「聖域」が守れないのは、最初からわかっていた!?
豚肉の輸入が最初に自由化されたのは1971年。自由化にあたっては、一定の関税で国内生産者を保護する策が講じられましたが、実態としては安い輸入豚肉が大量に流入し、国産豚肉は、常に厳しい価格競争にさらされてきました。
自由化以前100%に近かった自給率は急激に下降し、いまでは重量ベースで50%台。一定の関税の下でさえ50%なのですから、万が一、TPP交渉で関税がゼロになったら、国内の養豚はどうなってしまうのでしょう。
農水省の試算によると、TPPによって銘柄豚を除くほとんどの豚肉(全体の70%)は輸入品に取って代わられ、国内の豚肉生産は4,600億円減少するとも…。これについて悲観的すぎるとの見方もありますが、国内価格の半分以下という豚肉が入り込んでくることの影響は決して小さくありません。
数多くのFTA交渉にも携わり、農業政策の提言を続けてきた東京大学教授の鈴木宣弘さんは、「日本の食料生産は間違いなく崩壊します。農業が衰退すれば、関連産業も成り立たなくなるでしょう。現在、『重要5項目』に含まれる586品目の関税をどこまで絞り込むかという議論が進んでいる。”聖域”を守ることができないなんて、最初からわかっていたこと」と批判します。
「関税ゼロ」の輸入穀物に、国内の畜産は支配されてきた
ところで、豚肉の自給率は重量ベースでは52%(※1)ですが、家畜の食べる飼料の自給率まで考慮に入れたカロリーベースにすると、わずか6%程度にすぎないことをご存知ですか? これは、エサの9割(※2)にとうもろこしなど輸入穀物が使われているためです。
もともと日本の畜産は、コメや野菜を作りながら循環型農業の一環として営まれてきましたが、輸入豚肉との価格競争が熾烈(しれつ)になるにつれ、生産性向上やコストダウンが火急の課題に。飼育頭数を増やして生産性を上げようとした農家は、自分で飼料作物を作ることを止め、安価で入手できる輸入の飼料用とうもろこしを積極的に導入するようになったのです。
ところが、日本の畜産を輸入穀物依存に向かわせたもうひとつの背景として指摘されているのが、米国の穀物戦略……。 「じつは飼料用とうもろこしは関税がゼロなのです。米国にとって、食料は”武器”。人が直接食べる小麦に加え家畜用のとうもろこしもどんどん送り込み、日本の畜産、いや日本の食を、米国の穀物なしでは立ち行かなくなるような構造に変えてしまったのです」(鈴木さん)
日本の畜産は、米国の思惑通り、輸入穀物への依存度を高めると同時に、小規模な家族養豚から工場のような効率的で大規模な農場へと転換。ところが、近年、バイオ燃料やアジアにおける需要の増大、生産国の干ばつなどさまざまな要因から穀物価格が高騰し、コストを抑えるために導入した輸入穀物が逆に足かせとなり、畜産農家の経営を圧迫するという皮肉な事態を招いています。
※1:平成23年度 農林水産省「食料自給率の推移」より
※2:農水省生産局畜産部 畜産振興課「自給飼料をめぐる情勢」平成17年5月より
取り戻すべきは「自給力」。自立できる食料戦略を!
「経営環境は今までで一番厳しい。もはや苦しいという感じです」と、悲痛な面持ちで話すのは、30年以上養豚に携わってきたという山形の養豚生産者。
穀物価格の高騰、価格競争の激化……これからの日本の畜産に生き残る道はあるのでしょうか。
かねてから日本の自給力の低下や輸入穀物への過度な依存を問題視してきたパルシステムでは、地域資源の循環や薬剤に頼らない飼育、飼料の自給化などを掲げる「日本型畜産」の運動を展開。たとえば、豚肉の産直産地・ポークランドグループ(秋田県)では、2008年から、仕上げ期の飼料に国産の飼料米を10%配合し『日本のこめ豚』として供給しています。「豚の健康や肉質の変化などに配慮しながら飼料米の配合率をさらに増やしていけば、輸入とうもろこしの割合を上回ることも不可能ではない」と、さらなる自給率向上に意欲を燃やすのは代表の豊下勝彦さん。
鈴木さんも、「価格だけでは勝負にならないが、安全性とか家畜の健康や環境への配慮とか、食料としての価値で輸入品との差を実感させることができれば日本の畜産にも充分可能性はある」と期待を寄せます。
「コメにしろ豚肉にしろ、自分たちの食べ物を自分たちでまかなう力を手放してはならない。食の安全性と同時に、必要な量を確保することは、国の安全保障上、最優先されるべき課題です。日本にはコメという貴重な資源がある。飼料米をはじめコメをフル活用していく手立てを、生産者だけに任せるのではなく、国も消費者もいっしょになって考え支えていくべきです」(鈴木さん)