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食育の第一人者・吉田隆子さんが伝える 子どもを変える「食の力」

  • 食と農

子どもの健康や成長のためにおろそかにできない毎日の食事。でも、何をどう食べさせたらいいのか、迷ったり悩んだりすることも多いのではないでしょうか? 食育発信基地「NPO法人こどもの森」を拠点に、"食"という切り口から、子どもたちに"生きる力"を育む活動を続けている吉田隆子さん。子どもたちの五感に訴える吉田さんの実践を通して、「食育とは何か」を探っていきます。

「あいさつ」から始まるクッキング教室

 静岡県磐田市の郊外にある「NPO法人・こどもの森(以下、こどもの森)」を訪れたのは2月中旬。杉の香りがすがすがしいコテージ風の教室で、毎年4月に始まる未就学児対象の「こどもの森クッキング まつぼっくりコース」が開かれていました。開始の10時が近づくと、お父さんやお母さんに連れられた子どもたちが次々に集まってきます。

 「こどもの森クッキング」が、食材に関する学びや料理体験と並んで大切にしているのが、あいさつなどの礼儀作法。子どもたちが一人ずつ、「おはようございます」とお辞儀をするところから一日がスタートします。

 カメラに照れたのか身をよじらせていた子も、正座して迎えている吉田さんに「はい、背筋をまっすぐ伸ばしてね」とうながされると、ぴんと姿勢を正し、はっきりした声で「おはようございます!」

あいさつ、お辞儀は「背筋をまっすぐ」「おなかを曲げて」

 あいさつだけでなく、靴をそろえる、上着を脱ぐ、ロッカーにきちんとしまう――そうした一連の動作を、3~5歳の子どもたちが自然にこなしている光景が新鮮です。

 「お作法の先生にお願いして、玄関からの入り方、上がり方、靴の置き方、ごあいさつの仕方を教えていただいているんです。社会に出たときに、立ち居ふるまいが美しい人であってほしいと思うから。美しい所作が身についていれば、どんな場に出ても自信を持ってふるまえる人になるでしょ」と吉田さん。

 「くり返しくり返し毎回やっていると、子どもたちのあいさつの仕方は見事に変わっていきますよ。子どもを送り迎えに来るお父さんたちのあいさつまで、だんだん変わってくるのよね」と笑います。

台所には、新しい発見や驚きがいっぱい!

 「こどもの森クッキング」では、季節の行事や旬の食材にちなんで毎月テーマを設定。クッキングに入る前に、そのテーマに沿ったお話の時間があります。

 2月のテーマは「豆」。吉田さんが絵本を取り出して、「この豆は何だと思う?」「煮豆を絞ったら何ができるかな」と問いかけると、子どもたちは「うーん」と考え込んだり、「もしかして…」とうれしそうに目を輝かせたり、「すごいねぇ。豆からこんなにいろいろできるんだね」という言葉に大きくうなづいたり。話に聞き入る子どもたちの表情がいきいきしています。

クッキングの前の「お話」が、食材への想像力をふくらませる

 「これからの人生で何が大事かと言えば、好奇心だと思うんです。食の周りにある新しい発見や驚きが好奇心を育む。食育によって、そんないい循環ができあがっていくんです」

 クッキングが始まると、教室はさらに活気づきます。この日の献立は、「菜の花ごはん」「みぞれ椀」「手づくり豆腐」「卯の花」「みかん」「元気ジュース(野菜ジュース)」。包丁もまな板も、3歳児から一人に一つずつ。小さな手で包丁を握り、食材をていねいにカットする表情は真剣そのものです。

「こどもの森」ではじめに学ぶのが、包丁の持ち方とまな板の使い方

 包丁の扱い以外にも、豆乳の入った熱い鍋をかきまぜたり、落とせば割れてしまう食器を運んだり、ハラハラして手を差し伸べたくなるような場面でも、吉田さんやスタッフのみなさんはじっと見守っています。

 「ここではほとんど混乱もないし、大きなけがもありません。子どもって、大人が思っている以上にできるものなんです。子どもを信頼することが大事。今のお父さんお母さんは、子どもが自分で考えて行動するのを待てずに先回りして関わりすぎるような気がしますね」

 子どもたちが盛り上がるのが”味見”です。ごはんが炊けたら味見、かつおぶしを削ったら味見、だしをとったら味見、砂糖を入れたら味見…こどもの森では、何かにつけ、「味見する?」「味見したい!」の声が飛び交います。この日も、豆乳を口にして「あまーい!」、豆乳を絞った後のおからに「うーん、ボソボソしているかなー」、スプーンの先のにがりを舐めて「ぎゃっ、しょっぱにがい!?」。

 「子どもがいちばん興味をひかれるのは『どんな味かな』ということなんです。だから”味見”はとっても大事なこと。中学生ぐらいになったら反抗期で食卓で話もしないという悩みをお母さんから聞きますが、料理の最後の味つけをやらせてみて。失敗したら失敗したでいい。自分で味つけしたものは、自分のものになるんです。子どもたちにはそういう体験をたくさんさせてください」

子どもたちは味見が大好き。豆腐づくりの途中、豆乳を一口

「子どもに直接指導しなければ」と食育に取り組む

 そもそも吉田さんが、子どもを対象とした「食育」に取り組み始めたのは、今から30年前。まだ「食育」という言葉すら一般には知られていない頃でした。

 管理栄養士としてあらゆる世代の食指導に携わっていた吉田さんを「食育」へと導いたのは、海外の食事情に詳しい食生活・健康ジャーナリストの砂田登志子さんの講演。当時アメリカで問題になっていた生活習慣病の低年齢化や肥満の増加、利便性や効率性、工業化などが食生活に及ぼす影響やさまざまな健康障害についての砂田さんの報告は、吉田さんを驚かせました。

