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イラスト=こたに千絵

よい睡眠で、心も体も上向きに。いつもより30分早く眠ることから始めるセルフケア

  • 暮らしと社会
仕事や家事に忙しいなか、つい眠ることをおろそかにしてしまっていませんか? 人生100年時代、幸福度を上げ、いきいきとすこやかに過ごすために「最重要」ともいわれているのが実は睡眠です。これまで睡眠医療に携わって30年、1万人の眠りの悩みと向き合ってきた睡眠専門医の渥美正彦先生に、睡眠の大切さと自分に合った眠りを得るためのヒントを伺いました。

日本は睡眠不足大国?

――OECD(経済協力開発機構)の2021年の調査によると、日本の平均睡眠時間は7時間22分。対象となった加盟国33か国の中でワースト1位なのだそうですね。日本と諸外国では、睡眠に対する意識が異なるのでしょうか。

渥美正彦(以下、渥美) 「睡眠は人間にとって必要ないのでは?」という考え方が、産業革命以降さまざまな国で、とくに経営者などの間で生まれ始めました。あのエジソンも、「夜が暗いから人は寝るのであって、電球を広めたら寝ずにすむはずだ」と本気で信じていたそうです。

国別の睡眠時間グラフ

日本の平均睡眠時間は、33か国の平均(8時間28分)より1時間も少ない状況だ(2021年のOECDのデータをもとに編集部でグラフを作成)

しかしその後アメリカでは、睡眠学の研究と社会実装注釈が進みます。1993年に「睡眠不足と交通事故、産業事故の関連性」が報告され、「Wake up America(目覚めよアメリカ)」注釈という社会運動にまで発展しました。

睡眠時間を削って働くというのは、立派なことではなくむしろ危険なこと、無責任なことなのではないかという風土が、アメリカでは作られたんです。

日本では高度経済成長期に入ると、80年代に「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのCMが流れ、今なお「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が流行語に……。睡眠時間を削って働くことを美徳とする風潮から、なかなか抜け出せていません。

内面的にも、「自分の仕事が終わっても、帰りづらい」といったような周囲に気兼ねしてしまう面があったり、自分の価値と職業上の価値を切り離すのが苦手、自分を犠牲にして周囲との調和を重んじる、といったことが、日本では起こりがちなのではないでしょうか。

会社員

何かやるべきことがあるとき、まず睡眠時間を削る、という人も多いはず(写真=PIXTA)

睡眠を生活の最優先事項に

――確かに、「寝る時間を削って頑張る」ことをよしとするような空気が、日本には今でもあるような気がします。そもそも私たちは、睡眠というものをどのようにとらえるとよいのでしょうか。

渥美 睡眠は、「人生のパフォーマンスを最大化するために最優先されるべきもの」と考えてほしいのです。私たちはつい、起きて活動している時間を優先し、残った時間を睡眠時間に充てようとしてしまいがちです。

まずは、自分に必要な睡眠時間を最優先で確保しましょう。その残りの時間でやるべきことをやり、ほかの予定を入れることを習慣化してみてください。

しっかりと睡眠をとることで、成長ホルモンが分泌され、ストレスを受けた体を修復し、免疫細胞が活性化します。脳や血圧、代謝や免疫力、肌のハリ、ポジティブな感情……あらゆる面ですこやかな心と体のために欠かせないということが、研究結果からわかっています。

よく眠ることで、日中の活動が充実する。そうするとまたぐっすりと眠ることができる。健康で豊かな人生のために、そんなサイクルを整えていきましょう。

眠る猫

メジャーリーガーの大谷翔平選手が、パフォーマンス維持のために毎日10時間以上睡眠をとっているのは有名な話だ(写真=PIXTA)

質がよければ、短時間睡眠でOK

――時間の確保が難しければ、「睡眠の質を上げ、短時間で効率よく眠ろう」と考える方も少なくありません。実際にそういったことは可能なのでしょうか。

渥美 結論からいうと、睡眠の質で量を担保することはできません。

何をもって「質のよい睡眠」というのか、本質や指標がまだ解明されておらず、睡眠の質と量を交換可能なものとして比べること自体が、科学的には正しくありません。

しかしながら、朝目覚めたときに「よく寝たな」「休まったな」と感じるかどうかの「睡眠休養感」を仮に一つの質の指標とすると、これを最も下げるのが睡眠時間が短いことであるというのが研究でわかっています。

睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠という大きく分けて2つの階層があります。大まかにいうと、レム睡眠は記憶の整理と定着を促すもの。ノンレム睡眠は脳にたまった老廃物を追い出し、成長ホルモンが分泌されるもの。どちらも大事な睡眠です。老廃物の一種である認知症の原因物質も、睡眠によって洗い流されるといわれています。

