「核兵器の終わりか、私たちの終わりか」
2018年4月、パルシステムグループは、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)に加盟し、核兵器のない世界の実現を呼びかけてきた。核兵器廃絶に向けた市民運動「ヒバクシャ国際署名」には、計24万8216人分の署名が組合員から寄せられた。
今回のフォーラムは、こうした核廃絶に向けた意識の高まりを受けて企画された。ICAN国際運営委員の川崎哲氏は、基調講演の冒頭で「核は人間が生んだもの。だからこそ、人間が止めることができる」と語り、こう続けた。
「2022年1月に核兵器不拡散条約(NPT)第10回運用検討会議がニューヨークの国連本部で、3月には第1回核兵器禁止条約締約国会議がウィーンで開催予定でした(新型コロナ感染拡大により延期)。今日のフォーラムは、核兵器廃絶に向けた世界的な動きの中で開催されるはずでした。ところがロシアはウクライナに軍事侵攻し、プーチン大統領は核の使用を示唆しています。『核兵器の終わりか、私たちの終わりか』の現実が起きつつあります」(川崎哲氏)
人道上の危機と国際関係上の危機
武力により他国を侵略することは、国連憲章で禁止[5]されている。ロシアのウクライナ侵攻について川崎氏は、「人道上の危機と国際関係上の危機が起きた」と指摘する。
「一般市民が犠牲となる無差別爆撃は、まさに人道上の危機です。今この瞬間に、さまざまな人が傷つき、命を落としています。人道上の危機は、国の勝ち負けや主義主張の話ではありません。77年前の広島と長崎の原爆被害では、被爆者一人ひとりが苛酷な苦しみを受けました。それと同じことが、ウクライナで起きています」(川崎氏)
「人道上の危機」に対して、「国際関係上の危機」とは何か。今回の侵攻は、ロシアとウクライナ両国の関係だけではおさまらない。
「ウクライナは、旧ソビエト連邦崩壊により1991年に独立しました。しかし、周辺各国との緊張関係は今日まで続いています。今回のウクライナ侵攻も、NATO[6]を巻き込んだ、米ソによるかつての東西冷戦が再燃したと考えられます」(川崎氏)
大戦後に始まった東西冷戦は、アメリカとソ連で核軍拡競争を招いた。1980年代には核軍縮の声が高まり、80年代末に東西冷戦は終わった。しかし、NATOとロシアの対立は、その後も続いた。
「NATOが東方に拡大し、ウクライナがそれに追随[7]することに対し、ロシアは脅威を感じています。この状況が悪化すると、国際関係上、大変な事態に発展しかねません。ピースボートでは、ルーマニアの平和・人道支援団体と連携し、ウクライナ国内、ルーマニア国内で被害者支援に動いています。しかし、核戦争が起きたら人道上の支援も不可能です」(川崎氏)
「核兵器禁止条約」は、「核兵器の終わりの始まり」
1970年3月、核兵器保有5か国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)に核の保有を認めつつ、核軍縮に取り組む「核兵器不拡散条約(NPT)」を国連が発効した。
2017年7月には、不拡散ではなく核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122か国の賛成により採択、2021年1月に発効された(2022年3月現在、署名国は86か国、批准国は60か国)。
「どのような国であれ、非人道的な核兵器を作ることも、使うことも許されません。国際条約で核兵器を禁止すれば、核兵器製造企業に対して、世界の金融機関は投資の引き揚げを行うことになります。どの国が批准する・しないに関係なく影響する、国際的ルールです」(川崎氏)
こうした核廃絶に向けた動きは、世界の潮流となっている。一方で世界には現在、およそ1万3000発の核兵器があるとされ、その9割をアメリカとロシアが占めている。
「『核兵器禁止条約』は、『核兵器の終わりの始まり』です。第1回締約国会議は、核廃絶に向けた第一歩とされ、核兵器の非人道的影響や核兵器廃棄の期限などが議論されます。中でも大きな課題となるのが、核保有国が核を廃棄する道筋です。どの国際機関が、保有国の核廃棄を検証するのか、実現するまでには時間がかかります」(川崎氏)
世界唯一の戦争被爆国である日本が、核廃絶の鍵を握る
核廃絶の流れが国際的に進むなか、世界唯一の戦争被爆国である日本の存在は大きい。核禁止の国際法を決めるうえでも、核被害の当事者が意思決定プロセスの中心を担うことが基本原則とされる。日本の「被爆者援護法」「原爆症認定訴訟」「黒い雨訴訟」など被爆者による活動の成果は、国際的にも重要な意味を持つ。
