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「日もちしない牛乳」が、なぜ愛され続けるのか? 『こんせん72牛乳』誕生から30年

  • 食と農

日本で流通する一般的な牛乳の賞味期限が1~2週間程度であるのに対し、生協パルシステムの『こんせん72牛乳』の消費期限は、お届け日を含む4日間。届いた商品の表示を見て、「え、こんなに短いの?」と驚く人も多いだろう。なぜ、わざわざ日もちのしない牛乳を開発したのか。なぜ、誕生から30年も愛され続けているのか――。そこには、「子どもに安心して飲ませられる“ほんもの”の牛乳がほしい」という組合員の願いがあった。

日本では9割が「超高温殺菌」。日もちを優先するのか、味を優先するのか

 突然だが、「生乳」と「牛乳」の違いをご存じだろうか。食品衛生法では、「生乳」とは牛から搾ったままの未殺菌の乳のこと。これを加熱殺菌し、初めて「牛乳」と呼ばれるようになる。加熱殺菌はもはや、牛の乳を安全に流通させ飲用するために欠かせない技術と言ってよい。

 この加熱殺菌にも、いくつか方法がある。ひとつはUHT。120~150℃・1~3秒の加熱を行う、超高温殺菌だ。殺菌率が極めて高く、生乳に含まれた細菌はほぼすべてが死滅するため、飲用できる期間は長くなる。しかし沸点を超えた熱を加えることで、生乳に含まれるたんぱく質が変性するとの指摘があるほか、独特の“こげ臭”が気になると言う人もいるようだ。

牛乳の殺菌方法の違い

スタリライズド
Sterilization
(多くの市販品)
UHT (Ultra High Temperature)
超高温殺菌
120~150℃以上
1~3秒
パスチャライズド
Pasteurization
HTST (High Temperature Short Time)
高温短時間殺菌
72~75℃
15秒
LTLT (Low Temerature Long Time)
低温長時間殺菌
65℃
30分

※1982年に定められた国際酪農連盟(IDF)の規格に基づく

 一方、パルシステムの『こんせん72牛乳』は、UHTよりも低温の72~75℃で15秒加熱するHTSTを採用。65℃・30分のLTLTとともに「パスチャライズド製法」と呼ばれるこの方法は、生乳本来の風味を生かしながら殺菌するが、一部の耐熱性菌は死滅せず残るため、UHTに比べて消費期限が短くなってしまう。当然ながら、パスチャライズド製法で作るには、鮮度が高く菌数の少ない生乳が不可欠だ。ただ、仕上がりはさらっとして飲みやすく、そのおいしさは「搾りたてに近い風味」と評される。

 日本では日もちを優先した結果、現在、市場を流通する牛乳の9割以上をUHTが占める。しかし、イギリスやアメリカ、北欧諸国などの酪農先進国では、パルシステムの牛乳と同じパスチャライズド製法が主流。とくにアメリカと北欧では流通する牛乳の99%がパスチャライズド製法だという。

 一方で、フランス、スペイン、ポルトガルなど95%以上がUHTを採用している国もあるが、こちらは常温保存できるほど「滅菌」された状態での流通を徹底している(※1)。それぞれの国がどんな牛乳を求めてきたのかが、表れているようだ。

※1:日本のUHTは冷蔵で流通している。

殺菌温度別の牛乳市場シェア

  UHT パスチャライズド
北米(アメリカ、カナダ) 1% 99%
イギリス、アイルランド 4% 96%
北欧(スウェーデン、ノルウェー、デンマーク) 1% 99%
日本 92% 8%
フランス 97% 3%
スペイン、ポルトガル 98% 2%

資料:テトラパック「Tetra Compass」(世界、2016)、厚生労働省「衛生行政業務報告」(日本、2015年)より編集部作成

“ほんもの”の牛乳を求め、たどりついた「根釧地区」

 では、なぜパルシステムは、日もちのしない「パスチャライズド牛乳」にこだわり続けてきたのだろう? 時代は1970年代にさかのぼる。当時商品開発をけん引した、川西弘泰さん(元首都圏生活協同組合事業連絡会議(※2)専務理事)に話を聞くと、こんな答えが返ってきた。

 「それは、私たちが『ほんものの牛乳』を求めてたどり着いたものだからでしょう」

『こんせん72牛乳』の産地イメージ

 そう、今では考え難いことだが、そのころ日本では成分無調整の牛乳を手に入れることすら困難な状況。流通する乳製品の約4割が生乳に脱脂粉乳などを混ぜ合わせた加工乳であるばかりでなく、1955年に発生した「森永ヒ素ミルク事件」に象徴されるように、「牛乳」と名乗っている商品にも母親たちの不安と不信感が募っていた。

 「私たちが商品開発を始めた当時は、パスチャライズド牛乳はおろか、まともな『牛乳』を手に入れることすら困難でした」(川西さん)

 「安心して飲める、飲ませられる牛乳を」。生活者の協同組合として、その願いに応えるために、パルシステムの前身生協である「首都圏生協事業連」がまず始めたのが、品質のよい生乳の産地を探すこと。そしてたどり着いたのが、北海道東部の根室地方と釧路地方にまたがる酪農地帯、いわゆる「根釧(こんせん)地区」だった。

※2:パルシステムの前身生協。略称は「首都圏生協事業連」。

冷涼な気候、良質な牧草。「酪農の、理にかなった姿があります」

 北海道阿寒郡・鶴居村、早朝4時。どこまでも続くかに見える森林と牧草地のなかに牛舎が点在する。そして牛舎の中では、白い息を吐きながら、のんびりと草を食む牛たちの姿が。『こんせん72牛乳』の産地で見られる、日常の光景だ。