睡眠時間を削ると、そうした大切な機能が損なわれ、健康へのリスクも大きくなります。

つまり、質で量はカバーできないが、量が不足すると必然的に質(睡眠休養感)は低下する。量は量としてしっかり確保する必要がある、ということなんです。

短時間睡眠でも健康を保てる「ショートスリーパー」と称する方もいますが、これは遺伝によるもので、本当にごくまれなケースです。なろうとしてなれるものではありません。

朝すっきり起きるイメージ

脳のリフレッシュのために、睡眠は欠かせない(写真=PIXTA)

子どもの睡眠不足と、高齢者の「眠れない」問題

――睡眠休養感をしっかり得るためには、適切な量はどれくらいなのでしょうか。

渥美 成人(1864歳)は79時間が健康的な睡眠時間です。「毎日6時間寝ています」という方でも全然足りていないんです。小学生は911時間、中高生は810時間が目安。休みの日に、放っておいたらいつもより起きる時間がだいぶ遅いようだったら、ふだんの睡眠時間が足りていないサインです。

――小学生は「10時間寝ても睡眠不足」という可能性もあるんですね。

渥美 そうなんです。お子さんが朝起きられないというときは、まず睡眠不足を疑ってみてください。しっかり眠れている子は、体の成長はもちろん、自己肯定感が高まりやすいなど、心の安定につながるというデータもあります。

子どもの睡眠不足は間違いなく、大人の生活パターンに影響されるものです。本当に大事なのは、大人が自分の睡眠不足に気づくこと。まずは大人が、しっかり眠ることによってどういう効果を得たかを実感することからだと思います。

寝室のイメージ

毎日の十分な睡眠が、子どもの心と体の成長を支えてくれる(写真=PIXTA)

――高齢者の方は朝早く目が覚めてしまうなど、なかなかしっかり眠ることが難しいという声も聞かれます。

渥美 実は65歳以上の方は、ほかの世代の方とは全く逆で、「8時間以上布団の中にいないようにする」、これ一択です。人は、ある程度の年齢を重ねると睡眠時間が減っていくものです。

これまでの仕事や家事から解放されて、「やっと寝られる!」とついリベンジ寝だめをしようとする方がいらっしゃるんですが、逆に、布団にいる時間に対する睡眠時間の割合が下がるために、自分は不眠症だと感じやすくなってしまうんです。

65歳を超えたら、「たくさん寝なければ」というよりも日中をアクティブに過ごし、長時間ではなくてもぐっすり眠るほうが健康的ですよ。

「体内時計」を整えよう

――適切な睡眠時間を確保することは大前提として、朝起きて「よく寝たな」と睡眠休養感を感じるための、心地よく眠るヒントはありますか。

渥美 睡眠というのは、いかに日中を充実して過ごしたかということの採点結果のようなものです。つまり、昼間の覚醒レベルをうまく上げて、夜にしっかり休み、体内時計を整えるということです。

覚醒レベルを上げるために間違いないのは「光」です。光を浴びることで脳の視床下部という部分が「朝だ」と認識し、眠りをもたらす「メラトニン」というホルモンを抑制します。

そして光を浴びてから1416時間後に、再びメラトニンの分泌が始まり、体は眠るモードに。この一日のリズムを安定させるために、「毎朝同じ時間に起きる」ことも非常に重要です。

寝だめがよくないといわれているのは、体内時計が大きくずれてしまうためです。体内時計のずれは、時差ボケと同じ状態。休日に2時間以上寝だめをするよりも、平日に30分でも早く寝ることをおすすめしています。

朝の光のイメージ

朝起きてまずカーテンを開けることは、理にかなっている(写真=PIXTA)

――日々の食事や飲酒などについては、意識するとよいことはありますか。

渥美 大切なのは内容よりも、3食を規則正しくとることです。とくに朝食は、体が活動開始を認識し、体内時計が機能を発揮するために欠かせません。

夕食から朝食まで11時間空けること、朝は8時、夜は20時までに食べ終わることが理想ですね。

寝酒については、寝つきがよくなるように感じられますが、少量のアルコールであっても、ノンレム睡眠とレム睡眠のバランスを崩す要因となることが明らかになっています。「眠れないからお酒を飲む」というのは、実は逆効果なのです。

――寝つきをよくする、ぐっすり眠るための方法として、寝る前のストレッチ、音楽をかけるなど、いろいろなリラックス法を耳にします。

渥美 取り入れるのであれば、「眠れようが眠れまいがやりたい」と思えるものをチョイスしましょう。そもそも、眠るためにと思って「一生懸命」やるリラックス法は、大抵の場合、リラックスできていません。「やらなきゃ」と無理にやっているものはやめてしまいましょう。

筋弛緩法や深呼吸などのリラクゼーションも、必ずしも眠りによい影響を与えるわけではないことが、東京大学・ミュンヘン工科大学の古川由己先生らの研究注釈でわかっています。

