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写真=疋田千里

簡単おいしい、だから続けられる! 梅津有希子さんがたどり着いた「だし生活」の始め方

  • 食と農

だしをとる生活。なんとなくあこがれはあるけど、やり方がよくわからない、手間がかかりそう……。『だし生活、はじめました。』の著者・梅津有希子さんもそんなひとりだったが、だしの本当のおいしさを知ってから、すっかりとりこに。今ではSNSで日々「だしごはん」を発信し、「むしろ料理がラクになった」と言い切る。おいしいものに目がないけれど、料理は苦手だったという梅津さんだからこそたどり着いた、「世界一簡単なだしのとり方」とは?

もっぱら“顆粒だし派”だった

――「だし愛好家」として、だしに関する著書もある梅津さんですが、数年前まで「だし」にはなかなか手が出せなかったそうですね。

梅津 そうなんですよ。食べるのはすごく好きで、おいしいものには目がないのですが、家でのごはんは、どちらかというと義務で作っているみたいな感じでした。

梅津有希子

写真=疋田千里

 だしにあこがれはあったんですよ。きちんと丁寧に暮らしているようなイメージがあるじゃないですか?でも、むずかしいって思い込んでいた。昆布を前の晩から水につけておいて、朝火にかけ、沸騰したらそこにかつおぶしを入れて……って、いかにも面倒くさそうって。

 それに、料理本を見たり和食のプロの話を聞いても、人によって方法も分量も違うんですよね。昆布1枚という人もいれば、10cm×10cmという人もいる。みんな言うことが違うから何が正解かわからなかったし、覚えられなかったんです。

昆布だし

分量や煮出す温度、時間…梅津さんにとっても、だしのとり方はやっぱりむずかしいイメージだった(写真=海老原隆)

 だから、自分でだしをとるのは年越しそばとお正月のお雑煮くらい。このときはかつおぶしと昆布の合わせだしにしていましたが、ふだんは、もっぱら和風の顆粒だしやコンソメの素、あとは鶏ガラスープの素を使っていました。

実家で出会っただしの驚愕のおいしさが転機に

――そんな梅津さんが、だしに本格的にはまったのは、実家で食べた年越しそばがきっかけだったそうですね。

梅津 はい。5年ぐらい前です。久しぶりに帰省して母が作った年越しそばを食べたら、これが、驚愕のおいしさ!一緒に食べていた姉もびっくりしていました。今までに味わったことがないうまみが感じられたので母に聞いたら、あごと鶏ガラの合わせだしだと。

 私が親元にいた頃は煮干しだしばかりでしたが、九州出身の父が生前、あごだしを好んだので、ときどき使っていたらしいです。

――鶏ガラだしも、ハードルが高そうですね。

梅津 そうですよね。私自身は鶏ガラのだしなんて顆粒のものしか見たことがありませんでした。「鶏ガラなんてどこで売っているの?」って母に聞いたら、「スーパーにあるよ」と。気にして見てみたら、確かに私の家の近くのスーパーの鶏肉売場にもありました。

味噌煮込みうどん

鶏ガラスープで作ったみそ煮込みうどん。みその味にも負けないくらい、鶏ガラだしのうまみがしっかり出る(写真=梅津有希子)

 母のやり方は実に簡単なんです。鶏ガラと水を入れた鍋をストーブの上に乗せておくだけ。くさみ消しのしょうがや長ねぎも入れません。それがすごくおいしかったんです。別にくさみも気になりませんでした。なんだ、水に入れて放っておくだけでいいんだって、急にハードルが低くなったような気がしました。

 この実家での体験が、だしのおいしさに目覚めるきっかけになりましたね。

コーヒードリッパーでだしを“淹れる”

――「だし生活」はスムーズにスタートしたのですか?

梅津 まずは週1回、土曜か日曜の朝ごはんのときだけ、かつおぶしと昆布できちんと合わせだしをとろう、そのくらいならできるだろうと意気込んで始めてみたんですね。でも正直言って、3週間で挫折してしまった(笑)。

昆布とかつおぶし

挫折から始まった梅津さんのだし生活。その行方やいかに…?(写真=疋田千里)

 それでいろいろ考えたのです。どうして続かないんだろうって。

 日々のことだから、少しでも面倒なことはやっぱりだめだと思いました。それで、効率が悪いところをいろいろ見直して、だしを使いたいと思ったときにすぐとれるように環境を整えていったのです。

――どんなところを見直したのですか?

