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プレーパークで木登りしている男の子

写真=平野愛

転んで、汚れて、笑って、強くなる。ルールのない“遊ぶ場”が育む生きる力

  • 暮らしと社会
東京・世田谷区の羽根木公園の一角に、子どもたちの歓声が響く場所がある。日本で最初の常設型冒険遊び場となった「羽根木プレーパーク」だ。水を掛け合い、泥だらけになり、はだしで駆け回る子どもたち。 ここには禁止事項や制限が書かれた看板はない。この“自由な遊び場”で45年以上、子どもたちを見守り続けてきたのが、 プレーワーカーの天野秀昭さんだ。だれの目も気にせず“遊ぶ”子どもたちの姿が、大人に投げかけるメッセージとは? 羽根木プレーパークを訪ね、遊ぶことが持つ本質的な意味を聞いた。

子どもの“やりたいが動きだす場所

――1940年代にデンマークで生まれたプレーパーク注釈ですが、日本で最初に常設されたのが羽根木プレーパークだそうですね。そもそも「プレーパーク」とは、どんな遊び場なんでしょうか?

天野秀昭(以下、天野) 大人が子どもに関わるとき、大人が旗を持って「さあ、こっちだよ」と先導したくなりますよね。 でもプレーパークでは、旗を持つのは子どもたちです。自分のペースで歩き、好きな方向へ進んでいく。 大人は必要以上に口を出さず、そっと見守るだけ。何か起きたら、そのとき一緒に考えればいい。 それが、プレーパークの基本的なスタンスです。

プレーパークの入り口にある看板の画像

プレーパークの入り口には「自分の責任で自由に遊ぶ」と書かれた看板が立つ(写真=平野愛)

――子ども主体の遊び場ということなんですね。

天野 僕も「プレーパーク」という遊び場で、プレーワーカー注釈としてどう関わればいいのか、最初のころは戸惑っていました。でも着任して1か月くらいたったころでしょうか。 遊び道具としてスコップを出しているのに、誰ひとり穴を掘ろうとする子がいないことに気づいたんです。「地面が平らできれいすぎるせいかな」と思って、試しに自分で穴を掘り始めた。すると、小学1年生くらいの子がトコトコやってきて、「公園で穴を掘っちゃいけないって知ってますか?」って、まっすぐな目で言うんです。

――小学1年生にしては、ずいぶん大人っぽいですね(笑)。

天野 それを聞いて、とても衝撃を受けたんですよ。まだ小さい子どもなのに、目の前の光景を「やってみたいかどうか」ではなく、「いいか、悪いか」で判断している。大人の価値観に合わせたこの言葉を聞いて、これはまずいぞ、と直感したんです。

でも、パークに穴が1つできると、子どもたちがすごい勢いで別の穴を自由に掘り始め、あっという間に地面は穴ぼこだらけになった。そんな光景を見て、大人の価値観が無意識のうちに、子どもの気持ちを縛り上げていたことに気がついたんです。

インタビューに答える天野さんの画像

プレーワーカーとして活動する天野さん。今年で46年になる(写真=平野愛)

「遊び」と「遊ぶ」。似ていて遠い2つの言葉

――環境を整えるだけではなく、大人の価値観から解放する必要性を感じたのですね。

天野 そうですね、「遊び」という言葉は名詞ですが、「遊ぶ」は動詞なんです。動詞って、動いている状態を指すでしょう。だから本人の「やりたい」という動く気持ちがあって初めて「遊ぶ」になる。大人が子どもに「遊び」をさせることはできても、心が動いていなければ、それはその子にとって本当に「遊んでいる」状態にはならないんです。

穴ぼこだらけになったプレーパークの画像

開園当時はなだらかだったパークの斜面は子どもたちが掘り返して起伏のある斜面に(写真=平野愛)

――大人が用意した「遊び(名詞)」と、子どもの「遊ぶ(動詞)」の間には、決定的な違いがありそうです。

天野 大人は名前のついた遊びを教えたり、遊具や道具を正しく使わせたがるけど、ただ地面を掘っているだけだったり、意味なくひたすら木をのこぎりで切っている行為だって、本人が面白がってやっていれば、それはりっぱに「遊んでいる」ことになります。

