飛行機の下、若き有機生産者に出会う
すっきりと晴れ渡った青空が美しい、冬のある日。料理家・金子健一さんと向かったのは、千葉県芝山町の生産者グループ「ちば風土の会」。生協パルシステムとのつきあいは古く、オーガニックを含むトップブランド「コア・フード」の野菜を多く栽培しています。
今回のお目当ては、出荷を間近に控えた冬の人参。日ごろから多くの生産者と交流を持ち、オーガニック野菜の味わいを生かした料理でも人気の金子さんですが、とくに人参には特別な思い入れがあると話します。
「じゃがいも、たまねぎ、人参は、やっぱり料理に欠かせない基本の『き』みたいな存在。とくに人参は生でよし、煮てよし、揚げてもよし。油にも合うし、いつあってもうれしい野菜です。しかもこの季節に雪に埋もれていない冬人参に出合えるなんて! 僕が暮らす長野県東部では見られないい光景ですよ」
はやる気持ちの金子さんを出迎えたのは、二人の若き生産者。寺内恵吾さんと河内浩太さんは、共に父の跡を継ぐ2代目のオーガニック野菜生産者です。
「こんにちは!」
金子さんはあいさつをするとすぐに、人参の様子を拝見。
「まず、取れたてを食べてみますか?」
寺内さんのお言葉に甘えて、人参を1本抜いていただくことにします。
有機栽培の基本は、土作りから
生産者の寺内さんの手で、そっと引き抜かれるオーガニックの人参。金子さんがまず驚いたのは、すらっと伸びた人参の「姿のよさ」でした。
「有機栽培というと、短かったり二股に分かれてしまったりとふぞろいなものが多いイメージですが、どの人参もすごくりっぱでびっくりです」(金子さん)
そして洗った人参を手にした金子さん、目を丸くしてこう話します。
「外からでも分かるくらい、ちみつに詰まっていてはち切れそう! ほら、葉っぱの“葉脈”みたいに、表面に筋が走っていますよ」
「こんなにりっぱな人参、どうやって育てているんですか?」
金子さんの問いに、二人は「父の姿を見てやってきたので、特別という感覚はないんですが……」としばし考え込んだあと、こんな話をしてくれました。
「僕たちの野菜はすべて有機栽培で育てているので、一般的な栽培で使われるような化学合成農薬や、化学肥料に頼ることはありません。その代わりに、大きな助けとなるのが自然の力なんです。例えば夏に種をまき冬に育てるこの冬人参では、種をまく前に太陽が与えてくれる熱を利用して土の表面を殺菌し、最初の成長を助けてやります」(寺内さん)
「この“太陽熱殺菌”を行ったら、そのあとできることといえば、小まめに雑草を取り除いてやることぐらい。むしろそれまでの準備が8割かもしれません。人参が育ちやすい、軟らかい土にしておいてやれば、ここでは素直に大きくなってくれるんです」(河内さん)
寺内さんの話によれば、ここ芝山町は古くからおいしい人参が育つ土地として知られてきたのだとか。加えて、長年続けてきた有機質の肥料を使った土作りによって、人参が“素直に育つ”条件がはぐくまれてきた、というわけです。
「昔ながらの名産地の、オーガニック人参。これは楽しみです!」(金子さん)
食べて実感「中身が詰まっていてうまい!」
二人の話に期待が高まったところで、人参の試食です。金子さん、待ちきれない様子でカブリ!
「うん、やっぱりうまい! ちみつで香りがよく、かめばかむほど甘みも出てきます。これは丸ごと、たっぷりいただきたい!」
そのおいしさに、ますます料理のイメージがわいてきたよう。生産者の二人もほっと笑顔を見せます。
「やっぱり人参がどーんと目立つ一品にしたいですよね。しかもどの世代にも食べやすく、ご飯が進んで、冬のおなかがあったまるレシピ……うん、『鍋』でいきましょう!」(金子さん)
今日の料理が決まったところで、産地事務所の台所をお借りして、いよいよ調理が始まります。
おいしい人参は、究極の時短&エコ!
