富良野で38.5℃という異変
日本の食を支える農業王国、北海道。国内で最も冷涼な地域の一つである北の大地でも、猛暑の影響は例外ではない。
富良野市北斗町に位置する富良野青果センターでは、富良野のなだらかな丘陵地を生かして、じゃがいもや玉ねぎ、にんじん、とうもろこしなどを栽培している。夏場は秋の収穫に向けて野菜たちがすくすく成長し、とうもろこしも最盛期を迎える時季だ。

富良野平野(写真=編集部)
生産者の村上洋巨(ひろみ)さんは、結婚を機に前職の貨物列車の運転士から農家へ転身。義父の跡を継ぐ形で、2016年から富良野青果センター、および直営農場である北幸農園の代表を務めている。
200ヘクタール(東京ドーム約42個分)を超える農地で、約70名のスタッフと野菜作りを行う中、気候の異常な変化を肌で感じたのは、2021年の夏のことだったという。
7月から8月にかけて約40日間もの期間、降雨ゼロ。さらに、富良野で観測史上最高の38.5℃という気温を記録したのがこの年だった。
「その年は、じゃがいもがまったくもってだめでした。じゃがいもは、種いもと肥料を一緒に植えていくんですが、土をよけてみると全然育っておらず本当に小粒で。雨で溶けて畑に行き渡るはずの肥料が、まいたときのまま残っていたほどカラカラだった」

2021年の記録的な暑さと畑の被害を思い出し、沈痛な面持ちを見せる村上さん(写真=編集部)
それでも翌年の2022年は平均的な量が収穫でき、「去年の暑さと干ばつは、たまたまだったんだね」なんて話を仲間としていたそう。しかし、そのまた翌年の2023年は、猛暑の後の大雨で高温多湿。さらに、北海道で44日連続の真夏日を記録するという年になった。
「そこからはもう、毎年不作ですね。今までは不作が起きても3年に1回ほどのペースで、続くことはなかった。ここ数年のデータを見ると、降雨量に関係なく、暑さが厳しかった年の収量が落ちているのが歴然です。
農業ではよく『干ばつに不作なし』なんて言ったものですが⋯⋯。度を越した暑さで、定石が通用しなくなってきました」

2010年代の平均最高気温を超す年が増え、真夏日も増加している(気象庁のデータより編集部が制作)
40℃にも迫る過去最高気温を記録した2021年。温暖化のギアがまた1段階上がったのが、この年だったともいえるかもしれない。
猛暑から命を守る、スマート農業
畑はむせ返るような炎天下。農作業は、厳しい暑さと照りつける直射日光との戦いだ。
北海道の農家には、お昼休憩を挟みながらも、朝に作業を始めたら夕方までやり続ける習慣が体に染みついているのだという。しかし「夏場はさすがに命の危険がある」と、富良野青果センターでは2年前から、いちばん暑くなる時間帯に中休みを取るルールに変更した。
また、ミニトマトを栽培しているハウスの室温は、真夏になると45℃前後にまで上がる。そのため、密閉度が高く室温が上がりやすい、背の低いハウスの作業は朝のうちにこなす。外の気温が上がってきたら、いくらかは温度が低い(といっても40℃はある)、背の高いハウスでの作業に切り替える。そんなちょっとした作業時間の工夫をしながら、少しでも体への負担を減らす対策をしている。

背の高いハウスは、北海道の大型農機具も収まる大きさ。空気の入れ替え弁も備える(写真=編集部)
あまりの暑さに、食事がなかなかのどを通らなくなる従業員もいる。夏を越すと、10kgほど体重が落ちていることもざらだという。

