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役目を終えた漁網を再資源化して生まれた、ナイロン樹脂のペレット

写真=編集部

使い終えた漁網をユニフォームにアップサイクル!? 北海道ぎょれんと漁師、挑戦の最前線を訪ねた

  • 環境と平和
漁師にとって漁網(ぎょもう)は、船に並ぶほどの相棒。しかし老朽化などで役目を終えると「産業廃棄物」と呼ばれ、埋め立てを待つばかりの存在になり果てていた。その埋立も厳しくなるなか、北海道各地の漁協をつなぎ、漁業の振興をはかる「北海道ぎょれん(北海道漁業協同組合連合会)」の旗ふりによって、リサイクルの循環が産声を上げた。現在は漁網のうち「刺網漁」に使うナイロン製の網のみが対象だが、漁師、漁協、再生工場、樹脂メーカー、アパレル企業…北海道を飛び出して生まれたつながりの先に、漁網が循環する未来が見えてきた。

そもそも漁網とは?

 漁網(ぎょもう)、と聞いて魚を取る網であることは分かっても、その姿形まで思い浮かぶ人は多くないだろう。漁網はねらう魚や漁法、漁師のこだわりによって網地の太さ・網目の大きさが変わる。例えば定置網などに多く使われる太くがっしりしたポリエステル素材の網もあれば、北海道で多い刺網漁に使われる「刺網」は細くやわらかなナイロン製、さらにほかのプラスチック素材や鉛を組み合わせたものなど、その種類は両手両足で数えられるものではない。

網とかごなどを組み合わせた武井さんの漁具

漁網は網としてだけでなく、カゴの部品などとしても使われる (写真=編集部)

 「これはカレイ用の網だからちょっと目が細かい。こっちはエビカゴ」

 漁具について教えてくれたのは、北海道南部・太平洋に面した日高町富浜の漁師、武井一美さん。

50年以上漁師を続ける、笑顔が素敵な武井さん

武井さんは、18歳から50年以上漁師を続けるベテラン (写真=編集部)

 エビ・タコ・カレイなどを中心に、ここ数年不漁だというホッケ、逆に豊漁のタラなど、武井さんがねらう魚種は多い。それだけに、たくさんの種類の漁網を扱っている。

 「網の触り心地が魚にも分かるのか、新しい網ほどよく魚が取れる。昔は自分たちで網を修理して使ってたけど、網の修繕などをする『おか(陸を示す漁師言葉)』で仕事をする人も少なくなってね」

細かく結ばれた漁網の糸と糸

網の結び目は精緻。修繕も簡単ではない (写真=編集部)

 人手不足に加え安価な外国製品の普及も手伝い、このところは毎年800反(たん)の網を漁に使い、その半分ほどを新しい網に入れ替えていくのだという。

 「昔の網は日本製でけっこう強かったんだけどね。今のは弱くて2~3年で替えないといけないんだよね」

厄介者の漁網

 役目を終えた漁網は廃網(はいもう)と呼ばれ、産業廃棄物に指定される。家庭ゴミのように捨てることはできず、資格を持つ業者によってしかるべき場所に埋め立てるのが主な処分の方法だ。

ネットに入れて積まれた漁網

この網が待つのは修繕か廃棄か。網の背景を知ると、漁師町の見え方が変わってくる (写真=編集部)

 「引取業者に回収を頼むと、かなり高額の費用がかかるんです。漁網の廃棄は、長い間漁師はもちろん、私たち漁協も頭を悩ませてきました」 と教えてくれたのは、ひだか漁業協同組合門別支所の堀内秀俊さん。

ひだか漁業協同組合門別支所の堀内秀俊さん

Uターン後、ひだか漁協に勤め始めて20年になる堀内さんは、若くして漁協の支所長を担う (写真=編集部)

 「業者に引き取ってもらうにも、まとまった数がないと運賃や経費の割に合わない。安い業者に頼むと不法投棄が怖い。結果、作業小屋の軒先や漁協の敷地に、網をはじめとする漁具を置いておくこともあったんです。漁協としては、定期的に海のクリーンナップ作戦などと合わせて廃棄呼びかけもしていたんですが、廃棄する漁具は常に出てくるので、どうしてもたまっていってしまう。それが現実でした」

