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林の中を歩く難民の列

© 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

難民はなぜ増え続けてしまうのか? 世界が注目する現代美術家アイ・ウェイウェイが、漂流する人々を追う

  • 暮らしと社会

「もしあなたが故郷を失ったら?」と問いかけられたら、何を想像するだろう。誰にもあるはずの家、家族、そして故郷が、難民になった途端に失われてしまう――。国連は、持続可能な開発目標(SDGs)で「誰一人取り残さない」世界の実現を掲げるが、難民たちの置かれている状況は程遠い。増え続ける難民の現状を追った映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』が1月12日より公開される。ドキュメンタリー映画に詳しいメジロフィルムズ代表の松下加奈さんに、作品について伺った。

国を追われた人々の難民生活は平均26年続く

 映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』は、中国を代表する現代美術家アイ・ウェイウェイが、世界23カ国の40カ所の難民キャンプを巡ってカメラに収めた、壮大な難民ドキュメンタリーです。

ところ狭しと並ぶ難民キャンプ

シリアとの国境に近いトルコ南部ガジアンテップ県ニジプにある難民キャンプ © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 現在、世界には6,850万人(※1)の難民が行き場を求めてさまよっています。難民はどこから来るのでしょうか。国連UNHCR協会のレポートによれば、一番多いのがシリアからの629万人、次にアフガニスタン262万人、南スーダン243万人と続き(※1)、いずれも国内で紛争が絶えず国外に逃れた人々です。

荷物を背負い歩く人々

ヨルダン・シリア国境付近を歩く人々 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 しかし、このように数字だけを伝えられても、そこにある人の思いや生活を実感することは難しいのではないでしょうか。映画では、いまだかつてないスケールで難民危機と呼ばれる大規模な人のうねりをレポート。ある時は俯瞰し、ある時は寄り添いながら、「難民」にならざるを得なかった普通の人たちの姿をとらえていきます。

上空から走る子どもたちを見下ろす

ミャンマーを逃れたイスラム系少数民族ロヒンギャの人々が多く暮らす、バングラデシュ南部のクトゥパロン難民キャンプで走り回る子どもたち。 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 映画は、難民が生まれる背景も描いています。シリアやイラク、アフガニスタンでは、激化する中東の紛争の中で、ケニアなどアフリカ諸国では、内戦のほか、気候変動や飢餓、干ばつによって住む場所を追われる人々が後を絶ちません。こうして国を追われた人々の難民生活は平均26年も続くという事実に、思わず愕然とします。

難民キャンプに佇む子ども

トルコ南部ニジプの難民キャンプにて © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

※1:UNHCR Global Trends – Forced displacement in 2017より/参考:国連UNHCR協会「Global Trend 2017より ~ 2017年、家を追われた人の数は6,850万人を記録しました

命懸けの航海、有刺鉄線のフェンス……

 難民の多くはヨーロッパを目指します。そのルートには二つあるといいます。一つがアフリカ経由で地中海を渡り、スペインやポルトガルに向かう「地中海ルート」。もう一つがトルコからギリシャへ陸路で渡り、北を目指す「バルカンルート」です。

 「地中海ルート」では、密航業者のボートが頼りです。しかし、業者に不当に搾取され全財産を奪われたり、銃を持った業者に森へ連れ込まれ、レイプの被害に遭う女性もいたりするなど、難民たちは危険にさらされています。

ボートから上陸する人々

シリアやイラクから逃れ、トルコからエーゲ海を渡る難民は、ギリシャ東部のレスボス島に押し寄せる © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 密航ボートには700人近くがすし詰め状態に詰め込まれ、海を何日も漂流します。支援団体が救助した時には衰弱している人が多く、下痢や赤痢を発症しており、栄養失調の人もいます。中には臨月の妊婦もいて救急処置を行います。まさに、命がけの航海の様子が伝えられています。

沿岸に残されたライフジャケット

ギリシャのレスボス島沿岸に残されたライフジャケットの山 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 「バルカンルート」では、ギリシャからマケドニア国境を目指します。60日間かけて国境まで歩いてきた親子や、杖をつきながら前に進むおじいさんなどが、道端で身を寄せて休みながら、ときに急流の川を体一つで渡り、先へと進みます。

雨の中歩く人々

マケドニアとの国境に近いギリシャのイドメニ付近を歩く人々 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 しかし、この「バルカンルート」で増え続ける難民に困窮したヨーロッパ諸国は、東欧やバルカン諸国の入国制限を強化。ハンガリーはセルビアとの国境に、万里の長城のように長い、有刺鉄線を巻き付けたフェンスを築いて分断してしまいました。

国境のフェンスと軍隊

フェンスが張られたセルビアとの国境を警備するハンガリー軍の部隊 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 そのため、ギリシャで足止めされる難民たちが急増。マケドニア国境のイドメニという地域には、わずかな希望にすがって人々が集まり始めます。雨が降ると地面がぬかるむ所に、ゴミが散乱し、人が密集する劣悪な環境の中、キャンプを張ってひたすら待つ姿にカメラは向けられます。

線路上の難民キャンプ

マケドニアとの国境に近いギリシャのイドメニで、国境が開くのを待つ人々 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 ここで、ハッとするのは、かわいい白猫を連れてシリアから逃れてきた女性が映し出されることです。彼女は、故郷シリアで撮ったときの猫の写真を、スマホで自慢げに見せてくれます。私も猫を飼っているので、猫を連れて避難できるように避難用リュックを用意しているのですが、国を離れるときまで一緒に連れて行くとは考えてもみませんでした。

 もし、故郷を追われるということが自分の身に降りかかれば、生きる上で大事なものを取捨選択しなくてはならなくなるでしょう。難民とは、自分と変わらない暮らしをしてきた人たちが、突然日常を奪われた結果なのだと思い知らされます。