エプロンをかけ、きりりとした表情になる金子さん。まずはたわしで人参を洗います。
「こうやって土を落としてしまえば、皮をむかなくても大丈夫。オーガニックならなおさら、皮ごといただきたいですよね」
そして、「素材がいいからこそ、手軽に作れる鍋にしましょう」と、金子さんが取り出したのはピーラー。人参をするするとスライスしたら、並べた豚バラ肉でくるりと巻いていきます。
棒状になった「豚バラ巻き人参」を食べやすい大きさに切り分けたら、あとは好みの葉物野菜やきのこを入れて、煮ていくだけ!
「まずは酒とみりんをかけ、ふたをして蒸し煮で風味づけの一手間を。そのあとは、だし汁とみそ、しょうゆ、すり下ろしたしょうがを入れて10分煮たらでき上がり! スライスだから、人参にもすぐ火が通りますよ」(金子さん)
そして鍋を煮る間に金子さん、もう一品の下ごしらえも。
「せっかく人参の葉があるから、あとでふりかけにしましょう。葉の柔らかい部分を細かく刻んで、じっくり空いりしたら、じゃこ、ごまを合わせて塩味をつけてでき上がりです」
今回の料理のポイントは?と尋ねると、金子さんは「この人参の持ち味に、安心して任せることじゃないかな!」と笑顔で一言。
「こんなふうに育てられた人参なら、安心して皮ごと、丸ごと使えるし、味付けだってあれこれしなくても十分。そう、一番の時短でありエコにつながるのは、『素材選び』だと思うんです。料理上手への近道もね!」
未来につなぎたい、この土、この技術
畑にテーブルといすを並べたら、お待ちかね「オーガニックごはん」の時間。
「冷めないうちに、さあどうぞ!」
金子さんの声に、皆さん早速おわんに手を伸ばします。
「うん、こりゃうまいな!」
最初に声を上げたのは寺内さんの父・金一さん。
「優しい味だから人参の味がよく分かるね」(事務局・山下司郎さん)
「子どもも喜びそうですね」(河内さん)
皆さん勢いよくはしを進めます。
食べながら、話しながら、みるみるおわんは空っぽに。そして食事が終わるころ、金子さんが皆さんに向けて話し始めました。
「今日は恵吾さんと浩太さん、お二人のまっすぐな人柄と同じ、素直な味わいのおいしい人参で料理ができて、とても幸せでした。しかもこのおいしさが、金一さんたち先輩世代から続く土作りのたまものでもあることを知って、ますます気合が入りました」
すると金子さんの言葉を受け、金一さんからはこんな話が。
「そう言ってもらえて、本当にうれしいです。この場所はもともと、約50年前の成田空港の建設問題の中で生き残ったともいえる土地。私たちは土を育て、有機栽培を実践することで全国の皆さんとつながり、ここで農業を続けてこられたんです」
実はここ芝山町には今、成田空港の第3滑走路の計画が持ち上がっており、ちば風土の会でもメンバーのうち5名の生産者の畑の一部が滑走路や敷地になる可能性が高いそう。現在どれほどの移動が必要なのか、代替地がどこになるのか、話し合いが続いているといいます。
「これからも私たちが有機農業を続けるためには、皆さんがオーガニック野菜を選んでくれるのがいちばんありがたい。しかもおいしいって言ってもらえたら、こんなにうれしいことはないよ!」(金一さん)
育てること、食べること。双方がつながって続いていく未来。まさにそのことを実感した今回。金子さんは1日を振り返り、こう話します。
「僕はいつも自分の食堂で、料理した野菜の背景についてお客さんに話をするんです。なぜなら、大切に育てられた野菜にはいつもたくさんの物語が詰まっていて、僕だけが知っているんじゃもったいない!と思わされることばかりだから。今回もまさに、たくさんの人たちに伝えたくなるすてきな作り手の皆さんであり、おいしい人参でした」
「まだまだきっと日本中に、まだ知らないオーガニックの畑があり、生産者の皆さんがいらっしゃいますよね。次はどんな出会いがあるか、どんな料理が作れるか、今から楽しみです!」(金子さん)