立ち上がったのは「北海道ぎょれん」

 漁師・漁協双方の悩みの深刻さを肌で感じていたのが、北海道各地の漁協と関わりながら、漁業の振興を図ってきた北海道ぎょれん。生協パルシステムにサケやホッケを供給する漁協ともつながりが深いだけに、海洋プラスチックに対する生活者の意識も感じていた。

 「北海道ぎょれん全体として、環境のために何かしていかなければ、という焦りにも似た強い思いがありました。廃網は漁業者にとっても悩みの種で、環境的にも待ったなしの状況だなと」

 廃網リサイクルの主軸を担ってきた北海道ぎょれん・購買部の長谷川拓也さんは当時を振り返る。

北海道ぎょれん購買部の長谷川さん

魚が好きでこの道を選んだという長谷川さん (写真=編集部)

 漁師や北海道各地の漁協に廃棄方法まで任せると負担がかかってしまいますが、すでに道内の漁協とつながりがある北海道ぎょれんが仕組みを作れたら、漁網廃棄の問題が解決していくのでは? そう考え、2021年から廃網の回収に乗り出した長谷川さんだが、その道のりは簡単ではなかった。

 「北海道は本当に大きいんですよね。漁師だけでなく地域によっても使う漁具の種類や時期が違う。現在の廃網回収はナイロン素材に限っているため、そもそも扱っていない漁協もあったりして」

プラ箱に氷を詰める漁協職員

形が均一で水が漏れず、丈夫なプラスチック素材は水産業の現場で多く使われている (写真=編集部)

 廃網の回収に当たっては、家庭ゴミと同様に、有料の専用回収袋を製作。だれが出したか分かるように記名欄も設けて意識づけを図った。

 「袋が小さいとか入れづらいという声もあるし、運賃の負担や、回収の期間内に指定の場所へ持っていくのは大変だという声もある。もともと廃網は漁師個人から発生し処分してきた産業廃棄物なんです。そもそもルールがないんですよね。各漁協の協力なくして網の回収量の増加は実現しないですから、一緒によりよい方法を考え続けています」

 その言葉どおり、長谷川さんは各漁協に粘り強く声をかけ、一つ、また一つと賛同する漁協を増やし、2025年現在で廃網の回収に参加しているのは全70漁協のうち18漁協にまでなったという。

廃網を詰めた専用の回収袋を持つ武井さん

武井さんが廃網を詰めた専用の回収袋。一袋に5~6反の網が入るという (写真=編集部)

 北海道ぎょれんが廃網のリサイクルを急ピッチで進める、もう一つの差し迫った理由として、「埋立地の限界」がある。

 「廃網のように場所を取る割りに重量が少ないものは、埋め立てを嫌がられるケースが出てきているんです。リサイクルが不可能で、埋め立てるよりほかに選択肢がない素材と比べられては分が悪い。ならば廃網が探るのはリサイクルの道だろうと」

回収を阻むいくつかの要因

 北海道ぎょれんが主導する廃網リサイクルに出すためには、ナイロン素材以外の漁具をすべて取り外す必要がある。これが思いのほか手がかかる作業で、回収を阻む大きな理由にもなっている。

 「こうやって全部を切ってロープを外していくんだ。1反の網をばらすのに、30分くらいかかるかな」

 ひだか漁協でも有数の廃網回収量だという武井さん。手慣れたようすで作業を見せてくれたが、網の長さはキロ単位のものもある。気が遠くなるといわれても、納得の作業だ。

網とロープの結び目をはさみで切る武井さん

網とロープの結び目は、はさみで一つ一つ切らなければならない (写真=編集部)

 この手間を嫌って廃網のリサイクルに参加しない漁師もいると聞く。なぜ武井さんは、リサイクルに出しているのだろうか?

 「最初は廃棄するより安いから、くらいの感覚だったんだよね。でも最近、近隣で新しく埋立地を作る話が持ち上がって、地元の住民が反対運動を起こした。おれも署名したんだけど、何を埋めるか分からないし、その土地から汚水が海に流れ出たら悪影響なんじゃないか?って話もあって。それに長く使ってきた網が、そもそもゴミとして埋め立てられるのは、やっぱり気持ちいいもんじゃない」

 ここで一つ線を引いておきたいのは、海洋プラスチックゴミと廃網は似て非なる問題、ということ。というのも漁師はこう考えているからだ。「自分の網にほかの人の網や海を漂う網が引っかかると、取り外すのにとても手間がかかるんだ。だから同じことがほかの漁師に起こらないように、海で見つけた網は回収こそすれ、海に網を捨てるってことはないんじゃねぇかなあ」(武井さん)

