自分の力に気づくための「チャレンジ」
――『みんなのちきゅうカタログ』には、牛乳パックを使って植物を育てたり、朝露から水を集めたり、家の周りの生き物マップを作るなど、さまざまな「チャレンジミッション」が載っています。どれもやってみたくなりました。
ソーヤー海さん(以下、ソーヤー) ぜひ実際にやってみて! 僕たちには、思っている以上にすごい力があって、本当は何でも自分たちの手で作ることができるんだよ。でも、若い人たちと話すと、「自分は何もできない」って自信がない人が多い。それは、ただ自分の力に気づいていないだけ。
この本が、そんな意識を変える入り口になったらうれしい。紹介しているチャレンジは、都会に住んでいても楽しくできることばかりなのもポイントなんだ。
――この本は、海外の街づくり事例やマインドフルネスなど、扱っているテーマも幅広いですね。しかも、子どもから大人まで楽しめます。
ソーヤー もともとは「子どもたちが未来に希望を持てる本を作りたい」というコンセプトで、子どもに伝えることを考えていたんだけど、本を作っている間に僕の娘が生まれたの。
それで気づいたのは、子どもたちは想像力も遊び方も豊かで、何も教える必要はないってこと。だから、だんだん大人向けになっていったんだよね(笑)。子どもだけじゃなくて、家族みんなに働きかけるような本だと思う。
僕たちも地球の一部だって思い出そう!
――この本で伝えたいこととして、「自分らしく生きる」「必要なものはまわりにある」「すべてはそうぞうしだい」「すべてはつながっている」「たのしんで生きる!」の5つが掲げられています。チャレンジを通して、それが実感できる仕掛けなんですね。
ソーヤー 都会にいると、僕たちも地球の一部だってことを見失ってしまう。常に「消費しようよ」っていう見えない働きかけがあって、お金を稼いで消費することが存在価値みたいになっているよね。
命と切り離された「数字の世界」で必死に暮らしていて、みんなが「お金がないと生きていけない」と思っている。それって、今のグローバル経済が生み出したひずみだと僕は思う。
でも、例えば、「できること」と「してほしいこと」を書いて友達や近所の人たちと見せ合いっこするだけで、それぞれが持っているもの(資源)を循環させることができるんだ。絵がかける、お菓子作りが得意でクッキーを焼ける…。それを求めている人と交換することもりっぱな地域経済。できることを交換するんだから楽しみながら経済活動ができるんだよ。
――お金や市場を介さない経済もあるんですね。
ソーヤー そう。自分ができることを伝える行動を起こすだけで全然違う世界が見えてくる。でも、それって僕らが日常的にやっている「おすそ分け」だよね。お金のほうに意識が行ってしまうけど、本当は、そっちのほうが僕らの暮らしの土台になっている。
お金ではない豊かな世界があることに気づいてほしい。「世の中には無限の選択肢があるし、実は楽しい世界なんだってことを思い出そうよ!」っていうメッセージを、この本には込めているんだ。
「お金がないと食べていけない」は本当?
――わたしも本で紹介されていたようにマンションのベランダでトマトを育ててみたのですが、プランターでもたくさんのトマトが実ることに感動しました。
ソーヤー その感動って、だれのものでもないリアルなものでしょう? 自分で食べ物を育てると、言葉では言い表せない自然のすごさを感じることができる。
一粒の種から何千粒もの種が増える。それが自然の「増える経済」で、グローバル経済にはないリターンがある。だから、「お金がないと食べていけないって本当なの?」って僕は思う。
都会でも、できることがたくさんある
――自然や地域の人とつながりたい気持ちはあっても、都会に住んでいると難しいと思っていました。
ソーヤー 「地方に移住して自給自足をしなくちゃ!」と思っている人が多いんだけど、そんなにハードルを上げなくても、できることはたくさんある。
何よりも自分の意識を変えることが大切。例えば、息をするときに「今、森と海に支えられて生きているんだ」と想像してみて。酸素は、プランクトンと森が生産している自然の恵み。そうやって考えると壮大でしょ?
僕たちも生態系の一員。生態系が豊かなら、人間を含めた全部が豊かになる。生態系が崩れれば、何もうまくいかなくなる。今の暮らしは自然や命から切り離されているけど、僕は「命の文化」を再生したい。
――「命の文化」ですか?