基調講演に続いて行われたセッション1「核兵器禁止条約締約国会議に向けた課題~日本の批准と参加を実現するためには~」では、前広島市長の秋葉忠利氏がこう語った。
「日本政府の核政策に、全世界が注目しています。岸田文雄首相にはぜひ、安保理(国際連合安全保障理事会)や核保有国の首都で、世界唯一の戦争被爆国の首相として、被爆者の思いを届けてほしい。そして、核兵器禁止条約批准への第一歩として、日本の『核兵器の先制不使用』を宣言してほしい」(秋葉忠利氏)
ところが、核廃絶に向けた日本政府の動きは鈍い。岸田首相は「核保有国は不参加」を理由に、核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加すら表明していない。
秋葉忠利氏と共にセッション1に登壇した日本被団協代表委員の田中熙巳氏は、日本政府に対して憤りを隠さない。
「『核兵器禁止条約』は、我々被爆者が戦後77年、あきらめずに続けてきた運動の成果です。にもかかわらず、当の日本政府が参加も批准もしないことに、怒りを通り越して、情けなさを感じます。日本の政治家は、原爆被害を直視し、被爆者の苦しみを自分事として受け止めてほしい」(田中熙巳氏)
実は衆議院議員の過半数は、締約国会議へのオブザーバー参加に賛成[8]している。政府の行動を後押しするためにも、市民の動きが問われている。
セッション3「市民の活動を拡げるためには~世代を超えて想いをつなぐ~」に登壇した、広島平和文化センター元理事長のスティーブン・リーパー氏は、こう力説する。
「今日のフォーラムでも、多くのかたが参加しています。核廃絶に向けた市民の関心の高さは、そのまま日本の存在の大切さを表しています。日本が動かないと、世界から核兵器はなくなりません。広島と長崎の原爆投下、ビキニ環礁での核実験[9]、そして福島での原発事故の経験を生かし、今こそ核廃絶の声を日本から全世界に広げるべきです」(スティーブン・リーパー氏)
核の傘か、非核の傘か。日本に課せられた二つの道
核廃絶への鍵を日本が担う中、フォーラムでは深刻な危機感が共有された。安倍晋三元首相をはじめ一部の国会議員が提唱する、日本の「核共有」議論である。
アメリカの核兵器を日本に配備し、共有・管理することは、「非核三原則」や核兵器不拡散条約(NPT)に違反する。核兵器廃絶への流れをリードすべき日本において、全く正反対の議論である。
「核の傘か、非核の傘か、日本に課された道は二つしかありません。『核には核を、武力には武力を』の空気を、私は大変危惧しています。そのためにも日本の市民レベルで、国際的な核禁止の流れを後押ししなければいけません。市民の『核は許さない』の声が、国際的なルールを下支えすることになります」(川崎氏)
核廃絶に向けた動きは、被爆者をはじめとする当事者や“戦争を知る”世代だけではない。“戦争を知らない”若い世代にも広がっている。広島選出の国会議員と面会し、核政策についての考えを尋ねている「カクワカ広島」[10]はそのひとつだ。セッション1に登壇した共同代表の田中美穂氏は、活動の成果をこう語る。
「『日本はなぜ、核兵器禁止条約に批准しないのか』と直接問いかけ、『ICAN国会議員誓約』[11]への署名を求め、その結果をSNSや報告会を通じて発信しています。これまでに11名の国会議員と面談し、2年越しの説得で同誓約に署名した議員もいました」(田中美穂氏)
日本の核共有議論に対して、カクワカ広島では緊急声明「国会議員の『核共有』を肯定する発言に抗議します」を出した。
「私たちが面会した中に、『核がないと国を守れない』『核廃絶運動は広がらない』と言った国会議員がいました。『アメリカの核の傘によって日本が守られているのが現状だ』と思考停止する議員もいます。こうした国会議員の態度にどう対峙するのか。核武装したい人の論理に惑わされることがないように、自信を持って核廃絶を訴え続けていきます」(田中氏)
戦争の悲惨さ、核被害の実相を、世代を超えて“想像する”
基調講演と3つのセッションを終えたのち、登壇者全員によるリレートークが行われた。ここで出たキーワードが「想像力」だった。戦争の悲惨さ、被爆の実相を他人事として理解する政治家や市民は少なくない。自分事として、戦争や核の被害をどう想像していくのか、議論が交わされた。