 「砂田さんは、日本にもそのうち同じようなことが起きてくるだろう。子どもに直接指導しなければ間に合わないとおっしゃっていました。そのとき、私には何ができるんだろうって思ったのです」

30年にわたって食育に携わってきた吉田隆子さん。「最初の食育クッキングは、自宅の台所で始めたんですよ」

 海外では小さな子どもたちに食教育をしていると聞き、吉田さんは、早速、当時勤めていた幼稚園に相談。幸い、フランス人の園長先生から賛同を得ることができました。

 「園長先生ご自身も子どもの頃にフランスで食教育を受けたそうです。今でも自分で料理を作って、身の回りのことも自分でできて健康でいられるのはそのおかげだと。食は空腹を満たすだけでなく、心を満たすもの。ぜひ、おやりなさいと、背中を押していただいたのです」

“料理でバランスを覚える”「4つのおさら」を考案

 「食育を始めよう」。そう決意した吉田さんが、その実践方法を模索するなかで行き着いたのが、今でも「こどもの森」の食育の基本となっている「4つのおさら」という考え方です。

 「私は栄養士だから、どうしても栄養素や食材単位で考えてしまうくせがあったのですが、バランスよく食べようねって言っても、子どもにはわかりませんよね。子どもたちが食べるのは栄養素や食材じゃなくて料理なのだから、料理をバランスよく選ぶ方法を教えられればいいんだと気づいたのです」

 ”料理”をモチーフに、と考えた吉田さんが柱にしたのは、日本人が慣れ親しんだ「主食と一汁二菜(主菜・副菜)」の和食スタイル。食卓の上の主食、汁、主菜、副菜をそれぞれ「黄のおさら(主食)」「白のおさら(汁物)」「赤のおさら(魚や肉が主役のおかず)」「緑のおさら(野菜が主役のおかず)」と名付け、おさらの役割を明確にし、バランスのとれた食卓の目安としました。

「4つのおさら」の特徴は、味覚を育む「白のおさら=汁物」があること

 「4つのおさら」でもっとも特徴的なのは、「白のおさら」。黄、赤、緑は主に「からだを育てる」「からだの調子を整える」ためのおさらですが、白のおさらは「味覚を育む」ことを目的とします。

 「最初の内は『白のおさらって何?』といぶかしがられたのですが、考え抜いた末、これは外せないと思いました」と吉田さん。その理由を、「日本の料理ではずっと汁物が大事にされてきたのに、今、家庭ではあまり作られていません。汁物の主役はだし。だしを大切にすることで、自然の味、素材そのもののおいしさがわかる子どもを育てたいと思ったのです」と説明します。

 この日の献立も、もちろん「4つのおさら」。子どもたちは、できあがった料理を各自でよそい、4つに色分けされた専用のランチョンマットの上に置いていきます。

 「最初は覚えられなくても、とにかく4つをきちんと並べることが大事です。家庭の中でもこのランチョンマットを使って、1日3回、365日続ける。毎日のくり返しだから、ものすごい刷り込みになるんですよ。まつぼっくりコースでも、もうほとんどの子たちは、料理を見たら何色のおさらかわかるようになっていますよ」

「信頼して任せれば、体験が知恵になります」

 「こどもの森」で印象的なのは、子どもたちが自ら体を動かしていたこと。誰が何をやるとか、どういう順番でやるとか、吉田さんやスタッフが指示を出す場面がほとんどないことです。一生懸命まな板を洗っている子がいれば、棚から食器を出すのを手伝ったり、椅子を運んで食卓を整えている子も。幼いけれども一人ひとりに、「自分がいま何をするべきか」「何をしたらいいのか」と考えるクセが身についていることが伝わってきます。

好奇心いっぱいの目で、鍋を見つめる子どもたち

 「今の時代、情報はたくさん手に入ります。それを自分なりに取り込んで知識とすることも比較的簡単にできる。でも、それを使って行動して初めて”知恵”となるのです。さらに、一つのことを毎日繰り返し続けることが、粘り強さや意志の強さになる。食育を通して、そういうことすべて、つまり”生きる力”を子どもたちは自然に学んでいるのでしょうね」と吉田さん。

 「私の立場で気をつけているのは、子どもたちが皆、『きらきらしているかな?』ということ。何かつまらなそうにしている子がいたら、どうやってわくわくさせようかって頭を巡らすのが私の仕事です。きらきらしたりわくわくしたりすることから、自然に『やってみようかな』というチャレンジする心が生まれる。それを大事にしたいのです」

 一生懸命働いた後は、大人も子どもも皆で食卓を囲みます。楽しく会話しながらゆっくりと。途中で食べ進まない子にも決して無理強いはせず、上手に励ましながら、その子が自分で食べる気持ちになるのを待ちます。食事の時間はたっぷり1時間。先に食べ終わった子も騒ぎまわったりせず、友だちが食べ終わるのを静かに待っています。そして、最後に皆でそろって「ごちそうさま!」

 「食が細い子もいるけれど、時間をかければこんなにきれいに食べられるんです。家庭では1時間も食事に時間を割くなんてできないかもしれないけれど、せめて子どもといっしょに食卓につくことを心がけたいですね。子どもにとっては、楽しい食卓こそが何よりの食育。子どもが心から『食べたい!』と思える環境をどう整えるか、それは大人の責任です」

「4つのおさら」を並べたら、みんなそろって「いただきます!」

取材協力/NPO法人子どもの森 取材・文/高山ゆみこ 撮影/深澤慎平 構成/編集部