漁船に載せられた漁網

漁師が迷わず網を切り、海に放つのは、仲間の命にかかわる緊急事態の時くらいだろう (写真=編集部)

暗中模索の果てに出会った、パートナー

 漁師や漁協の協力を求め、廃網を回収する算段をつけていくのと並行して、長谷川さんが心を砕いていたのは、「どうやってリサイクルするのか?」だった。

 「正直、どこから始めていいのか分からなかったですね。ナイロンをリサイクルしている会社に話を聞くと、『海水につかった廃網は取り扱えない』と言われるし、これはもう自分たちでリサイクル工場を持つしかないのか?なんて考えたりもしましたが、許可の問題もあって……」

 そんなときに長谷川さんは、ナイロン漁網をペレット化し樹脂や繊維にリサイクルする技術を開発したリファインバース株式会社と、北海道で長年鉄のリサイクル事業を展開し、他のリサイクルにも取り組み始めようとしていた株式会社鈴木商会と出会った。

 鈴木商会は、もともと鉄のリサイクルを主ななりわいにしていた北海道の地元企業。これまでのリサイクル知識や技術を基に、北海道の海を守るために、自分たちにできることはないか?という問いから、「海のリサイクル推進部」を立ち上げる。やがて鈴木商会はリファインバースの技術ライセンス供与を得て、2022年6月に、廃網リサイクル専門の工場「苫小牧プラ・ファクトリー」を開設した。

廃網に残った不純物を手作業で除去する様子

廃網に残った不純物を手作業で一つ一つ取り除いていく (写真=編集部)

 その工場に伺うと、6人ほどのスタッフが廃網の洗浄作業に当たっていた。

 「5~6人、9時から17時ごろまで廃網についた不純物の除去作業をします。一日最大で800kgぐらいの廃網をリサイクルできますが、不純物が多い廃網だと、除去作業にかなりの時間がかかるため、効率が極端に落ちます。非常に手間がかかる作業ですが、品質の8割を決めるかなめの作業ですね」と語るのは、鈴木商会・熊谷知哉工場長。

漁網をペレットにする工程

異物除去の後、洗浄、粉砕、融解、成形、切断という工程を経て、ナイロン廃網はペレット状に生まれ変わる (写真=編集部)

 廃網は、鉄やペットボトルなど、リサイクルの意識や技術が成熟した素材ではないとされる。どういうことか? 

 これを家庭での資源分別に置き換えるとわかりやすい。「ペットボトルはラベルをはがし、キャップは別にする」という前提が広がっているが、廃網にはそれがない、ということだ。つまり廃網の品質は出す人次第。品質のよいペレット(再び融解し、再生ナイロン樹脂や再生ナイロン繊維の原料になる)を製造するためには、何重ものゴミ除去が必要。リサイクルの技術的ハードルもかなり高い素材といえるのだ。

 事実、漁協によって回収した網の状態にばらつきがあり、当初は特に苦労があったという。熊谷さんは、長谷川さんとともに道内各地の漁師の元を訪れ、工場での加工工程や回収時の留意点を自ら説明。回収を始めて3年を経てなお、その役割を担い続けている。

 「リサイクルは、私たちだけでは完結できない流れの一部。環境的にも待ったなしの状況下、事業的には苦しい部分もありますが、撤退はありえない。やり抜く覚悟です」(熊谷さん)

「私たち北海道ぎょれんと鈴木商会は、単純なパートナーというより、一蓮托生の関係性ですよね」と長谷川さん、熊谷さんは笑う。

当時を思い出して笑いあう熊谷さんと長谷川さん

当時を振り返る熊谷さん(右)と長谷川さん(左)。その表情は、腹を割り合った二人だからこそのもの (写真=編集部)

海はみんなのために、みんなは海のために

 所変わって、東京。鈴木商会で廃網から生まれ変わったナイロンペレットは、「REAMIDE®(リアミド)」として再生樹脂の製造販売を行うリファインバース株式会社が全量を買い取っている。

 リファインバースの玉城吾郎さんは、「廃網から生まれたペレットは、ナイロンの糸やプラスチック樹脂に再加工して、私たちの身近なところでも使われ始めていますよ」と教えてくれた。

リファインバースの玉城吾郎さん

再生樹脂をいかに「定番にするか」。ということの難しさと価値を、やりがいを踏まえて話してくれた玉城さん (写真=編集部)

