被爆者の方たちと市民運動に与えられた賞
――ノーベル平和賞の発表で初めてICANの名前を知った方が少なくないように思います。
川崎 そうですね。ICANは世界の核兵器廃絶に取り組む団体の連合体です。2007年に発足し、現在101カ国の468団体(※2)が参加しています。世界の10の団体で作る国際運営グループがあり、ピースボートはその一つです。私はピースボートを代表して、各団体から出ている国際運営委員になっています。
ICANは、国際的な禁止条約によって核兵器を廃絶するという目的のもとで活動してきました。核兵器はどの国の爆弾だとしても、1発でも使われれば、人間に対して大変な事態を引き起こします。だからこそ、軍事パワーバランスや国際政治ゲームの問題としてではなく、人道の問題であるということをずっと訴えてきた。この主張が国際社会に響いて、ついに条約ができたということです。
※2:2017年11月現在、日本からは認定NPOヒューマン・ライツ・ナウ、核戦争防止国際医師会議日本支部、国際交流NGOピースボート、反核医師の会、Project Nowの5団体が参加している。
――今回のノーベル平和賞が特定の個人ではなく、ICANという組織に贈られた意義をどう受け止めていらっしゃいますか。
川崎 これは、核兵器の禁止と廃絶のために声を上げて活動してきた、すべての人に贈られた賞であるというのが実感です。中でも、思い出したくないほどの体験を勇気を振り絞って語り、核の非人道性という理論を切り開いてきた広島・長崎の被爆者の方々が今回の受賞対象であることは、もう間違いないと思っています。
同時に、これは市民運動に与えられた賞でもあります。広島・長崎の被爆者の呼びかけで始まった「ヒバクシャ国際署名(被爆者が訴える核兵器廃絶に向けた国際署名)」ともICANは連携しています。パルシステムをはじめとする生協の皆さんも含め、署名に取り組んでいらっしゃった皆さんは、広い意味でこの平和賞受賞者の中にいるんだということを、誇りを持って自覚していただいていいと思うんです。そして、そのことをぜひ周囲の方にお話しいただいて、核兵器廃絶運動を広げるきっかけにしてほしいのです。
核の非人道性への注目が、禁止への歩みを進めた
――これまで核兵器に関する国際条約としてNPT(核不拡散条約)がありましたが、今回、CPT(核兵器禁止条約)を作る流れが生まれた背景には、どんなことがあったのでしょうか。
川崎 1968年にできたNPTは、大国(米・ロ・英・仏・中)5か国の核兵器保有は認めながら、他の国(186か国)の保有・増加は絶対認めない、差別的な不平等条約です。ただし、第6条では、「核兵器保有国も核軍縮をしなければいけない」と定めています。2000年には、「核廃絶への明確な約束」が合意に盛り込まれたのですが、2005年には合意ゼロとなり、それが崩れ始めてしまいました。
多くの国がその動きにいらだつ中で、2010年に赤十字国際委員会が、「核の時代に終止符を」と、声明を発表しました。核の非人道性に関するムーブメントの開始と言っていいと思います。赤十字が政治的ではない団体であることに大きな意味がありました。そこからかなりスピードを上げて物事が進み、2013年から2014年にかけて、3回の「核の非人道性に関する国際会議」が開催されました。
――「核の非人道性に関する国際会議」にはNGOも参加していたのですか。
川崎 はい、NGOがむしろ招待をされ、ICANは世界中のNGOに集まってもらって、このプロセスを一緒に作ってきました。
メキシコで開催された第2回のときは、広島の被爆者のサーロー節子さんが冒頭にお話をされました。この会議で、日本の被爆者の方々が大きな役割を果たしました。単に核は非人道的だというだけでなく、国際法で核兵器を完全に禁止しようという運動が明確に始まったわけです。
以後、NPT再検討会議(2015年)、国連作業部会(2015~2016年)で、核兵器禁止条約をどうやって作るかの議論が進み、昨年12月に「禁止交渉開始のための国連決議」という形でまとまりました。
ICANは、こうしたプロセス作りをずっと応援してきました。各国のNGOが自国の政府に対して共同声明へのサインや国際会議への参加を促すように働きかけをしてきたのです。
日本はなぜ禁止条約に参加しないのか
――7月7日に禁止条約が採択されましたが、唯一の戦争被爆国である日本は欠席しました。なぜでしょうか。