 一帯は夏場も平均気温20℃、冬にはマイナス40℃になる日もあるという冷涼な気候。「たしかに酪農適地ですが、逆にいえば、米も野菜も寒すぎてできないんです。北海道開拓で入植した先人たちが、『牧草だったら育つ』という消去法で始めたのが、この土地の酪農なんですよ」

 ある生産者はこう話すが、乳質の指標である生菌数の少なさにおいて、今も昔も北海道トップクラスを誇る理由は、この環境にこそある。

 一般に、乳牛1頭当たりに必要な牧草地の広さは1ヘクタールとされるが、狭い日本の国土で一定数の牛を飼いながら、それほどの規模の牧草地を確保できる場所は少ない。トウモロコシや大豆かすなど輸入の「濃厚飼料」も必要になってくるのだが、草食動物である牛本来の生理機能に合っているのは、やはり牧草などの「粗飼料」だ。

 この点、根釧地区では、粗飼料の大半を自前の牧草を発酵させたサイレージでまかなっている(※3)。発酵飼料であるサイレージは、牛にとってビタミンやミネラルの供給源となり、内臓機能を活性化させてくれる。

 「人間の食べられない牧草も、牛の内臓を通過させれば牛乳という栄養バランスに優れた食品になります。よく『日本には酪農は合わない』、などという意見もありますが、根釧地区で酪農を行うことは、まさに適地適作、理にかなっているといえるでしょう」(川西さん)

※3:乳牛は草だけでは十分に能力を発揮できないため、牛の健康状態や年齢を考慮しながら、濃厚飼料もバランスよく与えている。

「こんせん72」の名が付くまでに8年の歳月を要する

 ただし、この優良産地との出合いから『こんせん72牛乳』誕生の間には、乗り越えなければならない壁がいくつもあった。

 最初は、北海道内の産地をまとめるホクレン(北海道の農協の連合会)にとってはこれまでに例のなかった、単独産地としての産直提携を結ぶこと。「交渉が始まった1979年当初、ホクレン側は『根釧』という名前を冠することにさえ強い抵抗を示しました」(川西さん)

 何度も交渉を重ね、産地指定のための多額の費用負担を行い産直契約を結んだ後は、まずUHTで牛乳供給を行いながら、最終目標であるパスチャライズド製法実現のために、さらなる乳質の向上を産地に求めていったのだった。

HTST牛乳の実現を要求する集会(首都圏コープ20年史編集委員会(1997年)『連帯と協同の20年』より)

 生産者たちもこれまで以上に細菌数を減らすよう努力を重ね、1987年、ついに殺菌温度は72℃15秒へ――。ここまで到達するために要した時間は、じつに8年。わかりやすい商品名がもてはやされる時代、「こんせん72」とは一風変わった存在だが、「こんせん」にも「72」にも、語り尽くせぬ物語が込められているのだ。

産地を動かした「タオルを贈る運動」

 さて、この長き道のりを乗り越えるために、大きな推進力となったキーアイテムがある。それは、組合員の家庭のタンスで眠っていたタオルだ。今も続く、生産者への「タオルを贈る運動」は、組合員理事が産地へ出向いた折、牛の乳房を生産者がタオルでふく光景を目にすることで持ち上がったアイデアだった。

 「早朝から夜遅くまで息の抜けない産地のみなさんに、感謝の気持ちを伝えよう」「牛のために毎日使っている、タオルを集めて届けよう」。シンプルな発想だが、一般の酪農家が消費者からこのような形で直接思いを伝えられる機会はとても少ないという。以来、毎年欠かさず届けられたタオルの枚数は、2016年までに累計231万枚に及ぶ。

 タオルを受け取る側である、生産者からはこんな声が。

 「出産してすぐの牛たちの初乳を搾る際にタオルを使わせていただいています。とても役立ちますし、何より気持ちがうれしいんです。ときどき、住所が印刷してあるタオルもあるでしょう? ああ、こんな所からも送ってくれているんだなあって、想像しています」

 30年以上続く習慣だが、「喜びは変わらない」というから、これが最初に届いたときの生産者たちの思いはいかばかりだっただろうか。その感慨を裏づけるかのように、タオルを贈る運動が始まってちょうど1年後の1986年5月、こんせん牛乳は75℃15秒殺菌を達成。続く翌年11月に、最終目標の72℃15秒殺菌を実現したのだった。

1986年に75℃15秒殺菌(左)、1987年に72℃15秒殺菌を達成し、『こんせん72牛乳』が誕生した(右)

搾りたての生乳に近いおいしさを

 「搾りたての生乳は、甘いんです。そしてサラッとして、飲みやすい。これが牛乳本来の味なのだと思います」。生産者が話すこの言葉と同じ「さらっとして飲みやすい」という感想が、『こんせん72牛乳』には多数寄せられる。

 そして川西さんも、こんなエピソードを聞かせてくれた。

 「私の妻は都内の保育園をいくつか運営しているのですが、すべてパルシステムの法人会員となり、給食で『こんせん72牛乳』を出しているんです。そんな彼女が、ある保護者からこんなことを言われたそうです。『うちの子は、保育園の牛乳はおいしいと飲むのに、スーパーで買ってきた牛乳を家で出しても飲まなくて困っているんです。この牛乳はどうすれば買えますか? 』と。子どもはどこまでも正直で、味に敏感ですね」(川西さん)

取材・文/玉木美企子 構成/編集部