経済的理由で高校を中退する子どもたち
――「一般財団法人神奈川ゆめ社会福祉財団」(以下、ゆめ財団)を立ち上げ、「神奈川ゆめ奨学金制度」を始めたきっかけを教えてください。
吉中 2013年から私たちは組合員と貧困の現状を学ぶ学習会を重ねてきました。ちょうど子どもの貧困が注目されるようになった時期です。そのなかで、生活協同組合(生協)としても何かするべきではないか、という声があがってきました。
何をするかの議論はいろいろありましたが、大学生の奨学金制度については改善の動きがある一方で、高校生の場合は地域によって支援制度にも大きな違いがある。まずは困っている子どものために動き出そうとこの奨学金制度がスタートしました。
――公立高校の場合だと授業料はかかりませんが、それでも奨学金は必要なのでしょうか。
吉中 公立高校だとしても、授業料以外の教育費が年間40万円もかかると言われています。神奈川県では、経済的理由で高校を中退する子どもが年間5,600人以上もいるんですよ。修学旅行に行けない、部活の道具が買えないというだけでなく、交通費がないから学校に行くのを控える、お昼ご飯を抜くという子どもが実際にいます。
この奨学金制度では、月額1万円を最長4年間、さらに卒業お祝い金として5万円を給付します。月1万円というのは、非課税世帯(年収246万円程度以下)の場合で、厚労省や市町村の助成を利用しても、なお足りないと試算された教育費の額です。十分とはいえないかもしれませんが、高校生活を送るときに、あと一歩足りないという部分に使ってほしいと思っています。
――学校に行く交通費や昼食を我慢しなくてはいけない子どもたちがいるのかと思うとせつなくなります。この奨学金制度にはどんな特徴がありますか。
吉中 まず、学校の成績ではなく世帯の困窮度合いによって選考するのが大きな特徴だと思います。奨学金というと成績順で選ぶものも多いのですが、それだと勉強があまり得意ではないと思っている子どもたちはエントリーできないですよね。
十分な学習環境を得られない子どもも多いので、成績自体は選考要件にはしていません。第1期の奨学生のなかにも、「そんなに成績がよくないのにいいんですか」と申し訳なさそうに話していた子どもがいましたが、勉強だけでなく、友達と知り合ったり自分を発見したりと、学校に通うことそのものが大事だと考えています。
お金だけでは解決できない
――経済的な給付だけでなく、「相談ダイヤル」の設置や奨学生が参加できるサポート活動の実施なども掲げています。
吉中 やはりお金だけでは問題は解決できないと思うのです。お金よりも「つながりの貧困」、つまり関係性が不足していることが、いちばんの問題だといわれています。その部分にこそ力を入れていきたいので、伴走型の支援を目指しています。生協というのは、人と人とのつながりの組織。その部分でできることがたくさんあるはずです。
第1期の奨学生たちとは、これまで何度か交流会やイベントを開いてきました。組合員向けに実施してきた学習会や産地交流、就労体験なども、興味がある奨学生たちに参加してもらえるようにしたいと準備しています。子どもたちとの信頼関係を築くには時間が必要ですが、一緒に過ごしながら何ができるのかを考えていきたいです。
――相談ダイヤルには、どんな相談が寄せられているのでしょうか。
吉中 生活保護を受給しているお母さんから行政の対応についての相談があったり、事情があって親元から離れて暮らしている奨学生が不安を打ち明けたりなど、さまざまです。共通しているのは「誰かに話を聞いてほしい」ということ。なので、まずはお話を受けとめることを大切にしています。
奨学金を受給することで子どもが惨めな思いをしないだろうかと不安に感じているお母さんもいました。その方は公的援助を受けずに、自力で頑張って家計を支えてきたそうです。親も子も外からの目を気にしなくてはいけない状況に置かれている。そういうつらい思いにも寄り添っていきたいです。
ゆめ財団には、社会的養護、子どもシェルター、居場所事業など、子ども・若者支援の現場にかかわってきた経験のある方たちが多く協力してくれていますので、必要に応じて専門家にもつなぎます。
「子どもの貧困なんてあるの?」