 再生の工程を考えれば想像に難くないが、「繊維製品は製造コストだけを見ると、ヴァージン素材よりも高くなってしまう」と、玉城さんは包み隠さずに話す。しかし価格だけで判断せず、価値を見いだす企業も少なくないのだという。釣り愛好家に定評のある「DAIWA」を展開する、東京のグローバルブランド「グローブライド株式会社」もその一つだ。

 「再生原料とヴァージン原料から作ったナイロン繊維の製品の間に、品質の優劣はありません。そこは自信を持ってお伝えできます」と話し始めたのは、グローブライドとともにアパレルを手掛ける、株式会社カイタックトレーディングの出井聡志さん。

 グローブライドは「海を守る」というコンセプトを樹立。その具体的な道筋として、廃網を原料にした繊維によるアパレル展開をスタートした。

「最初は『魚のにおいがするんじゃないの?』なんて言われました。今では笑い話ですが、当時はそんな一言すら新鮮に、真剣に受け止めて、二人で商談に回っていましたね」(出井さん)

 カイタックトレーディングと協業で特に力を入れているのが、ユニフォーム。そこには「よいユニフォームには人を呼ぶ力が宿る」という、人手不足が叫ばれる水産業へのエールが込められている。もちろん北海道ぎょれんでも、ユニフォームにDAIWAのポロシャツを採用している。

グローブライドの田口さんと、カイタックトレーディングの出井さん

価値を作るグローブライド(DAIWA)の田口さん(左)と、製品を作るカイタックトレーディングの出井さん(右)。二人は廃網を使うユニフォームを作り、広げた同志だ (写真=編集部)

 ちなみに廃網再生糸を使ったユニフォームは、営業先を水産業関係者に限定。「海を守る」というコンセプトは、一貫している。

漁網リサイクル繊維を活用して生まれたポロシャツやカッパなど

北海道ぎょれんのユニフォーム(左)のほか、廃網リサイクル繊維から生まれたウェア。アイテム数は増え続けている (写真=編集部)

 「水産加工業者や最近では水族館関係者にも興味を示してもらうことが多いですね。ユニフォームを糸口に子どもたちに漁網のことを知ってもらうきっかけにもなっている、という話を聞きました」

出井さんの言葉に、田口さんも表情を緩める。

次の「当たり前」を作っていく

 「ナイロン廃網だけじゃなくて、ロープもやってくれ、カゴもやってくれという声が、漁師さんからも聞こえてくるようになった。廃網の回収を始めなかったら、そんな声に気づけなかったかもしれない。そこに手ごたえを感じていますね」(長谷川さん)

 北海道ぎょれんの旗振りで始まった廃網の回収をきっかけに、漁師の意識も変わってきているのだ。

 すでにプラスチックのトロ箱は、回収し同品質へのトロ箱へと水平リサイクルを実現している。鉛の入ったロープ、養殖カゴ、フロート(うき)のリサイクルにも2025年秋には着手するという。

再生素材で作られたプラ箱やカゴ

プラ箱からプラ箱へのリサイクルはすでに進行中。現地生協は買い物カゴに採用した (写真=編集部)

 「事業的にはもう少し長い目で見てほしいなぁというのが本音(笑)。流行に乗っているわけじゃなくて家庭の資源分別と同じように、『廃網は回収するもんなんだ、それが当たり前なんだ』ってなるときまでやり続けないと」(長谷川さん)

漁網と漁網のリサイクル繊維で作ったカッパを着る長谷川さん

苦労続きだったと語るも、次々と問題をクリアしてきた北海道ぎょれんの長谷川さん。その明るい笑顔が人を集める (写真=編集部)

 一つ一つは小さな点だが、それらがつながり、循環することで、次の当たり前は作られていく。その点の一つには「使い手」も含まれる。段ボールの回収・リサイクルが社会に浸透したように、再生素材から生まれたものを当たり前に選び、使う。私たちの選択一つ一つが、海も漁業も、環境も守る力につながっていく。

カラフルな漁網

廃網が「廃棄物」と呼ばれることが、過去になる日は遠くない(写真=編集部)

取材協力=北海道ぎょれん(北海道漁業協同組合連合会)、ひだか漁業協同組合門別支所、株式会社鈴木商会、リファインバース株式会社、グローブライド株式会社、株式会社カイタックトレーディング 取材・文=千葉智史 写真=編集部 構成=編集部