セッション2「世界における核被害と環境問題~戦争以外の核被害を知る~」に登壇した「fridays for future hiroshima」[12]オーガナイザーの奥野華子氏は、「被爆者の声を、後の世代が受け継ぐためにも、世代を超えて“核被害を想像する”ことが大切」と語る。
「セッションに登壇された木戸季市さん(日本被団協[13]事務局長)が、こう言われました。『核は人間らしく生きることも、死ぬことも許されない。再び被爆者を出さないために、残りの人生をこの活動に捧げる』。被爆者一人ひとりの声に耳を傾け、相手の目線でその苦しみを想像し、今も続くあらゆる核被害に向き合っていきたい」(奥野華子氏)
日本が唯一の戦争被爆国とされているが、それもまた一面的な見方に過ぎない。マーシャル諸島やアメリカ国内での核実験による被爆、ウラン採掘による健康被害、被爆者に対する差別……。さまざまな核被害には、人種差別や植民地主義といった根深い問題も横たわっている。
一人ひとりが声を上げ、自分のできることを
本フォーラムには、戦後77年間にわたり核廃絶の闘いを続けてきた当事者も多く登壇した。日本被団協事務局次長の児玉三智子氏は、国民学校2年生のときに広島で被爆、その体験を語り継いできた。
「私たち被爆者は、あの日・あの時のことを話しているだけではありません。被爆者の壮絶な人生、今も続く苦しみを知ってほしい。いかなる戦争も、兵器も許されません。核廃絶への道は険しく、厳しいものです。若い世代には若い世代のパワーが、高齢者には高齢者の経験と知恵があります。市民一人ひとりが、自分のできることをやっていきましょう」(児玉三智子氏)
多世代のつながりに期待する声も上がった。セッション3に登壇した日本被団協事務局次長の濱住治郎氏は、「被爆者をはじめ、戦争を知る世代が、若い世代の活動を後押しすることが重要」と言う。
「私たちのセッションの中で、スティーブン・リーパーさんが、『若い人たちに時間とお金を』と提議されました。こうした大事な活動に、もっともっとお金が回せるような社会、地域にすべきです。それが一般市民への力強いアプローチになるはずです」(濱住治郎氏)
前広島市長の秋葉忠利氏は、「市民一人ひとりが声を上げ、動き出すためのきっかけ作りが急務」と提起する。
「核抑止の声に、どう対峙していくのか。オンライン署名のように、すぐ始められる活動もあります。ふだんの暮らしの中での気づきや経験を、自分から周りにシェアしていく。パルシステムのような生協は、井戸端会議のような環境作りにたけています。今日のフォーラムをその場限りとせず、私たちと一緒につながり作りを始めていきたい」(秋葉氏)
争いのない世界を、未来の担い手である子どもたちへ
今回のフォーラムは3時間半に及び、核の脅威が現実となる一方、核廃絶に向けた前向きな議論が展開された。最後にフォーラムアピールと緊急声明を読み上げ、平和と核廃絶に向けたメッセージを発信した。
パルシステムグループによる緊急声明「ロシア軍のウクライナ侵攻に抗議し戦争の即時終結と平和の実現を訴えます」[14]では、パルシステム生活協同組合連合会の松野玲子副理事長がこう読み上げた。
「戦争から勝者は生まれません。ウクライナの市民に惨禍をこれ以上広げないため、私たちには一人ひとりができることを考えていくことが求められています。戦争を終結させ、争いのない世界を、未来の担い手である子どもたちへ手渡しましょう。私たちは、暮らしの礎である平和の尊さを改めて広く呼びかけます」
続いて本フォーラムの共同アピール「今こそ、核兵器禁止、核廃絶を実現しよう」[15]を、パルシステム連合会の大信政一理事長が読み上げた。
「戦争は私たちの暮らしを跡形もなく破壊します。中でも核兵器は、人類はもとより地球上に存在するすべての生命を断ち切り、自然環境を破壊します。私たちは、平和の享受を実感し日々の暮らしを営む立場から、核廃絶と全世界の平和の実現を強く訴えます」
最後に大信理事長が、本フォーラムによる緊急声明「ロシア政府によるウクライナへの軍事侵攻に強く抗議します」[16]を読み上げた。
「私たちは、すべての人が平和に暮らせる社会を願う立場から、ロシア政府によるウクライナへの軍事侵攻に強く抗議し、軍の即時撤退を求めます。(中略)核兵器は戦争に対する抑止力にはなり得ません。核兵器による被爆国である日本から、核兵器による威嚇に強く抗議するとともに核兵器の廃絶を求めます」
さまざまな人のつながりを糧とし、核兵器廃絶を実現させるまで運動を続けることを確認し合い、本フォーラムを終えた。核廃絶を求める声は世界の多数派であり、その実現の鍵を日本が握っている。世代や団体の枠を超えた市民の連携が、今後さらに求められていく。