――ゆめ財団理事のお一人である明石紀久男さんは、生活困窮者自立支援事業を行う「一般社団法人インクルージョンネットかながわ」の代表理事であり、相談員として若者の相談にも向き合ってきました。逗子市では、一昨年まで❝ひきこもり❞や不登校の子どもの居場所スペースも運営されてきたそうですね。
明石 この古民家は、僕が代表理事を務める「NPO法人遊悠楽舎」が2001年から子どもたちの居場所スペースにしていた場所なんです。不登校やひきこもっている子どもたちが、小学生から来ていました。僕がここを始めるようになったのは、以前に住んでいた東京・中野区の中学校で起きたいじめ自死事件がきっかけです。子どもにとって家庭、学校以外にも第三の場所が必要だと思うようになったのが原点でした。
――居場所スペースを運営するなかで、貧困の問題に直面することもあったのでしょうか。
明石 ここには生活保護受給世帯、障害年金を受給している方のお子さんが来ることもありました。母子家庭の子どもが多かったですね。
でも、3年前に僕が相談員をしている鎌倉市で子どもの貧困について講演したときには、一般の方からは「鎌倉に子どもの貧困なんてあるの?」という反応がほとんどだったんです。その後、子ども食堂などが全国に広がったので、いまは認識も変わってきたと思います。
――それでも、まだ問題への理解は広がっていないと感じますか。
明石 子どもの貧困というのは、その背景に必ず家庭の貧困がありますよね。母子家庭の場合は、お母さんが一人で働いているから生活が大変になるというのは多くの人にとって理解しやすい。でも、いま起きている貧困問題の背景は、もっと社会的なものなのです。
かつては持ち家の三世帯同居とかで、世帯主は永久就職の正社員男性、女性は専業主婦で家事を引き受け、家族の中で「助け合う」という構図がありました。しかし、それがもうまったく成り立たなくなっています。世帯主が非正規労働者というケースも増えていて、孤立している単身高齢者世帯も多い。
企業が求める正社員像から、外れてしまった人たちが貧困化していく。若年層も高齢者層も男女問わず、貧困はどんどん広がっています。それにもかかわらず、いまだに家庭内で助け合うことが求められ続けている。いま起きている貧困問題は、自己責任ではなく社会構造が変わった結果だと思います。
困っている子どもに気づくきっかけに
――明石さんは、この奨学金制度については、どう感じていますか。
明石 地域や暮らしに根差して活動している生協が、こうした問題に取り組む意味は大きいと思っています。同じ地域で大変な思いをしている人がいることに気づく、そのひとつのきっかけになるかもしれません。
吉中 以前、組合員と一緒にフードバンク(※2)の学習会をしたときだったのですが、ある組合員が「こんな身近に困っている子どもがいるなんて知らなかった」と泣いていたんです。これだけ世の中に情報があっても、やっぱり接点がないと見えてこないものがある。それはある意味ショックでした。
私自身、進学をあきらめたり、家庭的にも困難がある中で育ってきたりしたので、そういう子どもたちの気持ちが分かるような気がするんです。本当に困っているときほど、周りの大人が自分と距離をとっているように感じて、どんどん本当の自分が出せなくなりました。当時は、何よりお金が必要でしたけど、相談できる相手がいたらよかったなと思います。
私たちの生協では食を通じて社会を知る機会のことを「窓」と言っているのですが、奨学金もひとつの窓。地域に暮らす普通の組合員たちが問題を知るきっかけになるなら、とても意味があるのではないでしょうか。
※2:品質に問題がないにもかかわらずさまざまな理由で処分されてしまう食品の寄付を受け、食べ物に困っている人や施設に届ける活動
――気づくには、きっかけが必要なのかもしれません。ただ、もし身近に困っている子どもがいると気づいても、何ができるのだろうかとためらってしまいそうです。
明石 いや、あまり難しく考えなくていいんですよ。できる範囲でいい。どこまでも何でもやらなくちゃいけないわけではない。それは、かえって本人にプレッシャーを押し付けていくことにもなりかねません。