ソーヤー 僕の娘はもうすぐ2歳だけど、命の世界を生きている。食べ物があれば分けるし、だれに対しても笑顔で「ハロー」って声をかける。それが当たり前で、まだ所有とかお金の概念もない。大人が子どもたちに余計なことを教えていくんだよね。
僕らはもっと子どもから学んだほうがいい。「疲れたら寝る」とかね。大人になると疲れたら寝るってことができなくなっちゃう。それって不思議じゃない? 僕もパソコンに向かっていると、ついトイレを我慢しちゃうときがあるけど、トイレに行ったほうが絶対に健康にいい!(笑)子どもにとっては当たり前なのに、大人になって忘れてしまったことがたくさんあると思うよ。
平和で、みんなが幸せになれる文化
――この本の内容は、ソーヤーさんがコスタリカのジャングルやアメリカ西海岸で実践されてきたパーマカルチャーの思想がベースになっているのでしょうか。
ソーヤー 1970年代に生まれたパーマカルチャーは「パーマネント(永続的な)」と「アグリカルチャー(農業)」、そして「カルチャー(文化)」からきたもの。厳密に説明するとすごく難しくなっちゃうんだけど、どうしたら必要な食糧を生産しながら、子どもたちに永続的で美しい世界を残せるだろうかっていう問いから考えられた、生態系デザインのこと。
でも、僕らの暮らしは農業だけがすべてじゃないよね。地球規模で共同生活を送っているんだと考えたときに、より平和でみんなが幸せになる文化をどうつくっていくのか、それを考えるのもパーマカルチャーの意義。僕は都会にこそパーマカルチャーを広めることが必要だと思う。
この本は「地球の上でたのしく生きるためのくらしの工夫」として、本来のパーマカルチャーだけでなく、僕なりのアイデアもいろいろ詰め込んだものになっている。
――「都会にこそパーマカルチャーを広めたい」と考えるのは、どうしてでしょうか?
ソーヤー コスタリカやアメリカの田舎での暮らしはとても幸せだったけど、福島で原発事故が起きたときに「都会が変わらないといけない」とすごく感じた。このままだとまたどこかで同じことが起こってしまうって。それで日本に戻ってきた。
都会は資源やパワーが集中する場所だからこそ、人々が本当に豊かになるような発想や実践が必要だと思う。都会が変われば、その影響も大きいよね。
「消費者」から「文化の創造者」に
――千葉県いすみ市で、古民家を利用して始めた「パーマカルチャーと平和道場」は、都会の若い人たちも集まって自分たちの手で暮らしをつくる実験場になっているそうですね。
ソーヤー この道場で目指しているのは、一人ひとりが「消費者」から「文化の創造者」になること。廃材を利用して小屋を建てたり、野菜を育てたり、自分たちの手で暮らしをつくる技術を実践しながら学ぶ場になってる。都会から来た人たちは、ただ竹を切るだけでも、本当に生き生きと楽しそうな表情になるんだよ。
ここには「コミュニティー」を求めて来る若い人も多い。今はSNSで世界じゅうのたくさんの人と簡単につながることができるけど、いざというときに助けてくれる人は身近にどれだけいるだろう。道場に参加する人々が求めているのは、つながりの量じゃなくて質。
グローバル経済によって、世の中のみんなが「消費者」になることで、人や地域との間に距離感ができてしまった。だから、顔の見える地域の中で資源を循環する「ローカリゼーション」が、今注目されているんだと思う。
ガソリンスタンドでパーマカルチャー!?
――都会でどんなふうにパーマカルチャーを実践できるのでしょうか。
ソーヤー 僕はアメリカの西海岸に住んでいたときにパーマカルチャーと出会ったんだけど、都会の街中で、女性たちが協同組合を立ち上げて始めたパーマカルチャーのガソリンスタンドがあったんだよ。
そこでは廃油を回収してバイオディーゼルにして販売していた。蜂の巣箱とか種とか、手作りの自然せっけんとかも売っていて、屋根にはソーラーパネルがあって、植物も生えていて!
