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両親が見守るなか、甲状腺検診を受ける男の子(パルシステム東京)

「子どもの甲状腺検診を福島以外でも」。母親たちの声を受けて始まった生協の検診

  • 暮らしと社会

チェルノブイリ原発事故では、子どもの甲状腺がんが増加した。東京電力福島第一原発の事故による影響はどうなのか――。親たちの不安は、事故からやがて6年となる今でも続いている。福島県以外で都道府県単位の公的な検診が行われていないことも、不安が広がる背景となっている。母親たちの切実な願いにこたえて、パルシステムの4つの生協では独自の甲状腺検診を始めている。

モニター画面に映った甲状腺

 「足のっけてー。えらいねー。手は握ってていいんだよ」

 昨年11月にパルシステム神奈川ゆめコープの新横浜本部で行われた「子どもの甲状腺エコー検診」の会場。父親の中村さん(仮名)に連れられて部屋に入ってきたけんじ君(仮名・5歳)は、医師の牛山元美さんらに優しく声をかけられ、安心したようすでベッドに横たわった。

 「あごは上げてねー」

 パルシステム神奈川ゆめコープの検診は、エコー検査機をのどに当てて甲状腺の状態を調べる超音波検査だ。ベッドの左側に座った技師がエコー検査機を扱い、右側に座った牛山さんが、時折モニター画面を指さしながら、父親の中村さんに説明をしていく。撮影したエコー画像は、あとで保護者に提供される。

ベッドに横たわり甲状腺のエコー検診を受ける子ども。モニターを見ながら、医師が家族に説明をしている(パルシステム神奈川ゆめコープ)

 「心配ないよー。終わりだよー」

 検診に要した時間は10分足らず。けんじ君は、ホッとした表情で部屋を出て行った。

 この日受診した子どもは約50人。パルシステム神奈川ゆめコープでは本年度、昨年10月から2017年2月までの8日間で480人の検診を予定している。ボランティアの協力医師5人が対応できる範囲内で可能な人数となっている。

 けんじ君の母・直美さん(仮名)も、この日ボランティアで会場の運営に参加。午前中に受診したけんじ君たちと入れ替わるように、担当となっている午後から会場に入った。けんじ君が初めて受診したのは、パルシステム神奈川ゆめコープが甲状腺検診をスタートした2015年10月。今回が2度目の受診だという。

 「検診を受けようと思ったのは、よくも悪くも現実をみたいという気持ちからです。原発事故の時、私が妊娠6カ月だったので、もし何かあるんだったら早く発見したいなという気持ちがあって。検査結果のデータもとり続けたいなと思って参加しています」

検診の待合室となった部屋に用意された、子どもたちが落書きできるホワイトボード(パルシステム神奈川ゆめコープ)

「今後も続けて受診したい」

 チェルノブイリ原発事故では、放出された放射性ヨウ素が子どもの甲状腺がんの原因となった。

 福島第一原発の事故のあと、その放射性ヨウ素は東北から首都圏の西側にまで及ぶ広い範囲に大量放出された。直美さんが心配しているのは、その影響だ。同原発の汚染水問題も気がかりだと話す。

 「日本にいる限り、(子どもへの影響について)できるだけ配慮したいと考えています。ただ、外遊びを制限するのはむずかしいので、食べ物は選ぶように心がけています。なるべくまんべんなくいろんなものを食べて分散する。産地もどこだったら安心ということはないので、分散するようにしています」

検診会場で販売された『ほうしゃのう きほんのき』(パルシステム神奈川ゆめコープ)

 福島県では、子どもたちの健康を長期に見守るため、2011年秋から「甲状腺検査」を実施している。対象は事故当時18歳以下だった県内の子どもたち約38万人。福島県の「甲状腺検査」は16年度から3巡目に入っており、昨年9月末現在で184人にがんが疑われ、すでに手術を受けた子ども146人中、ひとりを除く145人が、がんと診断されている。

 ただ、福島以外では、このような都道府県単位の公的な「甲状腺検査」は行われておらず、民間団体が自主的に呼びかけているのが現状。直美さんは、この点に疑問を感じている。

 「本当だったら検診は福島県外でもやるべきじゃないかなと思っているんです。国が世界に対して状況を報告する義務があるはず」

 チェルノブイリ原発事故の場合、事故発生の4~5年後から子どもの甲状腺がんが増えている。継続的に検査をして、子どもの健康状態を見守りたいというのが直美さんの思い。「受診は今後も続けたい」と話す。

 同じような声は別の母親からも聞かれた。小学3年生の娘と会場にいた中山美紀さん(仮名)。パルシステム神奈川ゆめコープの機関誌を見て検診のことを知ったという。

 「大学病院みたいなところに行かなくてもいいし、場所も近いので、検診を受けやすくて助かります。福島県外で(公的な)検診がないのは、どうしてだろうと思います。今回が2回目ですけど、来年もあれば続けて受けたいです」

甲状腺検診の受付で、組合員ボランティアから説明を受ける親子(パルシステム神奈川ゆめコープ)

ママ友との間には温度差が……

 パルシステムでは、神奈川のほかにも、東京、千葉、群馬で同様の甲状腺検診を実施している。清水よしき君(6歳、仮名)は、16年2月に続き、12月にもパルシステム東京の甲状腺検診を受けた。夫とともに、よしき君に付き添ってきた母親の祥子さん(仮名)によると、よしき君には最初の検診で、小さな発育期の「のう胞」が見つかったという。のう胞とは、甲状腺にできる水がたまった袋状のもの。健康な人でも見つかることが多いとされている。

 「きょうの検診では大きな変化はないですねというお話でした。最初の検診では、発育期ののう胞ならいいじゃないかと思ったんです。でも、経過を追ってみておいたほうがいいと説明を受けて、一応気にしなくてはいけないんだなと思って、少しはっとしました」

 パルシステム東京の検診は、NPO法人「いわき放射能市民測定室たらちね」の協力で行われている。また、医師やソーシャルワーカーからの説明を聞くこともできる。

子どもの検診が終わった後、ソーシャルワーカーから話を聞く母親(パルシステム東京)

 気になることがあったときに直接聞いたり相談したりできることについて祥子さんは「助かります」と話す。区の保健センターなどに行っても、検診自体を行っておらず、相談もできないからだ。友人や職場の仲間との間でも、甲状腺検診の話は持ち出しにくいと祥子さんは打ち明ける。

 「ママ友の間でも温度差があるので、話はしにくいですね。この検診のことを話した友人は一人だけで、ほかのママ友には話していません。職場でも、最初に検診を受けた時、そのことを話したら、『東京に住んでいるのに受けるの?』という反応でした」

 それでも祥子さんは、パルシステム東京の甲状腺検診を今後も続けてほしいと話す。「続けてもらえるなら安心できます。データを集めることにも協力できるので、次回も受診しようと思います」。よしき君はこの春、いよいよ小学1年生になる。

 子どもの健康を願い、放射能の影響を心配する親の気持ち。そこに福島県かどうかなどの県境はない。甲状腺検診に訪れる親子の姿が、何よりもそのことを物語っている。

※本記事は、パルシステム連合会発行の月刊誌『のんびる』2017年3月号より再構成しました。『のんびる』のバックナンバーはこちら