ガチャから始まる”まほう”体験
――石田慶子さんが共同代表を務める「まほうのだがしや チロル堂」(以下、チロル堂)は、名前からしてユニークで、ほかの駄菓子屋とは雰囲気も違います。まずはお店の仕組みから教えてください。
石田慶子(以下、石田) ここに来る子どもたちは、まず100円でガチャガチャ(カプセル自販機)を回します。18歳以下の子ども限定で、回せるのは1日1回だけ。カプセルには「チロル札(ふだ)」という小さな木札が1枚、運がよければ2枚か3枚入っています。
そのチロル札1枚で100円分の駄菓子を買うことも、300円のポテトフライや600円のカレーを食べることもできる。まさに“まほうの通貨”になっています。

「本当に支援が必要な子が自然と通えるよう、“支援の場”ではなく、“みんなが行きたくなる楽しい場所”として入り口を広く設計しています」と石田さん(写真=平野愛)
――100円で手に入れたチロル札1枚で、600円のカレーを食べることもできるんですね。
石田 チロル札には“まほう”がかかっているので(笑)。その“まほう”を可能にしているのが、私たちが「チロる」と呼んでいる、大人からの寄付(ドネーション)です。
現金や農家さんからの野菜などの寄付もありますし、お店で販売しているお弁当を買ったり、食事をしたりして寄付することもできます。「寄付」と聞くとハードルを感じてちょっと身構えてしまいがちですが、「チロる」と言い換えることで、気軽に関わってもらえるんじゃないかなと思っています。そして、チロってくれた大人のことは“まほうつかい”と呼んでいるんです。

入り口近くにあるガチャガチャを回すと、カプセルの中からチロル札が出てくる(写真=平野愛)
――100円でカレーも選べるとなると、どうしても人気メニューに偏りそうですが、運営面で大変になることはありませんか?
石田 それがそういう子どもは、ほとんどいないんです。大人の発想だと、「100円で定価が600円のカレーを食べたら、500円も得する!」と考えますよね。でも子どもは、そうした損得勘定で買い物や飲食をしません。
得をするかどうかではなく、自分が今欲しいもの、そのとき食べたいものを選ぶ子が多い。中には友達に分けてあげる子もいて、その場を楽しく過ごすために使っています。
チロル札という小さな木札が、大人が作り上げた貨幣経済の常識、等価交換のシステムを壊していると考えると、とっても興味深いと思いませんか?

写真=平野愛
――子どもたちに大人の常識は通用しないのですね。子どもたちは、“チロルのまほう”に気づいているんでしょうか?
石田 子どもたちは今はまだ、“チロルのまほう”の正体に気づいていないと思います。でも大きくなったとき、ふと「あの場所は何だったんだろう」と思い返す瞬間がきっと訪れます。そのとき初めて、大人たちの支えによって過ごせた時間だったんだと理解ができるはずです。
人は、自分が受け取った思いや優しさをそのままにしておけない生き物です。だれかに助けてもらった経験を思い出したとき、自然と「今度は自分が返したい」と思うようになる。そういう子どもたちが増えていけば、地域や周りの人たちに優しさが循環して、「恩返し」が続いていく社会になっていく気がしています。

写真=平野愛
「ここにいていい」と思える場所
――チロル堂での体験が未来への種まきにつながっているのですね。店内は子どもたちでいっぱいですが、いつもこんなににぎやかなんですか?
石田 平均すると、1か月に延べ2000人の子どもたちが来てくれます。ここに来ればだれかがいて、お菓子も食べられる。子どもたちはゲームをしたり、本を読んだり、思い思いに時間を過ごしています。

駄菓子売り場の奥にあるスペースは、子どもたちであふれている(写真=平野愛)
中には、独りで来て、だれとも話さずに帰る子もいます。一見すると寂しそうだけれど、それはその子にとってチロル堂が居心地のいい、安心できる居場所になっているということだったりするんです。続けて通ってくれているようすを見ていると、「ここにいていいんだ」と本人が感じていることが大事なんだなと実感します。
ほかにも、市内にある児童養護施設で暮らす子も、よく遊びに来てくれました。お小遣いで買った新刊の漫画をここで読んで、そのまま置いていく。中学校を卒業してもそのままなので、寄付してくれたんでしょうね。そういう心遣いに私も後から気がつきました。チロル堂という居場所はそうやって、みんなで作っていっているんです。

