グローバル経済から「食」を取り戻す
「『しあわせの経済』によって、すべての命がつながり、仕事に意味を感じ、健康で持続的で、楽しみに満ちた文化を取り戻すことができる。今、世界じゅうでこのムーブメントが起きています」
そう話すのは、「ローカリゼーション」の第一人者であるヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんだ。2019年11月、神奈川県横浜市で開催された「しあわせの経済 国際フォーラム」で集まった参加者に語りかけた。
ヘレナさんは、「しあわせの経済」ムーブメントの中心になるものとして、「食」を中心とした取り組みの重要性を挙げている。
「グローバル経済によって、毎日のように飛行機で遠くから食品が運ばれ、大規模モノカルチャーが農地を疲弊させています。しかし、各地域で始まっている食への取り組みは、不要な運送を減らし、化学薬品を減らし、地域に根づいた健康的な食を生み出せることを証明しています」とヘレナさん。
こうした食への取り組みは、世代を超えて、さまざまな人たちをコミュニティーとしてつなぐ役割も果たしているという。
国際フォーラムには、国内外の地域で活動する市民グループ、NPO、社会企業、環境活動家、アーティスト、学者、学生などが集まり、2日間にわたって「しあわせの経済」実践のための意見や情報を交換し合っていた。生協パルシステムも、このムーブメントに参加する団体の一つだ。
「人間が生きていくために、食は欠かせません。しかし、今は食さえもグローバル経済の手段の一つのように見なされています。本来、食は人の健康を作るだけでなく、自然とつながり、地域を作るものでもある。そうした価値を、改めて伝えていく必要性を感じています」とパルシステム生活協同組合連合会・常務執行役員広報本部長の髙橋宏通さん。
地域の産地とつながりを築き、有機農業を軸として支え合う関係を目指してきた生協運動は、「しあわせの経済」ムーブメントにも重なる。
パルシステムでは、どのように「しあわせの経済」を描いているのだろうか。
「自分さえよければ」では共生できない
パルシステムは、1都11県を活動エリアとして、約155万人の組合員が加入する消費者生活協同組合だ。食品宅配事業などを利用する組合員は、同時に協同組合の出資者であり、運営メンバーでもある。株式会社と違って持ち株数に左右されることなく、みんなが「一人一票」の議決権を持ち、平等な立場でかかわるのが協同組合の特徴だ。
「“One for all, all for one”( 一人は万人のために、万人は一人のために)というのが、協同組合を表す理念です。パルシステムとしては『心豊かなくらしと共生の社会を創ります』という理念を掲げていますが、それは、人と人だけでなく、自然と人、そして現在と未来まで含んだ意味での『共生』のことなのです」と髙橋さん。
“One for all, all for one”は「自分の国だけよければいい」「自分の会社さえもうかればいい」という考えになりがちなグローバル経済とは異なる価値観。だからこそ、「しあわせの経済」の考え方には共感を覚えるのだと言う。
「パルシステムでは、組合員・生産者・流通者・販売者それぞれが適正なコストを負担し、お互いに支え合う仕組みを目指しています。各産地と産直協定を結び、『作る』側と『食べる』側が支え合うパートナーシップもはぐくんできました。しかし、生協もグローバル経済と無縁ではいられません。事業を成り立たせようとするとグローバル経済のほうに流されかねない。理念を貫くためにどうバランスを取るのか、難しさも感じています」
パルシステムでは、「商品づくりの基本」として、「自然や生き物の『本来の姿』を尊重しているか」「地域に根ざした食生産やくらしに貢献しているか」など5つの項目を挙げている。
「単に有機農産物を扱うというだけでなく、有機農業を核とした『人、環境、地域』の構築が必要です。お金を出せば、どんな食べ物も簡単に手に入る時代。でも、実際は作ってくれる人や自然環境がなければ、だれも生きていけません。それなのに、消費者のほうが生産者より圧倒的に有利な立場にいますよね。ほとんどの生産活動は、利益を上げるために環境や働く人などに負担をかけているのが現状ですが、土と水と太陽だけを利用する本来の農業は、だれにも迷惑をかけないんですよ」