梅津 まずは道具ですね。当初は、とりあえず家にあった金属のざるにキッチンペーパーを敷き、かつおぶしを入れてお湯を注いでいたのですが、ざるに取っ手がないから熱くて持っていられない。しかも台所が狭いから、ざるとボウルで調理台がいっぱいになってしまうんです。だしをとるたびに戸棚を開けて道具を取り出さなきゃならないのもおっくうでした。

 そこで、思い立って調理器具の聖地・合羽橋まで行きました。店員さんにいろいろアドバイスを仰いで、木製の柄付きのこし器を買ってきたのですが、これがとっても具合がよかった。熱い思いをしなくていいし、冷蔵庫にフックでかけておけるから、収納にも気を遣わなくてすむのです。

梅津有希子

自分に合った道具を求め、合羽橋まで出向いた梅津さん。「困ったときは、プロにアドバイスをもらうと安心できる」(写真=疋田千里)

――なるほど、それはザルに比べて使い勝手がよさそうですね。

梅津 はい。要は、自分にとっていかに使いやすく面倒でないか、なんですね。

 この柄付きこし器も優れものなのですが、今私が重宝しているのはコーヒードリッパー。知人に教えてもらってすぐ試してみたら、本当にコーヒーを淹れる感覚でおいしいだしがとれることがわかって。少しだけかつおだしが必要というときは、もっぱらドリッパーを使っています。

コーヒードリッパー

フィルターにかつおぶしを入れ、お湯を注ぐだけ。たちまちいい香りが漂う(写真=疋田千里)

 キッチン用品売場に行くとだしとりグッズっていっぱいあるんですよ。10万個も売れたという「だしポット」もあります。でも、みんなむずかしいと思っているからわざわざ専用のグッズを買うのだろうけど、じつは何だっていい。コーヒードリッパーでも急須でも、こし器でも、あくとりでも、自分にフィットする道具を使うことが続ける最大のコツですね。

「昆布だし」と「干ししいたけだし」を冷蔵庫に常備

――だしのとり方って、考えているよりもずっと自由なんですね!ほかにも何かコツはあるでしょうか?

梅津 続かない理由を考えたとき、「料理のたびにだしをとる」という段取りもハードルを上げていることに気づきました。たとえば昆布だしなら、一般的には「昆布を一晩水につけて、火にかけて沸騰直前に取り出し…」とされていますが、水につけておくだけでいいんじゃないかと。

昆布

撮影=海老原隆

 ヒントになったのは、実家で母が鍋いっぱいの水に昆布を入れてだしをとっていた光景です。そこで、麦茶ポットに昆布と水を入れてそのまま冷蔵庫に入れ、必要なときにいつでもさっと昆布だしを使えるようにしたんです。これは正解。とても便利でおすすめです。

 この麦茶ポットの昆布だしと、ジャムの空き瓶に干ししいたけと水を入れて作るしいたけだしを、うちでは冷蔵庫に常備しています。

干ししいたけのだし

干ししいたけのだしは、たくさん入れると何でもしいたけ味になってしまうけれど、少しだけ足すと料理のうまみやコクがぐんとアップする(写真=疋田千里)

――いつでもだしが用意されていれば、顆粒だしと同じように手軽に使えますね。

梅津 そうなんですよ。料理するときに、昆布だし単体なら冷蔵庫から出すだけでいいし、コーヒードリッパーでとったかつおだしを足せば、合わせだしも簡単にできる。夜遅くでも即席のスープやみそ汁がすぐできますし、冷凍うどん、ラーメン、だし茶漬け……何にでも使えますよ。

――だしがらはどうしていますか?

梅津 昆布は刻んで豚肉と炒めたりして食べますし、かつおぶしは、トマトソースとかカレーに入れてしまうこともあります。うまみが足されておいしくなりますよ。でも、使い切らなきゃってあまり思いすぎなくてもいいと思うんです。それでだしをとるのが面倒になったら、本末転倒ですから。

「マーボー豆腐の素」が必要なくなった

――「だし」を日常的に使うようになって、暮らしにどんな変化がありましたか?