機動隊を見つめる子どもたち

イドメニの難民キャンプを警備する機動隊を見つめる子どもたち © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 しかし、2016年3月、この難民キャンプはマケドニア警察によって強制解体され、催涙弾まで使われて人々を追い詰めます。映像には、催涙ガスで涙を流し続ける小さな子どもの姿もあります。難民の暮らしや人権は、いとも簡単に奪われているのです。

テントから顔を出した子ども

イドメニの難民キャンプにて © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

「難民たちの悲劇は自分たちの悲劇」

 映画には、監督のアイ・ウェイウェイも自ら出てきて、インタビューを敢行していきます。アイ・ウェイウェイは、今、世界がもっとも注目する現代美術家の一人です。

髪を切るアイ・ウェイウェイ

ギリシャ・イドメニの難民キャンプで髪を切るアイ・ウェイウェイ © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 彼が手がけた作品で、多くの人が目にしたのは、2008年に開催された北京オリンピックのメインスタジアム「鳥の巣」でしょう。しかし、アイ・ウェイウェイは、スタジアム着工時から中国共産党のプロパガンダとして利用されることを拒否し、当局を激しく批判しています。

 アイ・ウェイウェイは優れたアーティストであると同時に、社会の矛盾と徹底的に対峙するアクティビストです。「難民たちの悲劇は自分たちの悲劇である」と語るアイ・ウェイウェイの思想の礎は、少年期にあるといいます。

難民キャンプを歩くアイ・ウェイウェイ

イドメニの難民キャンプを歩く © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 著名な詩人である父のアイ・チンは中国共産党員でしたが、文化大革命で弾劾され、党から除名。家族もろとも新疆(しんきょう)ウイグル自治区の強制労働改造所に下放されました。アイ・ウェイウェイは多感な少年期をここで暮らしました。社会的弱者への眼差しはこの時に構築されたといいます。

難民と接するアイ・ウェイウェイ

レスボス島にて © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 2008年の四川大地震で死亡した児童らについて当局へ責任追及し、11年に北京の自宅で軟禁されます。現在はベルリンに拠点を移し、巨大なスタジオで創作活動に取り組んでいますが、それから一度も中国に戻れていません。

 故郷を半ばなくしたような状態のアイ・ウェイウェイは、難民たちと共感し通じるものがあったのではないでしょうか。大きな体で一人一人の難民たちと対話し向き合う姿はとても印象的です。

難民の話を聞くアイ・ウェイウェイ

レスボス島のモリア難民受入・登録センターで話を聞くアイ・ウェイウェイ © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 美の表現者でもあるアイ・ウェイウェイは、難民問題が生んだ荒涼とした風景の中でも美しさを見出します。それは、字幕だけでは得られない体験を観る人に与え、心に直接問いかけてくるかのようです。

難民キャンプの風景

イドメニの難民キャンプ © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

「家族や愛する人がいるということを思って接する」

 故郷を離れ、別の国に助けを求めた人々は、その国で「難民」として認定されれば、国際条約によって、無差別の経済的保障と法的権利を得られます。同時に、認定した国には、難民保護の義務が生じます。しかし、この認定は各国の入国・移民管理局に委ねられており、ほとんどの国が、経済状況を理由に受け入れを拒んでいます。難民認定はまさに狭き門と言えるでしょう。

検問所を通る女性

パレスチナ人が居住する東エルサレム・カランディア村にある検問所を通る人々 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 日本では、2017年に19,623人が難民申請しましたが、認定されたのはわずか0.2%の20人。国際的に見ても非常に少ないのが実態です。難民認定の実務は、法務省入国管理局が担っており、難民を「保護する」というよりは、「管理する」という視点が強く、同じく管理を行っている移民との扱いに違いがありません。報道にあるように、移民・難民たちへの理不尽な対応も後を絶ちません。

 2019年4月には、外国人労働者の受け入れを拡大するための改正入国管理・難民認定法が施行されます。今後、より多くの外国人が日本にやって来るでしょう。難民と労働者の受け入れを一緒にはできませんが、法制度や受け入れのあり方は、十分に議論し尽くされたと言えるでしょうか。

フェンスの向こうの男性

パレスチナ・ガザ地区のハーン・ユーニスにて © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 この映画が撮影された2016年以降も、難民を巡る状況は日々更新され続けています。移民や難民に寛容だったドイツのメルケル首相の退任が決まり、それに呼応するようにヨーロッパでは難民問題を巡り意見が対立、極右が台頭しています。アメリカのトランプ大統領は移民を排除する動きを強化、中米から押し寄せる「移民キャラバン」をメキシコ国境で阻止するため、武力行使を示唆しています。

一時収容施設で暮らす難民

ドイツの首都ベルリンにある旧テンペルホーフ空港に作られた難民の一時収容施設 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 一方で、映画や美術の世界でも難民・移民をテーマにした作品が次々と発表さています。世界中のアーティストが、強く関心を寄せているのです。難民にも、「家族や愛する人がいるということを思って接しなくてはならない」。この映画に登場する人々が訴えるように、「人と人との対話」が私たちにも必要となってきています。

キャンプで休む親子

レバノンのベッカー渓谷に逃れたシリア難民 © 2017 Human Flow UG. All Rights Reserved.

 “もしも、故郷を失ったら”――それはあまりにも大きく自分の想像をはるかに超える喪失です。この映画を観ると、今この瞬間も、世界を漂流する人々の足音が聞こえてくる気がします。すべての人々が暖かいベッドで安心して眠ることができるよう、心から願っています。

協力=キノフィルムズ 文=松下加奈 構成=編集部