支援を「する側/される側」という線引きをしがちですけど、そこに逆転が起きることもあるんです。僕は、この居場所でひきこもっている子どもたちの面倒を一生懸命見てきたと思っていたけど、いつの間にか彼らはどんどん自分で独り立ちしていて、ある日、久しぶりに会ったら「何か白髪が増えてじじいになったみたいだけど、元気なのかよ?」と心配されました(笑)。それが、とても嬉しいし、それでいいんだなって。
そういう風にかかわることができる関係のオジサンが身近にいるということが、彼ら・彼女らにとっては大切なことで、聖人君子になる必要はないし、そんなの無理ですよね。子どもたちと弱さを共有して「それってつらいよね」と共感していければいいんだと思います。「もっとやれるでしょう」「こうしなさい」と大人が押し付けるのはよくない。
吉中 本当にそうですね。こういう活動をするときは、とくに気を付けたほうがいいと思います。「こうしないと」「こうじゃないからダメなんだ」とか言い出したら、絶対にいい関係は築けない。そもそも明石さんは「支援」という言葉が嫌いですよね。
明石 そう。僕は支援や援助という言葉は使わないようにしているんですよ。「応援する」って言います。応援団なのでグラウンドの中には入らない。主役はその子自身で、僕らは外から応援しているだけ。でも、そういう人たちがいるから頑張れた、ということがあるんですよね。僕らは関係の中で生かされているんだと思います。
意外だった組合員からの申し込み
――神奈川ゆめ奨学金では第2期の募集が始まっています。今回は、説明会や申し込み方法も少し変えたと伺いました。
吉中 昨年より、申し込みがしやすいように書類をシンプルにしました。説明会も多数開催する予定です。手続きが複雑だとそれだけであきらめてしまう方もいますし、説明会では申込書の書き方の説明からさせていただく形に変えました。これからもニーズに合わせて制度を改善したいと考えています。
明石 大事なことですよね。困難を抱えた家庭のなかには、お母さんに精神障がいがあったり、発達障がいがあったりして、書類を書くのが苦手な人も少なくありません。
吉中 去年は設立したばかりで告知期間が短かったのですが、今回はすでに何件かの申し込みが来ています。より複雑な背景のお子さんが来る可能性もあると思っています。また、奨学金制度を支えるサポーターへの申し込みも増えていて、それは大変ありがたいことです。
実は、第1期の奨学生の7割が生協組合員のお子さんだったのです。時間が足りなくて組合員以外への広報が十分ではなかったというのもありますが、これは意外な結果でした。厳しい生活の中で、何とか子どもには栄養のある安全なものを食べさせたいと頑張っていて、あらためて身近な問題なのだと気づかされました。
「奨学金を受給してよかった」で終わらせない
――明石さんが理事として意識されていることはありますか。
明石 第1期は応募したほとんどの子どもが奨学金を受給できましたが、今後申し込みが増えれば定員を超えて受給できない人も出てくるでしょう。僕は「奨学金を受給した子たちがこんなに立派に育ちました」というサクセスストーリーだけで終わらせるんじゃなくて、受給できなかった子どもたちの声にどう対応していくのかが、いちばん重要だと思っているんです。それはSOSの声ですよね。
SOSは地域の宝だと僕は思う。地域にどんな課題があるのかに気づくことができるからです。こんな風に子どもたちが困っているんだ、こういう状態に追い込まれることがあるんだということを共有して、それを一緒に考えていければ、地域の暮らしはもっとよくなります。
――最後に、この奨学金制度を通じて、いま目指していることを教えてください。
吉中 いろいろな議論がありながらも「まずは困っている子を」ということで動き出したわけですが、実際に始めてみたことで見えてきた課題もあります。一方、さまざまな分野で活動する方にかかわってもらうことで地域をより知ることができましたし、何ができるのかを一緒に考えていけるようにもなりました。
経済的な給付だけでなく、生協の力を生かした人とのつながりのサポートを目指していますが、それは高校在学中だけに限りません。子どもたちが高校を卒業して進学や就職した後でも、何かあれば、ゆめ財団やここで出会った人たちに相談できるような関係をこれから築いていきたいと思っています。