梅津 何といっても、料理が苦じゃなくなりました。というか、楽しくなりました!だしをとっているときの香りが素晴らしいし、自分でとっただしで作る料理は本当においしいんです。常備だしがあるから、面倒なこともありません。だしとだしをかけ合わせたり、トマトやきのこ、チーズ、貝類などうまみのある食材同士の組み合わせを試してみたり。そういうことを考えるのが面白くて、むしろ台所に立つ時間が増えたような気がします。

乾物

ご自宅には乾物がいっぱい。最近のおすすめは「焼きあご」(撮影=疋田千里)

 あと、料理がすごくシンプルになりました。だしがおいしいと調味料はおしょうゆかお塩で十分。「だしがあれば料理は時短になる」ってよく聞いていたのですが、結局、あれこれ調味料を使わず、さっとできる。時短ってこういうことかって、すごく納得です。

 以前は何も考えずに頼っていた「マーボー豆腐の素」みたいなものも、出番がなくなりました。パッケージの裏を見れば何が入っているか書いてあるし、それなら自分で作れるじゃないかと。そういえば、だし生活以前は成分表示の見方もよくわからなかったのが、必ず表示を見るようになったことも大きな変化ですね。

梅津有希子

写真=疋田千里

イタリアンにもかつおぶし!?

――「だし愛好家」として、メーカーの料理教室に足を運んだり、料理のプロに取材なさったりしていますが、改めて気づいたことや発見はありましたか?

梅津 プロに聞いていちばん驚いたのは、トマトソースもかつおぶしを入れたらおいしくなるということでした。イタリアンのシェフに教わったのですが、トマトソースの中に入れれば溶け込んでわからなくなるし、そこにチーズをかけたらうまみの三重奏。コクが出て、味わいが全然違います。だしは和食だけではなく何に使ってもいいということで、自分には全くなかった発想で新鮮でした。

 また、だしは濃いめにとる、というのもプロに学んだことです。初めてかつおぶし専門店でいただいただしのおいしさに衝撃を受け、聞いてみたら3%のかつおだしだと。3%ということは1リットルに30gのかつおぶし。思っている以上にたっぷりです。そのくらいたっぷりかつおぶしを使って濃いめにとれば、誰にでもはっきりうまみがわかるんです。

昆布だしとかつおだし

だしをとるときは、かつおぶしや昆布をぜいたくに。味の違いがわかると、続けたくなる(写真=疋田千里)

簡単でおいしいだし生活、ぜひ、ごいっしょに!

――「だし生活」を続けてきて、よかったと思うのはどんな時ですか?

梅津 やっぱり、夫が喜んでごはんを食べてくれることですかね。夫も食べることが好きで、「これ、何を使ったの?」とだしにも関心をもってくれるし、感想をきちんと言ってくれるから作りがいがあるんです。

 ふだんは麦茶ポットの昆布だしとコーヒードリッパーでとるかつおだしの出番が多いのですが、週末は鍋で1Lのかつおだしをとって、旅館みたいな和朝食を作るんですよ。ごはんにおみそ汁、だし巻き卵に鮭を焼いて。毎日はむずかしいけれど、週に一回のお楽しみです。

だし料理

週末に作る和朝食にだし巻き卵。だんなさんも毎週楽しみにしている(写真=梅津有希子)

 おそばのつゆも、宗田節の厚削りを使ってだしをとると、香りだけでも家がそば屋みたいになるんです。「かえし」(※1)だって、プロが使うようなものを作れるわけないと思っていましたが、だし生活を始めたらそういうところに手間をかけることに抵抗がなくなりました。だって、そうやって作ったつゆ、本格的で、市販のめんつゆとは比べものにならないくらい、ものすごくおいしいんです。

※1:そばつゆに使われる調味料。しょうゆ、砂糖、みりんなどを合わせ、しばらく寝かせて熟成させたもの。

かえし

自家製の「かえし」(写真=疋田千里)

――最後に、これからだしにチャレンジしたいという人にぜひエールを。

梅津 「値段が高いから手を出しにくい」という人もいますが、いろいろ考えると、私は決して高くないんじゃないかなと思います。

 おいしいし、余計なものが入っていないから安心できる。うまみがしっかりしているから、わが家でも使う調味料の量が明らかに減り、「だしを使うと減塩になる」ということが初めて理解できました。それに、うまみで満足しているせいか、大好きだった甘いものもほとんど食べたいと思わなくなったんです。体にもよく、「ちゃんとしたものを食べている」という実感も持てて、精神的にもいい。本当にいいことづくめ。昆布とかつおぶしはどこででも買えますから、いつ何どきでも自分で味をととのえることができるというのは心強いものですよ。

梅津有希子

写真=疋田千里

 まずは、朝起きたら、コーヒーを淹れる感覚でかつおだしを一杯とってみてください。部屋中に漂うだしの香りが幸せな一日のスタートを約束してくれるはずです。

取材・文=高山ゆみこ 写真=疋田千里 構成=編集部