子どもの遊びは、いつも“今この瞬間”の心の動きから生まれます。 大人は未来から逆算して、今の行動を決めますが、子どもは「今」の連続で生きています。 小さい子が遊びに夢中になって、家に帰る体力がなくなるまで遊ぶのもそのせいなんですよね。

大人がしつけや教育に力を入れすぎて、大人の時間感覚を押しつけてしまうと、子どもは「今」を十分に生きることができなくなってしまいます。

プレーパークでホースから水を出して水遊びしている小さな子ども

写真=平野愛

「できる」ではなく、「やりたい」に価値を見いだす

――パークの中でひときわ目を引くのが急斜面のすべり台です。階段がなく、自力でよじ登れる子だけが上まで行ける仕組みなんですね。

天野 それには理由があって、自分の力で上まで登れない子は、上に立ったときの高さに身体が対応できないんですよ。 だから、はしごはつけていない。登れる子だけが登れるようにしているんです。

すべり台の全景を写した画像

「斜面の角度は36~38度。子どもたちに試してもらいながら、簡単には登れない角度に設定しました。 大人が決めた“正解”じゃなくて、子どもたちの身体が教えてくれた角度です」(写真=平野愛)

――確かに、見ていると何度も挑戦している子が多いですね。

天野 そうそう。あれがいいんですよ。何度もすべり落ちて、また挑戦して、また落ちて。 そのプロセスそのものが楽しいし、子どもにとっては大事な「遊ぶ時間」なんです。大人は「できる」ことに価値があると思っていますが、子どもにとって「できる」「できない」は、実は大した問題ではありません。

だから「よくできたね!」と結果を評価する言葉ではなくて、「よかったね」「すごいじゃん」と、気持ちに寄り添う言葉をかける。それだけで子どもには十分なんです。

すべり台を駆け上がる男の子たちの画像

写真=平野愛

においや手触りが、共感する心を育てる

――最近の児童公園は、大人が管理しやすいように遊具の数を少なくしたり、使い方のルールを決めたりするのが主流になっています。

天野 ここの大きなすべり台は、0歳から大人まで、どの世代も一緒に遊んでいます。たとえ1歳の子がヨチヨチ歩きで斜面を登ろうとしても、周りの子どもが「小さい子がいるから気をつけて!」とちゃんと見守っている。

大人は危ないことから遠ざけようとするけど、子どもにとって「あぶない、きたない、うるさい」は成長する上で欠かせないもの。

パーク内の建物の屋根に登る子どもの画像

「危ないことをするのは“できることを増やしたい”と思う子どもの成長のあかしです」(写真=平野愛)

僕は「非健全」という言葉が好きでね。健全さだけで遊ぶことを考えると、大人のルールやシステムを子どもに押しつけることになってしまう。健全であろうと、なかろうと、子どもは自分の気持ちが動いたことをやればいい。

大人が先回りして危険を全部取り除いてしまうと、自分で考える機会を失ってしまいますから。

――長い間子どもたちの遊びを見ていて、昔と違うなと感じることはありますか?

天野 遊び方や遊びの道具は、時代とともに大きく変化しています。でも、子どもの本質は変わりません。穴掘り、泥んこ遊び、たき火、水浴び……ここで遊ぶ子どもたちは、いつの時代も走り回っているし、泥まみれですよ。

泥だらけの子どもの足元の画像

この日も泥遊びをして駆け回る子どもたちであふれていた(写真=平野愛)

スマホやゲームが、悪いとは言いません。ただ、画面上で殴り合うだけでは、お互いの痛みが分からない。五感の中で、実感が最も働くのは「嗅覚」と「触覚」だといわれています。でもスマホやゲームは、「視覚」と「聴覚」しか使わないので、実感が伴いません。

たき火に当たったことがある子は、火の熱さを肌で知っている。 けんかをした経験がある子は、そのときの痛みを身体で覚えている。 そういう“実感のある経験こそが、共感する力や、相手の気持ちを想像する力につながっていくんです。

たき火でマシュマロを焼いている場面の画像

火を身近に感じる経験があればこそ、その熱さや危険性も実感することができる(写真=平野愛)

煩わしさを超えた先にあるもの

――子どもどうし思いっ切り感情を出して遊べるプレーパークのような空間だと、けんかも多いでしょうね。

天野 小さないさかいは、もうしょっちゅう(笑)。遊びの本質は、より楽しく生きること。楽しく遊ぶために、子どもは嫌なことを乗り越えます。ベーゴマをやるにしても、気に入らない相手でも、2人より3人、3人より4人のほうが面白い。

だから、子どもは自分なりの妥協点を探り、時にはけんかをしながらコミュニケーションの知恵をつけていくんです。煩わしさを超えたその先に「楽しい」があるから乗り越えられる。それを体験しているのと、していないのとでは大きな差が出てきます。

すべり台の上で話をする男の子たちの画像

写真=平野愛

――子どもは、そうした関わりや経験をする中でどんなふうに成長していくのでしょうか?