むしろ、眠るためにとあれこれ頑張るのならば、起きている時間のほうを充実させてみてください。趣味や推し活など、「起きたら楽しみがある」と思えることは、起きて活動するモチベーションになります。

何か社会的なつながりを作って、人に会う、交流することもいいですね。それによって疲労もありますし、心の充実感、幸福感を得ることは、よりよい睡眠にもつながっていきます。

人と交流するイメージ

人と会うことで体が「昼だ」と認識し、体内時計を整えることにもつながるという(写真=PIXTA)

――睡眠と切っても切り離せない、寝室や寝具のポイントについてはいかがでしょうか。

渥美 理想をいうと、寝室は、無音で真っ暗闇に。ベッドや寝具以外のものは置かず、本、スマホ、パソコン、時計もないほうがいいです。

そこまでできなくても、寝室は寝るためだけの部屋にしてあげたいです。仕事部屋を兼ねたりすると、仕事をする部屋なのか寝る部屋なのか脳が区別がつかず、休まりにくくなってしまいます。

枕とマットレスは今いろいろありますけれど、あおむけ、横向きなどご自身の寝方に合わせて、頭、首、肩、腰がつらくない、負担を感じないもので、通気性がよく好みの質感のものであれば十分です。

睡眠を大事にすることは、自分を大事にすること

――眠りたくても眠れない「不眠症」に悩む方もいらっしゃると思います。先生ご自身も不眠症をご経験されていると、ご著書に書かれていますね。

渥美 はい、私も学生時代に全く朝起きられなくなったことがあり、本当につらいものですよね。8時間寝ていようが10時間寝ていようが関係なく、自分が「眠れていない」と感じること、そのために日中何か苦しいことがある、ということが現時点での不眠症の定義です。

不眠症を改善する方法として「体を動かして疲労すること」がまず挙げられますが、それ以外にもたくさんあるんです。20266月からは、これまで薬物療法や睡眠衛生指導が中心だった不眠症治療において、認知行動療法(行動や習慣、考え方の癖などに焦点を当てた治療)が一部の患者さんを対象に、保険適用になります注釈

信頼できる医者やカウンセラーなどのパートナーを作り、自分に合った楽に眠れる方法を見つけていただきたいです。

起床のイメージ

写真=PIXTA

――睡眠はだれにとっても必須の習慣ですから、少しでもよりよいものにしていきたいですね。

渥美 睡眠の研究は日々進んでいます。私が医師になった年に、世界的な睡眠学者である柳沢正史教授の研究チームが、睡眠と覚醒の調節に重要な役割を果たす神経伝達物質「オレキシン」を発見し、日中に突然強い眠気に襲われるナルコレプシー注釈の原因を突き止めました。

睡眠は、ほかの医学の分野に比べるとまだ新しいですから、今まさに解明が進んでいる領域だと感じています。

みなさんも、睡眠の正しい知識を少しでも多く得ることで、ちょっとした工夫でよく眠れるようになったり、自分の睡眠の悩みが決しておかしなことではないと気づくはずです。

何よりも自分自身の豊かな人生のために、眠る時間を大切にしようと思ってもらえるとうれしいですね。

脚注

  1. 社会課題を解決するために最新技術や研究成果を活用し、普及させること。

  2. アメリカでは1993年、睡眠医学の父といわれているウィリアム・C・デメントによる調査で、過度の眠気や注意・集中力の欠如によるヒューマンエラーの危険性、睡眠を重視しないことによる経済的損失の大きさが警告された。国家的なキャンペーンが行われ、睡眠専門治療機関が全国的に設置されることにつながった。

  3. 2024年に精神医学の専門誌『JAMA Psychiatry』に発表された東京大学医学部附属病院の古川由己医師らの研究グループの論文よると、不眠の改善に有効な認知行動療法とされる241の研究(対象者計31,452人)を調査した結果、「深い呼吸」「筋弛緩運動」などの方法で体をリラックスさせる「リラクゼーション」については、効果がない、もしくは逆効果の可能性があるという結果が示された。

  4. 2026年6月の診療報酬改定では、認知療法・認知行動療法の対象疾患に「不眠症」が加わった。また、従来の認知療法・認知行動療法は、医師・看護師による実施のみ保険請求が認められていたが、公認心理師による心理支援についても認められるようになった。2種類以上の薬を使って効果が不十分な患者や、うつ病・不安障害を併せ持つ重症の患者が保険の対象となる。

  5. オレキシンの欠乏により発症するとされ、日中や活動中に襲われる「眠気発作」、体の一部が脱力する「情動脱力発作」、現実と夢の区別がつかない「入眠時幻覚」などの症状がある。日本では約600人に1人がナルコレプシーとされ、10代から20代前半での発症が多いとされている。出典:メディカルノート

取材協力=医療法人 上島医院 取材・文=濱田研吾 イラスト=こたに千絵 構成=編集部