しかし、その農業さえもグローバル経済の影響を受けて「よりコストを下げて」「より収量を上げよう」としていけば、環境や人間に悪影響を与えるものになってしまうのだと髙橋さんは言う。
有機農業を軸にした、みんなで生きる地域
そこで、パルシステムでは生産者と消費者が一緒になって「農薬削減プログラム」を進め、有機農業の拡大に取り組んできた。この取り組みは20年にも及ぶ。すでに有機農業をしている生産者と取引をするだけでなく、これまで農薬や化学肥料を使って慣行栽培をしてきた産地と議論しながら、時間をかけて有機農業へと移行していくプロセスに最も力を入れてきたのだという。
「有機農業は、地域みんなでやらないとできないんですよ。一か所だけでやっていても、ほかの所から農薬が飛んでくるかもしれないし、水はどうするんだってなる。昔から有機農業にこだわってきたという人は少数ですし、新規就農者は農業技術や流通手段を持っていない。有機農業を広げようと思ったら、今慣行栽培でやっている人たちも加わってもらい、一緒にやっていく必要があるんです。そこには、それを支える消費者がいなければ成り立ちません」
一般の市場であれば、消費者は「安く買いたい」、生産者は「高く売りたい」となって、利害が相反するのが普通だろう。しかし髙橋さんは、生産者には「買う側のことを思い浮かべて作ってください」と言い、組合員には「作っている人のことを考えて食べてください」と伝えているのだという。
「そうすると、自然といい関係になっていくんです。一方的に消費者が『農薬を使わないでください』って言っても何も始まらない。それをどう買い支えていくのかを一緒に考えないと。そういう運動を生協はずっとやってきたんです」
こうした取り組みの先にパルシステムが描いているのが、理念に掲げている「共生社会」だ。
「グローバル経済の世界では『利益』や『生産性』ばかりが評価されるけど、有機農業にはそれ以外の評価軸がある。堆肥だって、じっくり時間をかけて作らないとできません。高齢者も障害者も、いろいろな人が活躍できる場があるんです」
髙橋さんは、グローバル経済がもたらす最大のゆがみは「格差」だと考えている。
「個人だけでなく、国や地域にも格差が生まれていく。でも、消費者と生産者の関係と同じことで、都市だって地域がなければ成り立たない。そこにもっと目を向けないといけないと思います。地域の有機農業を軸にした暮らしを作っていけば、みんなで生きていく仕組みができるはずです」
「農業」「アート」「食」が融合した「クルックフィールズ」
もう一つ、食や農業にかかわる「しあわせの経済」の多様性を示す、新しいチャレンジを紹介したい。それが、2019年秋にオープンした「クルックフィールズ(KURKKU FIELDS)」だ。パルシステムとはアプローチは異なるが、根底にはそれぞれに共通する意識がある。2つの取り組みを知ることで、「しあわせの経済」の輪郭が見えてくるかもしれない。
「クルックフィールズ」は、千葉県木更津市に「農業」「食」「アート」の3つを軸にしたサステナブルファーム&パークとして誕生した。30haもの広大な敷地には、有機栽培で野菜を育てる農地、鶏舎や水牛舎、チーズ工場、ダイニング、シャルキュトリー(食肉加工品)やベーカリーの販売所、そして宿泊施設などを備えている。訪れた人は、自由に散策したり、ここで作られた食を楽しんだり、農業体験をすることができる。
この場所の総合プロデュースを行っているのは、ミュージシャンで音楽プロデューサーの小林武史さんだ。小林さんは、サザンオールスターズやMr.Childrenなどの楽曲プロデュースを多く手掛ける一方で、2003年に環境に配慮したプロジェクトへの融資事業を展開する非営利組織「ap bank」を設立。音楽フェス「ap bank fes」を開催し、その収益を被災地のボランティアなどap bankの活動費に充て、活動を行ってきた。
「こういう活動を始めたきっかけに、2001年のニューヨーク同時多発テロがあります。あの事件は、政治や経済、エネルギーなど、わたしたちの暮らしとかかわり合う中で起きたもの。未来をだれかにゆだねるのではなく、持続していける社会を自らの手で選んでいくために何ができるだろうかと考えるようになりました」と小林さん。
さまざまなものが「循環」していく仕組みを自分たちの手で作れないか――小林さんが仲間と一緒に考える中で、実践の場として始めたのが「クルックフィールズ」だった。
ここは「響き合い、響かせ合う場所」なのだと小林さんは言う。
