。生でかじっても軟らかくておいしい

――それでは、市場に出すのは厳しいですね。

岡本 本来は、その多様性こそが植物が生き残るための生命力なのですけどね。でも、流通に乗せにくくて売れないのでは困るので、農家は、毎年種を買ってまくようになったのです。

 僕は、交配種を否定はしません。交配種があるから、今の日本の食卓には野菜がたくさん並んでいる。人の知恵が集積された技術だとも思います。

 ただ、種を残すことは植物の最終使命です。僕自身、タネとりをするようになって、“生命のサイクル”を肌で理解できるようになった。だから、タネとりだけはなくさないでおきましょう、と言いたいのです。

枯れたなす

種をとった後のなす

種は誰のものか?

――ところで、今、種を巡っては、一部の企業による支配や独占が懸念されています。岡本さんはこれについてどう感じていますか?

岡本 企業が種の権利を主張し、農家の自家採種を禁じようとする流れがあることは感じますし、強い危機感を持っています。

 最初におやっと思ったのは、遺伝子組換え種子でした。遺伝子組換え種子には、開発した企業に知的財産権である特許が与えられています。例えば、普通の菜種を栽培していても、意図せずに隣の畑の遺伝子組換え菜種と交雑しただけで、特許侵害で訴えられてしまいます。

 でも、種をつけるのは、植物として当たり前の生命活動。種は、植物自身が命のリレーをしてつないできたものです。それなのに、人間がその種を「自分のものだ」と主張することは、しっくりきません。

岡本よりたかさん

――日本では、2018年4月に「主要農作物種子法(以下、種子法)」が廃止されたことで、「自家採種禁止か」と、騒がれています。

岡本 ここは、ちょっと気をつけねばならないところです。

 種子法は、あくまでも米、麦、大豆に関する法律で、戦後の混乱期、国が農家に代わって、主食である米、麦、大豆の原種、原原種を残していこうと生まれたものです。廃止されたのは、時代も変わり、民間もたくさん作るようになってきたから。競争意識を高めて価格の安定を図るべきだという理由でした。

 だから、種子法が廃止されたからといって、すぐに自家採種が禁止されるわけではないのです。

――それなら安心なのでしょうか?

岡本 いや、そうとも言えません。種子法が廃止されたことで、今後、バイオ企業を含む民間の種苗会社の参入が活発になることは予測できます。そうなると、米、麦、大豆の種子においても、企業との間で「自家採種禁止」の契約が増えるかもしれません。ただ、僕は、種子法にはあまりとらわれすぎないほうがいいと思います。

麦畑

芽を出したばかりの麦畑

危惧するべきは、種苗法の改正

――それは、どういうことでしょうか。

岡本 僕が本当に危惧しているのは、種に関するもう一つの法律「種苗法」が改正されるかもしれないことです。自家採種の権利に直接かかわるのは、種苗法のほうなのです。

 種苗法は、米、麦、大豆だけでなく、野菜や花など植物全体に対する法律です。種苗法では、登録された品種については開発者に「育成者権」が与えられ、育成者権の持ち主以外は、種や苗を育種したり、販売、譲渡したりすることはできないとされています。その一方で、現状では、農業者が種をとったり、とった種から自分で作物を栽培すること(自家増殖)は認められています(※1)。

※1:例外として、種苗会社が契約で自家採種を禁じることもできる。また、芋やいちごなど、根や茎、つるなどから「栄養繁殖」で増えるものは、自家増殖が制限されている。

種の保管庫

自家採種した種が保管されている「たねのがっこう」の保管庫

――その種苗法が、どのように改正されようとしているのですか?

岡本 品種登録された品種について、すべての自家採種を禁じようという動きがあるのです。

 その前提としてあるのが、「植物の新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約)です。以前、いちごやぶどうなどで、日本が育種し登録した品種が、韓国や中国に渡り、許可なく栽培された事件がありましたが、UPOV条約は、そうした問題を受け、それぞれの国の知的財産である育成者権を守るため、世界共通のルールとして締結されたものです。

 ポイントとなるのは、UPOV条約では、原則として、すべての自家増殖が禁じられていること。そして今、農水省は、種苗法もこれに合わせ、種をとったり、とった種を自分でまくことまで禁止する方向に変えていこうとしているのです。

岡本よりたかさん

――自家増殖が禁止されると、どうなってしまうのでしょうか。

岡本 「種は買うもの」と思い込んでいるとあまりピンとこないかもしれませんが、企業に種が集中するのは、非常に心配なことです。だって、もし企業が種を売らなくなったらどうしますか? 今までの何十倍もの値段をつけてきたら? 

 実際、インドでは、在来種の綿花の種の権利を巨大バイオ企業が独占し、遺伝子組換え種子しか販売しないということが起きました。しかも、種の値段は80倍にまで跳ね上がったのです。同じことが日本でも起こり得ますよ。

「たねのがっこう」から、タネとりを広めたい

――岡本さんは、2018年、岐阜県郡上市に、シードバンク「たねのがっこう」を設立しました。それも、こうした状況への危機感からですか?

岡本 そうですね。いつとは言えませんが、このままでは、いずれ種苗法は改正されてしまうでしょう。いざ、自家採種をしてはならないとなったとき、手元に種がなければどうにもなりません。今始めないと、遅いのです。

たねのがっこうの看板

 「たねのがっこう」では、会員の皆さんが採種した種を送ってもらって保存すると同時に、タネとりの技術を指導したり、種子交換会を行ったりして、「種は残すもの」という意識づけを行っていきたいと思っています。

――手ごたえはいかがですか?

岡本 タネとりする人の数は増えているという実感があります。収穫量だけで見るとあまり広まっていないと判断されてしまうかもしれませんが、家で小さなポット栽培をしている人まで含めたら、タネとりする人は、専業農家の数より多いんじゃないかな。

種の瓶が並ぶ棚

岡本さん自身が採取した種や、全国から届いた種が保管されている

かぼちゃやトマトの種をとってみよう!

――野菜を育てたことがなくても、私たちにできることはありますか?

岡本 そうですね。例えば、買ってきたかぼちゃの種をとってみたらどうでしょう。種の周りのワタをきれいに洗って、よく乾燥させる。これを土にまけば、芽が出て、かぼちゃができるはずです。

 かぼちゃ以外なら、トマト、すいか、メロンあたりかな。種を取り出して、洗って乾燥させるだけでいい。プランター一つからでもできますよ。

 タネとりから自分でやると、断片的に考えていたときには見えなかった物事が有機的につながって、植物の本質が見えてきます。種から食べ物を自分の手で生み出せると分かれば、どこに行っても生きていけるという自信がわいてきます。

さまざまな種類の種

実から取って乾燥中の種

――何だか、わくわくしますね。

岡本 難しく考えず、楽しんやればいいんです。トマトなんて、一体あんな小さな粒から、何個できるんだろうってね。よく言うんです。パチンコよりも勝率はいいですよって(笑)。なんせ、1粒から何万粒もできるんですから。

 「種は誰のものか」――。僕はずっとこの問いを考え続けてきたのですが、誰のものでもない。その植物のものでしかないと思うんです。

岡本よりたかさん

取材協力=たねのがっこう 取材・文=高山ゆみこ 写真=深澤慎平 構成=編集部