「都会のガソリンスタンドでパーマカルチャー?」って思うかもしれないけど、それも一つの表現なんだよね。田舎で自給自足するだけじゃなくて、パーマカルチャーの考え方を生かしてガソリンスタンドを始めることもできちゃう。アメリカの西海岸にはそういう発想力やノリがあったし、そこにすごく希望も感じることができた。
――本では、海外の地域づくりの例も紹介されていました。
ソーヤー 「シティーリペア」という、アメリカ・オレゴン州ポートランドで始まった運動なんだけど、街にみんなが集まる場所を作りたいと、住民たちが道端に秘密基地をつくったり、面白い形のベンチを作ったりし始めたんだ。都会には、村の集会所のように人々が集まれる場所がないでしょう?
最初は行政からダメだと言われていたんだけど、それでも住民たちはあきらめずに自分たちの理想の街づくりを続けていった。そして最後には行政を説得して、ちゃんと認められるようになった。行政が参加したことで、この運動はどんどん広がっていったんだ。
――行政任せにせず、住民自身の手で理想の街をつくっていったんですね。
ソーヤー ほかにも、イギリスから世界中に広がった「ゲリラ・ガーデニング」もある。これは一言でいうと、公共の場所にかってに植物を植えたり、種をまいたりしちゃうこと。
この話をすると「でも、やっぱりルールは守らないと……」って言われちゃうんだけど、僕はこの発想が大好き(笑)。なぜかというと、みんなが無意識にルールを守っているだけだと何も変わらないから。
東京に住んでいたとき、近所に空き家があったんだけど、その前にだんだんゴミが捨てられるようになっていた。大家さんがいないから警察も何もできないし、近所の人も「嫌だな」って思いながら見ているしかない。それで、僕は近所の人に声をかけてから、かってに空き家の周りを掃除して苗を植えたんだ。そうしたらゴミが捨てられなくなったし、植物も育ったし、近所の人にも「ありがとう!」と言われて仲良くなれたよ。
「お金は食べられないじゃん」
――そういう視点で見てみると、東京にも意外と土があるんだなと気づきます。
ソーヤー 東京でも大阪でも、実は植物がいっぱいある。プランターをたくさん並べた家もあるし、ビルの裏にある狭い敷地で種からパパイヤを育てている人に会ったこともある。
都会といっても、もともとは森だったり、沼地だったりした場所。僕らがアスファルトで塗り固めるのをやめたら、また自然は再生していく。ひび割れた地面から草がどんどん生えるのを目撃したことがあると思う。都会にもちゃんと命の世界があるんだ。
でも、僕が河原とかにある木の実をとって食べていたら、東京の友達から「それ、危なくないの?」って聞かれちゃう。きれいに洗ってお店で売っているものだけが食べ物で、自然になっているものはばい菌がついているかもって思うみたい。命や自然と切り離されているんだよね。
都会は「消費」がベースのデザインだから、「お金があれば何でもできるけど、お金がないと何もできない」という感覚に陥ってしまいやすい。それって僕からしたら不思議なこと。だって、お金は食べられないじゃん(笑)。
まずは種をまいてみようよ
――確かに、衣食住すべてが「買うもの」で、「自分で作る」という発想はほとんどありません。自分が生態系の一員だっていうことも、ふだんは意識していない……。
ソーヤー そういう意識が変わると、世界はどんどん変わっていく。そのときに基本となるのが「自然や隣の人を大切にすること」、「支え合って、分け合うこと」。
――この本も、「たべる」「つくる」「与えあう」「立ち止まる」などがキーワードになっていますね。
ソーヤー 「お金がない」「時間がない」という不安ばかりで幸せになれない経済や政治を続ける意味なんてないよね。でも、実はその暮らしを選んできたのは僕ら自身でもある。そこに気づくのも大事。
だったら、もっと自分たちが望む未来を描いて、自分たちの手で実現していけばいい。僕らは家を建てようと思ったら建てられるし、食べ物だって育てられる。今の世の中にない何かを創造することだってできるんだから。
日本の人はすごく勉強上手で情報はたくさん集めるけど、行動に移すことはあまり得意じゃないよね。だから、この本を一歩踏み出すきっかけにしてほしい。別に失敗したっていいんだから、まずは種をまいてみようよ!