「家に帰ったらまずは水を浴びます」と、勤続7年でミニトマト担当の谷口さん(写真=編集部)
対策の一つとして、スマート農業の推進が欠かせない。富良野青果センターでも、ドローンでの防除やラジコン型草刈り機など、最先端の機械を積極的に取り入れている。
実は猛暑の影響で、作物を食害する害虫の増加だけでなく、スズメバチやアブが増えていることも問題になっている。富良野青果センターでも昨年、草取り中に従業員が2人、スズメバチに刺される事故があった。一つ間違えば命にもかかわる。
「ラジコンの除草機を使えば、ハチの巣に不用意に近づいてしまう可能性を下げられます。またドローンで防除をすれば、今まで2~3時間かかっていた作業がほんの10分で終わったりする。熱中症が怖い夏、この差は大きいです。こういったスマート農業を取り入れることは、従業員の命を守ることはもちろん、『かっこいい魅力ある農業』にもつながっていくと思っていて。ラジコンを楽しみながら作業する従業員もいますし、トラクターの運転は本来経験が必要なものですが、GPSの自動操舵システムで、作業を担える人がぐんと増えます。
農業ってよく『3K=きつい、汚い、給料安い』っていわれますが、僕が目指したいのは『逆3K=きつくない、汚くない、給料高い』。作業効率が上がれば、収量アップやコスト削減にもつながっていき、また最新技術を導入できますよね。
もちろん機械だけあればいいのではなくて、従業員の効率化への意識、努力なしではできないこと。みんなでその循環を回して、かっこいい農業ってやつを実現していきたいです」
猛暑というネガティブな状況を打破するだけでなく、理想の農業を実現すること。村上さんは、逆境の中であっても、マイナスをゼロにするだけでなく、プラスにするためにできることを常に考え続けている。

自分たちの好きな色にこだわった、農機具小屋。「かっこいい」はりっぱなモチベーションだ(写真=編集部)
さつまいも栽培というチャレンジ
そしてそもそも、暑さで作物が育たないという根本的な課題がある。富良野青果センターでも、あらゆる品目で高温による生育不良が後を絶たない。
土の中に暮らす菌が活発になりすぎて、ほうれん草を枯らす病原菌が発生しやすくなる。暑さに強いはずのチンゲン菜ですら、葉が黄変し光合成ができず、大きくならない。玉ねぎは雨が降らないと、葉の部分がしおれてぱたりと倒れてしまい、こちらも光合成ができずに玉がまったく太らない⋯⋯。
状況は、道外の産地でももちろん同様だ。全国的に「暑くなりすぎて、今までのように作物が作れない」という地域が次々に出てきている。高齢の生産者が「これまで何とか続けてきたが、これ以上の継続は体力的にも難しい」と、離農を決断するケースも増加。その土地の気候風土に合っているからこそ作り続けられてきた「特産品」が、各地で苦境に立たされている。
富良野青果センターで近年新たに取り組んでいるのは、さつまいも栽培。寒さに弱く、温暖な九州や関東が主力産地だったが、温暖化で栽培に適した産地が北上しつつあるためだ。気温以外の伏線もある。「病気が蔓延し、これまでどおりの量が取れなくなった」という宮崎の産地の声を聞いた集荷業者が、北海道の同業者に「北海道で作ってくれないか」と相談をしたことがきっかけなのだそう。その北海道の業者の呼びかけをきっかけに、村上さんが作り始めたのが4年前のこと。

りっぱなさつまいもに、表情も緩む(写真提供=富良野青果センター)
「生協パルシステムの産地会議で会った千葉の生産者さんに、『どうやって作るんだ』って聞いたりしてね。そこそこ順調に取れていますよ。今年から6倍以上に増反(作付け面積を増やすこと)しました。
でもさつまいもは本来、収穫したら『キュアリング』という30℃くらいの温度で4~5日ほど置く処理が必要なんですが、北海道は10月には外気温が15~16℃まで下がってしまいます。そうするとハウスを暖める灯油代がかかってきて、コスト的には難しいと。
なので今は、収穫したらすぐ出荷させてもらえるところに納めています。北海道では栽培までをやる。そういう連携もこれから増えていくでしょうね」
この先の「食」を守っていくために、地域や業種を超えた連携というのが絶対的に必要になる、と村上さんは言葉に力を込める。
「中東の情勢による肥料の価格高騰、ビニール資材の枯渇など、今あまりに先が見えない。正直、コロナ禍より厳しいという話を仲間としています。自分のところだけでどうにかできる状況ではないと。
技術の情報交換もそうですし、農業だけじゃなく食品メーカーさんも巻き込んだコラボレーションだったり、『オール日本』で、地域を超えて、日本全体で協力しなければ乗り越えていけないと思います」
ふぞろい野菜も大切に食べる
その輪にはもちろん消費者も加わり、連携を強めていく必要がある。村上さんは、
「取れた作物を、一つでも多くおいしく食べてほしい。今当たり前にある『規格』って何なのか、考えてみてほしいんです」
と投げかけた。
異常気象の中、何とか作物を育て上げても、収穫してみると難があり出荷できないというケースも頻発する。
例えばとうもろこしは、高温により受粉が阻害され、実が入らない不稔(ふねん)が起こりやすくなる。また、収穫の間際に猛暑にさらされると、熟度が進みすぎて「一部の実が膨らみ切らなかったり、実にへこみが生じる「えくぼ」も発生するが、皮付きのとうもろこしでこれを間違いなく選別するのは至難の業だ。