店内奥の本棚には、寄付で集まった絵本や漫画が並ぶ(写真=平野愛)
――石田さんは、生駒市内で放課後等デイサービスや就労継続支援B型事業所を運営する、非営利型一般社団法人無限注釈も運営されています。チロル堂誕生のいきさつを聞かせてください。
石田 「無限」では、障がいがあってもなくても、分け隔てなく暮らせる社会を目指して、活動してきました。でも、垣根をなくした“ごちゃ混ぜなコミュニティ”を作ることはなかなか難しい。障がい者を雇用したカフェを開いても、どうしてもお客さんとスタッフとの間に壁を感じてしまう。
そんなときに訪れたのが、溝口雅代さんが運営する生駒市内の子ども食堂「たわわ食堂」でした。福祉の現場では、どうしても支援する側とされる側がはっきり分かれてしまいがちです。でも「たわわ食堂」では、訪れる人たちの世代も肩書きもごちゃ混ぜで、だれがごはんを作る側なのか、食べる側なのかも分からない。だれかが注文を間違っても、自然と周りがカバーして、お店を回していく。
――「私がやりたかったのは、こういうことだ!」と。
石田 そうなんです。でも、入り口を“困っている子どもの支援”にして居場所作りをすると、どうしても境界線ができてしまう。支援が届きにくい人を巻き込むためにも、新しい場の発想が欲しかった。そこで、アートスクールを主宰する吉田田タカシ(よしだだ・たかし)さんと、デザイナーの坂本大祐さんに声をかけ、フィールドの違うメンバーを集めてチロル堂をデザインしていったんです。

チロル札のアイデアや建物のデザインは吉田田さん、のれんやロゴは坂本さんが作成し、だれもが自然に楽しく参加できる「チロル堂」が生まれた(写真=平野愛)
「わくわく」が循環するコミュニティを
――2021年8月にオープンしたチロル堂は、さまざまなメディアに取り上げられ、大きな注目を集めました。2022年度のグッドデザイン大賞注釈にも選ばれています。
石田 子どもの居場所として、チロル堂の方向性は間違っていなかったと思います。でも、なぜ毎日のように子どもたちが集まってくるのか。それは、子どもたちが“自由に、自分らしくいられる場所”をほとんど持てていないからです。
子どもたちの中には、親や学校の先生からの大きな期待や愛情を背負って、疲れきっている子もいます。だからこそチロル堂で、多様な大人の価値観に出会ってほしい。情けなくても弱さをさらけ出してもいい。それが“人の生きる社会”ですから。
ただ、チロル堂のような場を作れば、正解なわけでもありません。全国にこれだけ子ども食堂が増えても、子どもの孤独は解決していません。「しんどかったらチロル堂に行きなさい」と丸投げするのではなく、「自分には何ができるだろう」と考える大人が増えていけば、子どもにも大人にも居心地のいい場所が広がっていくんじゃないかなと思っています。

写真=平野愛
――主語が「チロル堂」ではダメだと。子どもをめぐる問題や地域課題を、どう自分ごとにするかという問いでもあるのですね。
石田 チロル堂が子どもたちの願いをかなえるのではなく、地域で暮らす一人ひとりの大人がかなえる。それが豊かな社会、地域につながるはずです。チロル堂だけが特別な存在になると、子どもたちもチロル堂だけに恩返しするようになってしまいます。
世の中には、「子どもたちや地域のために、何かしたい」という人も少なくない。だからこそ楽しく関わって、大人も子どもも、わくわくしてほしい。

訪れた人が自由に関われる“余白”を残したいと空白にしていた壁には、子どもたちが自由に貼った絵や作品が並ぶ(写真=平野愛)
――大人へのアプローチもわくわく感が大事なのですね。駄菓子屋から一転、夜は「酒場」に姿を変えて大人たちが楽しむ場になると聞きました。
石田 夜にお酒を飲みながらでも、子どもでにぎわっている昼間の雰囲気は大人に伝わります。「このガチャガチャは何だろう?」と興味を持つだけでもいい。子どもや子育ての有無に関係なく、「この町には、いろんな子どもがいるんだ」と気づくことができます。
それは、子どもたちも同じです。棚に並んだウイスキーの瓶を見て、「夜にはお父さんやお母さんみたいな大人が来るんだ」と好奇心を抱ける。無理に世代を混ぜなくても、同じ場を共有することで、大人は子どもの、子どもは大人の気配を感じることができます。

夜になると地元の大人がおいしいお酒と料理を楽しむ空間に。メニューを1つ注文するごとにチロル札1枚分の寄付となる(写真=平野愛)
――「チロる酒場」は2026年4月から、運営のスタイルが変わるそうですね。
石田 夜の酒場の営業ではなく、貸し切りとイベント中心の営業に変更します。以前から、応援してくれる企業さんが貸し切りで「チロル堂飲み会」を開いてくれることがあって、その会が盛況だったんです。
そうやってここに来てくれた人たちが「チロル堂で飲めば、子どもたちのためになるらしい」と周囲の人に話して、チロル堂の輪がどんどん広がったりもしていて。多様な人に関わってもらって、これまで以上に人のつながりが生まれる空間になればと思っています。
――チロル堂のことを知って、「自分でも何かやりたい。でも、何をしていいのか分からない」という人もいると思います。
石田 まずは、子ども食堂や身近な地域コミュニティの場などに足を運んでみること。それが最初の一歩になるかもしれません。
もし具体的にやりたいことがあるなら、それを周囲に語るだけでもいい。身の丈に合ったスタイルで始めてみると、「私も手伝いたい」という仲間の輪も自然と広がります。そうした小さな積み重ねが人のつながりを紡いでいきます。
始めてみても、すぐに正解が見えるわけではありません。私自身も「チロル堂はどんな場なのか?」と周囲から問われ、自分でも問い続けた5年間でした。考え続け、挑戦し続け、必要に応じて形を変えていく。その変化こそが大切だと思っています。