充分、自給できるのに、TPPで輸入が増えるという矛盾
「政府は一貫して、『重要品目である米は“聖域”だから、必ず守る』と主張してきましたが、交渉の結果、本当に守られたといえるのでしょうか」――TPPを巡って、そう疑問を呈するのは、新潟県阿賀野市の米生産者、阿部萬紀夫さん(JAささかみ)だ。
これまで日本では、米についてはWTO(世界貿易機関)協定に基づいて、ミニマム・アクセスという一定の輸入枠(玄米で77万トン)を設け、その枠内の米については関税ゼロ、輸入枠を超えた分には高水準の関税を課してきた。TPPでもこの枠外の関税はひとまず維持されることになり、これをもって政府は「米は守られた」と説明している。
だが、事はそう単純ではない。というのも、TPPでは、これまでのミニマム・アクセス米に加えて、新たにアメリカとオーストラリア向けに、最大約7.8万トンの無税の輸入枠が設けられてしまったからだ。つまり、無税で輸入される米の総量はおよそ1割増えるということだ。
「国産米に代わって無税の安い輸入米が外食産業などで主食用として使われていけば、国産米が余剰になってしまう」と危惧する阿部さん。宮城県大崎市の米生産者、齋藤鈴男さん(JAみどりの)も、「輸入米の数量が増えて日本にある米の総量が増えれば、当然、米価は下がる。今でもギリギリの経営状況なのに、これ以上下がったら、米作りをあきらめる農家も出てくるでしょう」と不安を口にする。
国内で食べる分を国内生産で充分まかなえているにも関わらず、輸入を増やそうとする矛盾。政府の試算では、TPP発効後も米の生産量や価格には一切変化がないとしているが、新潟県など8府県が独自に行った試算の結果だけでも、見込まれる米の生産減少額は最大約224億円(※1)。これは秋田県の米産出額の約3割(※2)に当たる大きな額であり、政府の見方を、「あまりにも楽観的すぎる」と指摘する声もある。
※1:毎日新聞(2016年5月7日)より
※2:農林水産省「農林水産統計 平成26年農業産出額及び生産農業所得(都道府県別)」より
ただでさえ減っている米の消費。限られた市場で輸入米との競争が激化
日本の米生産者にとってさらに深刻なのは、米の消費減少が止まらないことだ。食生活が欧米化したことや高齢化などにより、一人あたりの年間消費量は、ピーク時の1962年の約半分までダウン。人口減少もあり、日本全体の需要量も、毎年約8万トンのペースで減り続けている。最近では、効果に疑問が出ているにもかかわらず、ごはんを食べない炭水化物抜きダイエットも話題になっている。
ただでさえ「米余り」が切実なところに、TPPでは、毎年減っている消費量とほぼ同じだけの米が追加で輸入されることになるのだから、生産者の不安は想像に難くない。「政府は、米のだぶつきを防ぐために備蓄用の買い入れを増やすと言っていますが、本当に効果があるのでしょうか。安い輸入米が外食産業などで主食用として使われていけば、その影響を受けて国産米の価格も下がってしまうかもしれません」(阿部さん)
また、主食用以外にも、「米粉調整品」といわれる、和菓子や米菓に使われる原料や、「米加工品」(せんべい、もち、だんごなど)についても関税の撤廃・削減が決まっており、これらの輸入が増えることにも、生産者は脅威を感じている。
思い出したい、土地のものをいただく「身土不二」の考え方
「とても身近な食材なので、みなさん、あまり意識していないようですが、お米の栽培は本当に苦労が多いんですよ」と語るのは、有機農業などの検査員として全国を飛び回る有限会社リーファース代表の水野葉子さん。
「病気もあるし、虫はつくし、やっと収獲しようと思ったら台風が来る。秋田や山形では最近、野生のサルの軍団が田んぼにやって来て、お米をボリボリ食べていくという話を聞いてびっくりしました。厳しい現実と向き合いながら、おいしくて安全なお米を作ろうと汗水流している生産者には、本当に頭が下がります」
TPPに象徴されるように、モノやカネが国の枠を越えて行き来するグローバル化の流れ。けれど、水野さんが食べ物に関して大事にしている信条は「身土不二(しんどふじ)」だ。
「身土不二とは、季節のもの、ご先祖様が食べていたものを食べるということですよね。私にとっては、国内のものを食べるということが身土不二に通じることだと思っています。土が健康なら作物も健康。健康に育った作物をいただいて、私たちの細胞が作られ、健康につながる。私も20代の頃よりも今のほうがずっと健康なくらいなんですよ」
消費者でもある水野さんが感じているのは、農と食を守るカギは「食べる側にある」ということ。「安いからといって私たちが外国の農産物ばかりを選んでいたら、日本の農業は成り立っていきません。知り合いの生産者も、『買ってもらえることで僕らは勇気を与えてもらっているんだ』と言っていました」
お米があるのは“当たり前”ではなくて、“ありがたい”こと
「日本の消費者が、日本でがんばっている生産者を応援するという気持ちを強くすれば、TPPなんて怖くないと私は思います」と水野さん。検査員として、生協パルシステムの産地を何度も訪れている水野さんは、作り手と食べる人とが連携しながら農業を支えるしくみとして、パルシステムが各地で展開してきた「産直」を評価する。
「パルシステムには、公開確認会や産地交流会など、組合員が生産者の話を聞く機会があります。産地に行けば、たとえば、農薬を半分に減らすことがどれほど大変かが実感でき、食に対する組合員の意識も明らかに変わります。そのように、いろんな機会を通して産地をサポートする気持ちが生まれ、みんなで日本の食を守ろう、という形になればいいですね」
前述した阿部さんと齋藤さんも、パルシステムの産直米の生産者。「長年安定した価格で買い支えてもらっていることで、経営の計画も立てやすくなっています」(阿部さん)、「環境や安全に配慮した米作りへのこだわりがきちんと理解されていることが励みになっています」(齋藤さん)と、二人の言葉からも、厳しい経営環境のなかでも、消費者との絆が米作りを続けていく原動力になっていることが伝わってくる。
「みなさん当たり前に思っているかもしれませんが、お米があることは、本当は『当たり前』ではなくて、『ありがたい』こと。TPPをひとつのきっかけに、今こそ私たち一人ひとりが、食を守る、日本の農業を守るということを、自分の問題として考えるべきときではないでしょうか」(水野さん)
※本記事は、パルシステムのチラシ『TPPに対抗! 国内の米生産者を応援』(2016年9月3回配付)より再構成しました。