えくぼ(写真左)と不稔(写真右)、(写真提供=富良野青果センター)
「畑で何本かむいてみて不稔のものがあれば、ほ場の何パーセントかはそうなってしまっているので⋯⋯。すごく悲しいですが、畑ごと全部廃棄します。一つ一つ選別していられないですから。
不稔のとうもろこしは、味は全然おいしいんです。だから、訳あり品としてでもいいので食べてもらえると、生産者としてはうれしいですよね」
昨年、玉ねぎが生育不良だったことから、通常は「規格外」としてはねられてしまう小さい玉ねぎを『小粒玉ねぎ』として、パルシステムに例年より多く出荷を行った。そうしなければ、出荷できる玉ねぎがあまりに少ない状況だったからだ。苦渋の決断だったというが、注文した人からは「使いやすかった」という声が届いたという。
「食べ物を本当に大事にしていけるように、サイズや形などの基準の仕組みだったり、『この野菜は普通この形でこれくらいの大きさでしょ』という固定概念を変えていかないといけない、と強く思いました。

一つの玉ねぎを育てるために使う資源や手間は同じ。商品とそれ以外に分けているのは、私たちだ(写真提供=富良野青果センター)
今後、猛暑の影響がなくなることはないはずです。作物がどんどん作りにくくなっていったとき、こうしたサイズがバラバラなもの、少し見た目が悪かったり、一部割れや欠けがあるものをすべて廃棄していったら、食べられるものは本当にわずかになってしまう。
畑には、手のひらサイズの大きいじゃがいもだってあるし、小さいのも、ちょっとへこんでいるのも、形がせんべいみたいなのだってあるけど、全部食べられますし、むしろ生産者はそういうのばかり食べています(笑)。サイズがそろったじゃがいもは、収穫したうちの一部でしかありません。農作物ってそういうものなんだって、産地側からも畑のリアルな情報をどんどん伝えていかないとって思っています」

土中の石が高温になり、一部が黒くやけどしたように焦げたじゃがいも。猛暑の影響は土中にも及ぶのだ(写真提供=富良野青果センター)
今この瞬間も、気候変動はまったなしで進行し、世界情勢も不確実さを増すばかりだ。それでも、むしろそんな厳しい状況下だからこそ、村上さんの農業に対する信念は揺るがない。
「コロナ禍で多くの業種が停止せざるをえなくなったときでも、農業はずっと動いていた。僕はあのときに、一次産業ってやっぱり本当に大事な職業の一つであり、人間の生活にはなくてはならないものだと改めて感じました。
これからの時代、作り手も食べ手も一緒になって、それを守りつないでいかないといけない。生産者も現状を伝える努力をして、皆さんにも産地にどんどん来てもらって、『仲間』を増やしていけたら」
村上さんは、数年前に産地に足を運んでくれたパルシステムの組合員が、取れたてのとうもろこしを食べて「苦手だったのにすごくおいしくて、食べられるようになりました」と言ってくれたことが忘れられないという。
「やっぱりね、僕たちが一生懸命作った野菜を『おいしい』って言ってもらえると、どんなに暑くても、農作業を頑張ろうという気持ちになるんですよね。
お互いのことを知り、そういう関係性をもっと強くしていくことが、農業を守り、食を守ることにつながっていくんじゃないでしょうか」

写真=編集部