天野 思うぞんぶん遊んだ子どもは、社会の規範や理性はそれとして身につけつつ、子ども性を持ったまま、いろんなことを面白がれる人間になれる。子どものころから、社会にはいろんな人がいることも知っているので、多様性も自然と受け入れられます。

子ども性は遊び心とも言い換えられますが、問題は遊び心を持たずに成長した場合にその満たされなかった影響が、大人になって出てくることです。人間は「遊ぶ」が滞ると、何が楽しくて、何が楽しくないのか、自分だけの世界が持てず、何をモノサシにしていいかが分からなくなる。そうなると自分が何に興味があるのか気づけないし、生きる意欲まで落ちてしまいます。

プレーパークで水を掛けて遊ぶ子どもたちの画像

心を動かして遊んだ「記憶」は自分を作る核になり、生きる力へとつながっていく(写真=平野愛)

遊ぶ大人が、子どもと地域を変えていく

――思うぞんぶん遊べずに成長した大人が子ども性を取り戻すためにはどうすればいいのでしょうか?

天野 “大人も遊ぶ”しかない(笑)。遊ぶからこそ、「私」という輪郭がはっきりして、自分がどういう人間か、分かってきます。

プレーパークで子どもと遊んでいると、保護者や大人の側も変わっていきます。親どうし仲良くなって、ガールズグループを結成し、イベントがあると歌ったり、踊ったりして、子どもそっちのけで楽しんでいる(笑)。そういう姿を見たら、子どもたちは「もっと遊んでいいんだ」と自然と思えます。

ベーゴマが置かれた台の画像

こま回しやベーゴマ遊びができるコーナーでは、地域のベテランのボランティアが子どもに教えることも(写真=平野愛)

――プレーパークや子どもの居場所作りに関わっている大人は、確かに皆さん楽しそうです。

天野 プレーパークは全国に広がり、現在は400か所以上にまで増えています。それは、大人が自分たちで動き、仲間を集めて作ったからです。大人自身が遊ぶことで、地域をもっと面白くすることができる。そういう自分の親や地域の大人の姿を、子どもは敏感に察知し、「こんな大人になりたい」と影響を受けるはずです。

「遊ぶ」ことの楽しさや喜びは、いくつにもなっても変わりません。子どもも大人も、遊びの当事者になることで、社会は今よりずっと豊かになると確信しています。

脚注

  1. 1943年、デンマークの造園家・ソーレンセン教授の提案により、コペンハーゲン市郊外に生まれた「エンドラップ廃材遊び場」が、プレーパークのルーツ。第二次世界大戦後、イギリスに広まったことを契機に、1950年代から70年代にかけて、スウェーデン、スイス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、オーストラリアへと広がった。日本では1970年代半ばから存在が知られるようになって草の根的に活動が始まり、1990年代から飛躍的に全国に広がった。地域住民が積極的に運営に関わる点が、世界的に見た日本のプレーパークの特徴となっている。

    出典:特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会ウェブサイト「冒険遊び場づくりの歴史」

  2. プレーパークに常駐するスタッフで、専門的な知見や研修、実践を基に活動。「子どもが自由に遊べる場をつくる」ことを目的に、子どもたちの「やってみたい」が生まれる遊び場をデザインしたり、保護者や地域の人を巻き込んで場を豊かにしていく。ケガの応急手当てなど、遊び場で起こるさまざまなトラブルにも対応。子どもの理解者・相談相手となり、時には子どもの遊びを制限しようとする大人に対して、子どもの気持ちや遊びの価値を代弁する役割も担う。

取材協力=認定NPO法人プレーパークせたがや 取材・文=濱田研吾 写真=平野愛 構成=編集部