川崎 まず、条約の第1条をご紹介しましょう。
第1条(禁止)
一、締約国はいかなる状況においても以下を実施しない。
(a)核兵器の開発、実験、製造、生産、獲得、保有、貯蔵
(b)(c)直接、間接を問わず核兵器やその管理の移譲、または移譲受け入れ
(d)核兵器の使用、使用するとの威嚇
(e)(f)これら禁止行為の支援、奨励、勧誘、または支援の要請、受け入れ
(g)自国内に配備、導入、展開の容認※核兵器禁止条約 第1条より要約。参考:毎日新聞「核兵器禁止条約 条約の全文」(2017年7月8日)
日本の場合、恐らく問題になるのは(e)(f)の項です。いわゆる核の傘……アメリカが核兵器を使って日本を守るとなると、日本がアメリカに対して「核兵器を使ってください」と支援の要請、奨励、勧誘をすることになる。しかし、それを国民に明確に言ってしまえば大変なことになるから、「核兵器国と非核兵器国間の対立を一層助長する」(岸田外相)などと、ほかの言い方でごまかしていることは如実にうかがえます。
――北朝鮮の核の問題があるから、日本は核兵器禁止条約に参加できないとの声もありますが。
川崎 それは、全く正反対です。この条約では、核兵器の廃棄について第4条で定めています。核兵器保有国には、明確に時限を区切って廃棄プランを作成してもらい、その廃棄状況を国際機関が検証していくとしています。これは実際に6発の核兵器を廃棄した南アフリカの提言が土台になっています。北朝鮮が保有している核兵器は10発です。今だったら引き返せるわけです。
つまり、将来北朝鮮に条約に入ってもらったほうがいい。日本は一刻も早く締約国になって、この第4条の強化に関与し、いずれ北朝鮮との交渉がまとまって、核兵器をなくしますと言ってくるのを待ち構える。あるいは、北朝鮮と日本が中長期的に同時加入することを目指して対話していけばいい。同時加入すれば、日本はアメリカの核兵器使用を援助できませんし、北朝鮮は核を放棄することになり、ウィンウィンの関係が生まれます。
核の平和利用と軍事利用は表裏一体
――日本は、原発の再稼動も進めています。
川崎 その原発を動かす燃料をどこから輸入しているかご存知でしょうか。日本は原発を続けるために、オーストラリアからたくさんのウラン燃料を買っている。ウランが採掘される場所は、先住民族アボリジニの土地です。
オーストラリアには原発もなければ、核兵器も持っていない。なぜ採掘するのかというと、海外で使う国があるからなんですね。福島の原発事故があったときに、オーストラリア産出のウラン燃料が福島第一原発で使われていたということは、オーストラリア政府も認めています。
ウラン採掘は非常に大きな問題を引き起こしている。大規模な採掘場の周辺にかすが漏れ出て、環境被害や健康被害が出ていて、先住民族はずっと反対運動を続けています。
原発と核兵器には深いつながりがあります。原発の燃料となる濃縮ウランとプルトニウムは、核兵器の基になるということを思い出していただきたい。今、世界には1万5千発弱の核兵器がありますが、核物質は10万発分を超える量が蓄積されている。そのことを、私たちは真剣にとらえなければいけないと思います。核の平和利用と軍事利用は表裏一体なのです。
「ヒバクシャ国際署名」に、ますます力を入れていく
――今後の条約発効に向けて、どんな課題がありますか。
川崎 今、53か国が署名していますが、発効のためには50か国の批准が必要です。署名・批准国が増えていって早期発効すれば、締約国会議が開催され、核兵器禁止条約のプロセスが始まります。署名・批准の促進のためには、ヒバクシャ国際署名を連動させ、ますます力を入れていく必要があります。実際には禁止条約そのものがあまり知られていないので、広報や教育も非常に重要だと思っています。
日本では、全自治体の9割以上が入っている平和首長会議が、今年8月の総会で「核兵器保有国を含む全ての国に対し、条約への加盟を要請し、条約の一日も早い発効を求める」と決議しています。この定めに従って自治体が動くよう市民の側から働きかけをしていただきたいと思います。
市民運動と熱心な国々の政府の協力によって、核兵器を禁止するところまで来ました。それを本当に廃絶するところまで行けるんだと思っています。
※本記事は、2017年11月9日に東京・新宿のパルシステム連合会で行われた「ICAN ノーベル平和賞受賞 記念報告会」を基に構成しました。