「やっぱり人間も自然の一部なんですよね。その感覚は、人と人を結びつけるものでもある。クルックフィールズは、まずは自然の中にいる気持ちよさを感じてもらい、それを響かせ合うことができる場所です。言葉で説明するよりも、ここに来てもらうのがいちばんいい」
「いのちのてざわり」を感じられる場所
このクルックフィールズの設計にかかわっているのが、パーマカルチャーデザイナーの四井真治さんだ。パーマカルチャーとは、「パーマネント(永久の)」と「アグリカルチャー(農業)」や「カルチャー(文化)」を組み合わせた言葉で、「永続的な農業をもとに、永続的な文化を築く」という考え方をベースにしたデザインの手法でもある。
「小林さんがクルックフィールズのテーマにしているのは『いのちのてざわり』。その要となる『いのちの仕組み』を組み込んでデザインすることで、ここに来た人も、ここで働く人も、いのちのてざわりが感じられるようになっています」と四井さん。
敷地内で育てた有機野菜はダイニングなどでも提供され、出荷できない野菜は動物の飼料に。その排せつ物が堆肥となって土壌を作る。さらに、各施設の排水は、地下浄化槽のバクテリアによって無機物に分解されたあと、植物や微生物の力を利用した水質浄化の仕組みである「バイオジオフィルター」を経て、小川、ビオトープ、貯水池へと流れ、敷地内を巡って多様性のある環境を作り出す。
そこには食を中心にした循環の仕組みがあり、五感でそれを感じられることが、クルックフィールズの最大の魅力なのだ。
「かつての日本には、人間の排せつ物も地域で循環させる仕組みがありました。そうやって土地は豊かになり、生き物も増えた。人間が普通に暮らすことで、環境を壊すのではなく、里山のように他の生き物たちと一緒に自然環境を豊かにすることができていたのです。でも今は、トイレで用を足すと下水処理場から海へ流れてしまうでしょう? せっかく多くの生き物が長い年月をかけて土壌に集めてきた栄養分が、土に戻っていかない。本当の意味で『生きる』ということが難しくなっているのです」と四井さんは危機感を漏らす。
「お金さえあれば何でも買えるし、ボタン一つで料理もできる。でも、実際には食べ物を得るまでに、いろいろなプロセスや仕事、さまざまな人や生き物とのかかわりがあります。便利さに価値を置くあまり、それらが見えなくなり、暮らしから『いのちのてざわり』が失われて、リアルさもなくなってしまった」
クルックフィールズは、そんな見えなくなってしまった「かかわり」や「循環」に気づくことができる場所でもある。ここで働くスタッフは、自分たちの手を実際に動かし、道具を作り、修理もしながら、この場所を作ってきた。「『これからの場所』を一緒に考えていくチームみたいなものです」と小林さん。
「大企業がすべて悪いとは言わないけど、規模が大きくなるほど何をやっているのか、中からも外からも分からなくなる。地域とか小さなユニットの中で、それぞれが役割を分担し合って、そのつながりがちゃんと見えたなら、もっと楽しく生きられる気がします。クルックフィールズもそういう場所にしていきたいし、それが『しあわせの経済』の基本じゃないかと思うんです」(小林さん)
大切なのは「ビッグピクチャーを理解すること」
東日本大震災後の被災地支援にもかかわってきた小林さんは、当時を振り返って、こう話す。
「福島での原発事故後、『経済と命のどちらが大事なのか』という根源的なことがあちこちで問われていました。でも、命を叫ぶ人たちの声は、どんどんと小さくされていった。まるで『世界のシステムを変えるわけにはいかないんだ』と言われているようでした。僕たちは、そういう声に屈せずに、自然の音に耳を澄ませるように、自分の感覚を信じて進んでいけばいい。必要なのは、長いスパンで考えることと広い視野を持って動いていくことではないでしょうか」(小林さん)
「しあわせの経済」ムーブメントを広げてきたヘレナさんも、「個別の問題だけに目をやるのではなく、社会のシステム全体をとらえる世界観=『ビッグピクチャー(全体像)』を理解することの大切さ」を語っている。
「あらゆる問題は、『都市中心』と『グローバル経済』という根っこでつながっているのです。それを変えるためには、地域に根づいた経済を育て、それが可能であることを示していくことが大事です。わたしは、世界じゅうで『しあわせの経済』に向けた多様な取り組みが生まれていることに希望を感じています。皆さんも一緒に、このムーブメントに加わってください」(ヘレナさん)